誰にだって、触れさせはしない。彼が望む以外のものには誰にでも。
バスローブ 3
圧倒的に数の上で有利な敵陣で虜囚が突然敵の交換を叩き伏せた挙げ句の果てに、剣を奪う。
そんな圧倒的に不利な、というより自殺行為ととられも仕方ない条件の中コンラートは結構平然としていた。
特に混乱らしい混乱や焦燥を感じることはなかった。冷静に状況を見渡すことができる。
周りの兵たちが剣の柄に手をかけているのが半数、魔族に恐れをなしてためらっているらしいのが半数というところと言うこともすぐに見当が付いたし、遠い視界の端でオレンジ頭の男が顔に手を当てて天を仰いでいることも見えた。
後ろではヴォルフラムが呆然としてはいるがユーリを決して落とすようなことはなく、しっかりと抱きしめて守っていることも分かった。一番鮮明に見えるくらいだ。
確かに危機的状況だが、たいしたことはない。
戦力的にぶつかればまず勝ち目はないだろうが、何もこの船の兵たちと戦うわけではない。
そう、必要なのは目の前でこっちを憎々しげに見上げている男にちょっとした話をするだけでいい。
十分だ。ちょっと問題なのは、その後は・・・・・・・・・・・・ヨザックに何とかしてもらうか。
「・・・・・・・・・・・・」
視界の端でヨザックに小さく首を振って合図する。特にこれという決まりはないが時間は稼ぐから後は何とかしてくれという無理難題をふっかけるときのアルノルドのときからの習慣のような合図だった。それでも、ヨザックはしばし躊躇ったものの恨みがましい目で「了解」と合図して視界から消えた。
これで、いい。
コンラートが奪った、未だ鞘に包まれた剣を鞘に手を伸ばすと周囲の気配がきりきりと硬化した。何人かの兵は既に剣を抜いている。
問題は、ない。
それまで時間を稼げばいいだけだ。
・・・・・・ヒュッ!
コンラートがほとんど音を立てずに剣を鞘から抜き放つと、壮年の上官は床にしゃがみこんだまま「ひっ!?」と悲鳴を上げて後退した。相変わらず額から血を流しているがたいしたダメージではなかったらしい。慌てて彼の周りに兵たちが壁を作ると今度は怒りをあらわにした。
「・・・き、貴様!魔族が人間の領域で人間に勝てるとでも思っているのか!!?
おいっ、お前ら早くこいつを取り押さえ・・・いや、すぐにでもこいつらを処刑してしまえ!!」
「す、すぐですか?」
「当然だ!!」
「しかし、そんなすぐには・・・本国には魔族を輸送することを連絡してしまっているのですから・・・」
「反抗しているのだ、問題はない!!・・・いや、まて。処刑するのはこいつだけでもいい、後の二人は・・・」
それ以上口にするな。
言葉が終わる前に、コンラートの一閃が壮年の上官の額を払った。
一瞬の出来事にコンラートとヨザック以外の者がその場で起きていることを理解することに数秒を要した。何人もの兵に囲まれ護られていたはずの男を兵たちの間をぬって、斬ったのだ。
はらりとくすんだブラウンの前髪が床に散った。守られているはずの男は微かのな間隙を縫って振り下ろされた剣の一閃に額の皮一枚を斬られていることをうまく飲み込めないで言葉を忘れている。
恐怖でもなく、怒りでもなく呆然とした空気が場を支配した。あまりに現実離れした光景だった。それほど信じがたい神業だった。
「・・・・・・・・・コンラート!!」
呆然としている中で真っ先に正気を取り戻したヴォルフラムの声が聞こえた。
悲鳴に近い叫びに思わず振り返る。しかし、予想とは違いヴォルフラムはユーリを抱えたままコンラートの近くに移動してきていた。
安堵するコンラートにヴォルフラムはいきり立てた。
「一体何をしているんだ!?こんなところでそんな真似をしたらどうなるか・・・・・・!」
「ヴォルフラム」
「お前が言ってることだろうっ!ユーリを危険にさらす気か!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヴォルフラムの腕に中で静かに眠っているユーリの姿を見るとコンラートは言葉に詰まった。
分かってる。俺にとってはユーリは誰にも代え難い、護るべき人だ。
「・・・・・・・・・・分かってるよ」
「だったら・・・・・・な、何をこんな時に・・・!」
コンラートはヴォルフラムの方へと向き直るとくしゃりと頭を撫でた。
柔らかなハニーブロンドの感触が心地いい。とても好きな色だ。ほんのかすかだが、とてもいい匂いがする。
俺に、必要なものだ。この髪も、その持ち主も。
「・・・・・・・・・ごめんな、少しの間だけ俺の代わりにユーリを護ってくれ」
「何を言って・・・・・・!」
本当に、すまない。
でも、お前に何かあったらそれこそ俺はユーリを護れなくなるかもしれないんだ。
「大丈夫、だから」
ヴォルフラム曰く「胡散臭く」コンラートはいつもの笑みを浮かべた。少しでも安心させたかったのだが、戸惑うようにヴォルフラムは声に詰まった。
ヴォルフラムが再び口を開いたとき、その笑顔は消えコンラートはヴォルフラムの後ろで正気に戻って剣を抜こうとする一人のシマロン兵の剣の鞘を軽く踏み込んで剣先を引っかけた。
まだ、若いシマロン兵が「え」と疑問符を浮かべている間にガランと抜きかけの剣が木製の床に転がっていた。
コンラートは今度は逆向きに振り返ると2人の兵が抜き身の剣を構えて突進していた。特に慌てることなくコンラートは剣を片方の兵のつばに引っかけて横になぎ払った。
なぎ払われた剣はもう片方の兵の剣にキィン!と硬質な音を立ててぶつかり、たまらず手を放された。
なぎ払われた剣が壁に突き刺さり、取り落とされた剣がからんと軽い音を立てたときその場にいるシマロン兵たちは恐怖と驚嘆に戸惑いつつも確信した。
この場にいるもの達では危険すぎる相手だ。本船に戻って、応援を呼ばなければ・・・・・・!
目配せあい、剣を構えながらも後退し始める兵たちの様子を見てコンラートが最初にしたことは・・・・・・・・・・・・
いつものさわやかな笑顔を浮かべたことだった。
「・・・・・・・・・・・・そんなに警戒しないで欲しいな」
この状況であまりにも相応しくない態度と流暢な共通語にシマロン兵はもちろんヴォルフラムもぽかんとコンラートを見つめてしまった。毒気を抜かれてしまって誰もうまく次の行動がとれない。
「別に逆らう気はまるでないんだ。だから、あんまり気にしないでくれ・・・・・・ただ」
一瞬、空気が張り詰めた。
「そこで腰を抜かしている人が俺の連れに用があるみたいなのでね・・・・・・少し話をしたいんだ。
それ以上に何をするつもりもない。だから、剣を納めて欲しい・・・・・・俺と戦いたくはないだろう?」
ざわっ・・・・・・と戸惑いを深める兵たちを見て「やはりな」と思った。ああいう上司は尊敬されることはなくても嫌われるには事欠かない。数では遥かに勝っている相手でもあっちの被害も大きい相手と悟れば彼のために戦いたがるものなどいないだろう。
問題をおこした元凶の為に犠牲を承知では戦えない、と思わせればつけ込む隙はある。
しんと下空気を一種の了承と受け取るとコンラートは剣を構えたまま、ゆっくりと歩を進めた。
「あまり、時間をとらせないようにするよ」
敵味方ともに唖然として動けなくなった一同の中、コンラートは笑顔を浮かべたまま散歩でもするような足取りでヴォルフラムに目をつけていた壮年の上官の方へとに歩み寄っていった。
その途中に一人の兵がその道をふさいでいて、その兵に「ちょっとそこをどいてくれないかな」と言った。
いくらコンラートのペースに飲まれているからといってまさかそこで虜囚に反抗された兵が「ハイどうぞ」と道を譲ってもらえるはずもない。硬い表情で後ずさるだけだった。
が、
その時のコンラートは一瞬だけすさまじい殺気を発しいて兵の背筋を芯から凍らせた。笑顔はそのままで。
哀れなシマロン兵はルッテンベルクの獅子の出す凶悪な殺気に押されて、道を譲った、というか腰を抜かした。
周りの兵もあまりの事態に呆然としたり、殺気に当てられたりして、何というかその場がコンラートに完全に飲まれていたせいで動けなくなっていた。
「コ、コンラート・・・・・・」
後ろで、呆然とヴォルフラムの小さな声が響いた。
大丈夫だ、と確認する。後ろには兵は元々ほとんどいなかった。ヴォルフラムに危害を加えられることはない。
むしろ、問題なのはそんな小さな声に「綺麗な声だ」と反応してしまう自分の方かもしれないが、表情に出さずに落ち着いた風のまま歩く。
コンラートはそのままさしたる障害もなく、囲む兵たちの間を素通りすると、壮年の上官の前に立つと腰を抜かしてうまく立てないでいる彼にまるで立つ手助けをするように手を優しく差し出した。
明らかに、おかしい行動だった。が、その場を支配しつつあるコンラートの行動には逆らうことができない魔力があるように、よろよろとその手を壮年の上官が取ろうと、宙にのばされ・・・・・・
そして、コンラートの手に伸びた彼の手は空を掴んだ。
素早く手を引っ込めたコンラートは横に下げたままの剣を横一閃に振るう。額を紙一重の距離で剣の刃先が通り過ぎる。
一瞬後、壮年の上官の額から鮮やかな血が一筋つうと流れ落ちた。
額の皮が一枚切れている。怪我のうちに入らない傷だが彼の中の何かは確実に斬られた。
悲鳴をうまく上げられずに尻餅をついて後ずさっている上官を見て、慌てて剣を抜こうとした勘のいい、しかしこの場では不幸な一人の兵が剣を鞘から走らせた。
剣を奪って上官を斬ろうとしている魔族にその剣の切っ先を向けようとした瞬間、彼の剣から重みが失われる。
コンラートの手にしている剣がその兵の剣を半ばから真っ二つに斬っていた。
切り落とされた剣の刃先が落ちる音ともに勇敢なシマロン兵は恐怖で全身が固めた。訓練されたはずの兵はその場にへたりと膝を突いて呆然と悪夢を見た子供のような表情でコンラートを見上げた。
一方、コンラートは何事もなかったかのように、というか仕事熱心な兵を気遣うよう「誰にも危害は加えないから、ちょっと待っててくれ」と笑顔を深めた。
穏やかな、底知れない警告を示すものだとその場にいるもの達に知らしめる笑顔だ。
その言葉に説得力などあるはずもない。が、誰にも逆らえなかった。
巡視船本船に連絡をすることも忘れて兵たちはこの場を支配する魔族を行動を見守った。
もはや誰も止めるものはおらず壮年の上官の方に向き直るとコンラートは笑顔を消して、何の感情も浮かんでいない表情で剣を壮年の上官の首ギリギリの位置に突きだした。
小さな悲鳴が漏れた。ぴたりと止まった剣の刃をに歯の根が合わなくなりながらも動くことが出来ない。
それを見つめながら、コンラートは一ヶ月は悪夢にうなされるであろう酷薄な声で告げる。
「いいたいことはひとつだ」
言うやいなや今度は剣を腿と腿の間に突き立てた。悲鳴を上げる間さえない。
もはや焦点の合っていない眼にを魔族の名にふさわしい悪魔のような表情が映っていた。
「今すぐ、俺たちの前から消えろ。さもなくば・・・」
殺す。
コンラートの本気以上の殺意をぶつけられて壮年の上官は泡を吹いて悶絶した。
あんまりと言えばあんまりの光景にしばし時がその場の止まったようだった。
が、コンラートは悶絶した壮年の上官に一瞥を加えるともう用は済んだとばかりに彼から目を離しヴォルフラムとユーリの方に歩み帰った。ゆっくりと、静まりかえったコンラートの他誰も動きのとれない廊下を一人歩く。
誰にも邪魔されることなかったのでヴォルフラムとユーリの元にすぐに辿り着く。ヴォルフラムは呆然としていたがそれでもユーリをしっかり抱きしめて護っていた。
それを見てコンラートは、すこし困った。
誰にも、彼が望む以外のもの誰も彼には触れさせない。そう思っている。
でも、同時に彼が望んでいれば誰かの元へ言ってしまうのだ。例えば、今もヴォルフラムがしっかりと抱えている婚約者の元へ。
しかし、そうして欲しくない場合はどうすればいいのだろう。
「ヴォルフラム」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ〜〜!コン、ラート!!」
「大丈夫か、心配させて悪かったな」
「何を考えて・・・・・・!あいつらが正気に戻ったらいくらお前で」
「ああ、それなら・・・・・・」
場を破ったのはうわずった声だった。本船からきたらしいその場にいなかったシマロン兵が一人息を切らせて駆け込んできて言った。何人かの呆然としたシマロン兵たちがよろよろと彼のほうを振り返った。
「おいっ!何をしているんだ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・それが、その」
「こんなところでぼうっとしている暇はないぞ!!本船が大変なことになっている!」
「・・・・・・・・・・・・・・ほ、本船が?」
「急げ!!本船が浸水している、このままでは沈むぞ!!」
「・・・・・・・・何だって!?」
ヨザック、ありがとう。
コンラートは心から戦友に感謝した。
「底のほうに突然穴が空いたらしい、それもいくつかの箇所にだ。早く行って手を貸せ。いくら魔族が相手とはいえこんなに兵を囚人の護送にさいている場合ではない!」
「え、では・・・・・・?」
「1人か2人で十分だ。どうせ、魔術も使えない丸腰の魔族相手には十分だろう」
その場にいたその兵士とコンラート以外のものが一斉にコンラートの方へ向き直った・・・・・・いつ間にかコンラートは奪った剣を元の兵士の横に置いて丸腰になっていた・・・・・・油断も隙もない。
「・・・・・・・・・どうした?ん、なんだこの剣は、どうして壁に突き刺さって」
「イヤ、何でもありません!」
「さあ、早く行きましょう!一刻も早く!」
「?ああ、早く、本船へ戻るぞ!!・・・・・・おい、お前たち、そいつらを客船の囚人室へ連れて行け」
「ええっ!?・・・・・・・・は、はい・・・・・・・・・」
哀れな兵2人がこれ以上なく恐ろしそう、仕方なさそうに返事をするとかなり間を取ってコンラートたちに近づいてきた。今度は剣を抜いていて、しかし及び腰でコンラートに「は、はやく、行け」と促した。
コンラートは笑って恭順の意思を示すと兵たちは心底嫌そうな顔をしたがそれでも反抗されないことに心からほっとしたと様子で「さっさと行け」と促す。
「じゃあ、行こうか」とヴォルフラムからユーリを抱き上げた。ごめんなさい、陛下。無茶をして。でも、やり方は違うだろうけど、あなたも目を覚ましていたら同じことをしたでしょう?だから今回だけ許してください。
まだ、衝撃の抜けきらないヴォルフラムがそのままそこに立っていそうだったので、「ほら」と顔をのぞき込むが唇をわななかせたままコンラートを見上げてきた。困ったな、俺はそんなに怖かっただろうか?
後ろの兵たちをこれ以上恐怖に陥れるのを可哀相だったので、コンラートはユーリを抱き上げている手をヴォルフラムの肘の辺りと掴むと、あまり痛くないようにそのままゆっくりと歩き出した。つられて、ヴォルフラムの足も動く。
ほんの少し肘を掴んだ手がこわばったが、それは誰にも悟らせない。
そして、2人で歩き出した。
続く
「逃げられない?ならばビビらせてしまえ!作戦」・・・・・すみません。
ちょっとあれだなとは思ったのですが書いていると「コンラートなら何の問題なくやれるに違いない」と思えてくる
わけだから不思議なものです。
2007年2月24日
色々変更&加筆しました。
ヨザックの苦労が増えてしまいました・・・・・・ごめんグリ江ちゃん。
コンラートの腹黒具合が暴走しすぎた感がありますが、個人的に書き直してよかったです。でも、もうしません・・・・・やっぱり大幅な修正はためらいます。
2007/06/20
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