めえ・でぃ 前編











「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


朝の血盟城にユーリ陛下の悲鳴が響き渡った。

ウェラー卿コンラートは「おや、久しぶりだ」とユーリの寝室の扉を開く手を一瞬止めた。
弟のヴォルフラムがユーリの寝室に忍び込むことがまだ日常になっていなかった頃は追い出したはずのヴォルフラムが寝台にいることに驚いたり嘆いていたユーリが絶叫することはよくあった。
しかし、最近はユーリも追い出すことに疲れヴォルフラムが一緒に寝ることに慣れきっていたはずだが・・・。


(最近は慣れたようだったけどまた初心に返ったのか?)


どんな初心だとコンラートの心中に突っ込むものはおらず、コンラートはいくばくかの好奇心を持って音を立てないようそっと扉を開くと中の様子をうかがう。

そこに繰り広げられていた光景は、ユーリがベットの上で立ち上がり「オーマイゴット!」とでも言いたげに頭を抱えていて、そして、その足下には・・・・・・


「こ、これは・・・・・・!」

「あ、コ、コンラッド!見てくれよ、これ!」


半泣きになったユーリが指差す先にはヴォルフラムらしき人物がよだれを垂らして幸せそうに眠っている。
「ヴォルフラムらしき人物」と思ったのはヴォルフラムの頭の上に生えているもののせいだった。ユーリはそれを指差しながらコンラートにわたわたと尋ねた。


「何これ!?なんでヴォルフにネコミミが!?」


ネコミミだった。ヴォルフラムの頭の上にネコミミが生えている。

いや、それだけではない。シーツからは金色掛かった赤毛の尻尾がぴろんと動いているし手や足は肉球付きのふわふわした猫の手だ。

呆然とする二人の前でごろんといつもの寝相の悪さを発揮してシーツを蹴飛ばすと背中全体と手足が毛皮に覆われているのが見えた。熱かったのかネグリジェはベットのしたに脱ぎ捨て、いや多分爪のせいで破り捨てられて転がっていた。毛皮の覆われていないのは胸元と首から上だけだった。もっとも天使の寝顔の頭にはネコミミが生えているが。


「これは・・・・・・」

「コンラッド、何か知ってるの!?」

「ユーリ、これおそらく「ネコはしか」です」

「何それ!!?」

「たいした病気じゃありません。感染性も低いし、2、3日で治ります」

「ホント!?ていうかたいしたことないって・・・これで!?」

「本当です。本来は子供の頃にかかる病気で一度かかれば二度とかからないのですが、ヴォルフはかかったことがなかったんです。身も心もネコに近くになりますが他には目立った病状はなく軽い病気です」

「そんな普通のはしかみたいなのりで・・・」


ユーリは今一度異世界の常識についていけない気持ちだった。そんな、はしかでネコミミが生えるなんて・・・勝利なら喜ぶかもしれないけど心臓に悪い。

おそるおそるヴォルフラムに近づいて寝顔をのぞき込むと病人のわりには顔色もよく熱もなさそうだった。いつもと同じただの寝穢い美少年だ。ネコミミも生えたばかりなのにピンとしている。
ユーリは胸をなでおろした。とんでもない病気だがたいした病気ではないというのは本当らしい。

ユーリの安堵をよそにのんきなヴォルフラムはネコっぷりを発揮していた。


「めぇぴ、めぇぴ、めぇぴ・・・・・・」


なんかいびきまで変わってるし。よく見ると可愛らしい牙が生えている。


「めえ・・・・・・めぇぇっ!?めえーめえーめえぇぇーーーーーーーーーーーーー!」


何かの夢を見ているらしい。猫の手で空をひっかいてベットの上で暴れている。寝返りを打った拍子にしっぽが左右に揺れてユーリの鼻先をかすめた。くすぐったい。
そのくすぐったさとめえめえという声になんだかさっきまでの心配が大袈裟な気がして急に気恥ずかしさを感じさせてコンラートの方へと向き直り、照れ隠しに笑った。


「はは、なんかホントに大丈夫そうだな・・・。よかった〜何がまずいことが起きたのかと」

「心配しなくても大丈夫ですよ。ヴォルフラムの歳になってかかることはとても珍しいけれど大人になってからかかってもひどくなるようなことにはなりませんから」

「それにしても眞魔国の病気はやっぱり地球の常識でははかれないな。あ、でも一応病気なんだろ?ギーゼラさんに見せた方がいいよな?」

「そうですね・・・どうせ仕事なんて出来ないだろうししばらく医務室で休ませた方がいいかもしれません」

「だな・・・・・おいヴォルフ、ヴォルフー起きろよ。いつもより起きるの早いけど今日は一日中医務室で寝てていいからさー」

「めぇー・・・ぐめぇー」

「あ、こら寝るなよ。おいー」

「んめえー・・・」

「あーもうコンラッドも手伝ってくれよ」

「はい、おいヴォルフ起きろ。もう朝だぞ、ヴォルフ、ヴォルフラム」


ユーリとコンラートの二人がかりで揺さぶられてさすがに寝起きの悪いヴォルフラムも熟睡モードから目覚めモードへ移行する。


「んめえー・・・?」

「あ、起きたかヴォルフ!おい聞いてくれ、お前は「ネコはしか」になっちゃったらしくて・・・」

「ユーリ、ヴォルフは心もネコになっているので言葉は通じませんよ。このまま医務室へ連れて行くしかないでしょう」

「めえ・・・?」

「え、言葉も通じないの?マジかよ・・・しょうがないな二人で医務室まで連れて行くか」

「陛下にそんなことはさせられませんよ。それにヴォルフを運ぶのは慣れていますから、俺一人で大丈夫です・・・・・・ほら、ヴォルフちょっとこっちにおいで・・・・・・」





フーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!バシィッッ!!






ヴォルフラムに手を差し出したコンラートに帰ってきたのは猫特有の威嚇の声とネコパンチだった。
思わず手を引っ込めたコンラートにユーリは驚いた。ヴォルフラムに抗議の声を上げる。


「あー!何てことするんだよヴォルフ!」

「陛下!不用意に近づかない方が・・・もしかしたら気が立っているのかも・・・・・・!」

「コンラッドはお前を運んでやろうとしたんだぞ・・・・って」

「めえ、めえぇー!」

「おいヴォルフ・・・・・・っはは、そんなになめるなよ、くすぐったいって、あはは」


ヴォルフラムはユーリの顔をなめてじゃれついていた。
さっきの殺気立った様子とはうってかわって安心しきった顔だ。ユーリもさっきの怒りもどこかへいったらしくなついてくるヴォルフラムが頬をなめることを拒まない。いつもならヴォルフラムが顔を寄せるだけで警戒するというのに、猫のヴォルフラムには邪心がないせいだろうか。
猫の手を顔や肩に乗せられてかえって楽しそうだ。手を伸ばして手の内側を触って柔らかい感触に犬を飼った経験しかないユーリは新鮮な気がした。


「うわーお前柔らかいなぁ。これが猫の肉球ってやつかー。グウェンが見たら泣いて喜ぶぞ」

「めえめえ」

「なんか全身柔らかいな・・・猫だから?それとも毛皮のせいかな、毛並み良さそうだしふわふわしてるし」

「めえーーー!」

「こら、くすぐったいって」


コンラートは胸をなで下ろした。
どうやらさっきは寝ぼけての行動だったらしい。ヴォルフラムらしくユーリが大好きなのはそのままだ。
じゃれ合う二人をとても微笑ましく思い、今度は大丈夫だろうとコンラートは再びヴォルフラムに手を伸ばした。と、



フーーーーーーーーーーーーーーーーッ!



今度はパンチを食らわなかったもののうなり声を上げられる。ヴォルフラムはコンラートを睨み付けるとだっと四本足で走り出し、半開きだったクローゼットの中へと逃げ込んだ。


「・・・・・・・・・・・・」

「え?」

「・・・・・・・・・・・・」

「えと、おーいヴォルフラム?」


慌ててユーリはクローゼットの前にやってきた。金色の髪と赤毛のネコミミが少し見えている。どうやら外を警戒しているようだ。ネコミミはピンと警戒したように張り、きょろきょろと辺りを警戒している。


「ヴォルフ?」

「めえっ、めえぇー・・・」


ユーリが呼ぶとヴォルフラムは悲しげな声を上げてユーリにすり寄ってきた。不安そうな目で見上げられるとわけもなく罪悪感に襲われる。思わずしゃがんで頭を撫でてやる。ヴォルフラムは少しほっとしたらしく安心したように目を細めた。
さっきの殺気だった面差しは全くない。平素のヴォルフラムからあり得ないほど素直だがユーリへの態度は変わっていない。なつっこくスキンシップを好む猫のままだ。


「あれー・・・・・・?えーつまりこれは」


つまりこれは、ユーリに対しては親愛の情を示し、コンラートに対しては・・・・・・

ユーリは背後に異変を感じた。ゆっくりと振り返るとコンラートが表情どころか周囲半径1メートルの空気が暗くなっている。一瞬目を疑ったがさすがに錯覚だったらしく周囲の空気の色を変えたわけではないらしい。が、ベットの上でさっき手をさしのべた体勢のまま固まっている。

どう声をかければいいか分からずユーリは固まった。マイペースなヴォルフラムは機嫌を直したのかユーリの足の周りにすりよって回っている。「めえめえ」という声だけが沈黙中上がっていた。


「コ、コンラッド・・・」


何とか名前を呼ぶとコンラートはギギィっと首だけを二人のいる方へ向けた。うつろな眼差し。
動けないユーリをまとわりつくヴォルフラムに向かってコンラートは驚くべき速度で歩いて近づいてきた。近づくにつれてヴォルフラムはしっぽを逆立てるとユーリの後ろに隠れ「助けて」と救いを求めるような目を向けてきた。コンラートの方を見ると「動かさないでください」というアイコンタクト。どうしよう。どうすれば。

残り1メートルのところでコンラートは止まるとしゃがみこんだ。いつものように、いやいつも以上に人当たりのよい笑顔を浮かべた。そして、「何も危害を加える気はない。撫でるだけだよ」と示すようにゆっくりと、穏やかに、やさしくヴォルララムの頭に手を伸ばす・・・・・・









シャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!バリバリバリバリバリッ!!!










ヴォルフラムは今までで一番大きなうなり声を上げて抱きつこうとするコンラートの顔をひっかくとクローゼットの奥深くへ潜っていった・・・・・・・・・・・。





















続く










メーデーと引っかけて作ったのに一日には間に合わなかったもの。


しかも、続きます。



2007/05/05