世界で一番君が好き
(2)
「ユーリ」
「・・・・・・なに」
しばらく二人で呆然としたり涙ぐんだり過去の思い出に浸ったりと結構な時間がたった後、仰向けに寝転がっているユーリの隣で子供のように背中と手足を丸めて丸くなっているヴォルフラムは何かを決意したような声でユーリを呼んだ。
「・・・・・・コンラートには恋人がいるかもしれないんだよな」
「うん・・・・・・まあ、そうかもな。なんかいろいろ用事があっていつになく忙しそうだし」
「そのことをあいつはぼくにもお前にも言っていない・・・・・・そうだな?」
「みたいだな・・・・・・コンラッドも水くさいよな。言ってくれればキャッチボールの約束なんてしなかったのにさ」
ユーリは昼間のまぶしい陽光に目を伏せた。そして名付け親のことを想った。
コンラートに恋人ができたとしたら・・・・・・・・・それはいいことなのだろう。コンラートに大切な人ができたのならそれはそれだけでも喜ぶべきことだけれど、それはコンラートがジュリアへの想いに区切りをつけたということなのかもしれない。
コンラートがかつてジュリアを誰よりも大切に思っていたことは確かだけど、もしコンラートがジュリア以外にそんな人を見つけられたのならつらかった過去の想いを、魂だけ同じのユーリに向けることよりずっといい。ユーリははっきりそう思った。
・・・・・・彼との間はそれだけのものではない、それだけの時間を共有はしてきた、
けれど、
(ジュリアさんを過去の人にしたとき、コンラッドにとっておれってなんなんだろう・・・・・・・・・)
そのことが、不安だった。
コンラッドにとって自分は何なのだろう?ジュリアの魂の持ち主ではあるがそれ以外は?
仕えるべき主君?親しい名付け子?・・・・・・・・・それとも、なんだろう?
苦笑すると、ユーリは目を閉じた。
コンラートのことだけを「カルガモ」とは言えない。自分だって、全然親離れしていない。
ヴォルフラムはそんなユーリに気にせず詰め寄って話を続けた。
「・・・・・・こうなったらやるべきことは一つだ。もちろんおまえも協力するんだぞ、ユーリ」
「え・・・・・・何が?」
「よし、善は急げだ」
「いや、だから何をやるべきって・・・・・・って、うわ引っ張るなよ!」
「決まっているだろう、コンラートの恋人が本当にいるか、調査するんだ。いるとした、それを誰か突き止めるんだ。むろんコンラートには内緒でな」
「は?」
ユーリは思わず身を起こした。紛れもない本気の目をしたヴォルフラムが目を輝かせていた。
「何いってんだ?コンラッドに内緒って・・・・・・」
「コンラートはぼくとユーリに隠しているんだから、ぼくたちに恋人がいることを言いたくはないんだろう。
あいつがそういうつもりなら、こっちから調べてやるまでだ」
「ええと、ちょっとそれは違うんじゃ・・・・・・?
いや、コンラッドが言ってこないんなら、確かにいいたくないのかもしれないけど。
でも、いいにくいにしても聞けば教えてくれると思うし、隠れて調べるのは、ちょっと・・・・・・」
確かに、コンラートが自分からいつも一緒にいる二人に告げないのであればそれは教える気がない、もしくは教えたくないということなのかもしれない。しかし、だからといって・・・・・・
ヴォルフラムはふと瞳の色を沈ませると声のトーンを落として口を開く。
「コンラートがいいたくないのなら、無理に聞くこともないだろう。だから調べるんだ」
「・・・・・・なんか違う気が」
「・・・・・・ぼくたちが知ればいいことで、コンラートがぼくたちに知られていることを知る必要はない。
あいつにも、いくらユーリにでも、秘密の一つくらいはあるのかもしれない。それを知られてたくないのなら、聞かない方がいいだろう。
だから、あいつにはぼくたちがそのことを知っていないと思わせるために内緒で調査するんだ」
「でも・・・・・・」
「知りたくはないのか?ユーリは知らないままでいいのか?」
「それは・・・・・・」
ユーリは言葉に詰まった。知りたくないわけがない。
確かにコンラートに隠れて彼のことを調べたりすることには抵抗がある。
しかし、ヴォルフラムが言うことも一理ある。コンラートが自分から言わないのであれば、それを聞くのはためらわれる。おそらくユーリが聞けば何でも答えてくれる、コンラートであるからこそ尋ねることはどうしてもためらわれた。
だったら、内緒で調べるしかないのではあるが・・・・・・
「それは・・・・・・そうだけどさ、でも・・・・・・・・・うわわわ!!ヴォルフ、引っ張るなよ!!」
そうもこうも考えているうちにユーリの腕をつかんだままのヴォルフラムに引っ張られる。
「腕痛いって!」というユーリの抗議にヴォルフラムは迷いのない目で見返す。
「へなちょこ!さっさと行くぞ!」
「へなちょこいうなー・・・・・・!!」
こうしてヴォルフラムに引きずられてユーリは部屋を出て行った。
・・・・・・・・・・・数十分後、血盟上執務室前。そこでユーリは無言で立っていた。
「・・・・・・全くヴォルフは強引なんだからなー」
少しぶつくさ言ってみたりもしてみる。
本来は魔王いつもいるべき場所だったが、ユーリにできることは限られているため何とか不慣れな書類に不慣れな言語で目を通してサインをするだけの執務は午前中に終わっていた。だからこそ、昼食を終えたユーリはキャッチボールをしようとヴォルフラムと一緒にコンラートを捜していたのだが。
ヴォルフラムが提案した「コンラートを秘密裏に調査する作戦」とはコンラート本人にではなく、コンラートの周囲にのものたちにそれとなく最近のコンラートの様子を聞くという、ごく正攻法な作戦だった。
「まあ・・・コンラッドがいいたくないことを聞くことはしないはしたくないけどさ」
一番いい方法はこのままユーリとヴォルフラムがコンラートのことを詮索しないことだとはわかっていたが、ユーリにしてもそれは無理だと感じていた。いくら頭で「それなしない方がいい」と思っていてもいつもコンラート一緒にるのだからつい尋ねてしまうだろう。
そうすれば、言いたくないと思っていることでも言わせてしまうかもしれない。それはいやだったから、ヴォルフラムの作戦に乗ることにしたのだが・・・・・・
「・・・・・・グウェンにはここのところ仕事をさせっぱなしだし、顔合わせにくいんだよな」
ヴォルフラム曰くユーリの聞き込みの担当はグウェンダルやギュンターといった魔王の側近たちでヴォルフラムの担当はコンラートに親しい兵士たちや使用人たちらしい。
「魔王陛下が一般兵や使用人に話しかけたりしたらあっちは畏れ多くて話もできないだろうが!」というのがヴォルフラムの言だった。
ユーリは内心「それはフォンビーレフェルト卿でも同じじゃないのかー?」と反論したが、考えてみるとヴォルフラムがグウェンダルに隠し事ができるわけもないかと思い引き受けたのだ。
しかし、グウェンダルの渋い顔を思うと少し扉の前で固まっていたわけだが。
「よし、ここは覚悟を決めて・・・・・・!」
単に扉を開けるだけとは思えない勇敢さでドアを開ける。先制攻撃でいつもより明るい声で挨拶する。
「よ!グウェン、調子はどう・・・・・・」
「・・・・・・ノックはどうした」
「す、すみません・・・・・・」
しょっぱなから失敗した。いけないいけないとユーリはとりつくろおうと努めて明るく振る舞った。
「あー、その、グウェンダル?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・何だ」
「う・・・・・・そんなに睨むなよ。眉間の皺が増えるぞー、なんてー・・・・・・」
「誰かさんとその王佐がまともに執務してくれればかなり減ると思うのだがな」
「・・・・・・すいません。でも今日はもうおれができそうな仕事もないし、ギュンターも最近勉強中に汁とばして勉強にならないことが多いし・・・・・・」
「別に今に始まったことではない。気にするなとは言う気はないがな」
「は、はい、気にします・・・・・・ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何だ」
「その、コンラッドのこと何か知らない?」
尋ねるとグウェンダルは一瞬だけ眉間の皺を浅くして、瞠目した。意外そうに返答する。
「コンラートのこと?なんだそれは。
それはお前の方がよく知っているのではないか?いつも一緒にいるだろう」
「いや、だから気づいたんだけど・・・・・・あいつなんか最近様子がおかしいような気がしてさ。
グウェンだったらおにーちゃんだから、コンラッドに何か相談とかされてるかと思って、聞いたんだけど」
「コンラートが相談?
相談といっても兵の訓練のことや練兵の内容のことぐらいで、ほかには特に・・・・・・・・・・・・・・・あ!!」
「あ?」
てっきり「特に何も」と返されていると思っていたユーリは不意を突かれてしまった。正直グウェンダルのところにコンラートが恋愛相談を持ちかけるとは思えない。
いやいや、恋愛相談以外なら、持ちかけるかもしれないぞ。まだ、コンラートに恋人がいると決まった訳じゃない。
そう言い聞かせると、ユーリはグウェンダルにもう一度向き直って尋ねた。
「何か心当たりあった!?もしそうなら・・・・・・」
「いや、知らん!何も知らないぞわたしは!」
「ええ!?だってさっきは「あ!!」っていってたじゃん!」
「あ、あれは・・・その、この前アニシナにされた事件の記憶が蘇って呻いただけだ!!
ほかのことでも何でもない!コンラートとも全く関係ない!」
「ちょっと待てよ、コンラッドに何かあったのかよ?そうなら、おれに教えてくれたって・・・・・・」
「知らんと言ったら知らんー!!」
「ちょ・・・グウェンー!」
・・・・・・こうしてユーリは執務室を追い出される羽目になった。
「・・・・・・・・・何だよ、グウェンのやつー」
あれからしばらく執務室の扉の前で「開けろ、教えろ」コールを繰り返していたのだが、グウェンダルの「知らない、何も知らない」の一点張りに根負けしてユーリは仕方なく次のターゲットに聞き込みをするべく廊下を歩いていた。
しかし、
「でも、グウェン何を知っていたんだろ?」
あの様子では「コンラートに恋人がいるかどうか」はわからなかったがコンラートに関する何かを知っていることは確かだろう。しかも、それをユーリには絶対教えたくないものらしい。
少し、ムッとする。グウェンダルに教えて自分に教えないこととは何なのだろう。グウェンダルがユーリよりよほど頼りなるが、それにしたって相談してくれてもいいだろう。
それなのに隠されるとは、何となくおもしろくない。
が、グウェンダルから何かを聞き出すことは無理と判断したユーリは次の手を考えなくてはならなかった。
「えーと・・・・・・次は誰にしようかな」
自分の担当は側近のみんな、といってもさしてはいないから自ずと決まってくる。
「ここは、やっぱりギュンターなんだろうけど・・・・・・どこだろ?
でもコンラッドのことなら、ヨザックの方が知ってるかな。さっき見かけたし、まだ城にいるかも・・・・・・」
と、聞き慣れた声が二つ聞こえた。
「準備は滞りなく進んでいますか?」
「ええ、それはもうばっちりですよ。何たって隊長がやる気ですからね」
ギュンターとヨザックだった。ユーリは足を止めた。
コンラートがやる気?何のことだろう?壁に身を寄せて二人の会話に神経を集中させる。
「しかし、早いものですね。もうすぐですか」
「いや、なんだかんだと忙しかったですから。彼女も大変でした」
彼女!!ユーリは思わず拳を硬くした。それはやはり、コンラートの・・・・・・?
やはり、グウェンダルが慌てた理由は「それ」なのか?ユーリはますます耳に神経を集中させた。
「ええ、しかし、彼女にはコンラートもかなり気を遣っていたようですから大丈夫でしょう」
「隊長は昔からそういうの得意でしたからね〜」
「コンラートも最近はかかりっきりですからね、何とかなってはいるようですが」
「幸い、陛下とフォンビーレフェルト卿には彼女のことはばれてないみたいですね。よかった〜、あの二人隠すのが大変でしたから」
おれと、ヴォルフ?
なんで、おれたちだけに隠すんだ?
どうして、「彼女」のことを隠すんだ・・・・・・?
それはやはり、コンラートがそう望んで・・・・・・おれたちにだけ隠すように?
「・・・・・・・・・・っ!」
その場にいることに耐えられず、ユーリは駆けだした。
どこをどう走ったかは覚えていない。
肩で息をしながら、ユーリは壁に寄りかかるとそのまま崩れ落ちた。
幸い兵士や使用人の姿はなかったので、気にすることなくそのまま膝をつくことができた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
どうすればいいのだろう?真相の一端は知ることができた。
でもこれでは、ダメだ。このままではコンラートには会えない。今までと同じ態度で顔を合わすことができない。
(・・・・・・だって、コンラッドはおれとヴォルフにだけ)
思考がまとまらない。崩れた足を何とか起き上がらせると、ふと見慣れた姿が見えた。
「ヴォルフ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
廊下の隅でうずくまっているヴォルフラムは返事をしなかった。
それに何か言う気も起きないユーリはそのまま近づく。と、ヴォルフラムが何かを握りしめていることに気がついた。
「ヴォルフ?何かあったのか?何持ってるん・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ!!」
ヴォルフラムは持っているものを床に投げ捨てると、ユーリを見もせずにその場を走り去った。
いきなりの態度に起こるよりも呆然としてしまったユーリは落ちているものが何かのメモだとわかった。
引きつけられるように、それに手を伸ばすとそこにかかれている文字に目を見開いた。そんなにたいした長さではなく、走り書きだったがユーリにはわかった。これはコンラートの文字だ。
複雑な文ではなかったのでユーリもそのメモはすぐに読めた。
” エーフェへ
彼女の調子が悪いようなのでギーゼラに伝えてください。
あと、くれぐれもこのことは内密に。
特にヴォルフラムにだけは絶対に彼女のことを教えないように注意してほしい ”
エーフェはユーリも親しい、調理室の侍女だ。コンラートとも親しく、新しい料理の味見をしていたりした。
これをヴォルフラムが、彼女が落としでもしたものを、読んだ・・・・・・?
「ヴォルフ・・・・・・!」
ユーリは、全速力でヴォルフラムを追った。
続く
くーらーいー!!暗い暗い!!
・・・・・えー当初はもっとギャグっぽい予定だったんですが、予定が狂ったようです。
また、続いてごめんなさい。
2007/08/30