超高校級の幸× 15

 



α+β 2




ボクの知る世界は終わっていた。

もう全部終わっていた、ボクがそれを知らず絶望だの希望だのがまだ闘っていると勘違いしていた。

それだけ。


「あっはは…!」


ただただボクが異様で滑稽なだけ。
百年も眠ったまま、肉体的に大した変化も不調もなく、絶望の終わった後の平和で安全な世界をたった一人だけ甘受できる。


(ボクはこうやっていつも生き延びられる)


「やっぱりだ!希望が絶望なんかに負ける訳ないんだ!人類史上最悪の絶望的事件は希望が勝利して、絶望が滅んだのがその証拠だ!
嬉しいよ、あはは、あは…はは……」


ボクが命を懸けて信じていたことが証明された。
希望が絶望を滅ぼし、世界は今穏やかにその傷を癒し終えかけている。

希望は負けなかったんだ……それを讃えるためにもっと笑おうとした。しかし、驚いたせいか声はどんどん小さくなり最後に喉の奥で消えていった。


「資料を見たよ!未来機関は超高校級の絶望たちの更生に成功したんだね!そこまでしてやる必要はないと思うけど、さすが希望は…絶望たちの超高校級の才能を使って絶望…を滅ぼし尽くしたんだ…さす、が……」


日向クンはすでに死んでいた。墓地の墓石の日付では二十年前に。

ソニアさんも、左右田クンも、九頭龍クンも、終里さんも日向クンよりずっと前に死んでいた。

コロシアイはゲーム世界の事だったのに、そこで死んだ皆も再び死んでいた。

十神クンも、花村クンも、小泉さんも、辺古山さんも、澪田さんも、西園寺さんも、罪木さんも、弐大クンも、田中クンも。
ボクが目を覚ました今では過去の時間にもう死んだ。

超高校級の絶望たちは全てもう死んだんだ…眼の前のあいつとボク自身を除いてーー絶望の声が裁判場を掻きまわす。


「喜んでくれて何よりだ、その通り。絶望の残党たちが開発した絶望に侵された人々に対する効果的な更生手段、それこそが未来創造プロジェクトだ。
ちなみに目が覚めた時期はみんなバラバラだよ。コロシアイ修学旅行の初期の全員集合がボクら十六人の欠ける事なき最後の全員集合さ」

「…黙っててよ」

「死を覚悟したメンバーほど覚醒には時間がかかった。コロシアイの最中に外での記憶を取り戻した罪木さんだけが比較的初期に目を覚ましただけで他に処刑されたメンバーは目を覚ますまでに最短で三十年近くかかった。その最短記録の花村クンから次の処刑メンバーは二十年近くかかっている……他はもっと早く目を覚ましてるからとっくに」

「黙ってて!…みんなことを何も知らないくせに!」

「……ある意味では君よりよく知ってるつもりだよ、七海さん?日向創を除くとみんな三年近くはボクのクラスメイトだったんだよ。江ノ島盾子の手下だった時のことだって知ってる」

「……っ!」

「ま、確かにゴミみたいな才能しかないボクはあまりクラスに馴染めていなかったから七海さんの言う事ももっともなんだけどね。
日向創なんて船で会話しただけだし、彼らと共に百年彼らの更生に心を砕いてきた君に比べるとゴミクズの経験なんて無みたいなもんか」

「……そんなこと、言わないで。あなたと学校の事を話したいって言う仲間もたくさんいたんだよ…たくさん、たくさん、いたのに……」

「もうみんないないけどね。ボクなんか待っている必要ないと思うけど…君はそう生まれついたものね。ゴミみたいな才能、ボクの幸運のせいでごめん」

「それが、狛枝クンの才能のせいと決まったわけじゃない!……狛枝クン、大丈夫…?分かって、あなたの才能のせいかはまだ不確定なんだよ?」


七海さんが絶望のボクから、ボクへと意識を向ける。心配している…何を?


「ははは…七海さん、いつもと一緒だよ。
なにか事故や事件や異変が起きると最後はボク独りだけが残ってたいした怪我もなく、ついでに傍らにはなぜか札束が転がっている…うん、いつもと一緒さ!だから、ほらボクのそばに絶望の残党は一人も、一人も残ってない……ボクはツイてる」

「狛枝クン、違うよ。その可能性が無いとは言い切れないけど、擬似的脳死からの覚醒はあなたみたいなコロシアイの中で過酷な死の経験をした人ほど難しくて…処刑されていないのにあなたが目を覚まさなかったのはそのせいなのかみんなで考えていた!日向クンが一番悩んでて……」

「へえ…二十年前の死の何年前までそんな無駄なことを、日向クンが生きてた頃そんなことを……」


小さな足音が近付いて、ボクの足元に影が伸びた。影まで再現できるホログラムなんてすごいよ七海さん、これは左右田クンが作っていたりするのかな……。


「……狛枝クン、聞いて…私は君を騙してた。日向クンたちは生きていてまた会えるって」

「それがあいつの言う「七海さんは嘘つき」って事?」

「そうだよ」

「七海さんの考えはよくわからないけど、別にいいさ……いつものことだよ」


世界を揺るがせる大きな希望も、絶望も……ない穏やかな生ぬるい世界。
ボクはそこがそれまでの現実の延長だと知らないまま、日向クンたちが生きているか死んでいるかに頭を悩ませていたってわけか。

本当に馬鹿だなあ、ボクは……ここはボクが知っている全てがただの歴史とも呼べる古い過去の記録の世界だというのに。

全てが振り出しに戻っただけ。ボクが希望ヶ峰学園に入る前に…自分のゴミみたいな才能がボク自身を塗りつぶしていた平和で生温く、一人だった頃に。

誰もいない世界で生きていた頃に帰ったんだ…それだけ。


「狛枝クン、そう考えてしまうんだね。自分の運が何もかも引き起こしたって…そんな風にさせてしまったのは私なんだね…なら本当に私を許さないで」


不意に一人の世界に色が付いた…七海さんが傍聴席から被告人席に座ったボクを静かに見つめていた。
動かないただのぬいぐるみになったウサミを抱いたまま、先程の動揺を消し何かを決意したようにボクを、いや他の何が遠いものを見据えていた。

でもボクは本当になにもかもどうでもよかった。


「いつも言ってるでしょ?七海さんが何をしようとしたかは知らないけどさ、ボクみたいなクズをどう扱おうが気にしないで…ボクは、ボクは!嬉しいんだよ!希望は絶望に勝ったんだ!世界から絶望は消えた!」

「…………」

「ま、最後の超高校級の絶望はボクが残っちゃってるけどね」


囁いだのは超高校級の絶望のボク…つまらなそうに裁判官席で真実ノートを弄っている。やはりあいつは絶望なんだろう。

世界から絶望が滅び希望が勝利したのに喜んでいない。ボクはこんなに、こんなに嬉しい、のに……。


「……そうだね、なら最後がボクでよかった。希望の為ならボクは喜んで死んで」

「狛枝クン!」

「おっとコロシアイのボク、それは無理だよ。この希望更生プログラム、そしてそれを運用する特殊なハードウェアである島ごとのコンピュータ化に成功した左右田クンの大傑作システム・ジャバウォックは島ごと超高校級の絶望を更生に導く仕組みだから、ここで君は自殺することはできない。スタンガンと鎮静剤ですぐに阻止だ。
…さて、前座はこれくらいかな?」


超高校級の絶望が挑発的でもなく投げやりでなく、乾いた事務的な仕草でパンパンと手を叩く。ホログラムということを忘れてしまう程リアリティーがあるそれは開始の合図だった。


「ノートに対して管理者より宣言『これより未来創造プロジェクト最終被験者・狛枝凪斗の最終進路決定裁判を開廷する』」

 

 

《最終裁判 1》

 


「……最終進路決定裁判?」

「最終進路決定裁判は擬似的脳死から被験者が目を覚ましたあと、再び脳死しないとシステムが判断した時に行われる。
…さて、超高校級の絶望はコロシアイの世界から目を覚ました。すると今度は何をすべきだと思う?」


どうでもいい、イライラと答えた。


「処刑…じゃないよね、わざわざ目を覚まさせたなら。なら更生…だから希望更生プログラムなのか?」

「正解。…あ、せっかく第二図書館から持ち出した資料があるみたいだしボクが嘘を言っていないか検証しながら聞くといいよ」

「当たり前だ、絶望に堕ちた人間の言うことを鵜呑みになんかするもんか」


ボクが《未来創造プロジェクト概要 第十六改訂版》と黒い皮に金字が印字された資料を目の間に置かれたデスクに開いて一つ一つ確かめる。言っていることは資料と一致する、とりあえず今はこいつは嘘をついていないみたいだ。

ボクが確認したと告げると、絶望のボクは眼鏡をかけて宙に出現した黒板に何かを書き始めた。どこから持ってきたのか、いやホログラフだから自由なんだけど……視覚をいじられなくても錯覚してしまう。


「本当は新世界プログラムの別称に過ぎなかったんだけど、脳死した超高校級の絶望を更生させることに特化した改良型が希望更生プログラム…目を覚まさせたら、終わりじゃない。
希望の妨げにならない様に教育、更生させないとならない。
だから目覚めた絶望に更生の余地があるのかプログラムの初期段階の未来機関への判断材料がこの最終進路決定裁判さ。
……最も今はほとんど忘れ去られたプロジェクトだから誰もこれを見ていないし、そもそも覚えているのか怪しいけどね。まったく絶望が去ったからって生ぬるい世界に浸っていると危機管理が疎かになっちゃって嫌だね」


もう一度見直すが、絶望のボクが言ったことは第二図書館から持ち出した資料と差異はなかった。ただ最終進路決定裁判については記載がない、それに今妙なことを聞いた。未来機関はボクを監視していない?


「……未来機関がボクに更生の余地があるのか見極めていない?ならなんの為のこの裁判なんだ」

「この裁判には表向きには超高校級の絶望が再び絶望を振りまかないか監視する未来機関の意思を反映したものだったけど、裏にも意味があった。
それは日向創の考案した《被験者に自分の意志によるこれからどう生きるのかの選択を行わせる事》だ。彼はそれこそが超高校級の絶望の更生に必要なことだと考えていた」


さざ波のように押し黙っていた七海さんの声が、小さくボクに届いた。


「……《自分の意志で選んだ未来しか、絶望の中で希望に手は伸ばせない》」

「…七海さん?」

「日向クンがずっと言ってた事だよ…狛枝クンにずっとそう言ってやりたいって言ってたよ…」

「……自分の意志で選んだ未来?」


こんな…なにもかももう終わった世界で今更何を決めるというのだろう。


「さてそれでは不明瞭な部分も多いことだし、ではコロシアイのボク、未来創造プロジェクトとは何か君はどこまで掴んでいる?」

「…第二図書館にあった資料によると、ボクたち超高校級の絶望を更生させるための未来機関の計画のはずだ。なのに日向クンが創立者ってのは不自然な気がするけど」

「なるほど、では未来創造プロジェクトの管理者視点からの解説をするね。
未来創造プロジェクトはそれ自体がコンピュータのことを示すわけじゃなくて《超高校級の絶望たちを更生させる為の計画そのもの》を示すんだ。意義や更生のやり方やその決定方法の全てだ、新世界プログラムの改良型である希望更生プログラムはそのシステムツールに過ぎない」

「……日向クンが創立者ってのは?」

「日向創はコロシアイの生き残り、つまりあのジャバウォック島のコロシアイがゲーム世界のものだと気が付いて目を覚ました。
その後、生還した五人はゲーム世界の死と知らないで死んで現実世界では特殊な脳死状態となったボクを含む十人を目覚めさせることを決意した。これを未来機関の苗木クンが承認して、未来創造プロジェクトとした。
最初は絶望の残党にそんな計画を任せるわけにはいかないから、代表者は江ノ島を殺した英雄のポジションにいながらボクらに同情的だった苗木クンだった。けど実質的な代表者は最初から日向創だった。
普通は脳死した人間、しかもそれが十人というのは覚醒は不可能に思えた。しかし覚醒のために試行錯誤をすることで見えてきたことがあった、それはなにか資料に載っている?」

「……載っているよ、『被験者の脳死はバーチャルリアリティの余波によるもので通常の脳死と異なり、脳死自体がバーチャルな擬似的脳死と呼べるものだった。よって解決策は物理的な観点よりも、死をもたらした脳の記憶そのものへのアプローチが有効であると方針を決めたのち大きな成功を収めた』…この後にはプラシーボ効果やらノーシーボ効果やら海馬を構成するタンパク質やらの脳科学の話になってる。これをまとめると…つまりバーチャルリアリティの死にはバーチャルリアリティからの覚醒が一番効果的だったってことかな」


めくる冊子に何度も出てくる名前や直筆のサイン。日向クン、日向創、未来創造プロジェクト管理者…予備学科の彼が随分大きな地位を得たものだ。どんな風に生きたんだか……今のボクにはもう記録でしか知ることはできなけど。


「擬似的脳死の解決が大きく進んだ。そしてそれは成功した、でも最初に目を覚ました小泉さんと澪田さんは過去の記憶とコロシアイ記憶のギャップに長い間精神が絶望に堕ちる寸前だった。
そうしていくうちに未来創造プロジェクトは自然と脳死を解消するだけでなく、希望サイドへと目が覚めたメンバーの精神を回復させ、かつ更生させることが求められた。日向創たちもやるべきと判断した。そのままじゃコロシアイの記憶を持った超高校級の絶望ができるだけだしね」

「……コロシアイの記憶を持った?」

「君も持っているだろう記憶だよ、さて簡潔に行くね」


超高校級の絶望はチョークを手に取ると、ぞんざいにプログラムのプロセスを書き込んでいった。

希望更生プログラムの被験者更生手順
《コロシアイの死の記憶の忘却を行う》
《目を覚ました被験者をコロシアイの世界の延長と見せかける》
《そのまま更生の生活をさせる》
《生活を送ることで生を実感させ、死の記憶を被験者に否定させる》
《最後にコロシアイの世界がゲーム世界の事だと伝え被験者に自分の死を否定させる》
《これらのプロセスによって擬似的脳死はバーチャルなものとして解消される》


「これは君にも行われ成功している事だ」

「ボクも…?」

「これまでの裁判やウサミとの共同生活、七海さんの強制労働がなんのために行われていたと思ってたの?全ては君が何故か自分が生きていて死んでないようだと思わせるための演出だったんだよ。
だって君は一度は完全に自分は死んだと思っていたよね、でもいつに間にかなぜか生きていることに慣れ始めた。そうでしょ?」

「あの生活自体が、未来創造プロジェクトの一環…?」

「その成果として君は生きている。もちろん他にも更生の為の下地をつけるという意味もあるけどね、未来創造プロジェクトの後半部分の改変はこの辺りさ。
何せ相手は超高校級の絶望だよ?更生させるなら死ぬ気殺す気じゃなきゃやれないさ、だから覚醒を確固たるものにするために目覚めの日々と更生への生活を混ぜたやり方になった」


目が覚めた時、ボクは何が何だか分からなかった。でも確かにボクは呼吸をしていたし、七見さんとウサミと会話もできた。だから、こう思ったーーボクは何かしらの理由で死ななかった、生き延びたのだと。


「それ自体が未来創造プロジェクトーーボクは死んだはずなのに、生きている理由が分からずそれを知っているらしい七海さんとウサミに付いて行った。あの後何があって、どうしてボクは生きているのか知りたくて……」

「それこそがこのプロジェクト被験者の覚醒と更生の第一歩さ。なぜ生きているのか分からない、死んだはずなのに、どうして?それを知りたい、一体あのあと何があってこうなったんだ?
……こういう謎に対する気持ちに人間は逆らいにくい、それが自分の生死に関することなら尚更にね。そして裁判を経て、疑問だらけの島での生活を経て、その疑問を解決していくうちに今生きていること自体には疑問を抱かなくなる。そうすれば擬似的脳死は解決できるーーさて他の疑問は?」

「他にはーー理由は知らないけど態度を見ていると七海さんとお前は敵対しているはずだ、なのにどうして今まで消去されなかった?
ボクの脳は監視されたり視覚を操作されていたりしたはずだ。もし消去が無理でも、お前に気がつくはずだ……そもそも何故ボクは記憶が二つに別れたんだ?」

「ボクたちが二つに分かれたんだ理由ははっきりした原因は不明だけど、きっかけは大まかに三つ。
一つは七海さんが日向創のノートをボクの部屋に置いたこと。二つ目はそれをきっかけに君がウサミを攻撃したせいでスタンガンを受けたからだよ。
もともと脳にチップを埋め込んだ負荷のかかっている状況なのに電気ショックなんか受けた、それが本来はこの初期段階で絶望の残党としての記憶が別人格として発生したきっかけだ」


あの時、ボクがウサミを攻撃したからこいつを生み出してしまったーーなんだよ、それ?
でも心当たりがある、あの頃からボクの記憶は時たま飛び飛びになってしまうことが増えた。ただの体調不良と思い込んで、放置してしまっていた。


「三つめは後でお知らせするとしてーーボクが見つからなかった理由。それはシステム・ジャバウォックが優秀すぎるゆえかなぁ。
君の脳に仕込まれている希望更生プログラムの超小型チップとこの裁判が終われば外れる予定だった拘束リング。それらは対象となる人物以外には絶対に作用されないように厳密に設定されていた。
その人物の判別方法だけど、それは《どんな記憶を保有しているか》だったんだよ、だからボクは最初からこの島の真の姿が見えていたし、七海さんの監視網を潜り抜けて自室の窓にメッセージを残せた」

「そんな所に……私の目を潜る方法を見出すなんてーーあなたはいつから全てに気がついていたの?」

「七海さんは例の楽園ゲーム制作にかまけ過ぎたんじゃないかな?
せっかくの監視カメラをフル活用しないで《そっちのボクの視界データ》だけをチェックしてたんじゃないかな、ちなみにボクは最初は何も分からなかったよ。最初の記憶は……確かこの裁判場のベットの上だったかな?何が衝撃を受けたのきっかけみたいだけど……うーんなんだったのかな?」

「…そこまで掴んでいるの」

「楽園ゲーム?さっきも聞いた言葉だけど、それも未来創造プロジェクトの一環なのか?」

「さっきボクたちが二つに分かれたんだきっかけの三つ目が楽園ゲームだよ。
これはむしろ未来創造プロジェクトに七海さんが仕掛けたウイルスに近いものだ。今やウイルスどころかシステム•ジャバウォックを希望更生プログラムから乗っ取ろうとしている絶望的なゲームだよ」


…ウイルス?七海さんが何故そんなことを?
…どちらにせよ、こいつではなく彼女自身に聞きたい。


「…ボクは絶望に堕ちた奴のことなんて正直聞きたくない、だから七海さんが作ったって言うなら、彼女が聞かせてくれるなら教えてほしい。
ーー楽園ゲームって何?」

「…傍聴席からじゃ、システムの機密コードに引っかかる。言えない」

「…そんなにシステムの根幹に関わることなの?」

「うん、せめて証言者として席につく許可がないとーー」


七海さんの視線が刺すように強く裁判官席のあいつを睨めつけた、あいつなメガネと黒板を宙へと消すとふざけた様子を一切消して視線を合わせた。
その交錯は最初は探りあうようで、だんだんと火花を散らすような険悪なムードへと変わり始めた。


「……元・希望更生プログラムさん、何が狙いだ」

「別に…傍聴席からじゃ、機密コードが外せないだけ。でも証言者として証言台に登れば機密コードを無視できる。でなければ狛枝クンの質問に答えられない」

「じゃあ絶望、お前が許可を出せ」

「…………断れば?」

「ボクは……さっき言ったように裁判場を出る」

「それは、困るなあ……仕方ない、七海さんも諦めが悪いね。
いいよ、『七海千秋に証言台で発言することを許可する』。これで機密に関する単語を発言できるよ……でもね、君の思惑はきっと裏切られるよ」


けたけたと笑う絶望を無視して、七海さんは傍聴席の柵を超えてボクのすぐ傍らまで来た。あまりに近くて少し驚いたけど、もっと驚いた事に七海さんはボクの手をとって抱きかかえた。

彼女はホログラムなのでボクが手をずらせば互いに通り抜けてしまう。だからボクは彼女の動きが本当に触れ合っているように合わせた。
その行為に驚いて目を見開くと七海さんの唇がありがとうと動いて、瞳に涙が浮かんだ。ボクが袖でそれを拭おうとするがホログラムの彼女は泣いているままだった。


「狛枝クン、本当にごめんね……私が弱かったからあなたを……いや蛇足だね、私は楽園ゲームのことを伝えるだけなのに」

「……それは七海さんにとって、言うのも辛いことなの?」

「ううん、辛くないよ。私は楽園ゲームを作っていて幸せだった。
これが見たかった、みんなでこうして、再会できたらって……大丈夫、何でも聞いて」

「……楽園ゲームってなに?」


あまりに単純すぎる問いかけかと危惧したが、彼女は穏やかな笑顔のままボクに答えた。

その穏やかさは南国の海の波打ち際のようにはかなげでキラキラしていた、七海さんは幸せそうだった……楽園ゲームのおかげなのか?


「楽園ゲームはね、みんなが欠けることなく再会して一緒に手をとって未来を創っていく……そういう世界なの」

「どういう意味…?」

「そういう未来があり得たという事をみんなの覚醒後のデータから仮想人格を与えたアバターを作って、バーチャルリアリティーの中で再現したモノなんだ。
……すごいんだよ、最初は本当にただのデータを羅列したアバターに過ぎなかったのにどんどん《みんな》みたいになっていって……こんなに成功するとは思っていなくてーー。
本当に、どうしてあっちが本当にならなかったんだろう?きっとそうなれたはずなのに、再会できない仲間ばっかりで……そしてそして」

「…大丈夫?」

「へいき……眠っている狛枝クンを除いて生きている人間が無人になったこの島に私とウサミちゃんだけなったのは十年前の事だった。最後に残ったのは田中クンと辺古山さんだった……二人共ね、狛枝クンを起こしてやるってスゴく張り切ってたんだよ?
学級裁判の時に犯人の立場からどんなに狛枝クンが怖かったか、仕返しだとか……色々たくさん話してやりたいって、先に逝ってしまった日向クンの話をしてやろうって……それなのに」

「………」

「日向クンだってどんなに全員での欠けない再会を望んでいたか、見ていて苦しいくらいだった。もう晩年だったけど君以外の全員での覚醒を見届けて……狛枝クンが目を覚ます所を一目見届けたい、そうなるまで死ねない死ねないって。でもダメだった……。
きっと今の私達なら一緒に未来なんて作れるって笑える筈なのにどうして?どうしてだめなの?……どうしてみんな私を置いていくの!?」

「……七海さん」

「最初にね、死んじゃったのソニアさんなんだ。その時欠けることなくみんなで再会することは永遠にできなくなった。
みんな泣いて……私はそれから何度も何度もみんなが死ぬところを見てきた。
 そして……思ってはいけないことを思っちゃったの。ーーどうして私はいつもみんなに残されなきゃならないの?
いつまでみんなが死ぬところを見なくちゃいけないのって!もういやだ!みたくないって!」


親しい人が死ぬところをもう見たくない。
……そんな感情は覚えがある、ボクは七海さんを落ち着かせるように声を落ち着けた。


「それは……仕方ないよ」

「よくないよ!死なれるのは辛い、でもね!それなのに私はみんなを残して死ぬのも絶対嫌なの!残してしまったあと何かが起きるのかもしれないと心底思った!
……でも最後に辺古山さんが、亡くなって、私初めて思っちゃったんだ……狛枝クンが逝ってしまったら本当にそれで最後なんだって」


七海さんはボクの頬に手を伸ばして、幻の手で何度も触れた。……ボクが生きていることを確かるように。また逝ってしまっていないことを確認するように。


「そう思い始めた頃、ウサミちゃんが倒れてメンテナンスになったんだ……私と同じような理由だと思う。
その間気が狂いそうだった、たった一人残されてしまう。本当に壊れてしまうと思った……そんな時にサンプルデータとして使っていたコロシアイの起きなかったもしもの修学旅行《アイランドモード》を使ったの」

「……そして、楽園ゲームを作ったの?」

「うん……そうだよ。作ってしまった……」

「……コロシアイの起きなかった修学旅行はどんなだった?」

「狛枝クンと私達が過ごしたこの十日間とよく似てるよ……毎日一緒にこの島で作業したり採掘したり…ご飯食べたり遊んだり…楽しかった。
こんな風に目覚めてたくさん苦しんだけれど未来を諦めなかったみんなと過ごせたらと思って……仮想人格アバターを使って覚醒後のみんなを創りだしてしまった。
……酷いよね、日向クンにみんなはゲームなんかじゃないって言ったのに私がみんなをゲームにしてしまったの」

「それが楽園ゲーム?……そして七海さんはそこでボクに何をさせるつもりだったの?」

「……あのまま、狛枝クンをあの世界に」

「バーチャルの死から現実の生へ移行する過程をむりやり書き換えてバーチャルの生に移行させようとした……違う?」


七海さんの言っている意味が分からず問いただそうとすると、うんざりだという声が降った。超高校級の絶望がからっぽのくせに灼けるような鋭い目で七海さんを見るから咄嗟に後ろに庇う。


「……どういう意味だ?」

「君にバーチャルの死を否定させる過程で裁判は行われていた、最初の裁判は実際君のコロシアイの死を否定させる要素がたくさんあったんじゃない?」


かーんと絶望のボクが硬質な音を立てた、見上げると裁判官席に小ぶりの木槌を持っている。静粛にと囁く声は乾いていた。


「さっき言ったように、未来創造プロジェクトの最初のステップは死の記憶の消失後バーチャルの死を本人に納得させて現実の生へ移行させること。
でも七海さんがやってることはバーチャルへ世界へボクを戻して閉じ込める事だ……その為にかなり無理をしてシステムを改変させたでしょ?ウサミが倒れているのもその辺が理由じゃない?」

「ボクが、七海さんが作った《もしも》の中に……?」


それは……幸せなことなんじゃないのか?
彼らは絶望の残党だ、そう囁く声よりボクにはあの島で過ごしたみんなと再会できることは幸せなことなんじゃないのかと囁く声が大きい。


「狛枝クン、ごめんね…でもここまできたなら私はやり遂げなければならない……大丈夫、狛枝クンの未知の未来を奪ったりしない。
でも楽園ゲームの中で一時的にそこを現実と思って過ごしてもらう……そんな酷いことを言う私を許さないで」

「……本気なの?」


彼女のそれが答えとばかりにバチン!と宙で大きな火花が散った。慌てて絶望のボクを見上げると、片手で顔を覆って裁判官席のデスクに突っ伏していた。


「なにが、起きた!?」

「……あーあ、こうなると思ったんだよなあ。……これはボクの仕業じゃないよ、七海さんの仕業だ」

「……傍聴席からじゃ、システムの根幹に少し遠い。でもここからなら、届く……このまま希望更生プログラムを書き換える!この先の選択肢に私の楽園ゲームを加える!」


彼女の言葉と共にボクの前にクイズ番組に出てくるようなパネルが現れた。驚くまもなく、七海さんはボクの手を取るとそのパネルに機械音のようなものを告げた。
すると『この被験者の進路変更手続きを了解しました』とパネルが機械音を発した。

そしてただの灰色だったパネルに二色のスイッチが浮かび上がる、そしてその上に文字が現れる。

そこに書かれていたのはーー。


「留年と楽園ゲーム…?」

「最終進路決定裁判はシステムの根幹に関わる管理者にさえ一切のタッチができない被験者の未来を選択する権利、狛枝クンがこれを選ぶことは管理者にも歪められない!選択肢を選んだ先にはだれも干渉できないーー!」

「それは……七海さんの楽園ゲームを選んだら、ボクは…どうなるの?」

「……私の楽園ゲームをやってもらう、ただ私はシステムの破壊に近いことをやっているから一年くらいしか持たないと思う。そして狛枝クンはそれが終わった後未来機関の保護を受けてもらう」

「じゃあ、留年を選んだら…?」

「本当はただこの希望更生プログラムの生活を続けてもらうだけなんだけど、七海さんがシステムの根幹を揺さぶりまくったせいでそうも行かなくなってるねえ。
……そうだねせっかく記憶は緩やかに戻ることが制御されていのにここまで強引に書き換えられると君はすぐに超高校級の絶望と呼ばれた数年間の記憶を取り戻すことになるよ……どう耐えられそう?
……ま、どちらかというと君の記憶は《ボク》の中ではただの夢になってすぐに忘れられちゃいそうだけど」


ボクは…超高校級の絶望に戻る?…冗談じゃない!なら七海さんの方を。


「おっと、安易に選択しないほうがいい。だれも君の選択を邪魔できない、でもね逆にいえば選択したら取り返しがつかないんだよ?」

「……っ!」

「それに七海さんはいってないけど、そこまでの無茶を最後までやり通したら彼女は、そしてシステムの防衛反応を押し留めているウサミも消滅は免れない……つまり楽園ゲームを選んだら二人は死ぬんだよ?」

「え……?」

「黙ってて!」

「黙る訳ないね、七海さんは謝るのにフェアじゃないなあ。……コロシアイの狛枝凪斗、今君の前にある選択肢はこんな感じだ。
……超高校級の絶望に戻るか、七海さんとウサミを死なせて生き延びるか。しかも後半は君が罪悪感で自殺や絶望の残党としての破壊行為をしないようにこっちのボクの記憶とコロシアイの記憶を消去した状態で見知らぬ世界で一人で生き延びる……それでも君は楽園ゲームを選ぶ?」

「そ、れは……」

「こ、狛枝クン……それは、ウソだよ…」

「七海さんはそれを真実ノートに書けるかい?裁判官権限がないとそれに嘘をつくことはできないよ?」


押し黙る七海さんに、それが真実だと知ってしまう。……なんだよ、それ。

そんな、そんなもの。


「選べないでしょ?……絶望的だね!」

「ーーだま、れ……黙れ!」

「ちなみに選ばないという選択肢はないよ、このまま七海さんのウイルスを撃退出来れば君は絶望の残党と呼ばれたボクになる。七海さんのウイルスが勝てば強制的に楽園ゲームだ。どちらが待ち構えているのはただの運ってことさ、もしかしたらボクの才能がベストの選択をするかもしれない……でも君はここで才能を使いたくないだろう?このゴミみたいな才能はいつもボクらを翻弄してきたからね。
さてーーそんな絶望的なボクに提案があるんだけどいいかな?」

「聞きたくない!絶望したお前の言うことなんて聞きたくない!」

「ボクの幸運から逃れることなんてできない……そう思わない?」

「……え?」
 

告げられた声はとても静かで凪のようで…その先を聞き入ってしまう。


「ねえ、これが偶然だと思う?絶望の残党のくせに安穏な未来をあっさり手に入れてその上にボクの記憶というボクを害する可能性の高いものを排除する選択肢が急に現れる……ボクはこれはボクの才能だと思う」

「ボクの、幸運ーーこれが」

「昔の話をしようか。ボクはね、世界を絶望に叩き込んだ江ノ島盾子という真の超高校級の絶望を倒して自分が希望となるか、それ以上の希望の踏み台になろうとしたんだ。
それをあいつにいいようにされたことも……マヌケなことにたくさんあったけどもとにかくボクはあいつを殺そうとした。絶対的な希望のために。そうでなければあいつに挑んで殺されようと思ってた……でも失敗したんだ。ボクは殺すことも殺されることもできず、希望を掴むこともできず無残に生き延びた。
最悪だよね……でもね君はボクとは違う。
モノクマを通じたあいつに利用された側面も否めないけど、コロシアイの中での《ボク》は希望の為に生きて希望を抱いて死ねただんだ……それをボクは最高に幸せだと思う」


ああ。
そうだ、ボクはそう思っていた。

モノクマからファイルを受け取った時に真実を知って……こんな絶望の果てには大いなる希望があると信じて、自分が超高校級の希望と呼べる行いを出来ると信じた。


「君は、ボクの尊敬に値する……だから、君はこのまま死ぬべきだ。自分で選んだ死に帰るべきだ」


ボクはあの時やれるだけのことは全てやった。
ボクはあの時自分のやる事は希望だと信じて、暗い倉庫での計略をやり抜いた。

ボクはあの時ボクが超高校級の希望になれると、信じられた。


「だからさそんな君へボクから希望ある選択肢を……その留年の選択肢を修正してあげる、それを選べば君はコロシアイの記憶と供に再び脳死に戻る。
そうすればボクらは希望を抱いて死ねて、七海さんとウサミは助かる……ボクはそっちを選ぶべきだ」


目の前の《留年》と書かれたパネルが、ノイズを放ったあとに……脳死へと変化した。

 

 

続く


あとがき


余談ですが、一回目の裁判で七海が五章の話を延々としているのは個人的こだわりもありますが基本は「狛枝は死ぬ意志はそんなになかったはず!」と狛枝に死を否定させるためにやってます。


裏設定の覚醒順
小泉+澪田→罪木→西園寺→十神→弐大→花村→辺古山→田中

この順番で覚醒している設定です。基本被害者→犯人の順番です。あとは「生前本人がどれだけ死を覚悟したり、予感してたか」が左右してる設定。
ちなみに例外の罪木は記憶が戻っているせいで早く、しかも絶望のままなので日向にとっては最大の強敵となりました…ていう設定。

気づいた方がいらっしゃるかは謎ですがその辺は「カムクライズルのカケラ遊び」と同じ設定だったり。

2014/03/11

 


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