超高校級の幸× 17




 

???  1

 

さくさくさく――ざあん。
砂浜の足音と波の音だけが響く、とても静かな砂浜だった。

ボクはそこを……日向クンと二人で歩いていた。


(日向クンは死んだはずなのに)


それは彼がさっき言った通り本物の日向クンじゃなくて彼を模した人工知能プログラムなんだからだろうけど。
でも半歩先を歩く日向クンの姿は穏やかで本当は彼が死んだなんて嘘だったような錯覚を受けてしまう。


「あー、幻の南国とはいえ結構暑いなー」

「…………」

「狛枝、お前結構暑さ弱いだろ、大丈夫か?」

「……いや別に、そこまで弱いわけじゃ……」

「そっか?それにしても汚染前のジャバウォックの海は本当に綺麗だな……あ、今あの辺でデカイ魚が跳ねなかったか?うまそうだったな、一緒に釣りでもして食べるか。この辺の魚は結構美味いぞ、汚染後の海の幸を知り尽くしてきた俺が言うんだから間違いない」

「…………」


食べる気だったの、ていうかここ食べ物の概念や必要のある世界なの。そう嫌味を言ってやろうという気力はもはやなかった。

なんでこの《日向クン》はこうもへらへらして、楽しそうに砂浜をはしゃいでるんだろう。状況分かってないんじゃないだろうか……いやボクも現状がさっぱり分からないけれど。


(希望も絶望も分からなくなって、けど決めなきゃいけない。なのに何も出来ないと思ったらウサミの声がして、最後には日向クンが現れて海辺を散歩しているなんて――もうさっぱりだ)


それでもボクは日向クンに手を引かれて美しい南国の砂浜を歩いていた。
何で手を繋いでいるのか分からないけれど、ぼんやりしていると「ひどい顔してるな、じゃあ気分転換だ」と手を引かれたような気がする。

さくさくという砂浜の二人分の足音は悔しいが耳にとても心地いい、マリンブルーの海と潮風が苦悩を忘れさせてくれる。繋いでいる日向クンの手はとても温かい、向けられる笑顔は幸せそうだった。

一瞬だけだけど、世界が幸福な場所に見える……そうしてやっとボクは自分の頬が酷く歪んで引きつっている事に気がついた。そっと凪いだ水面をのぞくと、泣き喚いているような表情になっていた。

日向クンと繋いでいた手を慌てて振り払い、両手で顔を叩いた。頬は乾いていたのでほっとする、日向クンの前で泣くなんて冗談じゃない……海で顔を洗おうかなと日向クンの様子を伺う。

するとそこには離された手をぼんやりと見ている日向クンがいた。なんだかすごく不満そうだ、どうしたんだろう?


「なに?どうかしたの……おなかでも痛いの?」

「……お前ってそういうところ、薄情だよな」

「は?」

「あーこれだから狛枝はいやなんだ。冷たい、薄情だ、鬼だ、オリジナルの俺はどれだけお前に傷つけられた事か……そもそも狛枝はな」


いきなり何いってるんだこの人は。
思わずボクの悪口を並べ立て始める日向クンを見返す。能天気な表情のままに彼は始めて会ったときのことや旧館で食事を持ってきてくれた事、はては記憶にない絶望病に掛かったボクの事まで持ち出し始めた。

まるでそれが百年前の事ではなく、昨日の事のような口調で。

……いや今の「オリジナル」という言葉から現実を思い出す。

彼は本物の日向創ではない、彼は七海さんやウサミのような日向クンを基にした人工知能のはずで……しまった、本当にぼうっとしている。それ以上は彼が何なのか全く分からない、訊ねてすらいない。

七海さんたちのこともあるのに何てことだ。


「日向クン、ボクは聞きたいことが」

「そうだ、砂の城でも作るか?お前好きだろ?」

「は?……いやだよ」

「このへんがいいかな?」


そんなことしている場合じゃない、そういってるのに日向クンはさっさと波が掛からない位置に移動して砂の城を作り始めてしまった。やたら手馴れた手つきが小さな城の土台を作り、堤防を掘り、細部を作り始めた。


「こういうのいいよな、南国らしくてさ。童心に帰る気もするし、何よりお前好きだろう、砂遊び」

「……なんで知ってるの」


図星だったので日向クンの隣に屈んで表情を探ってみる。すると急にそわそわし始めて、頬をかきながら砂をいじる手を止めた。


「あ、当たったのか?……そうか、シュミレーションの結果も馬鹿に出来ないな……お前はさ、こういう壊れてもやり直せる遊びが好きなんだろ。自分の才能が壊してしまう事がないからな」

「……なんだよそれ」

「いいから、お前も作れって……最後まで作った事ないんだろう?」

「今はそれどころじゃない」

「……じゃあ、一人で作るよ。いいだろ、俺の長年の夢だったんだ」


君がそんなに砂遊びが好きだったとは知らなかったよ。
文句を言ってやりたかったが、穏やかな目にさした思いつめた感情の影が気になって……一番外の砂の城壁ができるまで待ってやろうと日向クンを観察した。


(本物みたいだ)


さっき名乗った通りなら、この日向クンはアルターエゴという高度な人工知能らしい。とてもそうは見えない……いやそれ以前にここはどこだ?まだ世界は汚染されてこんな美しい世界じゃない、さっきの日向クンの幻のジャバウォック島という言葉は、つまり。


(あのコロシアイの世界がプログラムだった事と同じ、なら)


ならここはもう七海さんが言っていたような楽園ゲームの世界…?
ボクはまだ選択していないのに?恐怖が背中をぞわりと撫で、心臓を跳ね上げた。


「砂いじりなんかしてないで質問に答えて!七海さんとウサミは、もう一人のボクは、裁判場はどこにいったんだよ!」

「……ちょっとくらいいいだろ、お前相変わらず変なところでケチだな」

「ケチって……はあ?君は状況分かってないの?!」


いつのまにか砂の土台が組みあがった頃、ボクは日向創と刻まれた墓石を思い出した。この日向クンは本人なんかじゃない……陽気に笑っている日向クンが作る城をボクは踏み潰して、彼に向き直った。


「ボクは、ボクにはあそこで決めないといけないことがあったんだ!」

「あーもー、分かったよ……ちえ、もう少し久々の再会を味あわせてくれてもいいだろ」


曖昧に笑う日向クン……のアルターエゴという人工知能のはず……はなぜか残念そうだった。なにを残念がっているんだ?

日向クンはボクが踏み潰した砂の城を寂しそうに見た。日向クンはボクを目覚めさせる事ができなくてずっと悩んでいた――七海さんの言葉と日向クンの表情に少し胸が痛んだけれど、今は聞くべき事がある。


「日向クン、七海さんとウサミはどこ?そして君は何なんだ、ここはどこなんだ?何でボクは裁判場じゃなくてここにいるの?」

「ボクは誰、ここはどこ、君は誰――哲学的だな、なんか」

「茶化さないでよ!」

「やーだね、それっぽい事いって茶化して本題から話ずらしてばっかなのは狛枝の十八番だろ?オリジナルの俺はどんだけお前の言動に一喜一憂したと思って」

「だからそんな話をしてる場合じゃないんだよっ!!」


ボクは日向クンをこぶしで殴った。
手加減はしなかったのに、微動だにせずにぱちくりと日向クンはボクを見返した。子供みたいな無垢な瞳でじっとボクを黒い瞳に映している。

それに無性に腹が立って今度は彼の襟首を掴んで砂浜に引き倒して砂浜に頭を叩きつけた。さっきの砂の城の残骸が倒れた日向クンの左腕に当たってさらに無残に壊れた。

きっとボクは今獣のような形相をしているに違いない。きっとまだ思い出していない未来で絶望に堕ちてしまうような、そんな悪魔のような――。


「狛枝、お前本当に大丈夫か?」


日向クンは砂まみれの顔で不思議そうにボクを見上げた。彼の手が頬に伸びて、撫でた。温かい指先と砂粒のざらざらした感触、そして潮の香りが鼻腔のさらに奥を刺激した気がした。


「は?殴られてるのは君でしょ?何でボクが大丈夫って」

「だってお前泣いてるだろ」

「え?」


とっさに日向クンから手を離して目元に手をやる――が涙を確認する間もなくボクは砂浜に倒されていた。


「ばーか、仕返しだ。さっきは痛かったぞ」


朗らかな笑い声。それでボクは日向クンに思い切り殴り倒されたと気がついた。

右頬が痛い、でも見上げた先の日向クンの笑顔ときたら南国そのもののように明るくて――一度力を入れたこぶしの力が抜けてしまった。

もう一度殴りかかるのは止めた。ボクは無言で身を起こして、日向クンが視界に入らないように砂を払う。
……なんだろう、さっきから思っていたけれど、なんていうか日向クンの視線が痛い。悪意とかでは、ないみたいだけれど……なんでそんなに肩の砂を払っている手を見ているんだよ。


「…なんで、そんなにボクを見るの?」

「え?あ、悪い……起きてるなって思ってな」

「…………」

「ってかさ、狛枝。お前な、ボロボロってほどではないけど、半泣きだったぞ」


せっかく視界からはずしているのにずいずいは入ってくる日向クンは肩に手を当ててきた。砂を払ってくれるつもりなのかな、いや殴った相手にそれはないだろう、でも大丈夫かって言ってたし……。

ぐるぐる迷宮に迷うボクの心、しかし目の前の光景にそんなものはすぐ消えた。


「お互い汚れちまったな、ほらハンカチ」


砂まみれになったはずのボクも日向クンも砂粒一つ残っていない。全身がクリーニングされたように綺麗になっていた。

そして日向クンは何もない中から真新しいハンカチを出現させるとボクの目元をぬぐった。


「泣きかけだったのは本当だ、外で酷い事がたくさんあったんだな……今はまだ解析中だからちょっと待ってくれ。心配するな、《外の》時間が流れていないからな」


笑顔でよしよしと頭を撫でられる。――その温かく無骨な手も、彼の向こうに見える青い海と空も、全ては……。


「ここはお前の精神だけを緊急避難させたバーチャルリアリティの世界だからな、ほら砂も全て元通りだ。お前と俺の現在進行形で蓄積されている記憶データ以外は、ただの幻にすぎない。だから時間経過はあまり気にするな」


日向クンの砂の城は、さっき彼が作りかけていた姿に戻っていた。


(やっぱりコロシアイのときと同じ、プログラムの世界じゃないか)

「ここはやっぱり幻なんだね」

「そうだ、緊急避難だからな、現実とリンクさせている暇はなかった。手っ取り早くコロシアイの時のデータを再利用した。俺の外見が高校生のままなのもここが美しい南国なのも手近に利用できたからだ」

「……ボクは、どうしてここに?」

「お前がここに来る事ができたのはお前が心底そう願ったからだ」

「どういう意味?」

「俺にはまだ半分程度しか状況は分かってないが、誰かに助けて欲しいって心から願ってそう口に出しただろう?
……システムが被験者の精神を保護するため緊急措置をとったんだよ。だから俺のアルターエゴがお前の精神を仮想世界のジャバウォックに緊急避難として招けたんだ」

「……えっとつまり」


助けを求めた?いつだ?……ウサミの問いに答えたときか?
なんていったっけ?無我夢中で覚えていない、でも助けを求めるような事をいったのだろう――希望を求めた一番最初の理由を問われたボクの回答として。


(ボクは希望に、助けてほしかった?……だから求めていた?救いを?)


そんな時期もあったのだろうか、もう思い出せないけれど……稚拙に目の前の災厄から助けを乞うていたのか。自分が元凶だって言うのに、まだ知らない頃はそんな事を願っていたのか。そう思うと、酷く惨めな気持ちだった。

惨めなボクが遠いところを見ようと海辺を見ているとぽんと頭に手を置かれた。振り返るとまた達観した笑みを向けられた。その視線はとても懐かしそうだった。

そんな目で見られると、戸惑う。それはきっとボクの感情にも彼を懐かしむ気持ちがあるから。


「お前が本気で助けを求めたから俺が助けに来た、それでだいたい正解だ」

「ボクは、そんなつもりじゃ……」


日向クンは「ま、いいだろ」とボクの肩をたたいた。


「現状を把握するための外部の情報解析は進んでいる、お前の事も少しはわかるぞ――百年も眠っていてどうなるかと思ったが、予想遥かに順調だな。穏やかな精神を維持できている、今まで目覚めた中でもかなりいい部類だ。きっとこれならいい未来を生きられるな」

「いい部類って…ボクは、そんな人間じゃないよ。日向クンも知ってるでしょ、ボクがどんな最低で酷い存在か」

「ばーか、お前やっぱり全然分かってないな」

「……なんのこと?」

「お前は自分のことをぜんぜんわかってないって言ってるんだ。
狛枝はな、自分で思っているよりもずっと神経質で潔癖で、頭は切れて仕事は細かくて、歪んでるのに怖いくらい真っ直ぐで、まだまだ自分でも気がついていない事がたっくさんあって……そんな自分を分かりきったみたいに言うのは十年早いって言ってんだよ」


何せ俺は百まで生きたから絶対俺の言う方が正しい、と勝手な事を言うと日向クンは座ると砂の城の続きを作り始めた。
彼は何も言わなかったけど、ボクは彼の横に無言で座った……砂の城の左側にはまだ堤防がない、ちょっとだけ城の周りを指先で掘った。


「ま、俺も他人のことは言えないんだけどな。
俺だけじゃないか、俺もみんなも……七海もウサミも、お前も自分のことを勝手に決め付けて、自分を責めて追い詰めて――絶望に堕ちた。本当は自分自身のことなんてそんなに知らなかったのにな」


みんな、絶望に堕ちた。その言葉がボクの心のどこに触れたんだろう。本当に今更な言葉が喉元につっかえた。


「ねえ、日向クン。ここの時間が外ではほとんど流れてないって本当?」

「ここはお前の精神が数分気絶している間に見てる夢だと思ってくれればいい、だから時間の事は気にするな――お前の様子だと何かタイムリミットに迫られてるのか?全く難儀なやつだな、狛枝は」

「なら教えてくれないかな――あれから脳死から目覚めたみんなはどうしていたの?」


日向クンはふっと遠い目をして、砂の城に指先で窓をつける作業を止めて語り始めた。


「そうだな、三人は自殺して、三人は殺人を犯して、三人ほど行方不明になったな」

「は?……えええっ!?」

「なんでそんなに驚くんだ?お前は俺たちの絶望的なプロフィールをモノクマから渡されたんだろ。
だからこそあんな酷い自殺して、七海以外を自分もまとめて皆殺しにしようとした程絶望したのはお前じゃないか。なら他の連中も同じくらい絶望するに決まってるだろ」

「で、でも資料にはそんなこと……だ、誰が!?」

「は?なんでお前に教えないとならないんだよ」

「…なに、それ」


だってまだお前は未来を生きる事を選択してないだろ、と日向クンは砂の壁を固めた。

二の句も継げない。呆然とするボクになぜか日向クンは楽しそうだった。


「このプロジェクトの初期方針は《仲間を目覚めさせる事》、でも目覚めた後もみんな簡単には絶望から逃れられない。だから次の方針は《その後の未来をよりよく生きてもらう》だ。
脳死みたいな絶望的状態から仲間が目覚めるのは嬉しい。でもそうは言っても、目覚めた俺たちの手は血塗れ、世界からは命を狙われて憎まれて――そんな絶望的な現実では生きていたくもないし、死にたくもなるだろう?
だから…俺は覚醒した連中にこう言ってきた。――あの後何があったか知りたきゃ、まず一週間、一ヶ月、一年生きてみろってな。そう約束すれば、期間に応じて少しずつ教えてやるってな……いや思った以上にみんなが喰いついてくれて正直助かったな」

「君、そんなモノクマじみた事をしてたの……やっぱり日向クンも絶望なの?」

「立ち去ろうとすんな。……だって普通死んだらそこで終わりだろ?その後のことなんて知る由もないだろ。
もちろんモノクマグッズに囲まれて死んだ奴が、その後脳死状態から目覚めた仲間がどうなったなんて知ることなんてできるわけないだろ?」


やたらと楽しそうに――にやりと日向クンは笑った。それはもう楽しそうに、こっちが腹が立つほどに。


「はははっ!先のことが知りたいか?知りたいか、そうだよな知りたいよなー」

「誰だって知りたいに決まって……そういう意味なの」

「意味じゃない、目的だ。――狛枝、お前もそうだろうが生きるのは結構辛い。ましてはみんな一度は絶望に堕ちて人を殺したり世界を滅ぼしたりしたら、尚更な。
覚醒した連中はコロシアイの記憶を持っていた。でもやっとあの島から開放されたと思ったら、その先は生き地獄に等しい世界だった。
モノクマは俺たちに人を殺す動機を与えたが、俺たちはこんな地獄で仲間に生きる理由を与える事が必要だった――だからみんなの「知りたい」という気持ちを利用した」

「――死んでいることを選んだら、未来に何が起きたかなんて知る事なんてできない。だから教えて欲しければ耐えて生きろってこと?」

「そうそう、みんな俺が最終進路裁判でそういう人の弱みに付け込んで、鬼だ外道だ悪魔だと罵られたな。最初にこのシステムを運用し始めたのは西園寺だったから、俺的にはあいつの毒舌でかなり堪えた。やっぱりやめようかな、くらいには落ち込んだ」


最終進路裁判、さっき言ったのは超高校級の絶望のボクだった。あの裁判場はそういう場所だったのか、もし生きていたら日向クンがボクに何かを選択する引き換えに未来の事を教えるか問われたのか。


「なんだか言われてないボクも腹が立ってきたよ……鬼、外道、悪魔、予備学科」

「てめっ、そこだけ真似した上に人の一番嫌がること追加すんな!」

「ちょっ!?砂かけないでよ!……一応ボクもみんなが死んだ時期や簡単な経歴なら第二図書館で見たよ。でも殺人や自殺、行方不明なんて書いてなかったよ、どうして?」

「それは公式文書で俺が削除したからだ。心配しなくても、殺人も自殺もぎりぎり未遂だし、行方不明はちゃーんと俺があぶりだして……もとい見つけてやった」


日向クンの笑顔はとっても明るい、のにかなり怖かった。あの中の誰なのかわからない行方不明者に一瞬同情してしまうほどには。……日向クンこそ何があったんだよ。


「……とにかく、わけが分からなくて、中途半端に情報を与えたところで、どうなったか知りたい気持ちを利用したんだね?」

「そだな、というか他にいい方法が思いつかなかった。もっと賢いやり方があったのかもしれないが……予備学科にはそれが限界だった」

「……凡人」

「運だけ男」


罵り合っているのに……日向クンはとても幸福そうに笑っていた。ボクらは殺し殺されの中で別れたというのに……あの先の未来を見た彼とボクはやはり違うということか。


「さっきから思ってたけど、なんでそんなに嬉しそうなの」

「そりゃ、お前と話しているからに決まってるだろ」

「はあ?……ボクと話したい?なんで?」

「……お前やっぱり最低だな。
あーもう――じゃあちょっと先をばらしてしまうけど……俺を使って日向創オリジナルの記録した感情データを再生して見せてやるよ。
なにただのボイスメッセージというかお前に信用されるための小細工の一つだ……ちょっと風景変わるけど、そのままそこに立っていればいい――オリジナルの生きた未来の叫びだ」

「――っ!?」


言うや否や、南国は消え去り、ボクは黒い空間に浮いていた。ただのグラフィックとは聞いていたけど、こんな風に急激に変化すると息が詰まった。音もない、パソコンの起動画面のような真っ暗な空間に立つ。

日向クンに文句を言ってやろうとした矢先に悲鳴が聞こえた、思わずボクは振り返る。
――だってそれは聞いたこともない、日向クンの悲痛な叫びだったから。

 

……「何でだ!!他の連中は起きたじゃないか!!何でお前だけ、お前だけ起きないんだよ!!何とか言えよ、狛枝っ!!……いい加減起きろよ、起きろ畜生……なんでだよっ!」……

 

黒い空間の中にはボク以外の登場人物がいた。

誰かが床をかきむしって、気がふれたように何かを叩き続けていた……見ればそれは死体のように眠るボクだった。


「日向クン?」


焦燥と決意が混ざり合ったような、希望とも絶望とも呼べないような表情で叫んでいるのは彼だった。
さっきまでと全く様子が違う、オリジナルとアルターエゴ。


(じゃあ、これが本当の君のあの後の未来の姿なのか……?)


……「決めたんだよ、俺は全員を目覚めさせる。それが俺の贖罪だ。だからいいんだよ、誰に何を言われようが。俺が俺の都合でやってるだけだ。悪夢に苛まれるあいつらに憎まれようが……悪い、お前らは協力してくれてるのにな」……

……「うるさい!うるさい!……こいつらはどうしても目覚めないんだ!多少危険でもやってみるしかないだろう!……離せ、離せよ!」……

……「お前に会うのも久々だな、やっと拘束処置が解けたよ……本当に死んだみたいに寝てやがって。お前はいやなやつだよな、好き勝手言ってやって……勝手に死んじまって。かと思えば死んだように眠ってばっかりで……そうはさせるかよ、てこでも起こしてやるからな。覚悟してろよ、狛枝……」……

……「七海たちの様子がおかしい……?何の話だ、どういうことなんだ……?」……

……「あっはは……ついにお前だけなったぞ、狛枝。辺古山と田中はほとんど同時に目を覚ました、もうすぐお前も起きられるさ。
起きたら言ってやるからな、最後にしたお前とのまともな会話の続き……お前あんなの止めろよな、希望がより小さな希望を食って大きくなるとか――その小さい希望がお前の求めていたものかもしれないだろ?
お前は自分のことがあんまり分かってないから自分が何を欲しいのかよく分かってないんだ――なあ最後は希望がいいけどさ、絶望する事にも意味があったんじゃないかな。絶望したってことは希望を抱いたはずだから……」……

……「……どうしてだ、どうして……どうしてお前だけはいつまでも目を覚まさないんだ……あれから十年も立ったのに、どうしてだよ?」……

……「分からない、今までのやり方が間違っていたのか?俺が間違っていたのか?罪木の言うとおりだったのか?結局みんなもただ苦しめただけだったのか!?……なあ返事しろよ、答えてくれよ……狛枝!」……

……「このままじゃ、お前、一人になってしまうぞ……一人は嫌いなくせに……頼む、俺の時間がもう……いやだ、お前とあんな死に方のまま終わるのはいやだ……」……


決意。苦痛。不安。
焦燥。安堵。狂気。
期待。感傷。挫折。
希望。絶望。そして……後悔。

目の前で高速で再生される感情の爆流にボクは身動き一つ出来なかった。圧倒的で追いきれないほど急激な速さで再生されて、その中で彼は翻弄され翻弄し、生きていた。
そしてそれは確かに――ボクの知ってる日向クンだと思った。

そんな彼に手を伸ばして――ボクは何が言いたかったのだろうか。


「日向ク……!」

「――と、まあこんな感じだった、びっくりしたか」


そして気がつけば南国。真っ暗世界は跡形もない。
さっきまでの悲痛な様子は微塵もなく、明るく笑っている。砂の城の横で膝をついたボクに苦笑を向ける。


「ちょっとは伝わったか、俺がどんなにお前を起こせなく辛かったか?目覚めてくれればそれで嬉しいと思ってたか」

「日向クンは、ボクが目覚めないから、絶望して死んだの……?」

「それは違うぞ――あくまで今見せたのは一部だ。
俺がお前に出会ったらオリジナルが喜べって設定してたんだよ。自分がそうだったら、そうするように。まあ多少は俺もオリジナルの精神状態からシュミレートして対応を自分で割り出したんだけど……こうして普通に話しているだけで相当控えめな喜び方だと思うぞ?」

「……でも」


何か言いたい、でも日向クンはそれを制した。両肩を掴まれて、悲痛な叫びはあえて嬉しかった理由を伝えたかっただけだと真っ直ぐに視線を向けた。


「俺はオリジナルじゃないけど、オリジナルがいいたかったことは今から言うからちゃんと聞けよ」

「……うん」

「――狛枝、お前あきらめるなよ。超高校級の希望になりたいんだろう?」

「それは……」

「南国の皆とはもっと一緒に居たかっただろう?絶対的な希望が見たかったんだろう?苦しみから解放されたかったんだろう?才能に屈して絶望したくなかったんだろう?
……すぐに決めて、何もかも「正しく」あろうとせずに、その願いを持ち続ければそれは全部、残らず全て叶うから」

「そんな理由もなく、都合のいいこと信じられるわけ――!」

「理由?……俺がそうだったからな!だから、俺を信じてくれ……」


ボクは答えなかった――日向クンの言葉を実現できる気がしない、でも彼の願いを見限るなんて言えない。だから、別の言う事を探した。

 

「何が願いは全て叶うだよ――未来の君は、あんなに苦しんでたじゃないか」

「なに、オリジナルの苦しみなんて――七海とウサミよりある意味楽だったさ」

「……七海さんとウサミがどうしたっていうんだ」

「七海がおかしい様子をはじめて見せたのは、俺を除いた生還組の四人が死んだときだった。最初はお互いに生身の人間と人間以上に成長するプログラムだって垣根を気にしなければいいとお互いに思っていたけれどだんだん気がつき始めていたんだ――七海は皆が死んだ後に取り残され続けるって」


日向クンの笑みが固くなった。ボクの幻のはずの心臓は拍動を加速させた。
七海さんの楽園ゲームとそれを見て見ぬ振りしたウサミ――ボクはいまだにどうすればいいのか分からない。そう思うとここに留まりたいと一瞬願ってしまう、生温い砂浜で永遠に立ち止まっていたいと。


「あくまでお前に合わせてそういう雰囲気を演出しているが、俺には感情ってモノがない。どんなに経験を積んでも人格や情緒はそれを生かさない。ただデータとして保存されるだけだ。
さすがに音声応答だけではお前の助けになりにくいから、日向創の姿をとって、コンディションの良い精神状態の模倣データとオリジナルとお前との交流データを基にした応答を行っている。だが俺と七海やウサミは違う――あいつらは感情や人格といった精神面が発達するが俺は絶対しない」

「どういう、意味…?」

「最初にも言ったな、俺は日向創の《改良劣化型アルターエゴ》だって?俺はな、初代のアルターエゴや七海とウサミと違って感情が成長する機能を排除しているんだ――初代アルターエゴや七海やウサミの反省を生かして――心を持った機械がもう絶望しないように」

 


つづく

 

あとがき


あと四話予定……が延びます、あと五話です。






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おまけ設定

システム・ジャバウォック…
未来創造プロジェクトの基盤となった島一つのサイズを持つ超巨大ハード。プロジェクト被験者を守るために、機械としてさまざまな能力を保有している。特にシステム・ジャバウォック上では被験者の五感や精神に強く干渉する機能を持つ。
このシステムの最優先事項は「被験者の生命を守る」「被験者の精神を守る」「被験者の未来の選択をより良い方向に導く」である。
ただしこれに対抗するコードとして「被験者を洗脳してはならない」「必要以上の精神への干渉は与えてはいけない」「記憶を消去したり、新たに植えつける事はしてはならない」というものがある。これは精神という危うい領域に干渉する上で限度を超えないためである。
この二つの対抗コードによってシステムは安定を保っている(ただし楽園ゲームは後者のコードに完全に違反してるためウイルス扱いになっている)。
(本編ゲーム中のアルターエゴの管理人のような立場だと思ってください)