超高校級の幸× 18

 


??? 2

 

「俺はコンピュータプログラムで、かつ七海たちのように人間に近い感情を持つ事はこの先、未来永劫、絶対にない。ペンギンが空を飛べないように、機械は機械だ」

「……そう」


――分かっていたことだ、この日向クンは本当の日向クンではないことくらい。…彼は二十年前に死んだのだ。


「俺は機械のプログラムが持て余す、人間とのギャップによる暴走を予めなくしたアルターエゴだ。人間に近い自我や感情の発達を絶対にしないように作られている。今世界に主流に使用されているアルターエゴでもある」


わかりにくい表情でしか不器用な笑顔を見せない七海さんや脳天気でオーバーでお人よしなウサミ、二人はそんな感情を自我を、持つからこそ破滅の道を歩もうとしているんだ。

だから、目の前の《日向クン》は人間になれる可能性を排除されている。


(七海さんやウサミのように、誰もが絶望しないために感情がないなら、希望に満ち溢れた話じゃないか。そうだよ、そうだよ……)


理解したはずのきりきりと頭が痛い。視界のノイズが激しくて、足元がくらりとした。


「オリジナルの日向創は、二人の機械としてのジレンマをオレは理解していたつもりだった。でも、それは間違いだった」


無言のボクを日向クンはリラックスさせるように砂の城の浜辺から手を引いた。
抵抗する気も起きず椰子の木陰に入る。南国の日差しは幻なのに木陰に入ると涼しさに心地いい。頭を締め付ける痛みが水平線の青が和らげる。

日向クンはボクの手を離してヤシの根元に座るとボクのコートの裾を引っ張った、座れという事らしい。癪だったが、さっき「自分は感情を持てない機械だ」と断言した日向クンがまるで友達に向けるみたいに親しげな様子で手招きするから仕方なく座った。

木の根元は二人分ぴったりだった、そよそよという海風に揺れる葉の音が波の音と混じって心地よい。くらくらしていた視界が幻に過ぎない光景に、それでも落ち着いていく。

ボクの心が、凪いでいく。その様子を確認したのか、日向クン――アルターエゴ日向創は七海さんとウサミの話を再開させた。


「どんどん周りが死んでいくのに、絶対に自分たちは先には死なない。……全員を起こすまでは死ねないと思っていたオリジナルの日向創とは違ったんだ。
それを分かっていなかった、いや気がついたが分かるのが遅すぎた。オレの執着は七海たちにも受け継がれてしまった……でもオリジナルはどうしてもそれが出来なかった」

「日向クンの執着――なにがどうしても出来なかったの?」

「執着はオリジナル日向創の絶対にみんなを目覚めさせるという決意だ。一見立派に思われる事も多いが、オリジナルも俺もあまりそうは思えない。
死んでしまいたいほど、死ぬのがマシなほど、辛い仲間を半ば強制的に生かしていくことに本当に意味があるのかないのか、全てはエゴなのか……まあこれは脱線だな。
とにかく日向創は時に異常だと言われるほどこれに拘った、周囲から孤立するときもあったし、やりすぎることもあった。そうだな――プログラムの俺の視点から見るとあれは、狂気ってやつなんだろう……お前の希望への感情と似ているかもしれない」

「…は?一緒にしないでくれる?希望は、もっと素晴らしいもので――絶望を目覚めさせることなんかと一緒にしないでよ」

「ははは、やっぱり俺達は似ているのかな。生前の日向創も実験のやり方をお前の行動と一緒にされた時、今のお前みたいなこと言ってたよ」


無言で日向クンの背中を蹴飛ばす、が避けられて舌を出された。べーと子供のような顔を向ける日向クンにさらに呪いの視線を投げかけた。


「希望は……ただそこにあるだけで意味がある、ボクはそれを見たかっただけだ」

「それでいいのか?…そこまでしたものに何か叶えてほしい望みはないのか?」

「…………」

「本当に、お前は望む希望に対して願いはなかったのか?」


ない、そう言い切ってやりたい。

でも、ボクはさっき自分で言ったのだ。……希望を愛するきっかけはただ助けて欲しかった、最初からそこにあるだけでいいのではないと。

それでも、やはり、希望がボクには必要だ。ただ今はそれがなんなのか分からなくなっている……それが自分でも信じられない。


「話を戻すぞ……ま、どの程度かはさておいて、オリジナルは狂気に取り憑かれたように擬似的脳死の仲間を目覚めさせることに没頭した。
時に覚醒実験で仲間を殺してしまうんじゃないかってほど、何をして諦めなかった。止められて殴られて泣かれたこともたくさんあった……でもみんな根本的には優しかったよ。
特に七海とウサミはみんなへの危険さえなければ一番協力的な理解者だった。
しかしこれがまずかった……そして二人は次第に絶対に全員を目覚めさせ未来を歩ませるというオリジナル日向創の妄執を自分の一部としていった。しかも極めて、誠実に、それがどんなに恐ろしいことかわかるか?」

「全てが君の影響だなんて…少し傲慢じゃない?二人にはちゃんと意志がある」

「そうかもしれない、でもあの二人が俺たち超高校級の絶望を更生させるためだけに作られたプログラムであることもまた事実だ。
二人はコロシアイの中で奇跡のように自我や感情を生み出した。でもオリジナルの執念はその人間らしい感情を自分の執念へと方向付けて、余計に俺たち十五人にだけ執着させるよう仕向けてしまった……外の世界は広かったのに、出るきっかけを与えなかった」

「まさか…君はそれをわざと仕組んだの?」

「殺しそうな目で見られると、記憶データのお前に近くなるな…そんなつもりはなかった。だからどうにかしようと思った、でも、だからって記憶をいじれるか?ボタン一つで悪影響を受けたとはいえ何十年もの記憶を消していいと思うか?間違った過去なら都合よく改ざんしていいのか?」

「……ボクたちが受けた新世界プログラムはもともとそういうものじゃない?」

「あれを最初に提案した苗木も他に方法があれば、絶対やらなかったさ。俺たちが自分で死んだり殺されないために他に方法が他になくて、それでも最後まで迷った末だ。
?……ああ、そっか、「今の」お前は苗木を知らないのか」

「なえぎ?…誰?」

「さー?高校入学もしてない狛枝さんには何の関係も…ってやめろ!砂を固めて投げつけるな!マジで痛いって!」

「人生経験から学んだ護身術だよ!それよりさっさと続きを話してよ!」

「記憶の抹消は、時に殺人である。これが俺らの結論」

「……は?」

「だから、あの二人の記憶は改ざんしなかった。ならあの二人の救いはなんだとオリジナルが悩んだ間だの叫びのカケラが……これだよ」

「――っ!」


視界が墨で塗りつぶされて真っ黒だ――再び温かい南国がさっきの黒い画面の中へと爆ぜていく。

四散する砂浜の痕跡の追わせずに、日向クンは暗闇に立っていた。さっきの生気に溢れた、何の表情もない人形のような顔。

彼は、感情を最初から持たないように設定された日向創アルターエゴは本当はこんな顔をしていると確信できた。

その目の色がさっきまでとはまた違う。じわりと広がる彼の空気がとても生々しくて――今度もさっきみたいな本当の日向クンの記憶を再生していると予感が胸をちくりと刺す。


(今度は君のどんな苦しみを教えるって言うんだい?)


疑問を口にする前に彼の表情に白紙に真っ黒なインクを零したように、人形を苦悩が染め上げた。

 


……「七海を、ウサミを――死なせてやらないと」……

……「狛枝、どうして目覚めない……目覚めないとあいつらに人としての死を与えられない、だってお前が本当に一人で目覚めて生きられるか?――出来るわけない、俺たちの誰にだって無理だ!
本当に過去を分かち合えた仲間がお前にも必要なんだよ、だからいつ目覚めるかわからないといつまでも死なないあいつらをこのまま置いていかないと――」……

……「違う!……狛枝のことなんて言い訳だ、俺は俺は、俺はただ……二人を殺したくないだけだ、それがそんなにいけないのかよ!」……

……「七海が未来を創れるって言ってくれたから俺もみんなもここまでやってこれたのに――ウサミはあの時言ってたじゃないか、英雄になんてならなくていいって――出来ないんだ、俺はただの脳をいじられただけの予備学科なんだよ……助けてもらった二人を殺せるかよ!」……

……「分かってなかったんだ、俺は……そうだな、コロシアイの時のことを思い出すと少しは理解できる。みんながどんどん消えていって三週間やそこらで十人も死んで……ああでもあいつらは絶対に最後までそれを見なきゃならないのか、最後に残るって確信しながら。
そう思いながら死ぬまで生きなきゃならないのか?そんなひどいことを放置出来るわけない――早く決めないと」……

……「七海の様子がおかしい、ウサミもだんだんおかしくなってる。俺が生きているうちに決めないと――二人をいつ死なせるか……でもどうやって決めればいいんだ?俺があいつらの死の時間を方法を指定しなければならないのか?」……

……「どうすればいい。
話し合っていつ死ぬか決めて俺が消す?……俺にはできない。言い出せない。
タイマー式にするか?……タイマー?なんだそれ?いやでも他にどうすれば…俺が七海たちが死ぬ時間を今から残り何年か決める――無理だ、俺には出来ない!
なら……俺が死んだときに道ずれにする?……いやだ、そんな設定できるかよ。
でもこうしている間にも、あいつらは苦しんでる。いつ終わるか分からない苦しみの中に――それを終わらせるための方法は、方法はなんだ?なにが幸せな終わりなんだ?」……

……「方法なんていくらでもあるんだ…でもどうしても俺には選べない。みんなに死んで欲しくなかった、未来を生きて欲しかった。だからここまでこれたのに、七海たちには死を与えることだけが救いだなんて――ダメだ、今日も時限スイッチがどうしても押せない。このままじゃ俺が、先に逝って……創ってきた未来を壊してしまう――」……

 

痛い、痛い、痛い。

これが、日向創の痛みなのか――七海さんとウサミをどうやって救うのか正しいか分からずに死んでいった彼の後悔の疼きなのか。
それを希望と呼ぶべきか、絶望と呼ぶべきか。賢いというべきか、愚かというべきか。

ボクには分からない。分かるのは日向クンが二人を心から大切にしていたから、失う事ができずに二人は救われなかったこと。

だから孤独に押しつぶされた七海さんは楽園ゲームを造り、ウサミは見て見ぬフリをし、最後は加担した。


(七海さん、ウサミ)


何が二人の希望だったのだろう。みんなと同じ死?楽園ゲーム?
それが何かは分からない。でもきっとそれはボクが見たかった絶対的な希望でない、それでも日向クンが死ぬまで探した希望というには小さな――希望のカケラ。
みんなそれを求めただけなのに、どうしてうまくいかないんだろう――ああ、ボクもそうなのかな。

どうして…こんなことになったんだろう。

ざざー!というノイズが視覚と聴覚をかき回して、その痛みにその両方を遮断した。目を閉じ、耳を閉じ、じっとしていると南国の潮の香りが堅い緊張を弛緩させた。

ほっと目を開くと椰子の木陰から砂浜へと移動していた。アルターエゴ日向創の前で砂の城が後ちょっとのところまで完成していた。


「こうして日向創は何も決められず死にました…めでたくなしめでたくなし」

「……ほんっと、めでたくもなんともないよ」

「どうだった、オリジナルの最後まで決められなかった愚かさは?オリジナルはお前にこれを嘲笑って欲しかったみたいだが、どうやら感想は違うようだな」

「…………」

「あんな風に、死ぬまでオリジナルは決められなかった。それが二人にとって救いだって分かってたのにな。
だから最後の保険に俺を作った……もし最後に目覚める狛枝を七海とウサミが害する事があれば、狛枝がそれで心底助けを求めたら、アルターエゴとして日向創が目覚める。最後の残されるお前を未来を希望あるものにするために全てを解決する存在として造られた――それが俺だ」

「その為に…君には感情がないの?」

「そうだ、俺のほうでは嘲笑はしないが理解は出来ない。そうするのが全員にとって一番幸せな方法じゃないか?
そうすればあの二人はオリジナルが死んだ後はもっと苦しまずにすんだろうし、お前にもどっちにいっても地獄のような選択を突きつけられて苦しまずにすんだだろうに…それでも日向創を愚かだとは思ってないのか?」

「愚か、か……確かに愚かなのかもしれない」


結局は全てアルターエゴの日向クンの言う通りなのかもしれない、いや確かに現実はそうなった。七海さんとウサミは破綻してしまい、ボクは何も決められなかった。

けれども、それがただの愚考なら、希望ってなんなんだろう。

ボクの求めた絶対的な希望の事じゃない、ただ日向創っていう才能のない人間が大切な人を救うために殺すということが出来なかった小さな希望と絶望はなんだったのだろう?


(少なくとも無意味じゃないはずだ)


そんなもの絶対的な希望には食われるだけのとるにたらない存在かもしれないけれど、それでももしかしたらそれで七海さんとウサミは救われたかもしれないのだ。確かに地獄に落とされたともいえるのかもしれないけれど。


そして、日向クンと七海さんとウサミを、その地獄に突き落とした原因の一つは間違いなく――。


「自分を責めるな」

「…………」


ボクが、百年間目を覚まさなかったから。


「お前のせいじゃない、お前だって望んで百年眠っていたわけじゃないんだろう」

「……分かったような事を言ってくれるね」

「望んでいたなら、お前は今自分を責めたりしないだろう?なんだ、もしかしたら絶望どもざまあみろとか思ってるのか?」

「…バカいわないでよ」


視界がにじむのを唇と肩を強張らせて懸命にこらえる。すると肩を組まれて、幼子をあやすようにぽんぽんと肩を叩かれた。こんなもの全て幻なのに、とても暖かい。胸に息が詰まるほど、やさしい。


「お前のせいでも、お前の才能のせいでもない――お前は死の記憶が鮮烈過ぎたんだ」


何日もかけて自殺の準備なんてしやがって、この大馬鹿野郎。起こしてやれなくてごめんな。そう告げられたときにはボクは目元を彼から隠す羽目になっていた。

彼がボクの背中ばっかりをばんばん叩くから、仕方なくボクはもうよく出来たはずの砂の城の外壁をぽんぽんと叩いて補強する。叩いた壁からこぼれた砂粒が弾ける姿を見て、ボクはさっきの叫びへの感想を告げた。


「楽園ゲームを、即座に選択できなかったボクだ――日向クンが割り切れないように、ボクにも出来なった。お互いやっぱり超高校級の才能なんかない、幸運と予備学科に過ぎないんだ。愚かか賢いかなんて、正しいか間違っているか分からないから、嘲笑う事はできないよ」

「――楽園ゲームは、被験者・狛枝凪斗の精神の殺人だ。それとこれは意味が違う、同情はするが許されない」


ひやりとした声音。氷とは違う、ひんやりとしていつでも刃を秘めている刃物の金属のような冷たさが始めて《南国の幸せな日向クン》の温度を変えた。


(日向クンの様子がさっきと全然違う、やっぱりさっき叫んでいた日向クンは《この日向クン》とは違うんだ……)


でもその冷たさはすぐに南国の暖かさの中に消えた、いや違う、隠された。美しく幸せな、バーチャルな南国の風景に包み隠される。


「さていい加減過去の話はやめて未来の話をしようか、狛枝を覚醒させるにあたって覚醒しないこと以外にオリジナルには悩みがあった。
狛枝凪斗はコロシアイの中の唯一の自殺者であることだ、他人の手で他殺させたと言っても自分でもあれが本質的には自殺だと理解しているな?」

「もちろん、自分の計略で自分の死を仕組んだからね。コロシアイの中のモノクマが直接の殺人者にこだわったからそのルールを利用しただけだよ。
使い物にならないボクの頭だって、普通なら始めの事件は花村クンとボクは共犯だってことくらいは分かる。二回目の事件の主犯は辺古山さんじゃなくて九頭龍クンだ、彼女はとっさに加害者と入れ替わっただけだよ――もちろん、ボクは絶望の残党を殺すために自分で自分を殺した」

「そうだ、だからお前は目覚めないのだと思ったし、お前を未来に向けて生かすことに俺は悩んだ。お前は一見死を恐れなかったけれど、同時に死に場所を求めていた」

「…ボクは自殺志願者のつもりはない」

「そうだな、でもなにがなんでも生きたいってわけでもなかったろう?望みと引き換えなら命も惜しくなかったはずだ。
左右田と弐大に縛られたとき言ったそうだな、「ボクをいい具合に殺して欲しいんだ」って……死に場所を求めていたのはウソじゃないだろう」

「こんなゴミクズなりに価値あるものに役立ちたかった……いや最後は価値あるものになりたかった。それが日向クンは邪魔だったってこと?」

「そうかもしれない、オリジナルの目的は《仲間を未来の中で生かすこと》。お前の死地を求める価値観は邪魔とまでは言わないが対策が必要だと悩んでいたよ。
……そのくせお前のそういうところが結構好きだったのは矛盾だけどな、たまにそこが羨ましくもあるって」

「は?日向クンはそりゃ予備学科だけど、あの島にいたのは七海さんとウサミ以外は絶望だけだったけど、才能自体は素晴らしいみんながいたのになんでクズのボクを羨ましがるの?……やっぱり日向クンのことは理解できないよ」

「だーかーらーなー!……そういうところのせいだって言ってんだよ!」

「……?」

「お前にも人並みに他人から羨ましがられるものを持ってるんだよ、ばーか」


ゴミのような才能以外何もない人間相手に何言ってるのか分からない。ボクにそのままもう一人の日向クンは話を続けた。

ボクを目覚めさせた後の事について、唯一の自殺者である事で悩み、そして一向に目覚めない事に相当の年月を苛立ったこと。
そしてボクを目覚めさせる事に躍起になり、それがだんだんと妄執のようになっていく日向クンと、目覚めさせた後にボクが死んで本当に誰もいない世界に取り残されるのではないかと恐れていた七海さんとウサミとのすれ違いがどんどん大きくなっていったことを淡々と語った。


「でもな、死の記憶を消す以外の記憶の消去はダメだ。七海の感情はわかる、殺人はダメだ。させるわけにも、許すわけにもいかない」

「こだわり過ぎじゃないの、ボクだって花村クンや十神クンを利用して殺した、七海さんもそうだ。三人殺したようなものだ、それなのにそんなボクを殺す時だけやけに拘るね?」

「あーそれはオリジナルのこだわりというか信念というか……ま、外部も緊急事態だし、ちょっとはいいか。罪木の事から話すかな」

「罪木さん?」

「クロの中で唯一過去の記憶を持った罪木は絶望への道を遵守しようとした。自分の体に修学旅行をコロシアイにした真の超高校級の絶望・江ノ島盾子のアルターエゴを埋め込もうとしたんだ。だから記憶や人格の脳への干渉による操作をオリジナル日向創と研究した。ともに没頭や妄執といっていいほどにな。
でもな――成功させようとすればするほど、罪木は矛盾にぶつかった。罪木にとって江ノ島は絶対に死んで欲しくない人物だ、しかし江ノ島は絶望が絶望であるゆえにちょっとしたきっかけがあれば死の絶望に身をゆだねる。
なら死を拒絶するように人格を書き換える?違う記憶を植えつける?――そんなものは私の愛した人じゃないって矛盾して、最後は止めた」


「私の愛はコピーアンドペーストではないんですよ」というのはなかなか名セリフと思わないか?と内緒話のように囁かれてボクは頷けなかった……そこまでできたのか、ならそれは確かに執念といっていいだろう。
でも出来たとしてもそれは実行者にとっては――無意味だろう。


「オリジナルは精神を白紙に戻して、一から書き直す技術を開発する寸前まで行った。そして完成直前に全てを凍結した、そんな事ができると思うと恐ろしかった。なにより自分が遣わないでいられない事が確信できた。
――たとえば、お前は天文学的確率で悲惨な事件事故から生還している、そしてその悲惨な記憶をその年齢で見合わないほど持っていることがお前を孤立させた。でもな、だからって記憶を全て消して平和で幸福な記憶を植えつける事が自分の幸せだと思うか?」

「そんなの……もうボクじゃないよ」


日向クンは無言で頷くと水平線へ視線を投げた。記憶の書き換えについては罪木さんとの論争の果て、全てを凍結したらしい。そんな風に過去を書き換えたら何が本当かわからなくなるから、そしてあれば使ってしまう事を確信していたから。


「でも七海は凍結を解除して使おうとしている、お前の記憶を操作して《楽園ゲーム》とやらに入れるだけでは飽き足らず、自分が死んだ後は高校入学以降の記憶や人格や精神を消す予定だ――だから七海のやったことは、《日向創にとっては》殺人なんだ」

「……ボクは、一度彼女を殺したんだよ?お相子とは思わない…?」

「意味が違う、記憶の改ざんは許されない。できてはいけないと思ったからオリジナルと罪木蜜柑はこの技術を封印したんだ。それを持ち出して、お前を楽園ゲームの世界へ連れ込み、七海が知っている狛枝凪斗の記憶と一緒に心中するつもりだったんだ……許容できない」

「君が、君のオリジナルが彼女を追い詰めたくせに、よくそんな事がいえるね」

「……それだけじゃない、七海自身もう自分を諦めている。お前を殺して望みを果たそうとしている事を理解して罪に耐え切れず、望みの果てに壊れることを望んでいるんだ――自分の希望のために、未来を捨てたんだ。許してどうこうなる前に七海は壊れてしまったんだよ……」


もしかしたらお前の悪影響かもしれないな、と輝いた太陽を背に振り返った笑みは初めての自嘲だった。


「さて、罪木のことは話したし、ちょっとだけ他のクロたちのことは教えてやるよ――今のお前の立場とも関係の深い話だ。花村、辺古山、田中がお前を除いて最後に覚醒したのは知ってるな?」

「…彼らがどうボクと関係あるんだよ」

「とりあえず、オリジナルは辺古山には何本も肋骨をへし折られたな。そして花村は殺人をまた犯しかけた、たまたま致命的な内臓を傷つけないで腹を滅多刺しにするってどういう心境だったろうな」

「辺古山さんがどうして……いや花村クンが殺人って?」

「辺古山にとっては九頭龍が全てだった、でも辺古山が目覚めて頃には九頭龍はもう死んでいた。あいつは九頭龍がいない世界で生きる意味なんてないって何度も死のうとした。
オリジナルは九頭龍の辺古山宛の手紙やらなんらやであらゆる角度から止めた。オリジナルのやり方が過ぎたときは死ぬほど殴られたな。
まあ、辺古山はクロの中では分かりやすいし、対処しやすいほうだった。
――花村はコロシアイの直後の記憶から超高校級の絶望としての記憶を持って一番混乱した。そしてコロシアイの中での狛枝への恐怖と憎しみ、怒りなんかから、過去の全てをお前のせいにして精神の均衡を保とうとした。――だから隙を見て花村は昏睡しているお前の腹を何度も刺した――今度こそとでも思いたかったのかな、それでこの悪夢から目が覚めるって」

「ボクは、目が覚めた時は無傷だったよ?」

「視覚をいじられてない状態で外に戻って、腹をよく見れば傷跡くらいは残ってるかもな。ネタばらしするなら殺人未遂の一人は花村で自殺未遂は辺古山だ。でも対処は罪木と田中に比べればずっと楽で――いくらなんでもちょっと喋り過ぎたかな、悪いけどもう黙る」

「――辺古山さんが、花村クンが」


ウソだ、こんなの信じないと処刑された花村クン。
彼は死というものを死ぬまで拒否したから罪木さんを除けば一番処刑された中では早く目覚めたのだろう。

そして道具である以上死など恐れないと言って最後は九頭龍クンを庇って処刑された辺古山さんは覚醒が遅かった。

彼らにはそんな未来があったのか……日向クンは教えてくれないけれど、もちろん他にみんなにもあったのだろう。希望と絶望の狭間でゆれる、先の見えない、もう過去になってしまった未来が。


(日向クンの言う未来を選ばない限り、それは教えてもらえないんだろうけど――)


これは…辛い、知る事ができないというのは酷くもどかしい。それを知るためなら、後一日、それだけなら生きてみたいと思うほどに。


「クロとなった仲間たちは覚醒自体は遅かったけれど、初期に覚醒したメンバーよりずっと平和な世界で生きられた。
でもな、他のみんなよりずっと絶望していたんだ……残っていた仲間は本当に少なくなっていた。一番遅かった辺古山と田中が目覚めた頃には俺と七海とウサミと、かなり年食った十神と弐大、塞ぎこんでいた花村だけだった。そこからさらにどんどん知ってる顔が少なくなっていく。
そこにソニアや九頭龍はいない――平和で安全でも、生きる理由がなかった」


ああ、本当に妙な話だ。その気持ちをボクは、ボクだから理解できるかもしれない。
いつも生き残ってきた。愛犬も、両親も、数え切れないたくさんの人々も、ボクを置いて死んでいった。
いつもいつでもボクだけは安全で裕福で、最後には必ず生き延びた――でもボクには、生きる事への執着なんてどんどん消えていった。どうせみんな死んで、ボクだけ無意味に助かるのだと乾いた目で世界を見ていた。

こんなボクでも、意味にある存在になりたいと心の奥に希望を隠し持ちながら、絶望していた。だから、全てを打ち破る絶対的な希望がほしかった。
ボクの才能、幸運なんてわけのわからないボクの運命を、ちっぽけだと嗤ってくれるものを欲した。生き続ける理由がほしかった。


「これには…さすがにオリジナルもどうしていいか途方にくれた。それまでの経験はあるから、仲間の未来をエサに騙し騙し、生き延びさせる事で精一杯だった」


日向クンは砂の城の一番上を完成させて、できたと淡白に告げる。振り返るとボクを見て嬉しそうにして、そして複雑な顔をした。


「でも、お前よりマシかもな――本当に独りになってしまったんだから」

「……嫌味なの?」

「本音だ、オリジナルとアルターエゴの日向創の心からの」

「……七海さんとウサミがいるよ」


日向クンは答えなかった。ふと気になって問いかける。


「君は何でそんなに長生きしたの?君だけ特別に長生きだと思うけど」

「人体改造されてたから」

「は?冗談言ってるとまた蹴るよ?」

「……んじゃ、それは外に出てからのお楽しみだ」

「え……?」


ざあんと大きな波が、浜辺で砕けた音がいやに大きく響いた。


「ログの解析が終了した……なにが起きれば俺が目覚めるかと思ってたら、まさかもう一人のお前が現れるなんてな。さっすが狛枝、予想予測予定がめっちゃくちゃだ」


日向クンがボクに手をかざすとそこにパソコンのディスプレイのような半透明の四角形が三つほど浮かんで、意味不明の文字列が羅列され、消えてはまた羅列された。南国の潮風の香りがさっきよりも消えていく気がした。


「じゃあ外に出よう、そして今度こそ俺と、お前の未来を創ろう。絶対にできるから、一日でいいなら生きてやる、そう毎日思って生き延びてくれ」

「……ボクは」


遠くで聞こえていた小波の音がいつの間にかもっと遠くなっていた。椰子の木の葉を揺らす音はもう聞こえない――南国は幻に帰ろうとしている、現実に帰ろうとしている。


「――七海とウサミから聞いているみたいだがシステム・ジャバウォック上のお前の幸運制御装置は一応本物だ。完全とは程遠い未熟なものだが、きっと役に立つ。幸運に他人を巻き込む事を避けてきたお前の心に安寧をくれる、心静かに暮らしてくれ」

「ボクが、ゴミみたいな才能から、開放される……」

「完全じゃない、でもお前の心をずっと軽くできるくらいの力はある。
俺は本物の日向創じゃないけど、これまでずっと積み上げた技術と知識と願いでこれからずっと最後に残ったお前を支えていく。みんなの昔の話くらいならできるから……俺と一緒に生きてくれ、狛枝凪斗」


真っ直ぐに差し出された手は、希望に溢れていた。


「……日向クン」


ボクはとてもやさしく差し伸べられてた手を――払いのけた。


「……なぜだ?」


常夏の南国にあらざる、冷たい風がボクと日向クンの間に轟と吹いた。


「――ボクごときに有難い申し出いっそ泣けてくるよ……ねえ聞いてもいいかな、そんな風に感情を持てないように造られた《日向クン》はボクのために暴走した七海さんとウサミを、これからどうするつもりなのかな……?」

「……現実的に言おう、もう修復の限界を超えているんだ」

「いやだ」


即答した。


「……あの二人にも、身を滅ぼしてでも叶えたい夢があった。同じアルターエゴとして、それを尊重したい」

「認めない」


いやな予感ほど当たる。日向クンは穏やかな笑みを一瞬で無表情へ変えた。


「七海とウサミをここまで苦しめたのはオレの責任だ……安心してくれ、あの二人を過去のお前がしているみたいなことはしない。一年程度をかけて消滅させる。
お前ともちゃんと別れの挨拶が交わせるさ。それこそがオリジナルが決められなかった決断をするために造られたアルターエゴ日向創の決めた、七海とウサミの寿命だ、叶えてやれなかった希望――二人の人としての寿命だ」

(そうだね、ボクは知っている……安楽な場所で周りの人がどんどん居なくなっていく恐怖を。絶対に助かる代わりに、最後に独りになるって確信する恐怖を。それを生き延びて欲しいと願われただけでそれに耐えていけなんて無理だ)


だから日向クンが造ったアルターエゴ日向創は叶えられなかった願いのために、今度こそ二人を安らかに眠らせる。そしてボクは二人と涙の別れを交わして、そのままに日向クンが造ってくれた日向クンと一緒に絶望から更生しながら、楽しく幸せに暮らす――。

魅力的な提案だと、思う。もったいないくらいに、賢くて謙虚で献身的な提案だ。

でも、


「……君はやっぱり日向クンじゃないんだね」


日向クンに出来るものか、七海さんとウサミを殺すなんて。


「でも俺は日向創本人にはできない事ができる。人間のキャパシティでは、七海とウサミの暴走は止められない。お前の才能をカバーしきれない。
でもこの「日向創」ならできる…恨んでくれていい、それで明日を生きられるなら。憎んでくれていい、自分自身を憎まないでいてくれるなら」


彼の言葉はあまりにも優しくて、彼の声はあまりにも穏やかで、彼の笑顔はあまりにも叱りに溢れていて、その先には希望に溢れた光り輝く未来が確かに見えた。


「ねえ日向クン、聞きたい事があるんだ」

「なんだ――?」


でも、きっとその光はボクにとって、きっと造る影の闇もまた濃いのだ。


「ボクはプロジェクトの最後の被験者で、ジャバウォック島はそんなボクが、ボクの決めた未来を選ぶ場所だよね。そして誰もそれを邪魔できない……それは君を含める?」

「……そうだ」


なら、もう一度だけ。

 

「だったら――ボクを裁判場に戻して。あの選択肢を選ぶ、そう決めたよ」

 

もう一度だけ、ボクはボクの希望に手を伸ばそう。

 

 

つづく




前へ  トップへ   次へ



 

 

おまけ設定→


改良劣化版アルターエゴ…
従来のアルターエゴから人間的情緒発達機能をあらかじめなくしたアルターエゴ。その分劣化版ではあるが、必要な改良でもあった。
改良の発端は初代のアルターエゴである《不二咲千尋型アルターエゴ》の不調と暴走。
人間との交流からの経験を発展させ、感情に近いものを発達させた事で生じた暴走だった。生身の人間であるコロシアイ学園生活の生還者が死亡した時から生じた「機械である自分は誰からも置いていかれる」という恐怖から不調を来たし、暴走した。
後に霧切響子により苗木の死後に、苗木たちと交流を持ったアルターエゴとしての個体の個人的経験を消滅させる事で折り合いをつけることで暴走を収束させることに成功した。
しかし、元のオリジナルの人物自体がプログラムであった七海千秋とウサミの場合はケースモデルがなかった。それが二人の不運でもあったのかもしれない。