世界で一番君が好き (4)











「どうしたんだ、二人とも?そんなにゆっくりで」



名付け子と弟の先を歩き、血盟城の広い庭の中の一角を手招きしながらコンラッドは歩いていた。前方で不思議そうに笑うコンラッドに、ユーリはうつ向き気味の照れ笑いを、ヴォルフラムはそっぽを向いた顔を返した。

不服を表したいのかヴォルフラムは少しだけ足元の土を蹴る・・・ユーリは苦笑して誤魔化すようにコンラッドから顔を背けた。



「・・・・・・はは」

「・・・・・・ふん」



名付け子と弟は態度が違うようにも一見見えた。しかし、実際にはただ二人とも泣き腫らした顔をあまり見られたくかった故の行動に過ぎないことを、本人たちが一番知っていた。

わんわん泣いてしまって恥ずかしかったし、照れてもいたし、何よりばつが悪かった。

なにしろコンラッドの秘密を暴こうとこそこそ立ち回った結果なのだ。少し頭が冷えれば、目を会わせる気になれない程度には名付け子と弟は大人だった。



「?おーい、早くおいで?」



子供をあやすような声と妙にうきうきとした笑顔。自分たちとは対照的だ。子供ではないから、こうして足取りが重いというのに。

だが、名付け親としても兄としてもコンラッドは気がつかず、「?」を浮かべた。そして、いつもは走ってばかりの二人がゆっくりしか歩かない様子を見て「早く早く」と手招きをした。

いつも勘が鋭いくせにこんなときばかり鈍感なコンラッドにユーリとヴォルフラムはますます気分が重く、足取りも重い。なんにせよコンラッドが手を回して隠していた「彼女」の元に連れていかれる。

秘密を暴いたこと、こっそり暴こうとしていたこと、それだけでも気まずいのに泣き顔まで晒した。すでにコンラッドの意思を無視してまで「彼女」の正体を知りたいとは思っていない。

コンラッドのことが好きだからこんなことをしたのだから、彼の隠しておきたいことはそのまましておきたい。それに、本当は知りたくない気持ちもお互いある。



(・・・まあ、こいつは素直に認めないだろうけど)



チラリとユーリは隣の足元の土を蹴るばかりでなかなき足を早めない婚約者を見た。いらいらしているフリをどうしても続けたいらしい。馬の件でも、泣いた件でも意地っ張りのヴォルフラムは顔を合わせにくいだろうし、何より大好きな兄に家族よりも大切な存在ができたなんて認めたくないんだろう。

ユーリじゃなくても、きっとコンラッドとヴォルフラム以外はみんな知っている。ヴォルフラムのコンラッドへの反発は愛情の裏返しのようなもので、反発もコンラッドが本気にすることがないと知っているから、許してくれる知っているからのじゃれあいでありコミュニケーションだということ。
そんなヴォルフラムがコンラッドに恋人ができたと淋しがるのは自然だということ。だから隠しまでされていた彼女に会うことは気が重いばかりということも当人たち以外から見れば当然のことで・・・・・・彼女。



「・・・・・・はあ」


(淋しいのはおれも負けていないかもしれない)



ユーリの気は再び重くなった。「彼女」。コンラッドの恋人と思わしき女性。ユーリとヴォルフラムだけにはコンラッドが隠していた・・・・・・その存在にどうしても気が重くなる。コンラッドが彼女のことを二人にだけ隠していたこともだが・・・・・・




(コンラッドにとってのおれって・・・何になるのかな)




ユーリはどうしても考えてしまう。スザナ・ジュリアはかつてのコンラッドの「世界で一番好きな人」だった。その魂がユーリの身の内にあることを知るものは少ないが、魂を運んだ張本人のコンラッドは当然知っている。

コンラッドがユーリを大切に思わずにいられなかった気持ちはユーリにも推察できる。自分だって、大切な誰かが死んでしまってその魂を持つものが現れたらその人物を単なる他人と思うことはできないだろう。元の人物と別人であることは接していくことで否応にも理解できるだろうが、それでも無視しきれるものではない。

だって、大切な人を失って、そのかすかな残滓でも残された人は追ってしまうものだ。葬式や墓、形見の品はその為にきっとある。残された者が置いていった人の痕跡を残しておけるように。

ましてや、同じ魂を持つ者を無視できる方が不自然だ・・・・・・コンラッドとの間にユーリは自分自身との絆がある自負はあった。それだけのことは一緒に経験してきたつもりだ。しかし、その絆がユーリがジュリアの魂を持つ者であることよりコンラッドにとって重要かどうか、それは分からない。

そのコンラッドに恋人が、ジュリアのことが過去の記憶となり、時間とともに悲しい記憶ではなく優しい思い出となり新しい「世界で一番好きな人」ができたら・・・ユーリはコンラッドの何なのだろう?


仕えるべき主?名付け子?・・・それはジュリアの魂を持つ者よりも大切であり得るのだろうか?




(そんな自信、ないな)




自嘲する。自分は矛盾しているとユーリは自分を嘲笑った。芝生の上に転がる足下の石をじっと見つめる。それはただの小さい石で、それ以上でも以下でもない。ありのままの姿。

もしコンラッドがユーリを魂が同じという理由でジュリアの代わりとしたら、きっとすごく自分は不愉快だろう。そんな理由なら大切になんて思わなくていい、おれは違う、別人なんだ、前世なんて関係ない・・・・・・そんな風に思うだろう。

しかし、一方でユーリ自身がジュリアの魂を持つ者であることを抜きにされたら・・・・・・自分にはどれほどの価値が残るのかと怯えている。ただありのままの自分にどれほどの価値があるというのか。

少なくとも「世界で一番好きな人」の魂という事実より重いものと断言できる自信はない。ユーリには親しい大切な人を失った経験はない・・・・・・失ったと絶望したことはあったが、それは後に失われなかった・・・・・・その重すぎる現実を和らげたであろう「同じ魂を持つもの」がどれほどコンラッドを救ったか、想像することしかできない。


そして、それが意味をなくしただの「ユーリ」となったとき、コンラッドにとって自分は何の意味が・・・・・・。


足下の石ころが急に滲んで輪郭を曖昧にし始めた。驚いてユーリはさっと袖口を目元に押しやる。散々さっき泣いたくせに、また泣くなんて、全く一体自分だどれだけコンラッドが・・・・・・。



「・・・・・・え?」



もう一度深く袖口を目元に当てようとしたユーリの手は強引ではないが強い力で引きつけられた。驚いて顔を上げるとコンラッドがユーリとヴォルフラムの袖口をつかんでいる。横ではヴォルフラムも似たようなもので、猫がけを逆立てたような表情をしている。
二人の片手を両手で握ってコンラッドは不思議そうな表情でユーリとヴォルフラムを見下ろしている。どうやら足取りが遅い二人を不審に思い、戻ってきたらしい。



「どうしたんだ、二人とも。さっきから止まったり歩いたり、なんだか変だぞ?」

「な、ちょっ、コココ、コンラッド!?」

「ば、ばか!勝手に触るな!」



名付け子と弟の袖口をつかんでいるコンラッドはただ小首をかしげ不思議そうで、明らかに一切二人の心境に気がついていなかった。ただただ足取りが重い二人を不思議に思い、通った道を戻っただけだった。



「そんなにゆっくりじゃ、いつまでたっても彼女のところにつけないぞ?ほらほら、いつもみたいに早く」

「ちょっ、待って、こ、心の準備が・・・!?」

「わあ!ひ、引っ張るな、自分で歩ける!は、離せ、この・・・!」



コンラッドは二人の左右の手を引っ張り、先を急いだ。ほらほら早く行こうと無邪気にさえ聞こえる声で、小さな二人の手を楽しそうに引いた。軽く小走りにさえなっている。何が楽しいんだろう、「ほらほら早く」じゃない。少しはこっちの様子を察して、遠慮とかいうものを・・・・・・




「心の準備なんていらないし、そんなに遅く歩いてちゃ夜になるぞ。いいから早く早く、すぐそこだから」


((余計なことにばっかり鋭いくせになんでこんな時だけ鈍感なんだ!?))



ぐいぐい引っ張られながらも、ユーリとヴォルフラムの心の声が見事ハモった。
















妙に弾んだ足取りのコンラッドに連れて来られた先は血盟城でもずいぶん端のほうにある小さな森の中だった。
隠しているとはいえこんな場所に大切な「彼女」を?そこまでして自分たちに隠したかったのかと再びユーリとヴォルフラムが沈みかける、が、コンラッドの「おーい」という声に驚いた声が返ってきて、その思考はあっさりと中断された。



「コンラート・・・・・・・って、へ、へへ陛下あっ!?どどどどどしてここに!?」

「ヴォルフラムまで・・・コンラート、お前!自分から言い出しておいて」

「たいちょー・・・有限実行って言葉知ってます?」



小さな森の中にはギュンター、グウェンダル、ヨザックが三人そろっていた。驚きと呆れ、そして諦めの表情それぞれを浮かべてユーリとヴォルフラムの手を引いたコンラッドに、やや冷たい視線を投げかけている。その視線にコンラッドは「あはは・・・」とばつの悪そうな声で笑った。未だ手を握られたままの二人は呆然とその光景を見ていた。三人がいることにもだが、何より・・・・・・。




「コンラッド・・・なにこれ?」

「え、いや、たまたまですよ。こうして皆そろうことは珍しくって・・・あ、ギーゼラとエーフェはいないか」

「そういう問題じゃないだろう・・・ここをどこだと思っているんだ!?」

「ここって・・・これのことか?」



そういってようやく手を離したコンラッドが指をさした先にあるもの、ユーリにだってヴォルフラムにだってそれが何かは一目見て理解できたが、理解を脳のほうが拒否していた。どう見てもこれは・・・・・・。




「「馬小屋じゃないか!?」」

「うん、そうだけど・・・」

「お前は何を考えているんだ、こんな粗末なところに「彼女」を滞在させていたのか!?」

「粗末なってひどいな。確かにはずれのほうにあったもう使われていない場所だったけど、ちゃんと修理もしたしなかも俺が修繕して掃除して、快適な環境だと思うけど」

「いやいやいや、そういう問題じゃないだろ!?なんであんたの「彼女」が馬小屋に住んでるんだよ!?おかしいだろ、普通に考えて!もっとこう豪華な隠し部屋とか城下町の高級なホテルとかそういうとこにいるんだとばかり思ってたのに、う、馬小屋って・・・・・・」

「??えーっと、そんなにおかしいかな?」

「「おかしいに決まってるだろ!?」」



萎れた様子からいきなり激昂する二人にコンラッドは困惑した表情を浮かべて、後頭部に手をやった。全くどうしてこんなことになったのかさっぱり理解できないいった表情だが、それはこっちの気持ちだ。



「どうしてお前の恋人がこんな粗末なところにいるんだ!いくら、ぼ、ぼくに隠したかったからってこんなところに大切な女性をかくまうほどお前が薄情者だとは思わなかったぞ!」

「コンラッド、あんたならもっとましな滞在先をいくらでも用意できただろ!?なんでこんな、しかもこんな城のはずれのはずれって場所に・・・・・・」

「???えーっと、二人が何を言っているのかよくわからないんだけど・・・?しかし、ユーリここは確かには城のはずれですが静かな場所なので落ち着いてすごすには結構最適の場所で・・・・・・って、うわ」



名付け子と弟から詰め寄られて要領を得ないコンラッドは急に後ろに引っ張られた。驚いて引っ張ったものの法をユーリが見ると・・・そこに黒くて大きな生き物がコンラッドの襟首をつかんでいた。黒い瞳、黒い体躯、黒いたてがみ、見慣れたその姿は・・・って。



「アオ!?」

「あちゃー、いつかいつかとは思っていましたけど遂に見つかっちゃいましたね」

「これまでの努力が・・・」

「へ、陛下ぁっ!すみません、私も陛下に隠し事などはしたくなかったのですが、コンラートがどうしてどうしてもというから・・・」

「ああ、出てきちゃったのか。久しぶりに陛下の声を聞いたから、って、うわ噛み付かないでくれ。最近これなかったから怒ってるのか?淋しかったのか?」

「ど、どういうことなんだ・・・・・・」



呆然としているヴォルフラムがぐらりと傍らの樹に身を寄せようとすると、急にやわらかく弾力のあるものが割って入った。それにもたれかかる羽目になったヴォルフラムは慌てて見上げると、そこに白い、見慣れた、でもここ最近は怪我をしたとかで会っていなかった・・・・・・。




「ぼくの、馬・・・・・・?」

「ああ、そっちも出てきちゃったか。ヴォルフラムの声を聞きつけたのか」




鼻面をこすりつけられて呆然としているヴォルフラムの隣でユーリも呆然としていた。アオとヴォルフラムの愛馬。どうしてコンラッドの恋人がいる場所に彼女たちが・・・彼女?



「コンラッド・・・彼女ってまさか」

「?ええ、もちろんこの二人に決まっているじゃないですか」



ごぉーーーーーん・・・・・・



黒馬と白馬を指差して「もちろん気がついていたんでしょう?」と呑気な笑顔を返された時、「そりゃメスだから彼女だけどよ・・・・」というモノローグとともにユーリとヴォルフラムは目の前が暗転して気が遠のいた。
















「・・・・・・妊娠?」

「・・・・・・にんしん?」

「ええ、ですから彼女たちが」



そういってコンラッドは黒と白の淑女達を顎で示した。えらく楽しそうに笑っている。ユーリは相変わらず何がなんだかわからない呆けた気分でその単語を聞いていた。それでもさっき眩暈を起こしてから、樹にもたれかかって座り込んだままのヴォルフラムよりも復活して立ち上がった分だけマシだ。



「えーと・・・アオたちが妊娠、したんだ。それをわざわざ三ヶ月間ずーっとおれ達に隠してたって事?」



平素であれば愛馬の異変を教えなかったことだけで十分怒るところだったが、もうなんというか茫然自失の体になっていたユーリはほとんど朗読調だった。

なにがなにやらもう正直頭がついていかない。なんて紛らわしいことを・・・。

コンラッドはそれ相変わらずそれに気がついていないらしくすまなさそうな、両親の誕生日プレゼントを隠していた秘密を知られた子供のような表情でどことなくうれしそうだ。なんとなく腹が立つ。



「そうなんです。隠して悪かったとは思っているんですが、少し落ち着いてからお話したほうがよかったかと思って・・・そうこうしているうちに結構な時間が」

「なんで、隠すんだよ。いや、もう、何とでもなれって気もするけど」



恋人ができたという言葉にショックを受け、こそこそと秘密を探り、泣き喚いてたどり着いた真実にユーリは少し投げやりだった。いや、もちろんアオがおめでたなのはうれしい、というか驚いた、ものすごく驚いた。

しかし、それ以上に疑問なのはなぜそれをコンラッドが周囲を巻き込んでまでアオたちの持ち主であるユーリたちにそれを隠したのかということだった。



「いや、だってユーリたちはショックだろうなあと思って・・・言い出せなくて」

「ショックって・・・そりゃ驚いたけど、まあおれの知らないうちになんで!?っていう気もするけど」

「でしょう!?グレタがいつか嫁ぐ未来のことを考えただけで落ち込む二人だから、ある意味娘のような愛馬たちの妊娠なんてなかなか言い出せなくて、ついつい・・・・・・」

「・・・・・・コンラッド」

「はい・・・・・・なんでしょうか」

「本当のことを言えよ、それだけじゃないだろ」



自分たち二人がどうしようもなく親ばかなのは知っているが、行くらなんでもそれだけでここまでしないということだけはわかる。ましてや三ヶ月も周囲のものたちまで協力するとなると、いくらなんでも有り得ない。



「ほかにも理由があるんだろう・・・もういいから話してくれよ」



当初とはかなり異なった真実が判明したが、それでも真相を知りたい。というか、いくらなんでも知らないではあんまりだ。




「・・・・・・・・・・・・・その」

「・・・・・・・・・・・・・コンラッド?」

「実は、ノーカンティーが・・・・・・」

「あんたの大事なノーカンティーがどうかしたのか?」

「な、なんか怖いですよ、ユーリ・・・・・・そのノーカンティーなんです」

「・・・・・・・・・なにが?」

「そ、その二人、じゃなかった二頭のお腹の子の父親が」

「・・・・・・え?」

「何だってーーーーーーーーー!?」



急にがばりと起き上がったヴォルフラムが、さっきまでの憔悴ぶりはどこへやらの激怒の様相でコンラッドの襟首を掴んで叫んだ。襟首を揺さぶる弟にコンラッドは苦笑いで目をそらしている。



「どういうことだ!ぼ、ぼくの馬が身ごもっていて、それだけではなく父親がお前の馬だとぉ!?」

「いや、その、申し訳ないというかなんと言うか」

「しかもユーリのアオまで・・・お前は自分の馬にどういう教育をしているんだ!自分だけならまだしも自分の馬まで浮気者にしてどうする!?」

「い、いや、そんな教育はしていないんだが、そのあの三頭は仲がよかったから、一緒に放して外で遊ばせたりさせていたんだけど、そのそういうことが多くあったうちにいつの間にか・・・いや、俺の見えていないところで通りすがりの雄馬に恋に落ちてそのまま妊娠したという可能性がないとはいえないんだが」

「誤魔化すな!どう考えてもお前の馬の仕業だろう!よくもぼくの馬を唆して・・・責任を取れ!」

「いや、もちろん責任は取って快適な母体環境を提供してるんだけど。でも、唆しなんてあの三頭はもともと仲良しで、いや二頭同時って言うのは俺もどうかと思ったけど、まあ動物には動物の気分や基準が・・・・・・」

「ふーざーけーるーなー!」

「え、えーっと・・・ごめんなさい」

「・・・・・・・・・へえー」



ユーリも同じようなことが言いたかったのだが、ヴォルフラムに先を越された形になりなんとなく兄弟のじゃれあいを観戦する羽目になる。怒るという感情をヴォルフラムに先に爆発されたので、なんとなく冷たい目線をコンラッドに送り、ポツリとつぶやく。



「つまり・・・ここ最近のコンラッドの行動が変だったのはノーカンティーが浮気者だったからなんだ。へえー」

「つまりだな」



いつのまにか傍らに立っていたグウェンダルが急に解説を始めた。横では隠れるようにギュンターが恐る恐るこっちを除いて様子を伺って、ヨザックがその隣できゃんきゃん始まった兄弟げんかを観戦している。ユーリは一緒に紛らわしいやり方で隠していた共犯者までもは冷たくは見なかった。半眼ではあったが・・・ギュンターがびくっと小さくなった。その姿にグウェンダルは腕を組むとユーリとは目を合わせない形で解説を始めた。



「その、昔まだ子供の頃にコンラートの世話をしていた馬が・・・あ、今のノーカンティーではないが・・・身籠もったことがあってな」

「へえー?」

「その時にたまたま私がその馬を預る機会があって世話をしていたのだが、同じように外に放しているときに身籠もってしまい・・・・・・」

「しまい?」

「・・・・・・私は烈火のごとくコンラートに恨まれた。何でちゃんと見ていなかったんだ、知らないところでこんなことになるなんてひどいと責められ、その後一年は口をきいてくれなかった」

「・・・・・・だから?」

「だから、その過去の自分から検証して、コンラートはお前とヴォルフラムから嫌われると思ってずっとお前たちの馬のことを言えなかったんだ。しかも、自分の馬が、二頭ともほとんど同時期にとなると・・・もっとすさまじい怒り方をされるんじゃないかと」

「・・・・・・だから?」

「その、だな!その頃はコンラートも私に遠慮がちにしか接していなかったのにおマリの怒りようにわたしもそのときは動転して・・・・・・いや、そうではなくて!その、そのくらいお前とヴォルフラムがショックを受けるのではないかということをコンラートは危惧して・・・・・・」

「・・・・・・だから?」



「だから」しか繰り返さないユーリになにやら感じてグウェンダルが振り返るとユーリの黒い瞳は結構絶対零度の温度を放っていた。グウェンダルは背中に張り付いたギュンターが「ひい!」を背中の軍服を思いっきり握られ、そのポジションにはすでに逃げられないことに冷汗をが流れた。



「だから、お前たちに嫌われると思ってコンラートがしばらく隠しておいてほしいと頼まれたんだ・・・」

「・・・・・・・・・・・・それだけ?」

「は?・・・あ、ああ」

「本当に、それだけ?」



いやに念を押してくる。しかし、いつものユーリと比べると冷たい雰囲気を感じ、グウェンダルはこくりと頷いた。頷かされたといったほうが正しいかもしれないが。

ユーリはしばし無言で襟首をつかまれてじゃれている兄弟を見やると、聞き取れるぎりぎりの小さな声で呟いた。



「・・・・・・紛らわしいことをしやがって」

「!!?」



ユーリらしからぬ口の悪さと、声の冷たさにギュンターはもとより他の二人もびくりと凍った。そんな3人にはかまわずユーリはコンラッドをしばし見つめると言った。



「・・・・・・やっぱり、おれも参加してくる。ヴォルフだけじゃなんかじゃれてるだけっぽいし」

「は?参加って何を・・・」

「へ、陛下ぁ?」

「ぼ、坊ちゃん、なんかこわ・・・」



言うが早いがユーリが襟首を掴まれてるくせにどこか弟に構われてうれしそうな兄の顔をしたコンラッドの後ろに回ると両耳を体重をかけて引っ張った。ヴォルフラムに襟首を掴まれていたコンラッドは前のめりになっていたので必然的に後ろに引っ張られる力が倍増する。当然、痛い。



「!!?い、いだだだだだっ!へ、陛下、何をする・・・っていた、痛いです!?」

「・・・・・・へーかじゃないだろ、名付け親ー?」

「ユ、ユーリ!?お前どうして・・・」

「ヴォルフもそっち引っ張ったままにしてくれよー、コンラッドなんかぜんっぜん反省してないみたいだし」

「いだだだ!や、やめてください、へい・・・じゃなくてユーリ!」

「だってー、あんたあんまり反省の色がみえないんだよなー」

「反省してますよ!反省してますって、陛下!だからやめ・・・いたっ、いだだだだだ!」

「だからー陛下じゃないだろー、なーづーけーおーやー?」
























「恋人?俺に?」



二人ががりで(主にユーリに)もみくちゃにされて、ちょっとぼろぼろになったコンラッドは両脇に名づけ子と弟ともなって城内の庭を歩いていた。わだかまりが残りそうだと三人で散歩をしてくるようにグウェンダルに助言されていたのだが、どちらかというと針のむしろだった。二人とも地面ばかり見て、口を利かないどころか目も合わしてくれない。

仕方なく二人と同じように地面を見る。この季節は花がきれいだ。どの蕾も笑みをこぼしたように可愛らしくほころんでいる・・・左右にいる二人とは違って。



「しかし、どうしてそんな勘違いを・・・」

「どうしても何もあんたを中心に「彼女」が「彼女」が隠して回ってるから、そんな誤解をされるんだよ」

「いや、でもそんな根も葉もない・・・」

「お前もいい年をした大人だろう、別にそれくらいあってもおかしくはない!」



相変わらず声が冷たい。しかし、弟の声が沈んで聞こえた気がしてコンラッドはヴォルフラムの顔を覗き込んだ・・・そらされた。



「でも、だからって隠すなんて事しないのに、しかも二人にだけなんてこと」

「ふん、お、お前の私的な付き合いなんてぼくは興味はない。わざわざ教えないことだって別にあるだろう」

「・・・・・・最初はただ言いづらいだけかと思って、ちょっとだけ隠れて調べてたけど、だんだん「彼女」のことをおれとヴォルフにだけ隠そうとしていることがわかってきたんだよ」



「彼女」。思い出して、想う。あのお腹の子供はいつごろ生まれるのだろう。出産には立ち会えるだろうか。子供の名前もまた自分がつけるのだろうか・・・・・・コンラッドの件のせいでうやむやになってしまったが、またちゃんと身重のアオを見舞おうとこっそり誓った。もちろんヴォルフラムの馬も一緒に。

話していて、怒りと少しもやもやとしたものが胸に渦巻いてユーリはできるだけ平坦に喋った。



「そしたらさ、だんだん腹が立つって言うか、悔しいって言うか・・・なんでそこまでしておれたちにだけ隠してるんだよって思ったんだ。そこまでして隠すなら恋人くらい大事な彼女だと思われて仕方ないだろ」



泣きたいくらい悲しかったとは絶対いわない。聞かせたくなかったし、言いたくもない。



「・・・・・・そんなに、徹底して隠して、ました?」

「・・・・・・してただろう。侍女たちには少なくともそう誤解されていたぞ」

「え〜・・・そんな噂いつの間に」

「そんな中でヴォルフがコンラッドがエーフェに当てたメモ見つけて、危うく事故になりかけたってわけだよ」

「・・・・・・その、ヴォルフ、さっきは悪かった。いや、それでも命にかかわることなんだから後で説教はするけど」

「あんたのせいだから喧嘩両成敗だろ」



なんとなく、だがヴォルフラムに比較してユーリの声はより冷たい気がした・・・気のせいだとは思うのだが。そう思っているコンラッドの前でユーリは急に立ち止まった。慌ててコンラッドも立ち止まると、振り返られる・・・逆光で表情は見えない。ただ、口元だけが動く。



「全く、何でそこまでして隠してたわけ?第一あのメモは何だよ?何でヴォルフ名指しで口止めしてたわけ?」

「そ、それは、ヴォルフの馬の調子が最近いまいちよくなかったので厳重に口止めをと」

「えっ!?ちょ、調子が悪いのか・・・?」

「いや、そんな深刻なものじゃないんだが大切な時期だったから。それにヴォルフにばれたら絶対陛下にもばれるし・・・」

「なんだと!?ぼくの口は軽いといいたいのか!?」

「いや、そういうわけじゃなくて・・・あ、あれ陛下?」

「・・・・・・だから、陛下じゃないっていってるだろ名付け親」



そういってもう一度、右頬を引っ張る。さっきも散々やったが再び痛そうに顔をしかめられる・・・・・・全く、散々隠して、しかもその理由がユーリたちに嫌われるかもしれなくて怖かったから、だなんて・・・・・・こっちがどういう気持ちだったかも知らないで。



「痛い、痛いです、ユーリ」

「そりゃそうだろ・・・・・・あのさ」



頬から手を離す。コンラッドがほっとした顔になるのを見るとふてくされたような気分になって、目をそらし空を見た。青い、スザナ・ジュリアの瞳は青かったらしいがこんな色だったのだろうか?



「でさ、あんたって、本当は恋人いないのか?」

「え?いませんよ」

「いてもおかしくないだろ、もてるくせに。別にいてもいいけどさ、ただ・・・・・・」

「?」

「ただ・・・・・・」



コンラッドにいつ「世界で一番好きな人」ができても不思議なことではない。それはごく当然で、自然なことだ。ジュリアの死から時間も経過し、色々な事もあった。過去の思い出としてジュリアを懐かしむ日が来れば、誰か誰より大切な人が現れてもおかしくない・・・・・・けれど、その時ユーリはいったいコンラッドの何なのか?ユーリにはわからなかった。わからない、しかし・・・・・・


(なんて聞けばいいんだろう・・・?)



聞きたい、でももし「ユーリ」が「ジュリアの生まれ変わり」ではなくただの、そのままの「ユーリ」になったときコンラートは自分のことをどう思っているのか、知るのが怖い。

忠誠を尽くされればされるほど、大切にされていると感じれば感じるほど、そのままでの「ユーリ」がコンラートにそこまでする理由があるのかと思ってしまう。



(そんなこと恥ずかしくて聞けないし、何より怖い・・・)



空を目を凝らしてみれば何か答えが振ってくるのではないかと少しだけ待ったが、そんなことはない。
仕方なくユーリはコンラッドに振り返り、できるだけ軽く聞こえるように、上ずらないように、大きな声で話す。




「ただ・・・・・・コンラッドに世界で一番好きな人ができたらおれとキャッチボールする時間もなくなるだろうなーと思ってさ。いや、別にいいんだけどさ、コンラッドの大切なプライベートの時間を使うのはあんたの自由なんだから・・・・・・あ、でもヴォルフは剣の稽古をしてくれるおにーちゃんがいないって淋しがってきゃんきゃん泣いちゃうかもしれないけど」

「なっ!何を言っている、ユーリ!ぼくがそんなことするわけないだろう!?」

「そんなことあるだろー、さっきだってコンラッドが剣の稽古をすっぽかしたって泣いてたくせに」

「あれはそれで泣いたんじゃないじゃり!」

「じゃりになってるぞ、おにーちゃんがいなくて淋しい淋しいって泣いたのは本当だろうー?」

「剣の稽古・・・?ああ、そうか、それは謝ろうと思って・・・気にしていたのか?」

「お前、憶えて?・・・き、気にしていないっ!別にぼくも忘れかけていたところだった!
ユーリ!だいたいお前だって涙目になっていただろうっ!コンラートがきゃっちぼーるをすっぽかしたから、あのカルガモのコンラートがユーリとのきゃっちぼーるすっぽかしてまで何をしているかと思ったからあんな風にこそこそ調べる羽目に・・・!」

「何だよ、恥ずかしいからっておれのせいにするなよー」

「は、恥ずかしくなんかないじゃり!」

「キャッチボール?・・・ああ、今日の昼の?それでそんな誤解を・・・すみません、今日はさっき言ったヴォルフの馬が調子が悪そうだったので急遽・・・」

「いや、だからさ!」



ヴォルフラムと話すといつもの調子に戻ってしまい、慌てて婚約者から離れて言い繕う。コンラッドのほうをちゃんと見る、いつもと同じ瞳の中で銀色の星が薄茶の中に光ってる。そこに映る姿に違和感がないように必死で言った。



「だから!あんたにいつでも好きな人ができても、別におれたちは大丈夫だから!別に淋しくないし、そりゃキャッチボールはしたいけど・・・あんたに大好きな人がいるなら仕方ないって思えるから、そんなこと気にするなよ。ヴォルフだって剣の稽古は、お、おれとだってできるしさ!」



嘘吐き。本当は淋しい、いつでもキャッチボールに笑顔で付き合ってくれたその場所を失うことはとても淋しい。隣でヴォルフラムがうつむいて再び表情に影がさしている。でも、それは彼だってわかっているから。手放さないといけない時期はいつか来ることを。



「コンラッドに世界で一番好きな人ができたら、おれたちに構えなくなっても仕方ないってわかってるから・・・・・・あんただってそんなことに気兼ねすることはずっとないからな!」



言い放って、二人仲良く地面に視線を落としてコンラッドを向き合う。コンラッドのほうはぽかんとした表情で二人を見つめて、見つめて・・・・・・最後に笑った。



「馬鹿だなあ、二人とも。そんなこと考えたのか」

「なっ・・・ば、ばかなことって何だよ、おれたちは真剣に・・・」

「そ、その言い方は何だ!・・・お前にとっては当然のことをユーリが言っただけかもしれないが・・・」

「馬鹿だよ、そんなこと考えるなんて。そんなこと考えて・・・・・・」



反論しようと顔を上げたユーリとヴォルフラムの目論見は目の前いっぱいに広がった軍服のカーキ色のせいで塞がれてしまう。抱きしめられている・・・・・・?

肩から腕を回され、抱きしめられたときにユーリとヴォルフラムは顔が真っ赤になっていた。何だよ、自分が肩幅がおれたちより広いからって・・・こんな風な慰め方しなくても、別に大丈夫・・・なのに、なんで・・・。




「俺が世界で一番好きなのはユーリとヴォルフだよ」




わかっていない名付け親で兄のコンラッドは満面の笑みでそう言った。「いつまでも」と耳元で付け加えて。

















                                             ・・・・・・それはこっちのセリフだ














言ってなんかやらないけれど。少なくとも、当分は。






















おわり





 





あとがき




陛下と三男、泣かせすぎましたかもしれません。次男も鈍感すぎです。
でも、うちの二人は基本次男大好きなのであんな感じで行こうかと・・・・・・次男のへたれはデフォです(え)。


えーとこれだけっははっきりさせておきます。


ノーカンティーは女性(メス)です。


・・・・・・実はこの事実確認後、なかなか続きがかけなかったのですが、もうパラレル並みでいいやと開き直りました。その後も書くのに時間がかかりすぎましたが・・・えー、この設定はこの話のみです。他ではノーカンティーはメス設定でお送りいたします予定です。

ギャグSSの予定だったのに結構シリアス路線になりました、ギャグSSっていってたのにリクエスト満たせなかったかもしれません。でも、ナナカマド的には次男が好きでしょうがない二人がかけて満足です。三人でいちゃいちゃしているのは大好きです。

しかし、今回は次男の話し方が難しかったです。次男がユーリにやヴォルフにこう話すというのには苦労しないのですが、二人同時に話しかけるとなると「基本ですますで急に丁寧なタメ語になる次男」か「基本的にお兄ちゃん口調で時にはからかい混じりの次男」のどっちを喋ればいいのか?・・・と結構悩みました。

10000打から相当たってしまいましたが、これでお礼SSは完了となりました。お付き合いありがとうございます.





2009/10/16