愛がなければ、こんなものが見えなくてもいられたのに















「 な く な っ た 」 9



















森。森。また森だ


(コンラート・・・!)


どこに行った。この旅の中でコンラートがふらりと歩きだすことはあった。しかし、傍らの男に阻まれ旅団から離れたことはない。離れたことはなかったのに!

暗い、折角の満月だというのにその明りは木々に阻まれて見えない。下草は走りを阻み、焦りを促進する。

一体どこに行ったというのか、あの森なら、「三人で遊んだ」あの森ならたくさんの隠れ場所へお気に入りの場所を知っていたが、ここは全くの知らない森だ。実際にはコンラートを探すどころかグウェンダルが何も持たずに来たことは危険だ。



(コンラートはどこが好きだった?)



血盟城の森で過ごした日々、その中でコンラート好む場所。鳥の巣箱がある木たち、こっそりと城の様子がうかがえる木の上や影、そして・・・・・・水のある場所。幼いころの泳げないコンラートは水辺で遊ぶことが好きだった。泳げないから、水辺で水に触れることを楽しんでいた。

そして、グウェンダルはまっすぐに走った。ここにはコンラートが作った巣箱はない、様子を陰からうかがえる城もない。しかし、水辺ならある。もしコンラートの心のどこかにあの時のコンラートが残っていたならば・・・!

今日この場所に野営すると決めて、周辺に使える水場がないかと探索された。そして、近くに小さな水場がありそこを使うこととなった。しかし、もう一つ湖が見つかっていたのだ。ただ、そこは野営地からは小さな崖の下にあり、水を得るためには遠回りをするしかないという理由で使わないということになった。それをコンラートが聞いていたとしたら・・・・・・。

急に視界が開ける。ここだ、低いが降りるには危険な高さの崖と下に見える満月を映した美しい湖・・・・・・そして、その湖の中にいるコンラート。

見つけたという安堵は湧かなかった。なぜなら・・・・・・コンラートの傍らの湖の水が血の色に変わっていた。



(コンラートが自害しました・・・・・・未遂です)



赤毛の幼馴染の声が、聞こえた気がした。
グウェンダルは叫ぶ、ほんの少しでもこちらに注意を向けられたら・・・!



「コンラート!動くな、いいかそこを動くなよ!」



薄茶の瞳がこちらを向いた気がした。しかし、それを確かめることはできない。その時グウェンダルは崖から飛び降りた。視界が星空と森と湖の青とコンラートがぐるぐると混ざり合って、落ちていく・・・!


衝撃は激しいものだったが湖は深かった。冷たい水に身が凍る。息を止めることを忘れていたので水を飲み込んでしまう。溺れる、いやだめだ。ここで私が倒れたらだれがコンラートを救う?せめて脱いでから降りるべきだった上着に両腕を取られていると何とか両足をばたつかせる。と、沈んだ体が底にぶつかる。

地面、これを魔術で引き揚げれば・・・・・・!



(そうだ、集中しろ・・・でなければコンラートが!)


「グウェン!」



急に力強い腕に引き寄せられる。グウェンダルは湖底から満月を見た。本来白い色であるはずの月は湖底の碧に染まって見える・・・・・・グウェンダルは一瞬だけその色に末の弟の面影を見出し、そして、すぐに白くなった。

引き上げられたのだ。引き上げたのは・・・コンラートだった。



「・・・・・・かはっ!コンラー」


「グウェン!大丈夫!?なんで、あんなこと・・・危ないよ!」



危ないのはお前だ。誰が危ないことをさせたと思っている・・・と口に出したかったが、朦朧とした意識でグウェンダルはコンラートにそのまま引き寄せられることしかできなかった。幼いころは泳げなかった弟は滑らかな泳ぎでグウェンダルを引き寄せると足のつく位置まで到達したのか立ち上がって今度は地上に引き揚げた。

なんとか立ち上がる・・・と以外と湖は小さいことが分かった。周囲は森で覆われているせいで本来よりも大きく見えたらしい。立ち上がった場所は湖の中心あたりからそれほど離れた場所ではない。それなのに腰の辺りまで水は届いていなかった。



「コンラート・・・お前、どうして」

「グウェン、どうして飛び降りたりしたんだ!この湖は浅いから下手すれば死んだかも知れないんだ、たまたま深い場所に落ちたからよかったけど・・・」



こっちが質問したのに、逆に質問責めにあう。その言葉に確かに危険を覚えもしたが・・・・・・困惑するコンラートの首筋に引っ掻いたような深い傷があることに気が付いて返答をひっこめた。傷からは鮮血が冷たい水で体が冷やされているのに、未だ流れている。傷が深い証拠だ。咄嗟に魔術で癒そうと手を伸ばし、払われる。

同時に冷たい目で見られ、グウェンダルは硬直した。凍るような光が宿っている・・・しかし、すぐに消え柔らかだが空ろなあの森で過ごしていた頃のコンラートの瞳に戻る。グウェンダルは驚いた、この旅でのコンラートはそんな表情をしたことはなかった。



「コンラート、どうしてこんなところにいるんだ?みんなとはぐれて・・・」

「・・・・・・みんな?」



不思議そうにされる。コンラートにはこの旅で時を過ごした同行者のことを覚えていないのだろうか?



「・・・・・・まあ、いい。帰ろう、コンラート・・・その前に傷を」

「ああ、そうだ。ヴォルフ、大丈夫かな?寒がってないといいんだけど」



「ヴォルフラム」。その言葉を聞いて走り出したコンラートに着いて走り出した。あのあみぐるみ?コンラートは持っていないと思っていたのだが・・・?

岸に着いた時、確かに「ヴォルフラム」はいた。ただし布でぐるぐる巻きにされて、大切そうに手ごろな石の上に木の枝を敷かれた上に置かれていた。コンラートはあの森にいたころはいつも胸に「ヴォルフラム」を抱いていたので、違和感を感じる。



「・・・・・・ヴォルフ?大丈夫、寒くない・・・・?」

「コンラート・・・・・・ヴォルフラムも一緒だったのか?」



この旅で「ヴォルフラム」を初めて見るグウェンダルはそう言った。しかし、コンラートはあっさり「だってヴォルフと一緒にルッテンベルクに行くんだから、鳥の巣箱を見るんだ」と答えた。肩透かしを食らったような、コンラートはやはり「ヴォルフラム」と一緒だと安心する反面、不安にもなる。

ではどうしてこの旅で「ヴォルフラム」をコンラートは傍に置いておかなかったのか?それにヴォルフラムを布でぐるぐる巻きにした姿、荷物にそうしてまぎれさせていたのか?何のために?



「・・・・・・どうして、ヴォルフラムを今まで隠していたんだ」

「隠して?何言ってるの?ずっと一緒だったよ」

「しかし、私は全然ヴォルフラムに・・・いや、いい。余計な質問をした、それよりお前の傷を」

「・・・・・・ヴォルフラムはおれと話してくれないんだ、ここ最近ずっと」



傷に手を伸ばす度にかわされる。そんな錯覚を受ける、そんなはずはない、と言い聞かせるが・・・・・・しかし、コンラートはおそらくここに自らを傷つけに来たのだ。自分を死に至らしめるほどに、深い傷を・・・・・・傷に伸ばす手が焦りだす。



「コンラート、じっとしてくれ。痛いだろう?・・・早く治さないと」

「ヴォルフラムはね」



伸ばした手を振り払うようにコンラートは急に向けていた背を翻らせ、コンラートはグウェンダルを見つめた。静かな瞳、凪いだ表情。白い月光が彼を幽霊のように見せ、グウェンダルの心臓は跳ねた。



「急に口をきいてくれなくなったんだ・・・何でかわからない・・・いいや、わかるんだ。おれはヴォルフラムにひどいことをした。だから口をきいてくれない、笑ってくれない、遊んでくれない」



コンラートは月を見上げる、薄茶の瞳が白い月を映し出し、銀色の光彩の星とともにぼんやりと光っていた。



「何をしたんだろう、おれは何をしたんだろう?ヴォルフを怒らせたの、悲しませたの?
それとも・・・・・・傷付けたの?二度と口もきいてもらえないくらい?おれを嫌いになるくらい?」

「コン、ラート・・・・・・」



コンラートはグウェンダルを見ていない。ただぼんやりと中に視線を彷徨わせて、注意を兄には向けていない。しかし、その言葉はグウェンダルの脳裏にある光景を連想させるには十分な言葉だった。忌まわしい、記憶。

なぜあの時私は・・・・・・












「フォンビーレフェルト卿を斬ったのは、おそらく・・・ウェラー卿だ」

「猊下・・・?なんと言いました、よく聞こえなかったのですが・・・・・・」

「勘違いしないでほしい、消して彼が殺したという意味で言っているんじゃない。直接的にはそうだけど、根本的な原因は状況にあった」

「・・・・・・う、そ・・・・・でしょう?」

「ウェラー卿は二人を助けようとして、そしてその焦りが有利の目の前でフォンビーレフェルト卿を斬ることにつながってしまった・・・・・・すべては事故だ」




なぜあの時、私は執務室でもなく自室でもなく、眞王廟へと向かったのだろう。

分からない、ただ変わり果てた末の弟の姿を見て、正気ではなくなり彷徨っていたのかもしれない。あるいは死んだ魔族の魂は、眞王廟へと向かうかもしれないとどこかで信じていたのかもしれない。ヴォルフラムが私より先に死ぬ、それはありうることだったのに、なぜか一度も考えたことがなかった。だから、また会えると思ったのかもしれない。

どうしてだろう、思慮深い大賢者が基本的に立ち入り禁止である眞王廟で王佐であるギュンターとしている密約の会話などを聞いてしまったのは。よりにもよって、彼らも隠したがっている私に。

死者の死を受け入れられないものへの罰だとでもいうのだろうか・・・?




「有利とたくさんの人のために、このことを決して知られないようにするために君に話したんだ、フォンクライスト卿。他の誰にも知られてはならない・・・・・・今の有利とウェラー卿には助けが必要なんだ。知っているのは僕らを含めて有利とウェラー卿の4人だけ・・・その中でこれから彼らを助けていかなくちゃならない」



私は5人目になどなりたくなかった・・・・・・!
その日からずっと、その記憶を夢にしたくて、すべてを忘れようとしてきた。5人目などいない、存在しない・・・!













「だから、ヴォルフラムは眠ったままなんだ」

「・・・・・・え」



夢想、いや悪夢から急に現実に引き戻される。忌まわしい記憶の刃が心を再びえぐる間さえ与えずコンラートはグウェンダルに顔を寄せてきた。凪いだ表情はまるで罰を受け入れた罪人のようだ・・・罪人?何を馬鹿なことを私は考えている!?



「ヴォルフがおれのしたことのせいで眠ってしまったから、おれはヴォルフと遊べなくなった。それが何なのか思い出せないけど・・・・・・きっとひどいことだったんだ。もうおれなんかいらないって思うくらいに」

「そんな、はずは・・・」



グウェンダルは冷や汗をかく。なんだこれは。まるで罪を告白しろと責めを受けているようだ。お前の知っていることを告白しろ、お前は5人目だ、と・・・・・・違う、錯覚だ。コンラートは「ヴォルフラム」の話をしているだけだ。

コンラートは「ヴォルフラム」の額の部分をそっとなでると愛おしそうに、寂しそうに、囁いた。



「こうして眠ったままだから布団をかけて、ずっと誰にも妨げられないようにしているんだ。ヴォルフが起きた時に楽しく遊べるように、起きた時におれを許してくれるように」

「だから、隠していたのか・・・?」

「?だから、隠してなんかいな・・・あれ?」



コンラートは不思議そうに「ヴォルフラム」を見下ろした。何かあったのかとグウェンダルも見る・・・特に変化は見られない。「ヴォルフラム」はレースをあしらった繊細な布でくるまれていて、その周りには「彼」が好きだったものが置かれていた。幼いころ使っていたおもちゃから絵具までたくさんのものが置かれている。横にある大きな袋・・・・・・この中にいたのか、旅の間ずっと好きだったものにと一緒に、袋の中で同じ旅を送ってきたのか。




「あれ、おかしいな・・・あれがない」

「・・・あれ?何がないんだ?」

「あれだよ・・・ヴォルフが一番好きって言ってた、おれの花、大地立つ・・・・・・っ!」



コンラートは頭を押さえ屈んだ。ぜえぜえ吐息をする様子に仰天してグウェンダルはあわてて駆けよった。




「!?どうした、コンラート!やはり傷が・・・」

「そうだよ・・・・・・途中だったのにお前が現れるから」




言って目の前でコンラートは石を拾って自らの首の傷口をえぐった・・・・・・その光景に呆然とした。しかし、グウェンダルはもう一度その凶器がコンラートに振り下ろされる前にその腕をつかんだ。

そして、戦慄した。つかまれた左腕越しに見たコンラートの瞳は憎悪に満ちて、グウェンダルに突き刺さった。



「邪魔するな・・・こいつが殺したんだ。絶対に許さない、殺す、ずたずたにして殺す。今度こそ殺す、右腕だけでなんか足りるはずもない。」

「何を言っている・・・?やめろ、この手を下すんだ!」

「ふざけるな、こいつは殺したんだ!ヴォルフラムを、おれの大切な大切な弟を。許さない・・・殺してやる!殺してやる!」




ヴォルフラムを殺した。


そうコンラートの口から告げられた瞬間グウェンダルの手が緩んだ。その隙に腕を振り払われると、コンラートはその腕で石の上に大切に置かれていた「ヴォルフラム」を振り払って無造作に地面に落し、踏みにじった。

その光景は信じられないものだったが、グウェンダルはコンラートが大切にしていた「ヴォルフラム」が踏みにじられる光景に耐えられず、コンラートの足もとからそれを奪い、腕の中で抱きしめた。繊細なレースの感触と踏みつけられた際の泥の感触が両手に広がった。

「ヴォルフラム」を抱きしめたグウェンダルをコンラートは憎々しげに見下ろした。グウェンダルだけではなくその腕の中にいる「ヴォルフラム」をも。



「・・・・・・な、何を、何をやっているんだ!?ヴォルフラムになんてことを・・・・・・!」

「はあ!?何言ってるんだ、それはただの人形だ!ヴォルフラムと一緒にするな!」



人形。「ヴォルフラム」を人形といった。コンラートの口からそんな言葉が出ることが信じられず、グウェンダルはただ「ヴォルフラム」をもう1度抱きしめた。



「ふん・・・こいつの人形ごっこに付き合ってご苦労なことだな、グウェンダル。お前も毒されたか、まあお前はこいつに、この男にヴォルフラムを奪われたのだから理解できなくはない。わかる、大切な人を奪わる痛みが、どんなに・・・・・・そのくせこいつはそれから逃げてくだらない人形ごっこで自分の罪から逃げようとして!」



吐き捨てれば、再び首の傷を指先でえぐられた。鮮血が落ちる、ぽたぽたと地面が赤く染まる。



「あの日、ユーリに会ったよ。こいつのくだらない人形ごっこを引きつってみていた。そりゃそうさ、罪人がまるで罪をすべて帳消しにしてのこのことヴォルフラムの墓に・・・!墓になんか来るから!」



激昂するコンラートにグウェンダルはコンラートの自傷行為を止めることを忘れていた。その告白はコンラートがあの森に来なくなった日の話なのか?ユーリに会ったのちに自殺未遂を起こしているコンラートのあの日の。



「図々しい!こいつ、この人形ごっこに大地立つコンラートが欲しいなんて言い出して、お前が殺したくせにヴォルフラムの墓に足を踏み入れて!花壇を漁って!そりゃあ、あんな殺してやりたいような目で見られるさ!」



ユーリが?そんな、はずは・・・ないと言い切れるか?グウェンダルはヴォルフラムの亡骸が運ばれてきた日からほとんど誰にも会っていないし、ユーリにも会っていない。様子など知らないし、何より・・・・・・。









・・・・・・「フォンビーレフェルト卿を斬ったのは、おそらく・・・ウェラー卿だ」・・・・・・

・・・・・・「ウェラー卿は二人を助けようとして、そしてその焦りが有利の目の前でフォンビーレフェルト卿を斬ることにつながってしまった・・・・・・すべては事故だ」・・・・・・








「・・・・・・っ!」




頭痛でぐらりと身体が揺れる。何とか「ヴォルフラム」だけは腕の中に維持するが、額を地面にこすりつけてしまう。その瞬間、ぬるしとしたものがねばついた・・・・・・コンラートの血?確かに先ほどから傷つけていたがこんなに大量に?



(いや、さっき見ただろう!コンラートが湖で自分を傷つけていたのを!)



グウェンダルは顔を見上げてコンラートを憎悪する「コンラート」を見た・・・・・・再びその手が傷口に伸びた瞬間、飛びかかる。鍛えた体だが、ここ1カ月で弱り切っているがそれは向こうも一緒だ。動かない右腕の方から飛びかかればコンラートはあっけなく倒れた。



「くそ・・・!離せ!」

「離すか!誰が・・・・・・誰が離すか!」



首筋に手を伸ばす。コンラートのまだ動く左手を無理やり押さえつけ、治癒の術のかける。微々たるものだったが少し血の流れが止まった。その事実に「コンラート」は



「やめろ、こいつを殺さないといけない!ユーリだって望んでいる、こいつがヴォルフラムを奪ったから!」

「違う!絶対に違う!」



コンラートをルッテンベルクに送ると決めたのはユーリだ。もし、もし彼の中にコンラートへの憎悪があったとしても彼をそれを望んでいない!

血が止まりかけている。しかしその傷自体はひどく歪なもので、いびつな傷跡が残っている・・・・・・グウェンダルの力が抜けた。魔術の疲れと・・・涙を隠すためにコンラートの体に覆いかぶさり首筋に顔をうずめた。「コンラート」はびくりとしたが離さない。手放さない。




「やめてくれ・・・頼む」

「いや、だ・・・」

「・・・・・・置いていかないでくれ」

「・・・・・・何を言っている?こいつに罰を、与えなくちゃ・・・・・・」




「コンラート」は確かにコンラートだ。あの幼いコンラートと同じこと言っている。自分に罰を、許しを乞うて・・・・・・いや、どうすればヴォルフラムを・・・・・・失ったに見合うことをできるのかを探している。幼いコンラートは森の中に一人駈け出し探した。この「コンラート」は方法がはっきりしているだけだ。

そして、この「コンラート」を止めるためには認めなくてはいけないものがある。



「コンラート・・・確かにお前はヴォルフラムを斬った」



私は5人目なのだ。確かにコンラートがヴォルフラムをを斬ったことを知っている。



「・・・・・・!」

「そう、お前だ。お前が罰しようとしているものも、お前もコンラートなんだ」

「・・・・・・そうだ、だからこいつを殺す!誰でもないおれの手で!」

「・・・・・・駄目だ」



グウェンダルはコンラートを抱きしめた。首筋からコンラートの血の匂いがする、自分の涙も混じっているかもしれない。



「駄目なわけない!大切な、あんなに大好きだったヴォルフラムが死んじゃったのに、殺して駄目なわけない!」

「コンラートを殺したら・・・・・・私が許さない」

「何言って・・・」

「許さない、許さない、絶対に許さない・・・・・・私を置いていかないでくれ」



お前だけは、そう言う直前にグウェンダルはコンラートが泣いていることに気がついた。その瞳にはさっきまでの憎悪の影は映っていなかった、幼いコンラートが向けていた空虚な瞳がグウェンダルを見上げている。



「じゃあ、どうすればいいの?どうすればヴォルフラムは許してくれる?さびしいよ、ヴォルフが遊んでくれないなんて・・・・・・悲しくて痛いよ、どうしたらいいの?」




次の瞬間、コンラートの瞳がまた変わった。先ほどまでの幼さが消えて、空虚なままでも年相応のものに。その瞳でまっすぐにグウェンダルの瞳を見据えた。




「ヴォルフ、きっと痛かったろうに、苦しかったろうに・・・・・・罰を、与えたいんだ。でも、どんな罰がそれに見合うか分からないんだ。死ぬべきかとも思う、でもどんな死なら釣り合うのか分からない。他に思いつかないのに堂々巡りで・・・・・・その間に少しだけ昔のこと思い出して・・・・・・」




その先を語ることなくコンラートは眠った。グウェンダルはコンラートの涙をぬぐい、そして、泣いた。















どれだけ時間がたったのだろうか、グウェンダルはコンラートの傷を癒した上で簡単な手当てをして傍の大きな木にその体を預けた。救助が来るまで朝までかかるだろうか・・・・・・心配しているだろうがすぐには見つかるまい。湖で冷えた体には夜は寒く、木の枝を集め魔術で火を点け暖をとった。これで少しは見つけやすいだろう。

コンラートの横に座り、自分も同じ木に体を預ける。巨木は二人の兄弟に休息を与えるには十分に大きく、すこし温かかった。

ただ、空だけを見ていると目まぐるしく星が動いていた。時間の感覚もおかしくなったのだろうか、傍らの弟を見る。彼が眼を開けばその中にいつも銀色を星を見ることができるのにと思った。

そして、空が白み始めた頃、コンラートは目を覚ました。グウェンダルは緊張したが、コンラートの瞳は空ろだったがが表情は幼かった。そして、



「ヴォルフラムは?」



と聞くと、目を丸くしているグウェンダルが胸に持つ「ヴォルフラム」見つけたとばかりに奪い取り」、抱き寄せて笑みをこぼした。森の中と同じその光景にグウェンダルは泣けばいいのか、笑えばいいのか迷い・・・・・・「二人」の笑顔に合わせて笑った。



「コンラート、ヴォルフラムは眠っているのか?」

「眠ってる?何言ってるの、起きてるよ。ほら、こんなに笑ってるじゃない。もう、夜なのにヴォルフラムは珍しく夜更かしだね」



「眠っていない」。その言葉にグウェンダルはコンラートが今回のことをなかったことにした・・・そう判断した。それにも、グウェンダルは悲しめばいいのか喜べばいいのか迷い・・・・・・どちらもせずにコンラートの手の中の「ヴォルフラム」を撫でた。コンラートはグウェンダルにも微笑みかけた。



「これからルッテンベルクだね、ヴォルフラムは前から行きたがっていたから・・・あはは、そんなに嬉しい?」

「ルッテンベルク・・・行くことが分かっているのか?」

「何言ってるの?ずっと、一緒に旅をしてきたじゃない・・・あれ、でもなんでこんなところにいるんだっけ?
どうして?・・・どうして、どうし」

「コンラート!・・・私が連れてきたんだ、その3人で過ごしたくなって」



コンラートの瞳が陰り、手が再び首に伸びるとグウェンダルはその手を制止し嘘をついた。コンラートはぽかんとした顔をしたが、しばらくすると「・・・そっか」と胸の「ヴォルフラム」を抱きなおした。そして、笑顔になる。



「グウェンダルもついてきてくれてありがとうね。ヴォルフも楽しかったって言ってるよ」

「・・・・・・・・・」

「勉強で忙しいのに、ついてきてくれてありがとう。楽しかったよ」

「・・・・・・・・・ああ」



どこまでついていけばいいのか、ぼんやりと馬車の中で思ってきたこと。どこまで行けばいいのか、何をすればいいのか出来るのか・・・・・・そして、何をしたいのか。



「嬉しかった兄弟みんなで旅ができるなんて思っていなかったから、おれもヴォルフもうれしい。
 また、ルッテンベルクから帰ったら一緒に遊ぼうね」



ふわりと笑うコンラート、それが別れの挨拶と気がついたときグウェンダルの唇は自然に言葉を発した。



「いや・・・・・・いや、いいんだ、コンラート」



不思議そうな表情のコンラートの「ヴォルフラム」に触れ、確かに感じる荒い網目の感触。これはヴォルフラムじゃない。

それでも、コンラートと私の間には確かにヴォルフラムに対する、注ぐ対象がいなくても、まだ生まれてくる感情が、後から後から湧いてくる。その感情は誰かに、何かに注ぐことがなければ、心の中に溜まり決壊してしまうのかもしれない。

例え、例え・・・ヴォルフラムがいなくても、私たちが、コンラートがヴォルフラムを愛していることには変わりはなく、そしてそれは「誰か」を愛さなければ、時に心を傷つける刃となる・・・だから、「ヴォルフラム」は、確かにヴォルフラムなのだ。私とコンラートにとって、まだもういない弟への感情が失われていないように。

戸惑いと満月の白さを映す瞳でグウェンダルを見返す彼の手から離れ、コンラートの右手に触れる。動かないそれは、でも確かに温かい。対照的に「ヴォルフラム」はなんの温もりもない。

でも思い出す、ヴォルフラムがどんな温かさだったか、声だったか、笑顔だったか・・・・・・ほら思い浮かべれば見ることができる。愛さえなければこんなものを見えなくてもいいのに、その愛だけはどうしても失えない。どんな痛みを伴っても、失いたくないのだ、それだけは。私もコンラートも。

檻の向こうからでも手を伸ばすことはできる、三人で檻の中と檻の向こうで一緒にいることはできる。





「一緒に行こう」




三人で一緒に、そこが幻でも地獄でも。















...... end and to be continued ......














2009/12/31