太陽を背にした姿が何て似合うのだろうと思った
日輪 (前編)
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ここはどこだ。
見慣れぬ花が咲き誇るカーベルニコフの庭園で幼いグウェンダルは途方に暮れていた。
右を見る。見渡す限りの美しい花の庭園。
左を見る。見渡す限りの美しい花の庭園・・・・・・・・・。
要するに迷っていて自分がどこにいるかが分からない。グウェンダルの年齢を配慮すると、本人はそういう配慮を嫌がるが・・・・・・”迷子”だった。
グウェンダルはまだ12歳にになったばかりの子供、いや魔族にとっては幼子といってもいい。
特にグウェンダルは純血魔族でとくに成長が同年齢の魔族の中でも遅かった。魔族の忌み嫌う人間たちから見れば5歳にも届かないようにしか見えなかっただろう。
「誰か・・・・・・!誰かいないか・・・・・・!」
もう何度目になるか分からない、助けを呼ぶ。が、何度もやった結果と同じく誰も返事をしない。風に揺られた草花のざわめき以外には何の音もしない。
グウェンダルは頭を抱えて、最近母から「そんなことをしたらもてなくなるわよ〜」といわれている眉間の皺を作った。母の願いは叶えてやりたいがグウェンダルだって好きこのんで眉間の皺を作っているのではない。悩んだり葛藤すると自然と出来るのだ。
(こんなはずでは・・・・・・・・・)
後悔した。こんなつもりではなかった。ほんの、ちょっとした思いつきだったというのに。
グウェンダルは最近母の過保護ぶりにすこし意見を言っていた。
「母上、私は食事は一人できます」
「母上、私もあと四年で成人です。だから一人で眠れますから一緒に眠る必要はありません」
「母上、私も殿下と呼ばれる身分になったのですからもっと自分一人でやるべきことがあるのです。勉強をしたいのでその集まりにはいけません」
等々。母と寝食を共にして母が開催するあちこちのお茶会にも参加していたグウェンダルは最近勉強や剣の鍛錬に時間をとられべったりだった母に「グウェンったら最近冷たい〜」と嘆かれていた。
ツェリは今まで一緒だった可愛い息子が急に変わって彼女から離れていったと息子本人にすねるように口をとがらせていた。「息子は大きくなると母親を疎んじるようになってしまうって本当だったのね」。
しかし、グウェンダルにだってちゃんと理由があった。母のことを決して嫌ったり疎んじたりしているのではない。
グウェンダルの母、ツェツィーリエは眞王陛下に魔王に選ばれた身だった。
確かに魔力は眞魔国でも有数の力の持ち主である母だったが、政治にはあまり興味を持っていなかった。兄のシュトッフェルに実権を渡し、ツェリ自身はそれまでと同じかそれまで以上に美しいものを求めた。美しい装飾品やドレスを求め、風光明媚なな場所に城を建てそこで親しいものたちを招き舞踏会やお茶会を開いた。
グウェンダルはそうした母の行動に文句をつける気は全くなかった。物心ついた頃から母はそうだったし、自分自身そんな母が好きだった。
しかし、やはり母は魔王で実権はシュトッフェルに渡っているとはいえその権力は絶大だ。そのおこぼれに預かろうとするものは後を絶たない。
グウェンダルは物心つく前に父を失っている。シュトッフェルは権力を振るうことに忙しく母には実質的には自分以外に身近な頼れる家族がいない。
無邪気な母にその権力目当てで近寄ってくる輩も多く、グウェンダルはそういった輩に何度も憤慨していた。
そういう風に母を利用しようとする輩にも腹が立ったし自分でそういう輩を追い払えない無力さにはもっと腹が立った。まあ、ほとんどはそういった輩は母に翻弄されるか”お仕置き”されてしまうのだが。
そういったこともあってグウェンダルは早く大人になりたかった。一人前の大人になれば母にそういった輩を追い払うことも近づけさせないことも出来る。そう考えての行動だった。
しかし、どんなに努力しても周囲はグウェンダルを「まだ子供」としか思っていないし、時の流れを速めることもできない。 グウェンダルが成人するのは4年後で、長命な魔族にとっては取るに足らない時間だとしても一日も早く成人したいグウェンダルにとってはいらだつ長さだった。
早く、大人になりたかった。急いで一人前にならなくては・・・・・・。
グウェンダルの焦りは日ごとに募っていった。
そんな日々に、ある日母はいつものように「グウェン〜お茶会に行きましょ〜」と言った。
グウェンダルは内心「またか」と思っていた。母が言った日時には既に剣の稽古の予定が入っていた。
母の残念そうな顔を見たくはないが仕方がない。最近はよく耳にする母の「もう、息子なんてすぐに母親を疎んじるんだから」という台詞をまた聞く羽目になるのだろう。最初、その話を母から聞かされたときはそう思った。
しかし、母が次に言った言葉でグウェンダルは「残念ですが・・・・・・」という言葉を引っ込めた。
「今度のお茶会はカーベルニコフに行くのよ。少し遠いけどとっても綺麗なところで行きがてら旅行にもなるわ。
それに、前に言ってたでしょう!カーベルニコフには私のお友達がいるの。グウェンと同じくらいの年でまだ小さいけれど、とっても可愛くて賢いのよ、アニシナは」
その一言でグウェンダルは数日間のスケジュールを変更することをきめた。
フォンカーベルニコフ・アニシナはグウェンダルと同じ年頃の子供でありながら眞魔国でも既に有名な人物だった。眞魔国でも有数の魔力の持ち主と言われていてその力は母に匹敵すると言うことだった。
アニシナ嬢には他にも様々な噂が絶えない人物だった。
その噂は様々で、曰く燃えるような赤毛の持ち主である、曰く既に眞魔国のために一生を捧げる意志を固めて日々邁進しているらしい、曰く彼女の成人の儀を執り行う大人達はその役の恐怖に怯え、誰がやるかで互いに押しつけあっているらしい・・・・・・。
グウェンダルは他人の噂など当てにならない、とあまり本気にしていなかった。
しかし、ある日母が妙に楽しげに言ったことで意見が変わった。また例によって母の権力目当てに近づく輩がカーベルニコフで母に近寄ってきたらしい。その時にアニシナ嬢が
「これだから男はダメだというのです!」
と一蹴してその輩は逃げ出したらしい。
「アニシナはとってもすごいのよ〜」と楽しそうに語る母に言葉を聞きながらグウェンダルは驚いていた。自分と変わらない年の子供が一喝して大の大人を追い払う・・・・・・それはグウェンダルにとって大人にならなければ出来ないことだと思っていた。
自分には出来なかったことだ。とてもすごいことだと思った。・・・・・・多少差別的な発言があった気もするが。
その日からグウェンダルはアニシナ嬢に関心を持っていた。自分がしたいことを既にやってのけるその人にあってみたい、見習いたいとも思った。
そして、こっそり「アニシナってすごい子ねぇ」といわれる彼女に「負けたくない・・・・・・」という思いもあった。
そして、ついに今日アニシナ嬢に会う・・・・・・はずだったのだ。
(こんなはずでは・・・・・・)
グウェンダルはどこまでいったも変わらない青空と花々に絶望しかけていた。
「・・・・・・・・・・・はあっ」
疲れた。こんなに歩いたのは初めてな気がする。
歩いても歩いても景色が変わらない。だんだん気が遠くなってきた。
地面に倒れ込むようにグウェンダルは身体を横たえた。そして、こんなことになった原因を思い出して、眉間の皺が深くなった。そして、ちょっと泣きたくなった。
カーベルニコフまで母と数日間旅をしてカーベルニコフの城に着くまでには順調だった。
しかし、カーベルニコフに付いたとき母は例によってグウェンダルを抱き上げて「カーベルニコフのお城の庭園は綺麗で広いのよ〜迷子にならないように抱っこしていってあげるわ〜」と言ったのにグウェンダルはつい「わたしはもう子供ではありません!」とキレてしまった。
そして「こんな庭くらい一人で歩けます!」と内心で叫ぶとこっそり飛び出してきてしまったのだ。
血盟城の庭も広いがグウェンダルは迷ったことはない。たかが庭を歩くくらいで心配されるような子供ではない。それを示すためにも、カーベルニコフの庭とてそんなに変わらないはずだと信じて一人で庭園へと進んだ。後で先回りしたお茶会の席で「母上、先に来て待っていました」と言うつもりで。
(・・・・・・が、後に知ったことだがカーベルニコフの庭園はある人物の栽培する植物のせいで誰もが迷い込んだが最後の場所と恐れられ別名「迷いの森」と呼ばれるだった。庭園なのに。)
・・・・・・そして走り出して、5分でグウェンダルは迷った。
仰向けになって見上げた空の青さが目ににじんだ。
(ようするに自分のせいなのか・・・・・・)
そうだろう。母はちゃんと迷わないようにと連れて行ってくれようとしたのに勝手に出てきたのは自分だった。
「・・・・・・うっ・・・・・・」
少し視界がにじんできた。慌てて袖で目元をぬぐったが目の奥は熱いままだった。
いくら歩いてもどこにも辿り着かない。何も目印になるようなものもない、誰もいない。グウェンダルはもうどっちへ歩いていけばいいか分からなかった。
「・・・・・・っく、えぐ・・・・・・」
意地でずっと押さえ込んでいたがついには嗚咽が漏れてしまった。
こんなことになるなんて・・・どうしよう。
もしこのまま帰れなかったらどうしよう・・・・・・このままここで死んでしまうのだろうか・・・・・・。
もう二度と母には会えないのだろうか・・・・・・そう思い始めたときだった。
視界の端に動くものを見つけたのは。
「・・・・・・・・・・・・?」
風に揺れる花だろうかと思って目をこらすとそれはしっぽをぴくりを動かしていた。
びっくりしてがばっと上半身を起き上がらせるとそれはびくっとすると走って逃げ出した。
「めえ〜!」
「・・・・・・・・・・・・!?」
ネコだった。視界の端で茶トラのネコが走って逃げていく。
「待ってくれ・・・・・・!」
走って追った。茶トラのネコはピンクや白い花の中では目立つ。
だから何とかグウェンダルはそのネコを見失わなかった。走るというよりはふらふらしていたのだが、やっと見つけた花以外のものを見失うわけにはいかなかった。
「待て、待ってくれ!」
グウェンダルは必死だった。あのネコを見失ったら次はもう、誰にも(ネコだけど)会えないかもしれない。
花畑に入ったネコを追って入る。足が花に取られてうまく足が動かない。転びそうなになるのを必死で堪える。草に足を引っかけないように注意深く足を動かして・・・・・・
「うわっ・・・・・・!」
しかし、花びらが目に入ることを考えていなかった。目の前に白い花びらが舞って思わず目を閉じる。
咄嗟に足を取られて花畑に突っ伏する。地面の土の匂いが顔いっぱいに広がった。
慌てて顔を上げる。見失うわけには・・・・・・!
いた!目の前にまだ赤い大きな花の前でしっぽを揺らして・・・・・・
「・・・・・・あ」
太陽を背にした緋色の髪をした人が立っていた。髪が花のように揺らめいている。
「・・・・・・・・・・・・」
グウェンダルはぽかんと口を開いて目の前にすっくと立つ人を見て息をのんだ。
なんて光り輝く太陽を背にした姿がなんて似合うのひとなんだろう。
初アニグウェです。
グウェンのキャラが別人だったらごめんなさい。まだ子供だからってことで許してください。
でも、行けども行けども変わらない道を歩いてたらやっぱり泣いちゃうだろうなと思います。
まだ、アニシナを知らない頃のグウェンです。だから「負けたくない」なんて無茶なこと考えてます。
ちょっと長くなったの切ります。最近短く書けない病かもしれません。