もう、彼の姿も見えない、声も聞こえない











なくなった エピローグ・表












「渋谷」




押し殺そうか、感情をこめるべきか、そんな躊躇を持った後に出された声は言外に少しだけためらいを伝えるものだった。

振り返ればユーリの目の前には黒衣の村田がいた・・・以前のように制服の様なものではない。眞王廟に特注で作らせた黒い法衣を着ていた。肖像画の初代代賢者のような床に引きずりそうなものではさすがになく、ちゃんと動きやすさを考慮したものだったが以前とはかなり印象が異なる。自分がいかに彼に負担をかけているか、その姿を見るだびにユーリは心が痛んだ。村田の心まで痛めないように、こっそりと。

眼鏡だけは以前と同じまま告げる。視線は合わない、村田のせいではない。ユーリが眞魔国でも最高級であろう自室の絨毯で寝転がっているせいだ。沢山の酒瓶と一緒に。




「・・・・・・また、飲んでいたんだね」

「・・・・・・うん」




本当はすぐに返事をしたかったんだけど、口の中に胃の中から逆流するものを抑えたせいで返事が遅れる。記憶では部屋の中で吐いた記憶はなかったが、そもそも記憶自体が曖昧なのでなんとも言いがたい。そんな部屋に村田を入れたくなかったが、片付けるどころか立ち上がることもできないユーリにはただ村田の法衣の黒い裾を見上げることしかできない。

安心させるような言葉をかけたいと思う。何にしよう・・・挨拶?挨拶でいいだろう、少しは正気に戻ったと思われることはできるかもしれない。・・・・・・しかし、記憶自体、記憶がいつからない曖昧か、今がいつか、どれだけ時間がたったのか自体が曖昧なために、どう挨拶をすればいいのかわからない・・・。

そんな、くだらない、本当にくだらないことを考える。ただ「大丈夫だ」といえばよかったのに・・・その間に村田はユーリをベッドのところまで支え、もたれさせる。重かったろうな、でも村田の力ならベッドまでそんなに遠くなかったのかな?吐いた跡が自分になかったならよかったんが・・・自分でもわからない。村田を汚していないか、それだけが気がかりで彼を見上げる。やさしく微笑んでいる彼には汚れは見えなかった・・・自分の視覚が確かなら、だが。





「・・・・・・気にしなくていいよ、少し飲みすぎただけなんだから」

「・・・・・・ははは、少し、うん、少しだな・・・・・・」




ほんの少し。この広い広い大部屋にごろごろしている酒瓶の量がほんの少し?それだけの人数を招けばこんなに飲みつくすことができるっていうんだ・・・・・・それをおれ、おれ1人で。酒なんて飲んだこともろくになかったおれ1人で。

それだけ飲んでも、たいした痛みを和らげることはできないのに、なぜ繰り替えず。もたれたベッドの右脇にボドルのガラスの丸みに軽く問いかける。村田に問うのはあまりに馬鹿げているからと思ったから、共犯者である酒瓶に問いかける。





「・・・・・・渋谷」

「うん、何か、あったのか・・・?」




必死に平気な顔をつくろって、ばれているとわかっているのに繰り返す、壊れたおもちゃのように。






(彼のように、人形を持って?)






思い出して咳き込む。ごほごほっ!・・・村田は湿った布でユーリの頬をぬぐう・・・やはり汚れているのか。申し訳なさで取り繕っている顔が少し歪む、そして、また取り繕う。同じことを繰り返す、壊れたおもちゃのように。

そして、村田は静かにユーリの髪を梳くと、安心させることを伝えるように告げた。





「ウェラー卿は、無事ルッテンベルクに到着したよ。何事もなく無事に」





そう、彼の姿が見えない、声が聞こえない。自分がそうした。

























あの日に、ユーリがヴォルフラムの墓に言ったのは悪夢としかいえない偶然だった。

ユーリはコンラッドが自分の全身を特に右腕を、右腕をずたずたにして切り落とそうとしている姿を目撃してから、記憶がない。村田がただそばにいた気がする。その後は・・・気がついたら酒を飲んでいた気がする。きっかけは忘れた、誰かに薦められた気もするしたまたま彷徨って厨房に転がり込んだのかもしれない。

気がつけば酒びたりの日々。最悪の日々。家には、家族の元には絶対帰れないな・・・と自嘲した。変えるつもりなんて欠片もないけど。もう、自分はこの国以外に行くことを許された場所はない。

そうして、ヴォルフラムがいっていた「王であるユーリ」になり続けるつもりだったのだ。

それでも、血盟城中で、眞魔国中で、唯一絶対に近づくつもりのない場所が二つだけあった。あのコンラッドが赤く染め上げた部屋、そしてヴォルフラムの墓。その二つは自分の、ユーリの罪そのものだから。

罰を受けるべく訪れるべきかと思ったことがあったのだが、どうして行けず、そしてその二つの場所を訪れることは・・・・・・その場所を、二人を汚すことのように感じ、訪れることは自分自身に封印した。自分にはいく資格がない・・・・・・。


それなのに、あの日ほんの偶然だった。


コンラッドが正気でなくなっているということは知っていた。

村田が教えてくれた、自分が偶然彼に遭遇してショックを受ける前にということなのだろう・・・・・・以前のヴォルフラムの葬儀の際にコンラッドとユーリの邂逅はあの後のすべての悲劇はユーリとコンラッドをお互いに刺激させまいと情報を遮断していた村田の采配によるものだと彼は自分を責めていた。そんなことはないのに。


コンラッドが正気ではない。詳細は知らないが、村田が教えずとも城内のいたるところでその噂話は漏れ聞こえてきた。城内の森を彷徨っている、誰にともなく独り言を話している、正気ではない・・・・・・。


その事を知ってから、ユーリの記憶はより曖昧なものになっていったが、不意に見つけたのだ。「それ」を。


「それ」はほつれた毛糸の切れ端だった。その毛糸の色には心当たりがあった。紺碧のアオは彼の黄色がかった金色の髪にとても映えていて・・・・・・やめろ、この記憶は危険だ。ほら、もう視界がぐちゃぐちゃに・・・・・・?


それでも「それ」ははっきりと見えた。それは石畳の廊下だった。その真ん中に紺碧の色は続いていた。まるで着いて来いとでもいうように。


ユーリがその糸の先を持って、くるくると手の内側に巻きつけながらついていったのはただの気まぐれだった。誰の毛糸だろう、誰かが落としたまま気がつかないでいる毛糸玉の端っこ?誰かのセーターかなにかがほつれてこんな風に?

・・・・・・わからない。ただ、仕方なくその糸が放っておけなくて、その糸を大事に巻き取りながら進む。糸はそんなに長くはないようだったが、石畳の廊下からすぐに出るとそこにはまだ芽吹いたばかりの青い芝生の色が広がっていた。


その先には小さな森があって、そのすぐ手前には大切な聖域が、ユーリなどが入ってはいけないような場所が・・・・・・ユーリはその時点で引き返そうとした。糸のことなどどうでもいい、そのうちに誰かが気づくだろう。ここにはユーリが足を踏み入れてはいけない、自分は埋められる穴の底さえ見ようとしなかった、土すらかけたなかった、第一彼は自分が・・・・・・!

ユーリが足を返した瞬間、「彼」の声が聞こえた。聞いたこともないような幼い声使いで。




「ヴォルフラム?どうしたの?どこか痛い?」




その時、声が、コンラッドが「ヴォルフラム」と呼んだ。

その瞬間、ああ・・・その瞬間振りかえらなかったら良かったのに・・・・・・。


そこには、ヴォルフラムの墓の前にあるグレタが世話をしていると聞いている花園には、遠慮がちではあるが花園に進入している「彼」・・・・・・コンラッドがいた。ダークブラウンの髪に薄茶の瞳。その手には青い花、大地立つコンラート。愛おしそうにその花を胸に押しやる・・・・・・ああ!視界さえぐちゃぐちゃなのにそんなことばかり見えるのか!?

そして、ユーリは忘れない。今言ったのだ、コンラッドはヴォルフラムと・・・・・・。

一瞬視線が花園の中央にある白い大理石の方へと向かう・・・・・・が視線はそこで地面に落ちた。何事かと思ったが、何のことはないユーリ自身が地面に崩れ落ちたのだ。未だ見ることができない・・・・・・いや、きっと許されないのだ。あんな美しい場所を見ることすら、自分には罪深い・・・・・・!

崩れ落ちた自分にはコンラッドは気がつかなかったらしい。ただ、大地立つコンラートを摘んでは胸に押しやっている。その視線が自分には向いていないことにほっとしてユーリはコンラッドの視線の先を探った・・・・・・彼の呼ぶ「ヴォルフラム」はどこだ・・・?墓石・・・・・・の方ではない?


では、どこ・・・・・・?



「ああ、どうしたのヴォルフラム?痛いの?そんなに小さくなって・・・ごめんね?おれが何かしたの?おれが悪いの?おれを許さないの?」



幼い声。そして、なによりその言葉にユーリは戦慄した。ヴォルフラムはコンラッドを許さない・・・?



そうだ、ヴォルフラムを殺したのは・・・・・・



(違う!)



ユーリが自分の頭を地面に叩きつけて否定する。違う、違うんだコンラッド。殺したのは、殺したのは、もう姿を見ることも、声を聞くこともできないのは・・・・・・おれの、おれの




「ごめんね、ごめんね、ヴォルフ・・・・・・この花が好きだったよね?これをあげる、おれはヴォルフやグウェンや母上の花の方が好きだけど。でも、ヴォルフはこれが一番好きなんだよね、おれの花が好きなんて、地味なのに」




その時、コンラッドとユーリの視線は交錯した。そこには確かに「ヴォルフラム」がいた。ほつれて身体が半分なくなったヴォルフラムのあみぐるみ。コンラッドは愛おしそうに半分になったあみぐるみを見下ろした。





(あれが、ヴォルフラム?)





そんなはず、ない






「違う!それはヴォルフラムじゃない!」

「・・・・・・え?」




叫んで後悔した。その後は声が後から後から溢れてくるというのに・・・!




「それは、ヴォルフラムじゃない!ただの人形だ!」

「・・・・・・・ユーリ?」




ユーリはコンラッドが羨ましかった。それがヴォルフラムに見えるのか、ユーリの目にはただの人形にしか見えないというのに!

それが、ヴォルフラムに見えたらどんなに言いたい事があるか、伝えたいことがあるか、どんなに愛していたかを伝えたかったか、ごめんなさいと謝りたかったか・・・・・・!ああ、でも見えない見えない!そのあみぐるみがヴォルフラムになんか見えない!見えたいのに、見えない!




「ヴォルフラムのはずない!ヴォルフラムはあそこだ!・・・・・・どこにもいない!」

「・・・・・・・・・」




指差した先にはただ白く冷たいだけの墓石。もう会えない。それなのにまだこの心はヴォルフラムにしたいことがいくらでも後から後から溢れてきて・・・・・・それなのに、この男には見えるというのか・・・・・・・ああああああ!




「見ることも、聞くことも、触ることもできない!ふざけるな、だってヴォルフラムは・・・・・・・」

「・・・・・・・・・−リ、・・・・・・・さい」






あんたが殺した。おれが殺した。


そのどちらを叫ぼうとしたのかわからない。その先に視界に遮ったその色に時間が止まった。





「ユーリ、ごめんなさい。すみません、俺が殺したんです。たった一人の大切な大切な・・・もう二度と戻らないように、殺したんです。心臓を切り裂いて、一瞬で。ヴォルフラムが生きてきた長い長い大切な時間を止めてしまったんです」



年相応の表情に戻っている。しかし、その瞳は空ろ。誰にも届かない、空っぽの瞳。ユーリの足は動かない。



「俺が殺したんです、俺が・・・・・・そうだ!お前が殺したんだ!許さない殺してやる!返せ、ヴォルフラムを返せ!返せよううううっ!」



年相応のものから、急に幼い憎悪の表情へ変わる。そして、その表情には赤い、ねっとりとした赤が散り始めていた。だんだんとべっとりとしていくそれをユーリは見ていた。駆け寄ることもできないで、止めることもできないでただ見ていた。

何だこれは!叫びたい、それなのに叫べない!あの時は叫べたのに!コンラッドがそんなでおれを見るから、なんでそんな目で見る!?まるで罪人の様に、許しを請うように・・・・!?



「返せ、返せよう!殺したのは、おれなんだからあああ・・・・!・・・・・・・・・ねえ、ヴォルフラム?今日は何をして遊ぼうか?ねえ、どうしたらおれを許してくれる、こうしたら、こうしたらいいの!?こうしたらまた遊んでくれる?ヴォルフが痛くなくなるの!?ヴォルフが幸せになれるの!?」



コンラッドが再び腕を振り上げる、花園の端にある低い地面に刺す類の柵のひとつ。そのひとつを引き抜きその切っ先を使ってコンラッドの左腕は先ほどから同じ動作を繰り返している。最初は右肩に数回、しかしそれでは足りないと思ったのか頭に、繰り返し突き刺される。

その手が喉元に向けられようとした瞬間ユーリの足が動きをようやく解き放ち、そして同時にコンラッドの腕を止めた。



「違います・・・・・・分かっています。もう、すべてが遅いんです。すみません、ひどい醜態を見せて、俺にできることなんてもうないのに。俺が殺したんです、たった一人の弟を。もう、戻ってくるはずもない。こんな風に、「ヴォルフラム」をいまさら大切にしても仕方がないのに」



血まみれの小型の柵を下ろし、コンラッドは胸元にあった「ヴォルフラム」をそっと地面に下ろした。「さよなら」を告げるかのように、その癖に大切だとしか思えないようなやさしい手つきで。
コンラッドが振り向くとユーリは再び動けなくなる。子供の遊びのようだ、片方が動くと動けない。



「でも、もうこれも終わりにします。「最初に来た俺」の言うとおりだったんです、死以外に俺には償うことなんてできない。この場所を俺の血で汚すなんてひどいことですが、また、「ヴォルフラム」の処にいくわけにはいきませんから・・・・・・「次に来た俺」はまだ迷っているから、きっとまた「ヴォルフラム」の処で迷い続けるでしょうから、今の俺が俺である内に」



どうしても合わせられなかった視線をコンラッドからユーリに合わせてくる。びくりと足をふるわせたユーリにコンラッドは微笑んだ。その瞳には少しだけ空ろではない、何かを、探していた何かをやっと見つけたような柔らかな光がさしている。ユーリはその光に一瞬、コンラッドの顔に飛び散る血の色を忘れた。



「だから、俺はここで死ぬよ。目を閉じて、立ち去って。ユーリが見ても辛いだけだから、行って。
俺は大切に思っていたヴォルフラムを殺した。罪悪感なんて言葉ではすまないほど、苦しい、痛い・・・・・・刺しても刺しても痛いんだ。どんなにやっても、右腕を斬っても斬っても・・・・・・。
だから、考えた。俺がどうしたら償えるのか、でもないんだ、そんなもの。だってもうヴォルフラムはいない、見えない、聞こえない、触れられない、俺が殺したから、俺がこの右腕で弟の心臓を一太刀で斬ったから」


コンラッドは笑っていた。微笑んでいた、その微笑にユーリは叫んだ。叫んだ。走り寄るわけでもなく、止めるわけでもなく。叫んだ。コンラッドの話す言葉をすべて帳消しにできるように。



「行って・・・・・・本当は、あの時、あなたがヴォルフラムを抱きしめて俺が殺したと教えたときにこうするべきだったんだ。俺は辛い、苦しい、せめて死んで償いたい、魂は転生して二度と会えないとしても。ヴォルフラムには何もできなくても、俺自身の贖罪としてなにかしなければ、でも死んだ弟は何も語ってはくれない・・・・・・。
だから、「最初に来た俺」は考えました。だったら俺が決めればいい、俺はヴォルフラムを殺したものが生きていることを許せるのか?・・・・・・無論許せない。だから、あの葬儀の日に殺そうとしました。無様にも失敗したけれど」



ぽつりぽつり。雨が降る、ユーリは自分が泣いているとは思わなかった。ただ自分の魔力は荒れ狂い、空が泣いていた。この悲劇が洗い流せればいい、と。墓碑も、血だらけのコンラッドも、立っているしかできない自分も全て自分の力で洗い流してしまえればいいのに・・・・・・夢のような話だ。不思議だ、思い描きたくても描けなかった夢がこんなときだけ思い描ける。この空が泣き狂って全てを洗い流してしまえばいい・・・・・・!




「でも「次に来た俺」は、迷っていた。死んでいいのか?本当にそれでヴォルフラムは納得するのか?もう一度愛さないと、分からないって・・・・・・でも、今日やっと分かった。ヴォルフラムはもういない。納得なんてしない、できることは何もない、全てはとうに終わった話だったのに俺だけが気づけなかった」



轟々と小さな森が揺れ始める。そうだもっと泣き叫べ空よ!俺も、ヴォルフラムも、コンラッドも、全て洗い流してくれ!頼む、こんな、こんなことは違う!他の異なる真実と換えてくれ・・・おれが殺したヴォルフラムの真実をきっとコンラッドは受け入れない!やめてくれ、違う、違うんだ・・・・・・痛みで分かる!どうしようもなく違うんだっ!



(あんたとおれでヴォルフラムを殺してしまった・・・・・・その結末がこれだとおれは認められない!)




左腕の先の切っ先が、もう雨で血まみれではなくなっている喉元へ真っ直ぐ向けられる。違う・・・この結末は認めない。消えろ・・・消えてしまえ!


「ユーリに出会ってよかった、やっと思い出した・・・・・・俺にできるのは最初からこれだけ」

「黙れええええええええええええええええええ・・・・・・っ!!」



囁く声は、最初から一貫してやさしくて、そしてそのやさしさは初めから受け入れられないもので。


そして、泣き叫ぶ空は濁流を巻き起こし、ユーリとコンラッドと、ヴォルフラムの墓碑と花園、全てを巻き込んで全てを消し去り、青空へをずべてを巻き上げた。

















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・村田?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ、ごめん。え、コンラッドは無事?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、水でぐちゃぐちゃだな・・・おれがまた暴発したのか?

・・・・・・え?何?憶えてないのかって?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・憶えてるよ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううん、今。思い出した。



全てを、過去を消し去ることなどできない。



















あの時、彼は言った。



『ユーリに出会えてよかった、やっと思い出した』



ならば、もう自分の姿など見せない。声など聞かせない。出会う機会など与えない。


あの結末は許さない、違う、とにかく違うのだ。だから、彼を追いやった。彼の故郷へと。



「次に来た彼」が迷っているならずっと迷っていればいい。あみぐるみはきれいに直された。あの姿を肯定はできなくても、あの結末だけは断じて許さない。違う、違うのだ。あれは違うのだ。



「フォンヴォルテール卿まで、ついていくとはね・・・・・・意外だったな」



おれは意外じゃなかった。おれは彼を故郷へ送るとき情報を独自に自分で収集した。グウェンダルがコンラッドを放って置けるわけがない。彼とて正気ではなかったが、あの森、ヴォルフラムの墓碑のすぐそばの森で遊んでいることは調査済みだ。ぎりぎりまで彼もあの森のこもっていたが、最後はやはり来た。計算は当たった。

彼は必要だった。おれはいけない。おれが行けばあの結末にコンラッドはたどり着く。あの最初の・・・・・・ヴォルフラムを目の前でコンラッドが斬り、泣き叫んだおれが彼を罵倒したあの時に逆戻りだ。そのときの結末をコンラッドは「ああ」続けてしまう・・・・・・それは断じて認められない。

だから、弟想いで、壊れかけてしまったグウェンダルはコンラッドに連れ添わせるにはぴったりだった。誰にも言わなかった一見偶然のような必然の秘密の計画。・・・・・・アニシナさんには気づかれたかもしれないけれど。
とにかく、彼なら決してコンラッドを殺させない。たとえそれで彼が死に陥るようなことがあったとしても。




(狂ってるな、おれ・・・・・・)




コンラッドのためならグウェンダルが死ぬことがあってもかまわない。そんなのはおかしい。コンラッドは自分で死を最小限に食い止めようとしていたのに、おれは真逆だ。コンラッドを殺さないためなら、どんな犠牲をも払えるだろう。なんて、歪な。



「なあ、村田・・・・・・コンラッドは無事かな?怪我とかしていないかな」

「その辺は抜かりないよ・・・ちゃんと信頼できる情報だ」



うんと頷く。知っている。自分自身の独自の情報網でも確認済みだからだ。酒で頭が狂っているくせに、こんなところばかり頭が回る。ただ、ルッテンベルクに着く直前にコンラッドとグウェンダルが一晩行方不明になったことは村田は告げていない。彼はユーリにどこまでもやさしい、だから最後のところで信用していない。



「・・・・・・・・・本当かな?」

「・・・・・・・・・本当だよ?何ならそのときの確認の手紙見る?」




首を振る。村田はほっとした気配を見せたが、そもそも村田に向けた言葉ではなかった。自分に向けたのだ。本当にコンラッドに見張りは十分だろうか?グウェンダルの想いの強さと冷静沈着な見張りを何人か。いずれも優秀なものたちだ、あらゆる意味で信用できる。しかし、十分・・・なんてことがあるのか。もっと増やした方がいいんじゃないか?それに一晩行方不明?もっと行動範囲を狭めないと、逃げ出される。そうだ、もっと小さな範囲でしか動けないようにして、檻に閉じ込めるみたいに・・・・・・。

ユーリは視線を床に向けて確認する。見張りの数は十分か?・・・多ければいいというものではないけれど。やはり、あれでは足りないかもしれない。増やして、コンラッドの行ける場所も減らさないと。そうだ、コンラッドの馬、ノーカンティーも一緒に連れて行ったけど、彼には会わせないようにしよう。そういう命令を今度は出そう。

コンラッド自身には再び『ヴォルフラムのあみぐるみ』を渡している。その後、以前よりずっと無口になったらしいがそれでも「ヴォルフラム」が好みそうなおもちゃなどを集めて大切にレースの布地で包んでいるという話を聞いている。あのコンラッドは「次に来た彼」なのだろう・・・それでいい、ずっと迷っていてくれ。


そう、まだ迷っていてほしい。ユーリ自身に答えが見つかるまでは。




(きっと、その時は)






ユーリがコンラッドを殺すのか、コンラッドがユーリを殺すのか






そのどちらかまだ分からないけれど、今はまだ分からない。だからユーリは傍らに村田の気配を感じたまま眠りについた。きっと待っているのは悪夢だろうけど。
















...... end ......

...... to be continued ......














2010/01/09