めえ・でぃ 中編
「なんだこれは・・・・・・」
「あ、グウェン。おはよ〜」
朝の執務室の光景にに特に仕事でもないのに魔王の業務代理として日々を過ごしているフォンヴォルテール卿は開口一番つぶやいた。ちょっと困ったような顔をした魔王が朝の挨拶をするのを目にするとグウェンダルは再び問題のものを見た。
眉間の皺が一層深くなる。
「コンラート何をしているんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、お早う」
ドアのすぐ側ですぐ下の弟はうつろな目をしていた。
魔王の護衛として尽力しているコンラートだったが今日はいつになく隙だらけだった。それ以上に暗い、暗すぎる。いつもの温厚で人当たりのいいさわやかスマイルはどこへ行ったのだろう。こんなうつろなオーラではこんな真昼では遠い場所から矢を撃ったら的にでもなるんじゃないかという暗い空気をまとっている。
昨夜は早く床についたはずなのに目の下に隈がある気がする。心なしやつれたように見える。
何があった・・・・・・いやな予感がする。
「どうしたんだ・・・・・・どこか悪いのか?そうなら無理をせず医務室に行ってみてもらえば」
「・・・・・・いいや、大丈夫だよ」
「いや、絶対大丈夫じゃないだろう。絶対どこか悪い、早く医務室へ行け」
「何でもないから放って置いてくれ・・・・・・」
とりつくしまもない。コンラートの周りだけ何となくすすけてみえる。
グウェンダルがもう一度コンラートに話しかけようとすると一人の乱入者が現れた。
「めえめえめえ〜」
「ヴォルフラム・・・・・・?」
それは確かに下の弟だった。ネコの耳が生えて全身毛皮に覆われていたが。
ヴォルフラムはグウェンダルの姿を見つけるとぱっと顔を輝かせると急いで走り寄ってきた。
「めえっめえっ」
「あ〜ヴォルフ。グウェンにあんまりじゃれついたらダメだぞ。服が濃い色だから毛が付くと目立つから」
今度はユーリが寄ってきた。グウェンダルの足の周りをぐるぐる回っているヴォルフラムを抱き上げて引き離す。
せっかくのスキンシップを邪魔されてヴォルフラムは機嫌を損ねた。
「・・・んめえ〜っ(ぷい)」
「何だよ〜、怒るなよ」
ユーリは口では咎めるようだったが口調は完全に緩みきっていた。グウェンダルの眉間の皺が増えた。
「おい、なんだこれは」
「あ、きいてない?ヴォルフが「ネコはしか」ってやつにかかっちゃったんだけど」
「なんだと!ヴォルフラムの年で・・・・・!」
「何かかかっちゃったらしくてさ、この通り身も心もネコになっちゃったらしくて」
「何故ここにいるんだ。医務室でも部屋にでも寝かしておいた方が」
「いや、何か医務室がいっぱいらしくて寝ていなくても治る病気ですからってギーゼラさんが」
「だからって執務室に連れてくる必要は・・・・・・」
その時ヴォルフラムは隙を突いてグウェンダルに抱きついた。全身をいっぱいに伸ばしてグウェンダルの顔面をべろべろとなめる。
「め〜えっ」
大変愛らしい。何かふわふわしてる。天使の笑顔が満面だ。
ヴォルフラムのぷにぷにした肉球がグウェンダルの頬にその柔らかさを伝えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「めえ〜」
「ほらヴォルフ、いい加減グウェンを離してやれよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たん」
「めめえ〜」
「ほら、グウェンは仕事がいっぱいあるから・・・・・ってグウェン何か言った?」
「・・・・・・ヴォルにゃんたん・・・・・・」
「・・・・・・ぐ、ぐうぇん・・・・・・?」
「めえ?」
その瞬間ユーリは見た。グウェンダルの眉間の皺がなくなるのを。
「ヴォルにゃんたん、いい子でちゅね〜。おにーたんとあそびたんでちゅか〜?」
「めえ!」
「そうでちゅか、おにーたんと遊びたいんでちゅね〜、なにちまちょーか〜?」
「お、おい、グウェンダル?」
「ヴォルにゃんたんは可愛いでちゅね〜、まるでお手々がマシュマロみたいでちゅね〜」
ユーリは硬直した。いつもの「冷静沈着で有能なフォンヴォルテール卿」はどこに・・・・?
可愛い物好きは知ってたけど、こうも目の当たりにしたことのないユーリは何かが崩れていくのを感じた。
「ボール遊びですちゅか〜それとも・・・・・・・・・・・・・っは、わ、私は何を!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「陛下、なんだその目は・・・・・・そ、そんな目で私を見るな!」
「いや、その」
「な、何か言いたいことがあるならはっきり言え!」
「え〜と・・・・・・」
どうにかグウェンダルに「見なかったかったことにするから」というとしたその時ユーリは見た。
ドアの側に立っているウェラー卿が恨めしげにこっちを見ていることに。暗い、を通り越して闇が渦巻いている(ような気がした)。
ぽつんとしたつぶやきが騒がしい執務室でやたらと響いた。
「いいよな、グウェンは元々ヴォルフに好かれてるもんな・・・・・・」
暗い、暗すぎる。トレードマークのさわやかさがどこか遠くにいってしまったようだ。しかも、ちょっと恨めしげ。
「コンラッド、その、いや色々いってるけどヴォルフはあんたのこと・・・・・・少なくとも嫌いじゃないと思うと。今はほらネコになってるわけで」
「好きだと思うよ」とはいえなかった。いつものヴォルフラムは本気でコンラートを拒絶したりしないが、ネコヴォルフラムのコンラートへの拒絶反応ははっきりしている。ユーリやグウェンダルへの態度の落差を見ると余計に。
コンラートはちょっと闇のオーラを薄めると悟ったような表情で天井を見上げた。
「いいんですよユーリ。俺は平気です。俺はヴォルフにはあまり好かれていませんから・・・・・・。
元々ヴォルフはユーリとグウェンが大好きなんですから、しょうがないです・・・・・・って」
その時、扉は勢いよく開いて開いた人物の叫びが執務室にこだました。
「陛下〜〜〜〜!!へ・い・か〜!!!ああ、今日もその麗しいお顔を御拝謁できること恐悦至極で、このフォンクライスト・ギュンター至福の極まりです!!ああ、陛下この胸の内をどうか・・・・・ぶへっ!!?」
「めえめえ〜」
「むんぐ・・・・・・何ですかこれは!?ヴォルフラムがネコに!?」
「めえめえめえめえめえ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「何ですか、ヴォルフラ・・・・・・・・・く、くすぐったいですよ、そんなになめるのはおよしなさ・・・・・」
「めえ〜」
ユーリは驚いた。ヴォルフラムがギュンターにじゃれついて顔を心底幸せそうになめている。いつもはあんなにケンカが絶えないのに、あのギュンターにヴォルフラムが・・・・・・。
驚く間もなく、再び扉が開かれた。赤い悪魔ことフォンカーベルニコフ卿アニシナがいつものように必要以上に堂々と仁王立ちになっている。ちなみに手にはどす黒い薬品の瓶らしいものを持っている。
「グウェンダル!聞きなさいついに魔導装置「一撃必殺、起死回生くん〜これでふさふさも夢じゃない〜」が完成しました!さあ、後は魔力を注入するだけです!!即座に私のもにたあに・・・・・・・・・・・・って」
「めえ〜」
「おや、ヴォルフラム?私の毒薬品棚から「今日からあなたもかわいいものたん♪」を持ち出したのですか?」
「めえめえ〜」
「何、この事態はお前のせいか、アニシナ!!」
「何を言っているのです?あれはそもそもあなたが昔頼んだもので・・・・・・」
「そ、それ以上言うな・・・・・・!!おい、ヴォルフラム、アニシナにじゃれつこうとするな。近づくと実験動物にされるぞ!」
「失礼な!実験体の生命については絶対の保証をしています。それに今この魔導装置はあなたの魔力を基準にして作られていますから、さっさと・・・・・・」
「めえめえめえ〜」
「ヴォルフラム、くっつくのは毛が付くからおよしなさい・・・・・・おや、おかしい。あの毒薬品を使うと額の「毒女」の文字が浮かび上がるはずなのですが・・・・・・・・」
「何、それでは可愛いものにはなれな・・・・・・いや、それはいいとして!お前の仕業ではないのか?」
「これは・・・・・・「ネコはしか」ですね。素晴らしい!!八十過ぎてからこの病にかかるものがいたとは・・・・・・・興味深いですね」
「・・・・・・・・!やめろ、おい、ヴォルフラ・・・・・・・・あ〜ヴォルにゃんたん、アニシナに近づいてはいけないでちゅよ〜。おに〜たんのおねがいでちゅから〜・・・・・・っは!私は何を!」
「何をやっているのですか、あなたは」
「めえ〜〜〜〜〜〜」
アニシナにヴォルフラムが懐こうとしている・・・・・・!!いつもは「アニシナ」の「アニシ」あたりで逃げ出そうとするのに・・・・・・!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユーリはいやな予感がして後ろを振り返るとコンラートがちょっと白くなっているのを見た。
「コ、コンラッド・・・・・その落ち込むなよ・・・・・・て無理か・・・・・え〜と」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、いいんですよ、ユーリ。ただ・・・・・・」
「ただ?」
「・・・・・・・・・・ちょっと己の出自の恨みたくなっただけです・・・・・・・・」
ユーリはかける言葉がみつからなかった。
確かに純血魔族に懐いているが、混血のコンラートには懐いていない。もしかして、ネコになって匂いに敏感になって血液の匂いでもかぎ分けているのだろうか。
ユーリはコンラートの肩にぽんと手を置くと出来るだけ優しくいった。
「コンラッド・・・・・・きっと今のヴォルフはネコで人間の血の匂いとかが気になるんだよ」
「やはり、そうなんでしょうか・・・・・・」
「ほら「ネコはしか」が治れば、いつもみたいにそりゃヴォルフは色々いってるけど仲良くなれるって」
「ユーリ・・・・・・」
「いつもは色々いってるけど、ヴォルフがあんたを本気で嫌いにはとても見えないし」
「ユーリ・・・・・・・・・そうですね」
コンラートの目に一筋の希望の光が差す。ユーリは胸を撫でおろした。
しかし、次の瞬間それは破られた。
執務室の扉が三度開かれた。オレンジ色の髪の理想的上腕二頭筋を持つ男がそこに立っていた。
「かっか〜〜〜〜!あなたのグリ江で〜す!任務完了しましたよ〜ん!褒めて褒めて〜・・・・・・って」
「めえ〜」
「フォンビーレフェルト卿・・・・・・?何でネコに?」
「めえめえめえ〜」
ピシイッ!・・・・・・・ユーリはコンラートにひびが入る音を聞いた気がした。
さらに、
「ユーリ〜ヴォルフ〜!お父様達ただいま〜!・・・・・・あれ、ヴォルフ?」
「めえ〜」
「ヴォルフ、どうしてネコちゃんに・・・・・・あははっ!くすぐったいよ〜」
「めえ〜〜〜〜〜〜(はあと)」
愛しい愛娘はもう一人のお父様になめられて楽しそうに笑っている。
ユーリはその微笑ましい光景を「ああ、ヴォルフ。いくらネコとはいえうちのお姫様をなめすぎたらだめだぞ」と
内心でつぶやきながらも、確かに背後でがらがらとコンラートが崩れていく音を聞いた。
グレタはご満悦でネコヴォルフラムを撫でた。ヴォルフラムも負けじとなつく。
「めえ〜〜〜〜〜」
「あはは、眞魔国にはこんな可愛い病気があるんだね。ヴォルフ、かわいい!」
「めえめえ〜・・・・・・」
「わ〜い、ふかふかだ〜・・・・・・ヴォルフどうしたの?」
仲良くじゃれ合いながらも、ちらちらとよそ見をするヴォルフラムにグレタは首をかしげた。
「どうしたの〜?」
「めえ・・・・・・・・・・」
ヴォルフラムはちらりとドアの前のコンラートを悲しそうに見ていた。
また、長くなりました。次で最後です。
可愛い弟+にゃんこたん属性には長男は抵抗するすべもないだろうな〜。