外界の者達とは異なるものたちの、ほんの戯れたひと時のこと・・・ なくなった エピローグ・裏 「コンラートがルッテンベルクに着いたそうだな、ウルリーケ?」 「はい、眞王陛下。ウェラー卿は無事ルッテンベルクに到着されたそうです。なんでもフォンヴォルテール卿もご一緒とか」 「兄弟仲が良くて結構なことだな、そこだけは褒めてもいい」 「はい」 「おかげで、一人欠けただけでこの様だがな。宰相は執務ができないほど精神を病みそれでも続けていたところをアニシナに殴られ遂に病室送り、王の一番の側近の護衛は王の傍による事もできないどころか王自身から遠ざけられ、眞真国では一番近しい友人は、いや婚約者か・・・は墓の下だ。この三人が欠けただけで現政務にこれだけ損傷が出るとは、身内で政治をすることの難点だな。ツェリのときにもあったが、こっちの方が深刻だ」 「しかし、フォンカーベルニコフ卿が宰相となり現執務を取り、フォンクライスト卿は今までどおり王佐の地位を、足りない部分をげい・・・村田様が取り仕切っています。護衛には陛下とも親しいアルノルド帰りのグリエ・ヨザックがついています。現政権は十分に立て直されたかと」 他の巫女たちの前では敬称で呼んでいるが、ウルリーケは眞王にだけは村田健のことを「村田様」と読んでいた。一度敬称で呼んだところ「あいつとあんなのを一緒にするな」とひどく叱責を受けたからだ。眞王の意思は絶対であるからウルリーケは静かに従った。 一応、政権の建て直しには納得したらしく眞王はそれ以上は追及してこなかった。 「しかし、兄弟とは厄介なものだな。仲が悪ければ足を引っ張り合うし、仲がよければ誰かに何かあったとき身動きが取れない。まあ、身内とはそういうものかもしれんがな。特に、権力だ何だと絡むと」 「はい、陛下の仰られる通りかと」 「ああ、仲が良ければよかったのか、悪ければよかったのか・・・謎だな」 「・・・・・・眞王陛下には、ご兄弟がおありでしたか?」 ぎくり。この巫女は素直だが、たまに要らないことに鋭い。眞王が黙っていると、何を察したのかウルリーケは黙った。こっちの方にも察しが良くてよかった・・・単に興味を引かない話題だったのかもしれないが。 「他はどうしている、ムラタケンは相変わらず似合いもしない法衣を着て執務でもやっているのか?」 「・・・・・・はい、滞りなく執務をなさっています」 「あの姿は傑作だった。いくら、現政権の建て直しに難航していたからといって、昔の信仰心でも何でも使うとか言い出すとは。似合いもしない服なんぞ作れと眞王病に来たときは傑作だったな。型紙はないのか!とか言い出すし、あるわけないのは本人が一番知るだろうに。あれでかつらでもかぶれば本当むこう100年は笑えた自信があるぞ。あ、眼鏡が邪魔か?」 「陛下・・・いささか不謹慎かと」 「うん?・・・・・・ああ、ヴォルフラムのことか?もちろん、淋しく思っているさ。大切な国民でもあるし、昔からちょくちょく眺めていたし、何度か直接接したこともあるしな。素直で、家族想いの、寝言のかわいいヴォルフラムだったさ・・・・・・だからといって、ここで4000年、誰かがが死ぬことなど朝が来れば一番鳥が鳴くくらい日常的だった俺に、ユーリやコンラートのごとく悲しめと?無理な相談だな」 「・・・・・・失礼しました」 「全く、無理だ。毎日毎日死なれている、嘆いていたら我が身が100あっても足りんな」 ただ、一度の生を生きる外の世界の彼ら・・・・・・彼らと自分たちとは感覚が違う。ここにいる限り、眞王は外の人々よりも多くの人々を観察することはできるし、ウルリーケもそれを聞くことで普通の魔族よりもはるかに多くの情報を介して外界と接することができる。しかし、それはガラス越しの魚を飼うようなものでガラスの中で直に接している外界の彼らの感覚とは異なっていることが自然なのだ。 「まあ、それにしてもユーリには驚いたな。一切魔王をやめる気がない。それどころか地球に帰ろうとすらしない」 「きっと、フォンビーレフェルト卿への・・・後悔なのでしょう」 「ムラタケンは帰るように再三言っているがな、俺にも言いにきたが・・・本人にあれだけ拒絶されるとな」 「無理ですね」 「無理だな、全くどいつもこいつも分かりきったことを延々と繰り返して・・・外界の連中は俺たちより遥かに持てる時間が少ないというのに」 「そうですね」 言って眞王は・・・・・・今は実体化している、ちゃんと服も着ている・・・・・・ガラス瓶をひょいと投げ、宙でくるくる回るそれをきんと澄んだ音を立てて弾いた。中には白い光を放つ魂が・・・真円にはすこし欠けた姿で収められている。 「しかし、眞王陛下、それをどうするおつもりですか?」 「ああ、これか?・・・・・・正直、こうしてみたもののどうしようかと思っている。お前ならどうする?」 「フォンビーレフェルト卿の魂など・・・私にはどうすればいいのかわかりかねます。私ならそもそも瓶になど封じずにそのまま転生の道へと行く様を放っておいたでしょうから。無論、彼の魂は「鍵」の魂。その行く先を調べることは重要でしょうが、このように封じることの意味など私風情には分かりかねます」 「「鍵」か、まあこのまま封じていれば新たな「鍵」が生まれることもないわけか・・・そういえばそれは考えていなかったな」 瓶を宙返りさせると手元に戻して、しげしげと眺める。真ん丸に近いが真に丸くはない、おおむね未練のない生だったのだろう。あの直情型のヴォルフラムは望む未来があっても目の前の現在をそのために妥協するような子ではなかった、だからあのような死に方をしても真ん丸に近い・・・しかし、ヴォルフラムはなぜ自分が死んだかすら理解していないはずだ。それ故に未練はなくても、なぜ自分が死んだか、という一点でこの魂は欠けているのだろう。未練ではなく、不可思議さで。 「眞王陛下はもしかして、その魂をユーリ陛下やウェラー卿のためにお残しになったのですか?」 「悲しむ彼らのために?しかしな、ウルリーケ、そんなことに意味がないことは知っているだろう? これは「死んだものの魂」だ。新しく襞を刻むことがない・・・つまりヴォルフラムはコンラートに斬られた時点で生を終え、もう過去だけの存在となった。つまり・・・このヴォルフラムは本か途中で終わった日記のようなものだ。 このヴォルフラムに例えば俺のように実体を与えてみよう・・・それでどうなるのだ?」 「・・・・・・無意味ですね」 「そう、それは「もう死んで過去のものとなったヴォルフラム」だぞ?つまりはあの二人がヴォルフラムを死なせた・・・・・・ということのほどではないと思うがな、特にユーリは・・・・・・と、その事を謝ったとする。しかし、この魂はコンラートに斬られた時点で新しい記憶をすることができなくなっている。「あんなことをして、本当にすまない。償いたいから、してほしいことを何でも言ってくれ」と言われてもこいつには理解できない」 「死んでしまっていますからね・・・」 「なにせなぜ自分が死んだかすら知覚できないまま死んだのだからな。そんなことを言われてもあの時死んでしまうまでにヴォルフラムはそんなことを考えたことがない、つまり過去だけの存在には「許す」や「憎む」などという新しいことはできない。なぜならそれが「死んだ」・・・過去のものになったということだからだ」 「はい」 「俺がこいつの性格を推測するにユーリのこともコンラートのことも恨むことはまずないと思うがな・・・・・・やれやれ、そのことが本人たちも心の奥底では理解できていないわけではないではなかろうに。だから、コンラートもユーリも迷っているというのに、そのくせ死にたがっている。ヴォルフラムのためでなく、自分のために」 「・・・・・・陛下」 「何だ、その目は」 「やはりユーリ陛下たちのためにその魂を手元に置いているのでは・・・?」 喋りすぎたか。別にそのためだけに置いているわけではないのだが・・・。 「・・・・・・まあ、もしかしたら役に立つかもしれんという程度にな」 「「鍵」のことだけではなく?」 「もういまさら「鍵」に注目するほどのこともないと思うがな、ムラタケンが躍起になって誕生日の記録だ何だといい始めたからちょっとした嫌がらせだ」 過去の記憶だけに意味があるかどうか・・・・・・ ・・・・・・・・まるであなたの瞳の色だ・・・・・・・・ ムラタケンの記憶が眞王にピタリと背中に張るように残していった記憶。 ・・・・・・・・・過去だけのものにも感情を覚えることはある。外界に接していたときのものなら尚更に、仲が良かったか悪かったかもよく分からない兄弟なら尚更に。取り返せないなら、余計に尚だ。 ・・・・・・・・・だから、この魂も簡単には手放せない。行ってしまったが最後、転生した相手を殺すくらいしか再び手元に戻す方法がない。 「・・・・・・珍しいですね、陛下が「魔王」に力を貸すなんて。それにこの前のことだって驚きました」 「ユーリとコンラート鉢合わせさせた件か・・・まあ、ちょっとユーリの視覚とヴォルフラムのあみぐるみの切れ端に干渉しただけだぞ。しかし、想定の範囲ではあったがなかなか暴れたな。ヴォルフラムの墓のあった一帯が流されたと聞いたぞ。愛娘の作った花園ごとな」 「仕方ありません、ユーリ陛下は強大な力の持ち主。そして、力には大きくムラがあるお方ですから」 「墓石だけ何とか残った荒地だと聞いたぞ・・・分かっていたことだが、やはり予想は当たらんな」 「陛下は予想通りと仰っていませんでしたか?」 「予想の範囲内ではある、が、その予想のどれが当たるかは外れた」 ああ、全くどこまでも分かりきったことなのに一筋縄ではいかない。 「しかし、それでは眞王陛下には今後のことも想定内なのですか?」 「まあ、な。だてに4000年存在していない・・・生きているものの心の動きなど限られてくるといやでも知る。このことの終わりは大体想像がついている。しかし、その終わりをこのことで早めようと思ったら、逆に遅くなった気がするな」 「遅めた・・・ですか?」 「ここに三人がいる。それぞれ形は違うがそれぞれを大切に思い合っている。ここまでは在りすぎて、数を数えるのが頭が痛くなるほどだ。 しかし、そのうちの1人が死んだ。しかも、残された1人は自分が殺したと思っている。もう1人は自分か、もしくはそのもう1人が殺したと思っている。さて、この三人の、二人の結末はどうなるか・・・・・・想像がつくだろう?」 「・・・・・・すみません、わかりません」 「難しく考えるからだ、決まっている・・・・・・二人は三人で再会したいんだ。もう一度一人に会いたいんだ。だから、二人は互いを殺すか、二人でお互いを許すか、そのどちらかにしか再び三人として再会できる可能性はない」 殺しあうのなら、殺した後でどちらも命を絶つだろう。魂は寄り添えなくても、二人は罪を償え、三人は天の国とやらで再会できる。 許しあうなら・・・・・・さて、こちらの方が想定の範囲が広そうで眞王はそこで考えることをやめ、ゆらりとうたたねの姿勢で宙を泳いだ。 ...... end to be continued ...... 2010/01/09 なかがき |