世界で一番君が好き
(1)
ある日の血盟城の昼下がり、ユーリとヴォルフラムはてくてくと歩いていた。
「あれ、コンラッドどこいったんだろ?」
「さっきまで居たんだが・・・どこに行ったんだ?」
「お〜い、コンラッド〜?」
「どこをほっつき歩いているんだ、あいつは」
「さっきおれとキャッチボールするって約束したのに」
「いちいちお前はコンラートにくっつきすぎなんだ、ユーリ。コンラートがいなくても婚約者のぼくがいるんだ。何が不満なんだ」
「そういう問題じゃないだろ、キャッチボールだよキャッチボール。やっと署名が終わったんだから身体を動かしたいんだよ、だから終わったらコンラッドとキャッチボールしようって約束したのに・・・・・・」
「確かにコンラートがユーリとの約束に遅れるなんて今までなかったな・・・・・・何かあったのか?」
「何かって何が?」
「何かって・・・・・・そんなの分からない」
むーと二人して黙り込んだ。ちょっと頬をふくらませる。何でいないんだ。
全くどこに行ったのだ。こんなに探しているのに。いつも側にいてくれているのに。
そんな時、廊下をむくれて歩く2人の耳に侍女達の話し声が聞こえてきた。
「ねえねえ、聞いた?」
「聞いた聞いた、コンラートさまのことでしょ」
コンラート?二人は足を止めて廊下の角の先で話をする二人の侍女の話に足を止めた。
侍女達は心底楽しそうに騒いでいた。
「やっぱりそうよね〜。でもこのニュースを聞いたら眞魔国中の女性が泣くわね」
「そうよね、でもコンラートさまなら今までそうならなかったことのほうが不思議だっとも言えるし」
何が不思議というのだろう。ユーリとヴォルフラムは壁に張り付いて侍女達の話に神経を集中した。コンラートがどうならなかったことが不思議とはどういう意味なのか。
「ああ、でもこれで陛下トトのコンラート閣下の順位が変わっちゃうわ。私結構買ってたのに〜」
「まあまあ、御祝儀買いと思っておけば」
「コンラート閣下は陛下とフォンビーレフェルト卿にいつも一緒でなかなか機会がなかったのかもしれないけど、
これでようやくって感じね。今までいない方がおかしかったのよ」
おれ?ぼく?
2人は首をひねった。自分たちがいるとコンラートにどんな機会が訪れなかったというのだろう。
何となく不穏な気配を感じてごくりと喉を鳴らす2人に一人の侍女が爆弾を落とした。
「でも、ちょっとショックね。コンラート閣下に恋人が出来たなんて」
がーーーーーーーーーーん!!!
その時ユーリとヴォルフラムの頭の中ですさまじい爆発音がした。
その後どうやって部屋に帰ったのか、2人は覚えていない。
ユーリはふらふらとベットの端に座り込んだ。少し離れてヴォルフラムも座る。
ぽふという音を立ててそのままベットに沈み込む。ぼうっと天井を見上げると魔王の部屋のベットに相応しい豪華な天蓋付きベットの装飾がきらきらと光っていた。ああ、きれいだなと他人事のように思う。
この装飾を陽が昇っている間にユーリが見ることは少なかった。昼間にごろ寝というのは野球少年には自堕落に思えたので夜にしか目にすることはないのだ。
でも、朝には見上げることもあった。しかし、いつも、ユーリが眞魔国で朝起きるときはコンラートが起こしにきてユーリの顔をのぞき込むものだからコンラートの顔に遮られてこの装飾は朝には見えないのだ。
コンラートは基本的にいつもユーリとヴォルフラムの近くにいた。
基本的に軍を辞しているコンラートはユーリの護衛を常に引き受けていて、それ以上の私的なことにも側にいたし、ユーリの側にはヴォルフラムがいるので必然的に3人はいつも一緒だった。
ユーリが聞いた話によればユーリが地球に帰っている間にはコンラートはヴォルフラムに剣の稽古をつけてやったり、一緒にユーリの話をしていたりするらしい。
そんな風にコンラートはいつもユーリとヴォルフラムと一緒だった。どちらかが離れているときでも心の中ではいつでも3人一緒だったのだ。
でも、そのコンラートに・・・・・・
「コンラッド・・・・・・」
言って「しまった」と思った。が、隣にいるはずのヴォルフラムはしんとしている。
ユーリは別の男の名前を呼んだのにヴォルフラムが噛みついてこないのを不思議に思った。起き上がって振り返るとヴォルフラムはベットの上でユーリに背を向けて寝転がっていた。まるで小さな子供のように手足を丸めてまるでふて寝しているようだった。
その様子でユーリは何となくヴォルフラムの気持ちが分かった。
「ヴォルフ・・・・・・ショックなんだな」
「・・・・・・!な、何のことだ!?」
ユーリが言うとヴォルフラムは跳ね起きた。真っ赤になった頬に怒りに隠した照れが浮かんでいる。
「ショ、ショックとは何だ!?ぼくはコンラートのことなんかでショックを受けるわけ・・・・・!」
「・・・・・・おれはコンラッドのことなんて言ってないけど?」
「!??そ、それは、だな・・・・・・その、ぼくは、ユーリがショックを受けているんじゃないかと心配して」
「・・・・・・おれが?なんで?」
「だって、お前にはぼくという婚約者がいるのにいつもコンラートのことばかりで・・・・・あいつにすごくなついているじゃないか」
「そりゃ、コンラッドのことはすごい好きだけど・・・・・・でも別にコンラッドに恋人が出来たからっておれがショックを受ける理由にはならないだろ」
「そ、そうだが。でも、あいつがユーリとの約束をすっぽかすなんて・・・・・・」
うつむいたヴォルフラムにユーリは驚いた。頬だけではなく目も真っ赤になっていて泣き出す寸前のようだった。堪えているのか肩が小刻みに震えている。
「ヴォルフ、泣いてるのか!?」
「・・・・・・!?何を!?」
「目、真っ赤だし・・・・・・ああ、もうそんなつよくこすったりするなよ」
「うるさい・・・!これはゴミが入っただけじゃりー!」
「じゃりってるし・・・・・・」
ふっと力が抜けるとうにユーリは笑った。正直ユーリ自身ショックというか動揺しているのは感じていたがそれ以上に動揺しているヴォルフラムを見ていると少し気が抜けた。
「ヴォルフは色々言ってもおにーちゃん子だもんな。大好きなおにーちゃんに恋人が出来たなんていきなり聞いたらそりゃショックだよな」
「違う!!・・・・・・でも、あいつがユーリとの約束をすっぽかすなんて、ぼくとの約束なら、ともかく」
「え、ヴォルフ、コンラッドに約束すっぽかされたの!?」
「そ、それは、その剣の稽古をつけてもらおうとして・・・・・・あいつは剣の腕だけは確かだから・・・・・・」
それからヴォルフラムは小さな声でここ最近のコンラートとのことを話し始めた。ヴォルフラムは剣の稽古をつけろとコンラートに何度も言ったらしいが「最近は忙しいから」と何かにつけて断られ、ついにヴォルフラムが無理矢理取り付けた約束はすっぽかしてしまったらしい。
そのことでヴォルフラムは少しすねて、無理矢理約束を取り付けた後ろめたさもあってしばらくはコンラートと口をきこうともしなかったらしい。だから最近のコンラートのことはあまり知らないらしい。
ユーリも3日前に地球から眞魔国にやってきたばかりでコンラートのここ最近のことは知らない。
恋人が出来たとしたらその間ことなのだろうか?それ以前のコンラートにはそんな気配はなかったが・・・・・・。
「ぼくとの約束のことなんてどうでもいいんだ・・・・・・でもユーリとの約束をコンラートがすっぽかすなんて」
「何いってんだよ。コンラッドがお前との約束をすっぱかすなんて今までなかったろ?」
「それはそうだが、ぼくはユーリが来るまであいつと約束なんて、昔ならともかく、元々それまではほとんど」
ユーリは何か引っかかりを感じた。うつむいて目を合わせようとしないヴォルフラムについ口がとがる。
「・・・・・・何かヴォルフのいい方聞いてると、コンラッドがまるでヴォルフのこと嫌いみたいだな」
「べつに、嫌われてるとまでは。あいつはぼくのことなんて興味ないだろう」
「は!?何いってんの、そんなわけないじゃん!!コンラッドはあんなにヴォルフ大事にしてるだろ」
「コンラートが昔はともかく今のぼく自身に興味があるわけない。ユーリの婚約者だからついでにぼくの世話をしているだけだろう」
「いや、だからってそんなワケないだろ。いつもコンラッドはヴォルフのこと気にかけて・・・・・・ヴォルフが船酔いすれば看病してくれたし、危なくなったら助けてもらったろ!?」
「それはぼくがユーリといつも一緒にいるからだろう。それまでは顔を合わせても口もろくにきいたこともないときのほうが多かったんだ」
「ヴォルフ・・・・・・!お前な!」
ユーリは腹が立った。
コンラートがヴォルフラムを大事な弟と思っていることは明白だっていうのにそれを受けている当の本人が全く信じていないなんてあんまりだ。ユーリが眞魔国に来る以前には、コンラートがヴォルフラムと口をろくにきかなかったとしたら、それは元はといえば・・・・・・
「・・・・・・それは、元はといえばヴォルフのせいだろ。あんなに「嫌いだ」「人間の癖に」とか言っていればいくらコンラッドでも」
「そうだ。だからあいつはもうぼくには愛想なんてつきているだろう」
「え・・・・・・」
言われた言葉にユーリは衝撃を受けた。今までヴォルフラムがそんな風に思っているなんて知らなかった。
「ぼくは小さい頃はかなりあいつの世話になったが・・・・・・結局ぼくがその関係も壊してしまった。
恩を仇で返したようなものだ。だから、あいつはそんなぼくにもう用はないだろう」
「ヴォルフ」
ユーリは言葉につまった。今までヴォルフラムはコンラートに向けた数々の言葉は内容だけ聞いていれば結構ひどいもので、横で聞いていることの多いユーリは「ヴォルフ、ひどいなー」と思ったりそれを咎めたりした。ヴォルフラムは自分の言葉の意味を本当には分かっていないと思って。
でも、違ったのだ。ユーリには何となく分かった。自分にも兄がいるせいかもしれない。最初は何気ないきっかけなのにどんどん言葉だけがひどくなっていって、ついには心にもないことまで言ってしまう・・・・・・そんなことはユーリもあった。自分の場合そんなけんかのときは誰かが仲裁に入って仲直り、で終わったのだが。
でも、コンラートとヴォルフラムの場合は違うのかもしれない。眞魔国の人間蔑視の風潮はユーリが即位して以来急速になくなったがそれでも純血魔族の間ではまだまだ色が濃い。そんな中でヴォルフラムが言ってしまった言葉を引っ込めて「ごめんなさい」というのは口で言うほど簡単ではなかったのかもしれない。
そして、そういえなかったことでをヴォルフラムが自分を責めていることには気がつかなかった。ユーリは知らず知らずに手のひらに爪を食い込ませていた。
「ヴォルフ、違う」
「ぼくのことはいいんだ・・・・・・昔のことだ。でも」
「そんなこと言うなよ、そんなことないって・・・・・・コンラッドは」
「コンラートがかつて一番大切だったのジュリアで今はユーリだ」
その一言で、ユーリはさっきと違う衝撃に身をすくませた。
スザナ・ジュリア。コンラートのかつての一番大切な人。その魂は今はユーリの身のうちにある。
かつて一番大切だった・・・・・・・・・・・・かつて?
本当は、今も・・・・・・・・・・・・
「ジュリアを失った頃コンラートは今から考えられないくらいの有様だった。誰の声も聞こえない。自分が生きていることもどうでもいい。そんなだった。
でも、眞王陛下の使命で異世界に渡った後別人になったみたいに生気を取り戻して、帰ってきた。あの時は何事かと思ったがあれはユーリがいたからなんだな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「コンラートにとって一番大切なのはユーリだ。そんなことは誰でも知ってる」
「それは・・・・・・」
そうなのだろうか。コンラートにとって「ユーリ」は大切なんだろうか?
コンラートがユーリに向けていた絶対の忠誠と親愛はヴォルフラムやグウェンダルのように行動を共にする過程で築かれたものではない。もちろん、一緒に過ごすことで作った絆も沢山ある。しかし、
(コンラッドは最初からおれに「手でも胸でも命でも」って言ってた。
なんで?)
それは、ユーリの魂が・・・・・・・・・・・・一番大切なジュリアのものだから?
じゃあ、おれがジュリアの魂の持ち主じゃなかったら?そうしたら、あいつは・・・・・・・・・・・・
「それなのに、コンラートがユーリの約束をすっぽかすなんて・・・・・・変だ。いくら、本当に・・・・・・・・・恋人ができたとしても」
ヴォルフラムの言葉が部屋に響いたのを背にユーリは言いようのない感情にめまいがした。。
あんまりギャグっぽくなくなりました・・・・・・。
後編はもう少しコミカルにしたいです、可能なら。
意外とコンラートに好かれていることに絶対の自信を持っているのはジュリアくらいな気がします。
何というか、ユーリやヴォルフには本心見えにくそう・・・・・・ジュリアはそこも蹴っ飛ばしてくれそう。
やたらと陛下と三男がネガティブですがそれだけショックだったと言うことで見逃してください。