カミングアウト ユーリ編(中編)
























衝撃を受けて頭が真っ白になっているおれの静寂を真っ先に砕いたのはギュンターだった。



「ヴォルフラム、あ、あ、あなたという人は!陛下との仮の仮の仮とはいえ、仮にも婚約者と自分で言っておきながら、う、うわ、浮気などとと・・・・・んがくくっく」



顔が真っ赤になってる。怒りのあまりに舌をかんでるみたい。

半ば怒鳴られた形になったヴォルフラムはというとさっきまでの勢いはどこへやら、うつむいて苦しそうに息をしている。苦しそうだ。



「・・・・・・・・・・・」



それを見て反射的に支えてやらないととおれは駆け寄った。ヴォルフはさっきもすごく調子が悪そうで、とにかく自分では立ってもいられないみたいだから・・・・・・支えないと。

でも、おれの手はほかならぬヴォルフから退けられた。弱弱しい手つきで肩をこっちに預けようとするおれから逆の方向に倒れるようによろけるように避けた。



「止せ、ユーリ・・・!」

「ヴォルフ!馬鹿何してんだよ、ほら、手を・・・・・・」

「へーか!何をしているのですか!?ヴォルフラムはお、恐れ多くもうわ、うわ、うわき・・・・・・」

「誰だっっっ!!」


地響きみたいな怒鳴り声、というより叫び声のような声が割って入った。思わず声を止めたおれとギュンターが振り返るとギュンターと対照的に顔が真っ青なグウェンダル。でも目が少し血走っている。

グウェンダルは気圧された形になって思わず黙ったおれたちからヴォルフラムを引き離すと、両肩をつかんで顔を向かい合わせた。



「あ、兄上・・・・・」

「誰だ!誰が、お前に・・・・・・!」

「それは・・・・・・その」



今まで末の弟に厳しく接したことはあっても、こんな風に感情剥き出しになっているグウェンダルを見たことがない。何とか話そうとするヴォルフラムはグウェンの勢いにのどを詰まらせていた。



「ちょ・・・グウェン、やめろって!」

「誰が、だれ・・・・・・っ」



おれはおもわず割って入ろうとしたが、それよりグウェンダルが我に返るほうが早かった。弱っている弟を見て感情をそのままぶつけたことを後悔したのか両肩をつかむてが問い詰めるためのように強くではなく、今に倒れそうな体を支えるように持つ。



「・・・・・・兄上?」

「・・・・・・すまなかった、すまん、・・・・・・」

「兄上・・・?そんな、悪いのはぼくですから・・・」

「だから、なんだよ!何いってんだよ・・・そんな悪いもいいもないだろ?」

「そういうわけにもいかん」

「なんで!?」

「黙れ・・・・・・くっ、貴様なら何もないと思っていたということに油断していた。私としたことが」

「だから、なんで・・・!って、ちょっと待て・・・おれ安全パイ?」



別の意味で衝撃の事実。弟が可愛いと思っていることは知っていたが、丁の良い虫除け扱いだったのか!?



「そうです、陛下!ヴォルフラムは陛下の婚約者として大っ・・・変!遺憾ながら国民に知れわったているのですよ!陛下から婚約破棄するならともかく、臣下であるヴォルフラムから不貞を働くというのは重大な問題です!」



フォンクライスト卿は失礼ながら意外にも真顔だった。さっきの婚約破棄書類を握り締めていた時とは打って変わって真剣なその表情におれはさっきヴォルフに真剣な顔で詰め寄られたときの恐怖にも似た感情が足元から沸いてくる。

そんな、とんでもないことになってしまうのか?今までの、関係が変わってしまうような?・・・・・・ヴォルフがおれから離れるような?

その恐怖がおれの背を駆け抜けると、口が勝手に言葉を吐いていた。



「何だよ、それ・・・・・・勝手に決めるなよ!」

「ユーリ・・・」

「なんだよ、おれは婚約したいなんて言ってないし・・・破棄だの不貞だの、婚約自体おれに聞かないで勝手に決められたことだろ!?」

「陛下、とはいえ・・・」

「少し言葉を納めろ!元はといえばお前が・・・!」

「おれはあの時右頬にビンタで求婚だなんて知らなかった!それに求婚だって聞いた後も婚約するなんて言ってないし、いつだって勝手に決められて、いつも・・・・・・」



それを、いつも進んで、おれに話を聞かないで、婚約だと決め込んでいたのは。その名前を呼びそうになって、おれは言葉を吐くのを止めるために口元に手をやった。
それなのに、口からははっきりをした発音でその名をこぼした。



「いつも・・・ヴォルフが」

「・・・・・・そうだな、ユーリ。いつもぼくが勝手にお前との婚約を決めていた」 

「そうじゃない!ヴォルフ・・・そういうこといいたいんじゃ」

「本当のことだ。お前がぼくとの婚約を認めていないのは知っていたが、ぼくは何も知らないお前がぼくに求婚したのを理由にいつも勝手に・・・・・・」

「違うって言ってるだろ!?」



ヴォルフラムは黙った。おれは急に息を吐きすぎたせいで肺には新しい空気を求めて、それ以上言葉を吐かせなかった。肩で息をしながらおれはヴォルフラムがそれ以上自分を責める言葉を吐かないように湖底の瞳を強く見つめた。

おれは改めてヴォルフラムを見た。いつもは日向が似合いそうなのに今目の前で長兄に支えられてなんとか立っている様子はまるで茎半ばから折れてしまったひまわりのみたいだ。

グウェンダルやギュンターが言っているようにおれと婚約しているということがそこまでヴォルフラムを追い詰めていたのか?



「ヴォルフ・・・・・・おれと、婚約してたからそんなになっちゃったのかよ。
おれの、魔王の婚約者だから他に好きな人がいたらダメだってずっと怯えてたのか?」

「違う!違うんだ、ユーリ。そうじゃない、ユーリせいじゃない」

「じゃあ、なんで・・・・・・そんな立てもしないようになって」

「・・・・・・ぼくはお前の婚約者であるのにかかわらず、ギュンターの言うとおり不貞を働いた。
そのことについてはどんな罰も受けるつもりだ・・・・・・でもちがう、それに怯えていたんじゃない」

「それじゃ、なんで」



そうじゃないとしたら何なのか。彼が言うとおり「不貞を働いた」、つまりはおれ以外の誰かと付き合っているのだとしたら好きな人がいて、その相手と相思相愛だと言うことではないのか?それなのに、全然幸せには見えなかった。

逆に辛くて、仕方ないのだ。いくら恋愛経験のないおれでも 、ヴォルフが今幸せには見えなかった。

そう思うと急に眼の奥が熱くなっていた。事情は全然分からないが、こんな風にヴォルフが一人で告白して責められなければならないように放っている相手に怒りが沸く。

こういうときは二人で来るもんじゃないのか?ヴォルフにだけやらせて、こんな風にやつれさせて。



「・・・・・・・・・ユーリ?」

「・・・・・・とにかく、おれと婚約者だからってそんな気にするようなことはなにもないから。だからちゃんと休めよ、それじゃ辛いだろ」

「陛下!?駄目ですよ、ヴォルフラムは・・・」

「おれの婚約者だから、駄目だって言うなら。今すぐでも・・・!」



婚約破棄すると言いかけて、喉でその言葉が引っかかった。本当に良いのか?もし婚約破棄してもヴォルフラムは今までと同じようにおれの側にいるのだろうか?おれは彼無しで魔王を続けられるのか?いつも、真っ直ぐな言葉を伝えて、急成長しておれを焦らせたり、挙げ句に命がけで守ってくれたヴォルフラムがいなくても?

ずっと側にいてくれた彼を失うかも知れないのに、いいのか?

・・・・・・もし婚約したままで、このままでいられるなら婚約破棄なんてしない方がいいんじゃないか?
・・・・・・こんな時にヴォルフラムの側にいてやらないやつと一緒にいても良くないんじゃないのか?

もし、おれが婚約者を続けたいと言えば彼は確実におれの側にいてくれるだろうか?



「・・・・・・・ユーリ?」



力のないヴォルフラムの声。「誰か」を想って、足下もおぼつかなくなるほど悩んでここまで来た、その少し枯れた声がおれの口から言葉を吐きださせた。



「・・・・・・こ、婚約破棄してやるよ!それから公認で付き合うってことで良いだろ、それなら」

「陛下・・・・し、しかし、まあ確かにそれなら、こ、婚約破棄してというのなら・・・・・・」

「馬鹿者!簡単に言うな!」

「簡単にじゃなけれりゃいいんだろ!?何だよ、グウェンだってヴォルフが心配なんだろ!?だったらそんな風にヴォルフを追い詰めるようなこと言うなよ!」

「・・・・・・っ、勝手にしろ!!」

「ユーリ!ぼくは・・・!」

「いいったら、いいんだよ!」



ヴォルフラムがグウェンダルから身を離しておれの方へと来る。でも、すぐに足元をふらつかせるのを手を掴んでぐいと体を寄せるとそのまま、半ば抱き込むように腰を抱いて支えた。



「・・・・・・ユ、ユーリ?」

「・・・・・・・・・・」



ヴォルフラムとはずっと一緒だったけど、こんな風に密着したのは数えるほどしかない。それもヴォルフが寝ぼけてとかそんなことが何度かあっただけだ。ほんのわずかなことだったけど、それでもその時より少し痩せたような気がした。 でもその時と変わらず、温かくて柔らかくて日溜まりの匂いだした。



「・・・・・・ヴォルフ」

「・・・・・・なんだ?」

「・・・・・・その付き合ってるやつって、どんなやつなんだ?」

「え・・・?」



お前のこと、こんな風になってるのを放っておいて平気なのか?そう言いかける。おれはヴォルフラムから身を離すと、見えない感情に翳りそうになる顔を背けた。それでも気配でヴォルフが言い淀むことが分かった。

ああ、そうだ。ヴォルフが悲しむようなことにだけはなっちゃいけない。絶対に。慌てて、言葉を取り繕う。



「だ、だってさ!ほらそのふてーの輩ってていうやつ、おれにも関係ありまくりじゃん!
知りたいののが人情っていうか、そりゃどんな人なのか気にならないわけが、いやおれと違ってさぞかし素晴らしいヒトなんだろうけど・・・・・・」

「・・・・・・・・・・かだ」

「え?ごめん、聞こえなかった・・・」

「馬鹿だ!馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ、あいつは大馬鹿だっ!!」



あんまりの剣幕に口を挟めないおれをよそにヴォルフラムはさっきまで弱々しさから打って変わって大声でまくし立てる。 慌てて言った衝撃で倒れかけるヴォルフラムの二の腕を掴むとたたらを踏む。



「そ、そんなに馬鹿馬鹿言うなよ。ヴォルフが好きな人なんだろ?」

「馬鹿は馬鹿だ。あんなやつ、大嫌いだ!!」

「えええ!?ちょっと待てって、大嫌いってお前が好きな人だろ。そんな風に言うなよ、聞いてないからって・・・。
・・・・・・その、誰なんだよ、その人?おれの知ってるひと?」



「誰」という言葉にヴォルフラムはぴくりと反応した。顔を伏せると今度は聞き取れないような小さな声になった。



「それは、その・・・・・・・・・だ」

「は?ごめんまた聞こえなかった・・・・・・」

「それは・・・・・・その、コンラートだ」

「は?コンラッドの知ってるひと?」

「ち、違う!」

「え、だったら誰なの?」



ヴォルフラムはきっと顔を上げると今度は叩き付けるような声で叫んだ。



「・・・・・・だから、コンラートなんだ!!」

「・・・・・・・・・・・へ?」



背後でグウェンダルが倒れた音が聞こえた気がする。



























続く
















久しぶりですね・・・なるべく早く続き書きたいです。

ちょっとユーリが失恋したみたいになっていますが、ユヴォルではないです。








2007/12/08