超高校級の幸× 9

 

βの4

 


目を覚ませば、昨日と全然違う風景が広がっている。
昨日の日常など跡形もなく、何の準備もなく今日の非日常が待っている。

でもそんなことはボクにとっては日常茶飯事だ。
だから一人と一体?相手に、なんとか「ボクは疲れているらしい」ことを利用して無口になりきることで、平静に振舞えることができた。

大して長く生きていないけれど、ボクの人生において非日常と日常の境目は曖昧で、平穏は破壊の前兆だと思っているし、悲劇はそれを上回る「良いもの」の予兆だった。

だから今回も、差し当たって考えることはとりあえずいつものことだった。


(さて、これは「幸運」なのかな?それとも「不運」なのか?)


これは結構難問だ。
状況は飲み込めない、不運?でもここはとても安全で親切にされている、幸運?


(曖昧なのが、一番困るんだよなあ)


見上げる空には曇天、濃い灰色だ。
随分きれいな空気だなあ、深く呼吸できるなんて久しぶりだ。途中で見た海は鈍色がかっていたが青さを保っていた。綺麗だな……。

ここは相当な僻地なのか?
それとも選ばれしものが秘密に持っている場所なのか?


(いや、後者はないな。それならボクがここにいるはずがない)


しかし、じゃあこれは何だ?手元に左手をやると手のひらに唇が直接当たる。
なのに呼吸ができる……状況が全くわからない。


(『彼ら』はボクをどこへ連れて行くって言ってったっけ……?
 ……思い出せない、なんだか思い出すと意識が遠のく感じだ。なんだ?)


集中する。しかし待てどもその「思い出す」ことに関する記憶の靄は消えない。かえって濃くなるくらいでボク自身の意識すら消し去ってしまうようで・・・・・やめた。方法は分からないが意図的なものを感じる、深追いすると危険だ。

事態は理解できないが、どうやらボクはイレギュラーのようなのでこれ以上は今はやらないほうがいい、勘付かれるかもしれない。何に対してかは分からないけれど。


(見た感じはすっごく平和だけど、それが本当なのも嘘なのもボクには今更だよね……)


今度は空から視線を隣へ移す、「七海千秋」という女の子と「モノミ」というウサギのぬいぐるみタイプのロボット(最初は驚いた)が何種類かのアイスクリームを囲んで談笑していた。ボクの前にもバニラのアイスクリームがある、こんなに普通の食事は久しぶりだ。


(しかも嗜好品だなんて……まあボクの「才能」からすると突然の高級品は珍しくないけれど。これで、今度は何が起きるのかな……腹痛くらいならいいけど)


ボクは目が覚めて急に夜が昼の時間に変わっていることに驚く暇もなく「七海千秋」というボク?の教育係に手招きされて大きな木の下のデッキチェアに座ることになった。
目覚めた場所からここまでの道の途中でも感じたがこんなに植物があるなんて、本当に久しぶりだ。

でも緑の木は色は落ち着く色で、思い切って深呼吸をして見ると思考と視界がとてもクリアになって心地いい。この風景をとても懐かしいと感じる。そう、まるで・・・・・・。


(思い出すなあ)


希望に満ち溢れた朝、澄んだ青い空、新緑の並木の向こうの門をボクは通り抜けた。
この先の素晴らしい希望を見れるんだと胸が踊って、足が自然と早くなって……。


「狛枝クン大丈夫?アイス、イマイチだった?」

「え?」


と、そこで「七海千秋」が話しかけてきた。はっと気がつくと目の前で白いアイスクリームが半分液化していた。
なんてもったいない!慌てて食べようとすると今度は「モノミ」が大声を上げた。


「ほえ?こ、この手づくりアイスでダメでちか!?た、大変でち、これ以上のものの作り方ををあちしは知りません!」

「大丈夫だよ、モノミちゃん。レシピ通りに作ったんだから、これは世界一のアイスクリームだよ!
むしろ狛枝クンはさっきの希望のポーズ30リテイクとこの島の案内で疲れちゃっただけだと思う。私がちょっと欲張りすぎて、一気にやりすぎただけだからモノミちゃんは悪くないよ。
ね、そうでしょ狛枝クン?」


希望のポーズ?30リテイク?……なんのことかはわからないが、すごく嫌な予感がした。
同意を求められたので、素直に「監察官」と名乗る、でもとてはそうは見えない二人に「更生中の犯罪者」らしい同意をする。


「え、えっと?……あ、ごめんなさい。せっかく用意していただいたのに、無駄にしてしまって……。
ぼーっとてしまって本当にすみません、七海監察官、モノミ監察官」


下手くそな愛想笑いで頭を下げると半分悲鳴みたいな顔で二人共に後ずさられた。何がおかしかったんだろう……?


「いやー!悪夢の再来でち!わざと!?わざとでちか!?」

「……狛枝クンちょっとそこに座って、冷静に話し合おう、ね?」


そしてやめてくれいつも通りに接してくれ言っただろう、その笑顔は凶器だカタストロフだバッドエンドだと、半分に大仰に泣かれ、もう半分に真剣な目で指摘される。
更には頼むから今までどおりに接してくれと左からは泣かれ、右からは自然体が一番だよと死んだ魚のような目で見られる……ど、どうしよう。


(い、いつも通りってなんだ!?ボクたちはほぼ初対面じゃないのか!?
……いやさっきの七海監察官の様子からすると、確かにそうなる……相当の時間の記憶が飛んでる?ボクは、ボクの知らないところでこの二人と結構親しかったのか!?何日、何ヶ月!?それ以上!?……でも、だからって)


そもそもいつも通りがわからない……えっと、「ボク」ならこうかなという路線で一応「囚人と教育係」としてボクらしく接したのだが全然違ったらしい。

だとしたら、まずいすごくまずい。予想がつかない!どう修正すればいいんだ!?


「狛枝クン!先生は先生は!狛枝クンの態度を確かに冷たいなー、扱いが雑だなー、実は先生のことを無能と思ってるんじゃないでちか!?とか思った日もありました!
 ……そうあれは修学旅行があのにっくき宿敵に乗っ取られて、狛枝クンがああいうことをしたので縛られて旧館で反省会した時にお食事を持って行ったりお話していた時でちた。
その時狛枝クンはあちしにこう言ってまちた……「モノミって思ったより無能で役立たずじゃないんだね、ボクのゴミクズさよりはずっとマシだよ!あ、比べてゴメンネ、どれだけひどくてもボクよりはマシに決まってるよね」……先生は悲しかったでち、狛枝クンの自分を鬼のごとく罵倒することも、あちしのことそこまで無能と思っていることもバレバレだったのも……でも!
でもでちね!急にそんな風にへりくだられると先生は狛枝クンとの今までがなくなったみたいで悲しいでち……ってこれ今朝も言ったじゃないでちかー!狛枝クンの意地悪ー!」


あっさりと「モノミ」への口調が判明する。ボクはツイてる……んだよね?


「す、すみません……?」


とっさに謝るくらいしか対応できない。しかし、その反応は「モノミ」を余計に泣かせる羽目になる。どうしろって言うんだ……。

冷たい?修学旅行?今朝も言った?なんだそれ?
縛られてその時に面倒をかけた?しかも、「ボク」はものすごくこのウサギのロボットの監察官にぞんざいな口をきいていたらしい……今の「モノミ」の言葉で「モノミ」への口調がだいたいわかったのは嬉しい。

しかし今までどおりを要求されるならかなり意識して雑に扱わなくてはならないな……記憶にないボクを恨む。先生と名乗る存在にそれはないだろう……ていうかなんで縛られてたんだろう。


「狛枝クン、私はこう思うよ。敬意っていうのはね、役職にかけられるものじゃないんだって。それにね、私もモノミちゃんもそんなものを求めているわけじゃないんだ。
私は狛枝クンが一見好青年ぽくって、そのあと盛大に「騙されたー!」ってのは体験してるから本当にいいんだよ?
狛枝クンがどんなに普通とかけ離れてたっていい!個性だよ!
希望フェチで才能ストーカーで捧げられた方は逃げたくなるような無償の献身を捧げるようなところも、頭が切れて用意周到で修羅場経験豊富でハッタリで皆をあっさり誘導できちゃうスペックの持ち主なのに急にものすごく近視眼的短絡思考にもなって「えいや!」のノリで世界に立ち向かっちゃうようなブッ飛んだところも悪いところばっかりじゃないよ。
むしろもっと仲良くなりたい、面白い人だと思ってるよ……うん、だから愛想笑いはやめよう、ね?」


今度は「七海千秋」からどう思われているか、判明する。しかしそれだと、


「え、えーと……そんな人はどうしようもないクズなんじゃないかな?」


「「狛枝クンはゴミクズなんかじゃない!何度言ったらわかるの!」」


二人が立ち上がって断言した。死んだような雰囲気からすごく生き生きした表情で詰め寄られる。

……いやでもそんなどうしようもない人間はボクじゃなくてもやっぱりクズなんじゃないかなあ。いや、いやボクなのか……混乱する。


「とにかく丁寧口調はやめよう狛枝クン、ほら一応短いあいだだけどクラスメイトみたいなものだったんだし、距離置かれると寂しいよ……だって……いや、なんでもない」


今度はしゅんと落ち込んでしまう、えっとこれで「モノミ」に続いて「七海千秋」へのボクの口調も大まかには分かったはず……クラスメイトというとかなり複雑な思い出が多いけれど、今までのボクならここは普通に「七海さん」と彼女のことは呼べばいいんだろう。


(「七海千秋」は七海さん、「モノミ」は呼び捨て……役職上モノミ先生の方がボクっぽいけどさっき自分でボクの会話を再現してたし、そうなんだろう)


「七海さんとモノミ…って呼べばいいの?」

「当たり前でち!ふー、安心しまちた!カタストロフはさりまちた!」

「……うん、それでいいよ。というか、私にはもう少しくだけてくれていいくらいだよ。まったく狛枝クンは頑固なんだから」


「モノミ」は満足そうだが「七海さん」は不満そうだ、怒っているようにも見える……呼び方が違ったか?あだ名とかだと予想がつかないな、ええと、他に親しい呼び方は……?


「えっと、じゃあ……千秋さん?」

「!?!?」


呼んだとたん「七海千秋」は持っているアイスを食べていたスプーンを取り落としていた。
あれ?間違ったのか、当っていたのか?どちらにしてもそんなに驚くところだろうか?と落としかけたスプーンが地面に付く前にキャッチしながら彼女を見上げる。あれ、どうしてデッキのテーブルに突っ伏しているんだろう?

「七海千秋」、大人しそうな女性だと思っていたが意外と突拍子もないところがあるのかもしれない。そういう知り合いには……心当たりがあるが、ちゃんと対応できるか自信がなくなってくる。


「えっと……ごめんなさい?」

「謝らくていいよ!……ちょっとびっくりしただけだから、スプーンありがとう」


キャッチしたアイスのついた(チョコミントだった)スプーンをひったくられる。顔も合わせてもらえない、しまった女性は呼び名に結構気を使ってるから違う呼び名に怒っているのか……ボクなんか存在を無視されて当然だけど、ボクのキャッチしたスプーンなんて不衛生だから使わないほうがいいと思うんだけどなあ。


「……狛枝クンは不意打ちが得意だよね、何事にも」

「えっと……ありがとうございます?」

「褒めてないよ」

「ほえ?呼び方チェンジでちか?千秋さんというのもかわいいでちね!」

「きゅ、急にそこまで親しく、しし、しなくてもいいよ。狛枝クンは今までどおり七海さんでいいよ」

「え、七海さんでいいの?」


当っていたのか、それならなんでさっき不満そうだたんだろう?


「あちしはそっちでもいいと思いまち、可愛いお名前を呼ぶと心がほんわりすると思いまちから。
・・・・・・・あー、でも七海さんには斬新すぎたようでちから、それはそのうちということで」

「しなくていいから、モノミちゃん」


ぷにっと頬を突かれても明るくなる「モノミ」、まだ全く顔を合わせてくれない「七海さん」。よかった、バレてないみたいだ……。

一応はこれで、簡単な会話でボクが「二人が話しているボク」でないことには気がつかれないはずだ。あとは疲れているみたいだから、ひたすらぐったりしたふりでもしていよう。


(でも、こんな調子じゃ何が起きているのかつかめないな……潜伏しても次に目覚めるかもわからないし、協力者もいないし……ん?)


ふいに何か思いつきが鼻先を掠めて消える……協力者は、本当にいないのか?

……思いつきはそのまま消える。もう少しだったのに……仕方なく完全に溶けたアイスを神妙に食べる。すごいな、溶けたのに美味しい。

しかし、囚人にアイスなんて……これは慰安かなにかなのか?記憶にないボクに疲れきって貴重品を渡すほど過酷な刑罰があったのだろうか?

こっそり体を見下ろすが、特に打撲の跡などはない。うーん、何でこんなに疲れている思われているんだろう……すごく気を遣われている。

アイスクリームを食べ終わった頃、隣では「モノミ」がいちご味をもう一つといって、もう一つとなりの「七海さん」にもうチョコ味しかないよ?と渡されていた。

もう一つのレモンシャーベットをボク前にことんと置くと七海さんはやっと顔を合わせてくれて咳払いをしながら告げた。


「やっぱり狛枝クンはまだまだ混乱してるね……その調子じゃ、もう一度島の案内した方がいいかな」

 

 


そのまま二人に導かれて、公園から去ると「二度目の」この島の案内をされた。
図書館、広場、工場、この先の道は森に閉ざされていて立入禁止らしい。ボクは全てを見ることはできないらしい、さっき言葉に端に聞いた首の「拘束リング」ですぐにバレるとか・・・・・・すごいなこの技術。

ただ海がよく見える丘の上から「ボクの家」と「ボクが最初に倒れていたという砂浜」を見下ろしたところ、特に変わったところはないが、公園からの風景から推察できる島の大きさを考えるにボクが見ていない島の立ち入り区間は島の面積の三分の一というところだろう。つまりボクは島の三分の二を自由に動けることになる。


(曇りのせいで太陽の位置がわかりにくいけど、朝までノートを読み返していた時に見た夜明けは窓から見て左手だった。状況から考えるにさっきみたファンシーな家が「ボクの家」確定だろう。
つまり、位置としては大まかに「家」は南、砂浜は東、公園が真ん中、北に工場と手前に図書館、立ち入り禁止区画は西ってことになる)


位置情報は一応役に立つかもしれない……自分の意志がずっとこの体を動かしていられるという保証があればの話だが。

公園に一番近い図書館はコンクリート張りの簡素なもので、結構偏った本のジャンルが並んでいた。文豪のハードカバー、いろんな言語の辞典、家庭の医学、コンピュータ言語、写真集、日本の文化……なんでもあるようでどこか偏っている。大きく天井に空いた窓が自然光を取り込む構造になっていて、目に優しく本が読めそうだ。


「第二図書館に狛枝クンが行けるのは先の話になりそうだね」

「そうでちねえ、銅像が完成してからになりそうでち」


第二図書館、ここまで見ていないということは立ち入り禁止区間にあるのだろう……そこに行けば何かがわかるのだろうか?しかし、今の記憶さえ意識さえ曖昧な状態では少し危険な賭けだ。


(記憶と意識が一緒に飛ぶなんて、初めてだなあ……ああ)


ふいに……そんなことどうでもいい気がする。ボクは本当はもう、何かが焼ききれているのかもしれない。
本当にはこの理解できない状況のことなんて、どうでもいい。好きにすればいい。

あの時、モニター越しのあの画像を見た時から、ボクの中で何かの器官が壊れてうまく動かなくなった。


(だって、あれは、あれはあれはあれは)

 

ボクにとっての、唯一の……。

 

「狛枝クン!」

「狛枝クンー!危ないでち!」

「え?え、ええ……うわあああっ!?」


驚きのあまり素のままで叫んでしまう。足元に、足元にたくさんのぬいぐるみ、いやロボットがいる…!!


「コマエダクン?」
「コマエダクンデスカ?」
「コマエダクントニンシキチマシタ」
「データリンク、コマエダクンノノウハミャクハクトモニセイジョウ」
「コマエダクンコンニチハ、ワタシタチハモノミデス」


見渡す限りのウサギウサギウサギ……あ、やばい本気で意識やばいかも。幻覚……じゃないのか。

白とピンクのウサギだった、「モノミ」とそっくりなようでところどころ違う。細かいところはいろいろあるが、まず体の半分が「モノミ」と一緒の白でもう半分はピンクだった。

しかし、問題はそこじゃない。問題は30体は超えるそのロボットが足元にいることだった。

しかも一斉にボクを見上げている…!?足が逃げようとするが……そもそも囲まれている!


「なんなんのこれ!?こ、これは一体……」

「狛枝クン、さっきもおんなじ反応だったよね。聞いてなかった?」

「まー最初はびっくりして記憶も吹っ飛ぶ人が多いでちからね、先生は狛枝クンはそういう常識的な反応をしてくれるのをまってまちた!」

「このロボットたちは……!?」


二人を振り返って声を上げると、ロボットの目線が一気にまたボクに集まる。これは流石にボクの才能からしても初めての事態だ……かなり落ち着かないが、「七海さん」の話に集中する。


「やっぱり狛枝クン、聞いてなかったんだね?設計図のことではちょっとやりすぎたと思うけど……この「モノミちゃん」たちはね、この島の労働を多く助けてくれるんだよ。
この島はかなりオートメーション化が進んでいるから、全部ってわけじゃないけど、臨機応変に対応してくれる彼女たちなしではこの島は成り立たない。そもそもは……もっかい聞く?」


躊躇するが、覚えてもいないことをまた聞かれてボロが出ると困るのでこくこくと頷く。
この島は一見普通の島のようで、ほとんどがオートメーション化されたものらしい。そして北の工場で生活必需品やらを生成する機械があるらしい。

他にも色々な設備があるので、島自体が機械になっている部分が大きいらしいがそれだけでは手が足りない場合にこのウサギのロボットたちを使うらしい。


「本当は逆なんだけどね、この島をオートメーション化するのにこの「モノミちゃん」たちが活躍してオートメーション化に成功したが、正解。とっても有能だから今でもお手伝いしてもらうことも多いけどね」

「あちしは元の名前は「ウサミ」でちゅから、一応差別化として「モノミ」と呼んでいまちゅ。今の狛枝クンにとってはあちしもモノミだからちょっとややこしいでちゅね……まあ使っている人工知能のシステム自体が根本的に違うから反応とかがかなり違いまちゅが……銅像計画にはこの子達と一緒に参加してもらいまちからね〜」

「そうそう、明日は工場で一緒に銅の精製をやって貰うからモノミちゃんたちとも仲良くね。
あ、モノミ・・・ウサミちゃん、人工知能とか自分が機械で換えがきくみたいなことは言わないでね。確かにウサミちゃんのバックアップとしてもこの子達は存在するけど、それはウサミちゃんが替えがきくということじゃないんだからね?」

「てへへ……七海さんは気のつく優しい子でちねえ」

 

なんだかほんわか会話している二人の横でボクは動揺を悟られないように必死に平静を装っていた……モノミ?ウサミ?この子達?バックアップ?……ややこしい、呼び名。結局ウサミとモノミとどっちなんだ?

 

(結局……ボクは何もわからない)


ここはどこだか、わからない。
ボクを「助ける」と言った彼はどこに行ったのだろう?あの「彼」はどこに行ったのだろう?

目眩、気分が悪くなってきた……ふらつく。二人に気がつかれないようにしないとと工場の出口の方へと歩く。頭が痛い、息をするのが難しい、苦しい。

耐えられず工場の壁に手をつく、無骨なコンクリートむき出しの建物かと思ったら意外なことに柔らかい……あれ?ちがう?


(モノミ……ピンクと白の方の……ああ、もしかして倒れちゃった?)


たくさんの白とピンクの手がその手の先の綿でボクを必死に支える……不思議なことに、ああ母親の手ってこんな感じなのかな?と変な連想をする。ボクはあまり両親のことは思い出さないようにしているのに。


(バカなボクが無様に倒れて、それを支えてくれたんだね……)


でも彼女たちに礼を言うことも叶いそうにない……ああきっと「ここでもレギュラーのボク」が覚醒したんだ……このまま「ここでのイレギュラーのボク」は目覚めないのかな?

このまま消えてしまうのか?何もかもわからないままに……。


(それはボクにとって幸運なのか、不運なのか……でもどっちの「ボク」なんだ?)


「ボク」は「超高校級の幸運」、でも二人に記憶が分かれてしまうなんて……これはどちらに「幸運」がもたらせられるかわからない。こんなことは初めてで、判断がつかない。

視界の端で「七海さん」と「モノミ」が駆け寄ってくる。それすらボクの視界からブレて、出口の辺りでウサギのぬいぐるみたちに囲まれて本格的に倒れる。

その入口の向こうの海と森だけが目に見えて、そのまま倒れて空を見上げて----。


(あ、そうか……ここは……)


消え行く意識の中で、ボクは「ヒナタハジメ」のノートに書かれたことが本当であることを理解した。


(なら、次にもし目覚められたら……)


もし、この状況を打開するなら……協力者は「彼」しかいないだろう。

 

 

 


αの9

 


ボクが中央公園の広場のベンチで目覚めた時には青空は夕暮れに傾きかけていた。

澄んだ空気と雲のほとんどない空、そして泣きそうな顔をした七海さんとモノミ……ああ、島の案内をされてそのまま眠ったと思ったのに倒れてしまっていたらしい。


(おやつのモノミのアイスは食べ損ねたな)


別にいいけど……せっかく作ってくれたのに無駄にしたならモノミに悪かったかな。なんだかたくさんあったみたいだし……晩御飯では少し柔らかい態度をとっておくか。


(・・・・・・なんか夕食を一緒に食べる前提になっている、おこがましいなあ)


しかし、おこがましいどころかボクは自分で歩きもせずに「健康を害したかもしれない」という理由で砂浜から運ばれた花で飾り付けられた手押し車で大量の「モノミ」に運ばれている。

彼女たち(モノミとタイプは一緒なので、彼女という表現で問題ないだろう)を見たときは天地がひっくり帰ったかと思ったがなんとか見る分には慣れてきた。


「コマエダクン、タオレター」
「ハンソウハンソウ、オウチニハンソウ!」
「コマエダクン、カゼハマンビョウノモトデス!」
「コマエダクン、センサイ……キンキュウニュウイン?」


だがこのモノミソックリの、それでいて機械的な声が右からも左からも聞こえてくるというのは……もう少しなれるまでかかりそうだ。


(明日からはこの子らと……どうぞう……今は考えるのはやめよう、また気が遠くなってきた。ただでさえ夕方まで気を失っていたっていうのに……)


「コマエダクン、コワレタ?」
「バックアップ!バックアップ!」
「パーツコウカン?」


……気にしない、気にしない。ボクは何も聞いてない、聞いてない。

ガラガラガラ、手押し車は「モノミたち」に押されて家路を急ぐ。前には七海さんとモノミが歩いている。二人の声に耳を傾けると……今晩はコロッケらしい。平和だ、囚人ライフはもう期待できないらしい。


「・・・・・・なんでちよー、くすくす」

「そうだね、その前に狛枝クンの緊急健康診断かな?胃カメラ飲む前に食事はまずいかも……」


ボクの晩御飯は、コロッケじゃなくて胃カメラだったのか……そんな訳はないがあまりに手厚さに居心地が悪い。思わず図々しく口を挟むくらいには。


「……七海さん、モノミ、そんなに大げさにしなくていいよ」

「よくないよ、狛枝クン今日何回倒れたと思ってるの?私たちも悪かったけど、君はまだまだ本調子じゃないんだよ。今日は帰ってすぐに休もうね」

「わーん!狛枝クン銅像計画がそんなに負担になっていたなんてー!
蹴られても踏まれても縛られても病気になっても不屈の精神で立ち上がる狛枝クンが倒れるなんて……うう、人は見かけによらず繊細なところがたくさんあるんでちね!
狛枝クンの神経が基本的にザイルと同じだというのは撤回しなければなりません!」

「……モノミとは、本気でその辺りに決着つけたくなってきたな」

「ほえ?」

「ふふ、モノミちゃんの方が狛枝クンと仲良しだねえ」


なんだか、その声に寂しさが含まれている気がしてボクは戸惑う。何が七海さんは寂しいのだろう?やはりこの島でボクとモノミ以外に会えないというのは辛いのだろうか?


「ほえほえ?」

「え、そうかな?七海さんにはそう見える?」

「そうだね……いや、無理に急に私にも親しくしなくていんだよ。本当にいいから……」

「・・・・・・・・・?」


今度は顔を合わせて貰えない。この前の「裁判」のことを考えるとボクと親しくしたくないことは明らかで、ボクも図々しくないように振舞ってきたつもりだったけど、なにか失敗したのだろうか。

なんだか七海さんの雰囲気が気まずくなったので、モノミに話しかける。


「あ、そうだ……朝はああいったけど、モノミのことはやっぱりウサミって呼ぶよ。慣れてはいないけど、ほらこんなに他にも「モノミ」がいたらややこしいでしょ?まあ最初のうちは何度か間違えるかもしれないけどさ」

「うーん、そうでちねー……でも狛枝クンとあちしとの信頼関係の歴史が」

「は?そんなのあったっけ?」

「ほえ!?狛枝クンのバカー!!ぼっち同士でご飯食べたことを忘れてしまったんでちか!?」

「……やっぱり、仲いいよね。いや私に対しては無理しなくていいんだけど……ぶつぶつ」


ガラガラガラ、手押し車の音。夕焼けと青い海。七海さんとモノミの声、たくさんのロボットのモノミたち。
賑やかな朝食、夕飯の会話、やさしいうさぎのぬいぐるみに囲まれて……こんなに穏やかで、いいんだろうか?

皆に囲まれて、一瞬この世界にボクという「超高校級の幸運」が存在するせいでの幸運と不運のことを忘れそうになる。


(……危ないな、それだけはダメだ)


一番それに警戒できるのはボクだけなんだから……そう思ってようやくボクの家が見えてきた。白い壁が夕焼けに染まって、とても綺麗だ。

ああ、まっすぐ三人とも帰って来れてよかった……この幸運と引換の不運がボクの体調不良でありますように……どうか七海さんにもウサミにも「モノミたち」にも降りかかることはないようにそっと祈る。


(どうか不運はボクにだけ与えてよ、今だけは……)


「狛枝クン」

「狛枝クン」


そこで、七海さんとモノミ……やはり意識しないとなかなかウサミに切り替えられない、七海さんとウサミがボクの方を振り返る。

不思議に穏やかな、少し挑発的な、誇らしげな、安心したような、その全てがない混ぜになったような穏やかな笑顔でボクを十秒はたっぷり見つめた。


「狛枝クンにですね、言い忘れてたことがあったのでち……狛枝クン、この島がほとんどオートメーション化したこと、いいえこの島自体がとてもすごい機械になっていることは覚えてまちか?」

「……?そりゃこの「モノミたち」のことが衝撃だったけどさ、それも充分衝撃的なニュースだから忘れるわけないよね。
すごいよ、さすが未来機関は希望だね!ここまで自然物に見えるのに、機械によってのコントロールを実現するなんて……本当に何でもできそうだよね!」

「うん、だからね、狛枝クン」


ボクの言葉を遮るように、七海さんは穏やかな口調で告げた。


「この島ではね、狛枝クンの「超高校級の幸運」は発動しないんだ……だからもういいんだよ、この次に不運が来るとか幸運が待ってるとか考えなくていいんだ……今まで一人で辛かったよね、本当にお疲れ様……これからは一人で抱え込まないで」


呆然とするボクの頬に七海さんはそっと触れ、ウサミは胸に抱きついてきた。

 

 

 

あとがき

β版が始動したらかつてない長さのセリフが連発されて「不思議だなあ」と思いました(作文)。

 

2013/12

 

 

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