三日月が少し空に霞んで見える
でも、大丈夫、これは満月じゃないから
満月じゃないから・・・・・・
あなたへの月 5
どこか遠い場所を、歩いている。
どこに向かっていたのかは、分からない。
ただ、誰かを捜していたのだと、頭の何処かから囁かれる。
「・・・・・・・・・・・・・?」
何かが、聞こえた。誰かが何かを話している音。
「・・・・・・ようやく」
「でも・・・・・・」
「元々、こうなるべきだったのだ・・・これを機会に」
「だからといってこのままには・・・・・・!」
「どうできるというのだ、選んだのは本人たちだぞ」
そこまで聞いて、肩に手を置かれた。
驚いて振り返ると、さっきまで必死にすがりついて、でも最後には泣きわめいて逃げ出してきた人。
「どうしたんだ、さっきは急に逃げ出したりして・・・・・・」
「だって・・・・・・」
だっての先を言えずに顔をそらした。いつもは大好きな人の顔をまともに見る気になれない。
「お前が驚いたのも分かるが、これでよかったのだ」
「・・・・・・・・」
口の形がへの字になるのが分かる。何も聞きたくない。
だってこの人はあの人が嫌いなのだ。あの人どうこう言うのをを信じることなどできるわけない。
「だから言っただろう、あいつに近づくべきじゃなかったんだ。
でもお前がいつの間にかとても懐いていたから、しばらくは放っておこうと思っていただけなんだ。
しかし、あいつもお前のことを想っていたのだろう、だからこうしてお前を・・・・・・」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!
宵闇が増していく西の空には、霞んだような三日月が浮かんでいる。
でも、大丈夫。あの月なら大丈夫。
だって、あの月は・・・・・・・・・
(あの月は・・・・・・?)
「あ、目が覚めたみたいだね?」
急にそんな声が聞こえると夕闇の迫る空だけが映っていた視界を珍しい漆黒が遮った。
「・・・・・・大賢者?」
「そ、ぼくだよ。ちゃんと見えてる?」
言って村田はヴォルフラムの額に手を当てた。
いつもそういうスキンシップは兄や母以外には拒絶していたヴォルフラムだったが、今は朦朧としているせいか、それとも村田の持つある種有無を言わせない穏やかな空気のせいか拒絶はしなかった。
少し落ち着いてヴォルフラムは一度目を閉じて、そしてゆっくりと開いた。そうして初めて周囲のものを感じることができた。
簡素ではあるが天蓋付きベッドの天井が視界に広がった。手のひらからは清潔なシーツのふわりとした感触。ほのかに香っている石けんと海の太陽の匂いがあったかい。
「・・・・・・・ここは?大賢者、ここはいったい・・・?
・・・・・・・・・・・・いや、そもそもぼくは今まで何を・・・・・・そうだ、確か甲板で休んでいて、それで・・・・・・」
「ストップ」
目の前に急に指を差し出されて思わず素直に口を閉じた。村田はいつものひょうひょうとした笑顔は浮かべずに静かにヴォルフラムを少しとがめるように見た。何となくしかられている気分になり態度が子ともっぽかったかと押し黙ると「してやったり」の笑顔で返される。
これまで次兄以上にいいように転がされたことのないヴォルフラムは絶句した。が、気にしない村田はさっさと話を進めた。
「いいかい、君はさっきまで倒れていて原因不明のうわごとを呟いて悪夢にうなされていたんだ。急に起き上がったり喋ったら身体に毒だよ。聞きたいことは察しがつくから黙ってて、ちゃんと教えるから」
「・・・・・・倒れて?ぼくが?」
「喋らないで・・・そうだよ、君はさっきまで船酔いがひどくて甲板で休んでいた。で、ぼくが話しかけたんだけど・・・・・・話している最中に君は急に倒れたんだ。それからしばらく目を覚まさなかった。
で、ここは船の医務室。本当は軍医の人がいるんだけど席を外してもらった。あ、喋らないで」
「・・・・・・・・・」
「君が倒れていた時間は・・・そうだね、半日もなかったと思うよ。倒れたときは昼前だったけどまだ日がギリギリ沈んでないしね。ほら、空に月がまだはっきり出てないでしょ・・・・・・?」
そこまで言って村田は訝しんだ。気のせいだろうかヴォルフラムの顔が青ざめたような・・・・・・?
「フォンビーレフェルト卿?」
「・・・・・・何でもない」
ヴォルフラムは言った早々口元を押さえて両腕を抱え込んだ。慌てて村田はそばによって背中をさすった。小刻みに震えている。
「ごめん、いきなりいろいろ話しちゃって。吐きそう?」
「・・・・・・へ、いき・・・だ」
「無理はしなくていい・・・・・・無理にとは言わないけど」
「本当に平気だ・・・・・・すまないな、大賢者にこんなことをさせてしまって。ユーリも大騒ぎしただろう」
「・・・・・・・・・渋谷は知らないんだ」
「え?」
振り返ったヴォルフラムに村田はばつの悪そうに視線を窓の外の夕闇に陰る空へと向けた。
「渋谷には知らせていないんだ・・・・・・勝手に判断して悪かったけど、君が倒れて渋谷を心配させたら君が不本意なんじゃないかと思って、ぼくの独断で」
「そうか・・・・・・」
「・・・・・・今からでも渋谷に言おうか?たいしたことがなさそうならそれでもいいかと思ったけど、渋谷はきっと」
「いや、いい」
不思議だと、ヴォルフラムは思った。底知れない笑みを消した大賢者は今は静かに真剣な表情をしていて威厳がありそうに見えるのに、一番年齢相応に見えた。元々、ユーリと同年齢という話だから無論魔族の年相応とは違うのだが。
そう思うと、ふっと可笑しくなった。それを見て村田も安心したのか、年相応な表情は消え去りからかうような試しているような表情に戻る。再び「病人はさっさと寝て」とベッドに寝かしつけてくる。「病人じゃない」と返すと「病人はみんなそういうんだよ」とあるようでないであろう格言を持ち出してくる。
「・・・・・・渋谷はきっと君が倒れたなんてことを知らせなかった、なんて知ったら怒るよ?「なんで!?心配して当たり前だろ!」って」
「だからだ。あいつは大げさなんだ・・・・・・ありがとう、知られた方が気が重かった」
「・・・・・・いいのかい?婚約者なんだろう?」
自分の判断でユーリに知らせなかったことか話している間に倒れられたことがよほど気に重いのだろうか村田はやけにこだわった。それともぼくが重病人にでも見えたのだろうか。そんなにぼくは顔色が悪かったのだろうか?
「ただでさえ、ユーリを心配させたらしいからな、これ以上余計なことを知らせたくない、婚約者であると同時にぼくは臣下だからな。さっきも大賢者が甲板ででユーリが心配していると言っていたじゃないか。
これ以上は・・・・・・そうだ、ユーリはぼくの何を心配して・・・・・・」
それで甲板での会話を思い出した。そうだ、ユーリはコンラートとぼくのことを・・・・・・。
村田は目を伏せて尋ねようとしたヴォルフラムの視線に一瞬躊躇したが、すぐに答えた。そっとヴォルフラムに毛布をかけ直してやると目は穏やかなまま口を開く。
「ぼくは渋谷に聞いただけなんだけど、ウェラー卿と君は兄弟なんだよね。口ではいろいろ言ってるけど仲のいい兄弟だって聞いてる。
でも、ちょっとわだかまりがある・・・とも聞いてる」
「・・・・・・・・・・・・」
「渋谷が言うには君はウェラー卿によく突っかかってしまうことが多いらしいから・・・・・・・もしかして今回もウェラー卿の件の前に君が何か彼に言ってしまっていたんじゃないって。
そして、その後のことがあってとても後悔しているんじゃないかって」
「・・・・・・・・・・・・・・・そ、れは」
「そのことで渋谷を躍起になって守ろうとしているんじゃないか・・・・・・ウェラー卿の代わりに渋谷をなんとしても守らないとならないと思っているんじゃないかって」
「・・・・・・・・違う!!」
ヴォルフラムは上着の内ポケットに手を伸ばした。着替えさせられてはいなかったことが幸いして、そこにはまだそれがあった。指先で包み込んで形を確かめる。
小さなボタンは手の平で握りしめるには小さすぎた。必死にすがるように指先でコンラートの飾りボタンを包み込む。ここに、確かにある。どこにも失われてなどいない。
「違うっ、違う!・・・・・・代わりなんかじゃない!代わりなんて必要ない、コンラートの代わりなんて・・・・・・そんなもの!」
喚き散らす自分の声も、村田の声も、聞こえなかった。
窓の外の月さえ、目に入らなかった。
「コンラートの、代わりなんていらない!絶対死んだりなんてしていない!絶対・・・・・・!」
そんなこと、ない。
そんなこと、許さない。
......to be
continued......
変なところで切ってばかりでごめんなさい。
村田予想より遙かによく動いてくれます。こんなところで村プとか書きたくなってきました。
真っ暗ばっかりだった背景が白くなるとちょっと気分が変わりますね。
2007/09/19
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