もしかしたら太陽より鮮烈な人かもしれない















日輪 (後編)

















これまで太陽が一番似合う人は母と眞王陛下だと思っていた。眞王陛下は眞魔国にとっては太陽だったし、母は眞王陛下と同じ太陽のようなハニーブロンドの持ち主でいつも輝かんばかりの明るい笑顔を持っている。太陽みたいな人たちだと思っていた。

しかし、目の前にいる人はその二人より太陽が似合っていた。
ハニーブロンドも輝かんばかりの笑顔も持っていなかったが太陽を背にしてもかすまないほど堂々とした存在感があった。太陽の方がかすんでしまうかもしれない。

グウェンダルは思わず時を忘れて数秒間その人に魅入っていた。ただ立っているだけなのにものすごく堂々としている。ここにいるだけで周囲を飲み込んでしまうような雰囲気だ。
よく見ると自分よりずっと小柄な女性・・・・・というか女の子だった。赤い髪を高い位置に結い上げている。
着ているものが高価なものなので貴族の子女なのだろう・・・・・・少し特殊な形をしている気がするが。



「お、おい・・・・・・?」



一向に地面のグウェンダルを見下ろしたまま黙っている少女にたじろいだ。いきなり現れて目の前で倒れた少年に対して身じろぎもしない。微動だにしないで口を開く気配もない。どうしたんだろう?

仕方なく立ち上がっておそるおそる近づくと彼女が微動だにしない理由が何となく分かってきた。
少女は目を閉じて、ゆっくり呼吸を繰り返しているだけだった。つまり、



「眠っているのか・・・?」



立ったまま?しかもこんな広大な庭園のど真ん中で?
・・・・・・グウェンダルは頭が痛くなりそうだった。何者なんだろう、この子は?この広い庭園の中でやっと会えた人物にもかかわらずちょっと不安になる。



「めえめえめえ〜」

「・・・・・・あ、お前この子のにゃんこたんでちゅか?」



少女の足下をぐるぐる回って鳴いているネコに話しかけた。もちろん「めえ?」という返事しかなかったが。
一瞬後悔する。ついつい一人の時に可愛いものを可愛がる時の口調になってしまった。少女が眠っていることに感謝して少女をもう一度振り返る。と、


強い風が吹いた。その拍子に少女のまとめられた長い髪がこっちに流される。
赤い髪がグウェンダルの顔にかかりそうになる。鼻先に来たそれをとっさに払う-------




バキィィィッ!!!!!





次の瞬間、グウェンダルはすごい音を立てて後方へ吹き飛んだ。



「・・・・・・がっ!!?」



いきなり青空を仰ぐ羽目になったグウェンダルが身を起こすとさっきまで立って寝ていた少女が左ストレートを食らわせたファイティングポーズで水色の瞳をばっちり開いていた。
どうやら、さっきまで眠っていたのに一瞬で見事な拳打を打ってきたらしい。・・・恐ろしい力だった。



「何ですかあなたは!いきなり女性の髪に触るとは!」



少女は腰に手を当てて誰よりも悪いことなどこれぽっちもしていないという態度で上半身だけ起こしたグウェンダルを見下ろした。



「いきなり人の前に現れて、女性の髪を触ろうとするとは!せくしゃるはらーすめんとですか!全くこれだから男というものは!!」

「い、いきなり現れたってさっきからいたのだが」

「何を言っているのですか、さっき目を閉じて開く前にはあなたは私の視界にいませんでした!つまりはいきなり現れたということでしょう!!」

「いや、それはあなたが立ったまま眠っていたせいでは・・・・・・」



グウェンダルは左頬をさすりながらも何とか反論した。ズキズキ痛む頬を撫でながら平手でなくてよかったと場違いな感謝をした。こんな風に自分の将来が決まったらあんまりだ。

少女は赤毛をしっぽのように振ると更にたたみ掛けてきた。



「何をくだらない言い訳を!私は立ったまま眠るなどというだらしのないことはしません!」

「だ、だって実際に・・・・・・」

「お黙りなさい!言い訳をしない!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う、わ、悪か、った」

「よろしい」



人の話を聞きやしない。グウェンダルは既に二の句が継げなくなっていた。恐ろしいマシンガントークだ。



「だいたいあなたはどこの誰ですか?不法侵入者ですか?」

「ち、ちがう!わたしは不法侵入者ではない!!は、母上に、そうだ母上に連れられてカーベルニコフのお茶会に来たもので決して不法侵入者では・・・・・・!!」

「母上・・・・・・?ああ、そういえば今日は魔王陛下のお茶会があったような。最近は不眠不休で研究していたのでうっかりしていました」



研究?不眠不休?そのせいでこんな場所で立ったまま寝ていたのだろうか・・・・・・本人が気がつかないほどに。しかし、こんな場所で何の研究を?




「そうだ、わたしはその魔王陛下の息子で・・・・・・」

「・・・・・・ああ!あなたが魔王陛下の言うバカ息子ですか」

「バ、バカ・・・・・・?」



ここまではっきり面と向かってバカ呼ばわりされたことのないグウェンダルはちょっとショックだった。しかし、そんなことなどどうでもいいとばかりに少女はグウェンダルにビシッと指を指していった。



「最近はくだらない男の見栄の張り合いにばかり時間を費やして母親をないがしろにしているとか・・・全くくだらない!本当に男というものは愚かです!」

「は、母上がそんなことを・・・・・・!?」

「ええ。陛下は「最近息子が軍の仕事のまねごとばっかりするようになってかまってくれないの〜」と仰っていました」



えらい解釈の仕方だ。しかし、



「いや、しかし、その・・・・・・わたしは母上を早く守れるようになりたくて」

「愚かですね!」



一蹴された。



「わたしが思うに、あなたは人の話というものを聞いていないのではないのですか?」

「あなたにいわれたくないのだが・・・・・・いや、それはともかく。どういう意味なのだ?わたしは何か間違っているのか?」



目の前の少女が何者かも知らないのについ尋ねてしまう。恐ろしい尋問能力だ。

しかし、何が間違っているのだろう。
母を守るために早く一人前の大人になることのどこが間違っているのだろう。早く大人にならないと、いけないのではないのか?



「全く何も分かっていませんね・・・陛下は仰っているでしょう「疎んじられている」と」

「わたしは疎んじてなど・・・・・・早く、大人になりたいだけで」

「その考えが完全に間違っているのです。陛下が「疎んじられている」といっているのに大人になりたいなどという陳腐な男の見栄で実際に陛下を疎んじているではないですか」

「それは・・・・・・」



グウェンダル言葉につまった。確かに考えはともかく行動はそうなっていることは事実だ。



「だいたい、何故陛下を守るのに早く大人になる必要があるのですか?」

「それは、母上には権力目当てで近づく輩も多いから・・・・・・」

「くだらない!そんな輩はいちいち大人になってからなどと面倒なことをいっていないでいまさっさとたたきのめしてしまえばいいのです。今その程度のことも出来ないで大人になったところで何も出来はしません!」

「・・・・・・・・・・・・そ、そんな、じゃあ今までのわたしの努力は」

「無駄ですね」



はっきり言われた。そんな。目の前に真っ暗になった気がする。
気が遠くなった脳裏に今までの努力の日々が走馬燈のように巡った。剣の稽古に精を出し、夜遅くまで勉強して、出来るだけ頑張ろうと・・・・・・

でも、確かに、その日々では母は前よりもつまらなさそうな時には寂しそうな顔をしていた。


「・・・・・・・・・・・・」

「そもそも陛下はあなたに早く大人になって欲しいなどといったのですか?」

「・・・・・・いや、もっと子供のままでいてといわれた気がする」

「それでは余計なお世話というものですね」

「・・・・・・・・・・・・」



彼女の言葉はきついものだった。容赦の欠片もない。

でも・・・・・・グウェンダルは正しいと感じた。

きっとそうなのだ。母はそんなことを望んでいないのに、母を守るために大人になろうとして仕方がない。
何で気がつかなかったのだろう。母はずっと勉学や剣の稽古に多くの時間を費やし母との時間を持とうとしないことをいやだといっていたのに。気付こうとしなかったのだろうか。



「そうだな・・・・・・あなたのいう通りかもしれない」

「最初からそういっているでしょう!全くこれだから男というものは!!」

「・・・・・・・・・・・・」



彼女の言い分には納得した。
しかし、彼女はさっきから「これだから男は!」という言葉を連発している気がする。その台詞どこかで聞いた気が・・・・・・



「しかし、おかしいですね。どうして魔王陛下とのお茶会に来たというのにこのアニシナの庭園にいるのですか?」

「アニシナ・・・!?じゃあ、あなたがアニシナなのか!!?」

「初対面の女性を呼び捨てにするものではありません・・・・・・あなたはグウェンダル、一応、殿下ですね」



ずっと会いたいと思っていた女性にいきなり強烈なパンチを食らっていたとは・・・・・・。しかし、この目の前で必要以上に堂々している少女なら確かに子供とか大人とか関係なく母に近寄ろうとする輩が逃げ出していったのも頷ける。・・・・・・グウェンダルにもその輩の気持ちがちょっと分かった。成人の儀の役を大人達が押しつけあっているという噂は多分本当だ。

グウェンダルはこっそり溜息をつくと、ちょっとためらった。
なんだかんだ言って、グウェンダルはこの少女、アニシナに少し敬意を感じていた・・・・・・それ以上に恐怖も感じていたが・・・・・・だから、少し仲良くなりたいと思った。



「あー、その・・・・・・」

「何ですか、いいたいことがあるならはっきりさっさと言いなさい」

「一応殿下などいわれるくらいなら・・・・・・いっそ、その、呼び捨てにしてくれないか」

「では遠慮なく、ところでグウェンダル。あなたさっきから何を顔を毒草の花だらけにしているのですか?」

「いやこれはさっき転んで・・・・・・いや待てアニシナ。今なんといった」

「あなたに名を呼び捨てにする許可を与えた覚えはないですよ・・・・・・顔が毒草の花まみれになっていると言ったのです」

「いや、待て。毒草!?今毒草とかいったか!?」



恐ろしく自然な口調で恐ろしいことを言った。ということはここにあるのは・・・・・・!



「じゃ、じゃあ、ここには毒草があるのか!?」

「何を言っているのですか、ここは私の毒草園ですよ。あるどころか、ここにある植物はもちろん土や水、動物たちも全て毒を持っています」

「何だってーーーーーーーーーーーー!!??」



そんな、さっきまで美しいと思っていた花々がそんな恐ろしいものだったなんて。いや、花だけではない。アニシナの言葉を信じればさっき突っ伏した地面の土も追いかけたネコも、ネコ・・・・・・・



「そうだ、さっきのにゃんこたんは?」

「にゃんこたん?このネコのことですか?」

「そんな抱き方をするな。貸せ!・・・・・・お〜にゃんこたん怖かったでちゅね〜。もうだいじょぶでちゅよ〜」

「・・・・・・・・・・グウェンダル、あなた」

「・・・・・・っは!い、いやいまのは、その」

「まあ、いいでしょう。しかしこのネコこの毒草園にいる毒ネコではないですね。毒ネコのしっぽはウミドクモモ貝色をしているはずなのですが・・・・・・どこから迷い込んだか知りませんがこれはいい機会です。この機会に毒草園に相応しい毒ネコにして差し上げましょう!」

「や、やめろ!へんなものを飲ませようとするな!」

「返しなさい!・・・・・・おや、グウェンダル。あなた顔がドクミミズク色になっていますよ。花に含まれた毒が回ってきたようですね」

「何だと・・・・・・!?」

「仕方がありません・・・・・・こっちにいらっしゃい。解毒薬をあげるついでに私の開発した魔導装置に魔力を提供していただきましょう」

「そんな、いつのまに毒が・・・・・・いや待て魔導装置とは何なのだ!?ちょっ、アニシナ、ひ、引っ張るな腕が、腕がちぎれる!」

「呼び捨てにする許可を与えて覚えはありませんと言ったはずです!いちいち大人にならずとも私の魔導装置に魔力を提供することは眞魔国に大きく貢献することが出来ます。すべこべいわずにさっさとなさい!」

「ちょっと、待って・・・・・・だから魔導装置とは何なのだ!?何故魔力を提供する必要が。そもそもわたしが提供する必要は・・・・・・や、やめろ、腕が、うでがちぎれるーーーーーーー!!」































「・・・・・・・・う」

「おや、目が覚めたのですか?」



毒の発酵管理のために万全に管理された研究室でグウェンダルは目を覚ました。
なんだか倒れる前には付いていたかった輪っかやら線やらが体中に付いている。また、知らぬ間に実験されていたのだろうか。

アニシナがつかつかと寄ってくるとグウェンダルの隣にある四角い箱の反応を見て言った。



「全く!この程度の魔力を提供したくらいで倒れるとは。全くあなたは子供の頃から進歩がありませんね。情けない、これだから男というものは」

「子供の頃から変わっていないのはお互い様だろう・・・・・・」



グウェンダルは上半身を起こすと額に手を当てた。気絶している間にずいぶん昔の夢を見てしまった。

あの後は解毒もしてもらったが、多分毒以上のダメージを与えられた気がする。這々の体で母のお茶会にアニシナ引きずられていったときにはもうとてもお茶が飲めるような状態ではなかった。
それでも母は嬉しそうに「グウェンとアニシナが私が知らない間にこんなに仲良くなるなんてうれしいわ〜。ああ、そうだわいっそこれをきっかけに将来を誓い合ったりしなの?」といった。
そして、その時だけは瀕死のグウェンダルも全力で否定した。考えるだけでも、恐ろしい。



「・・・・・・子供とは何なのだろうな」



あのときは何も知らないでよく「アニシナには負けたくない」などと恐ろしいこと考えたものだ。子供だったとはいえ知らないとは恐ろしいものだ。
会った直後から実験実験また実験の日々が始まってさんざんな目にあった。子供の頃から今日に至るまでそれは変わらない。思い出したくもない日々のはじまりだった。

しかし、それでもあの後母上といっしょにいる時間を増やし、というか前のように戻し母には喜ばれた気がする。子供でいることを厭わなくなったグウェンダルを母は喜んだ。
そのことはこっそり、でも確かにアニシナに感謝していた。


グウェンダルはアニシナを振り返った。あのときよりはずっと背が伸びたが相変わらずグウェンダルよりずっと小柄だった。だが、確かに大人になったのだろう、お互いに。

彼女の言うことは正しかった。あの時、子供の頃に出来なかったことは今でも出来ないことが多い。眉間の皺は増える一方だし面倒も増える一方だ。

そして、彼女は子供の頃から変わらず正しい。それ以上に恐ろしいが。



「・・・・・・アニシナ、お前は子供の頃からちっとも変わらないな」

「失礼な、私は日々成長しています。これまで魔導装置の開発に力を注いだことを怠ったことはありません」

「いや、変わっていない」



グウェンダルの口調が珍しく叫んだり嘆いたりする口調ではなく、柔らかいものだったのでアニシナは珍しくグウェンダルの言葉に耳を傾けた。



「お前は、わたしが最初から会ったときからちっとも変わっていない」



アニシナは呆れたように「しつこいですね」というとさっさと実験に戻った。

その後ろ姿は相変わらず周囲を飲み込むような存在感がある。きっと太陽より苛烈だ。太陽を背にしたとき太陽よりもつよい雰囲気をもったひと。


そう、やっぱり彼女には日輪が誰よりも似合う。最初にあったときから変わらない。


グウェンダルは変わらずそう思うと、硬い実験用の台から身を起こした。
































思った以上に長くなってしました・・・・・・。


グウェアニ、好きなんですが、キャラが壊れないのに気を遣いました。別人だったらすみません・・・。


可愛い子供の頃のエピソードを・・・と思ったらあんまり現在と変わりません。あれ?


でも楽しかったです、グウェアニの夫婦漫才は書いてて楽しい。



2007/05