金色の髪がふわふわと日溜まりの匂いを漂わせているあの子


彼をずっと探していた



そして、探している俺の後ろをずっと誰かがついてきていた


ぴったりと、俺を逃がさないかのように

















「 な く な っ た 」 間章1


















小さな、小さな、とてもかわいいおとこの子。

少しだけ人見知りがちなその子は、それでもこらえきれない湖底の瞳は好奇心を覗かせて見知らぬものにチラチラと振り返ったり、逆に振りう返られたりすれば大げさにカーテンの陰に隠れたりしていた。






(・・・・・その度に頭をなでてあげると、胸にしがみついてきて金色のつむじを顎に押し当てたっけ)






影を感じさせない明るい笑顔はその心の内に持つ不器用なやさしさを人に伝える。
心を開かないかぎり、口元をへの字にしているかそっぽを向いているその子はひとたび心を開くと笑うと本当にきれいに笑った。





(・・・・・・心にどんな深い闇を持っていても、「きれい」に笑える俺とは違った)





やわらかな指先は指を真っ赤にするまで相手を離さない。だれにでも愛されるその子は不思議と誰かを好きになるとその人のことしか見えなくなるほど、その人じゃないと嫌だと泣いた。






(身も心も誰からも愛さえたあの子はなぜ俺の手を離すのをあんなに嫌がったのだろう・・・・・・)









ああ、あの子はどこだろう?


ずっと探しているのに



カーテンの影も クローゼットの中も ベッドの下も


全部全部、探したのに



庭園の森の秘密基地も 馬小屋も 見落としがちな大樹の影も


ぜんぶぜんぶさがしたのに











あの子を探している間、どことない後ろめたさ、歪みを感じている。

誰かに追いかけられてる、誰かは俺に振り返って欲しがっているのに俺はその子を探すのに必死で誰かに振り返られない。


どうしてもあの子を見つけられない俺は、後ろを振り返られないままあの子を探し続ける。











もう、かくれんぼはやめようよ。

もう、あんなに日が落ちて空が真っ赤だよ。

もう、こんなに夜の風がやってきて手が冷たいよ。




ほら、帰ろう・・・・?




(はやくあいたい)




どこにいったんだい?

俺が探しに行くのを待っているんだろう?

お前はいつも、探しに行かないとすねてクローゼットから出てきてくれないんだから・・・・・・




(そうだ)




母上が自作の花を植えるために作った庭園、あそこなら・・・きっと、お前がいてくれるよな?













「・・・・・・コンラッド」




黒い髪、黒い眼。とてもきれいで優しげな造作をしてるのに、それに見合わない空ろな空気をまとっていた。

それなのに急に刺すような拒絶に変えてその子は振り返った。その視線が俺の胸に突き刺さって、そこから黒いものがすこし漏れた気がした。




「・・・・・・ユーリ?」




違う、この子じゃない。

でも、この子も探していた。急に消えてしまったあの子と一緒に消えてしまった大切な子。

ずっと探していた、あの日から。




(・・・・・・・・・あの日?)




それはいつ?

あの子はいつ消えた?この子は・・・・いつ?





でも、目の前のこの子は消えてなんかいなかった。確かに目の前にいて、待ちわびていたように口元を笑みの形に歪ませた。やさしい造作に似合わない殺意とも似た強い感情の刃をもう一度俺の胸に突き刺す。中に隠れる何かをこじ開けるかのように。

会いたかった、この黒髪の子に、会いたくてたまらなかった。この子まで消えてしまって、気が狂いそうになって・・・・・・でも、ここにいる、じゃあ、あの子は・・・・・・・?






「自分のやったことなんだから」












連れ去られたあの子、それを追って消えた目の前の子。

俺は探した、自分の一部を取り戻すかのように探した。






(・・・・・・俺の、やったこと?)






踏み込んだ部屋、捕えられた黒髪の子。あの子は?あの子がいない、どこに行った!?





(・・・・・・俺は、何をした?)





その先は赤、赤、赤。闇の色さえ染め上げうかのような赤い、血の海。






(・・・・・・俺は、何をした!?)






黒髪の子が叫んでいる。全身が赤くなることに気が付きもしないほど、胸に抱いたものしか見えていないようだった。叫びと涙をまぜ、その子は咆哮を上げていた。


・・・・・・・そして、その子は真っ赤になった「何か」を抱いたまま振り返る。空虚なのに確かに刃をもった視線。静かに断絶された向こうから決して許さないと、忘れさせてなどやるものかと。


・・・・・・「お前がヴォルフラムを殺したくせに」・・・・・・・












「ヴォルフラムの葬儀だよ」




黒髪の子の言葉で刺さっていた刃が横に振りられ、一閃した。俺の胸からは切られた線上にどろりと黒いものが噴き出して、中身がこじ開けられ、暴かれる。


その言葉が脳にしみこむ前に「捕まえた」 という声を背後に聞いた。




・・・・・・・誰だ!?








・・・・・・ようやく気がついた?・・・・・・






どこかでみたことがある姿だった。


ダークブラウンの髪、薄茶に銀色を散らした瞳。俺の胸程度の背丈。まだ少年と言っていい幼さの中に、不相応な落ち着きとはりつけたような形だけの笑顔。


そして、その瞳の中には形だけの笑みでは隠せるはずもない殺気が宿る。いや、隠す気などないのだろう。俺からあふれる黒いものを見て、くすりと笑った。あの子とは全然違う、悪意のための笑み。






・・・・・・やっと思い出したみたいだね、何をして、何が起こったのか




・・・・・・何が起きたんだ?





聞き返すと、悪意の笑みを憤怒の形相に変えて見覚えのある少年は怒った。

まだ、知らない振りか。往生際の悪い。

知ってるくせに、まだ自分で知っていることから逃げるつもりか。

あの子を探すふりをしながら。

その血塗られた腕を抱えたままで。





殺したんだよ、その腕で



・・・・・・腕?



そうだ、その・・・・・・・・・右腕で



・・・・・・右腕で?






そう、その多くの命の果てにヴォルフラムの命までも奪った汚れた腕で。








































廊下の奥の長椅子に銀色の髪が揺らめいている。誰かが座っている、うなだれているようだった。その傍らのろうそくの明かりが一層彼の長い髪をその炎の揺らめきとともに揺らめかせていた。

ろうそく・・・?ああ、そうかもう夜だったな。

時間が流れることなど忘れていた。すでに月明かりが窓からさしている。今日の月は半月だった。半分がかけた月。ふと自嘲したくなる、別に自分と何か関連があるわけではない。ぼくは月じゃない。



「フォンクライスト卿・・・大丈夫かい?」

「・・・・・・猊下」


うなだれた顔を月光にさらすとフォンクライスト卿の憔悴した表情がありありと見て取れた。ここ数日まともに寝てもいないのだろう。ぼくも仮眠を少し取った程度だったが、彼は一睡もしていないようだった。



「ウェラー卿は一命を取り留めたんだろう?・・・よかった本当に」

「はい、ギーゼラがいうには命に別状はないとのことです、発見が・・・早かったですから」



発見。ウェラー卿を最初に見つけたのはフォンヴォルテール卿だった。
そして、その次に有利が見つけた。自らの右腕をずたずたにしたウェラー卿コンラートを。

発見した二人は錯乱状態となり、強大な魔力をもつ身でありながら二人とも簡単な治癒すら行えなかった。フォンヴォルテール卿はウェラー卿が自ら突き刺した剣を抜くことしか頭に思い浮かばず呆然とその剣を抜こうとする行為を繰り返すだけで、有利はその現場を見て、錯乱し魔力を暴発させた・・・・・・城のみんなは大事には至らなかったが、それは有利の魔力の暴発先が原因だった。



「猊下、陛下は・・・もう大丈夫ですか?」

「うん、一応ギーゼラに眠らせてもらってるけど、多分もう自分を傷つけたりはしないと思う」



暴発した魔力の矛先は有利自身だった。

ただ、感情の暴走によって暴発した魔力は強大だが稚拙で、有利に深刻なダメージを与えることはなかった。身体的には、だが。

強大な魔力の暴発は「彼」の葬儀を終えたばかりの魔族たちにも知覚された。まずはフォンクライスト卿がウェラー卿の部屋に駆けつけ、すぐさまギーゼラと城中の医療班を呼んだ。おかげでウェラー卿は一命を取り留めてくれた。抜き身の剣の刃を握り締めた左手から剣を取り上げるのは相当難儀だったらしいが、ぼくはその場にはいなかった。


そうぼくはその場にはいなかった、有利の傍にいた。彼はウェラー卿が傷を癒すものたちに運ばれていく光景を魔力を奔流させながら見つめ続け、ウェラー卿の姿が見えなくなった途端気を失い、その場に崩れ落ちた。ウェラー卿の血が飛び散る床の上に。


「猊下・・・・・・その、本当に陛下は」

「・・・・・・肉体的には無事だよ。君の娘さんのおかげで今は夢も見れないほど深く眠れてる・・・と思う」


確証はなかった。有利の精神状態は危険だ、ぼくはうわごとのようにこぼれていた有利の言葉を思い出す。





・・・・・・「おれのせいだ」・・・・・・

・・・・・・「聞こえるんだ、みんなの声が。ヴォルフラムが死んで悲しい、うれしい、どうでもいい」・・・・・・

・・・・・・「聞きたくないんだ、もう憎みたくない。全部おれのせいだから、ヴォルフが死んだのは」・・・・・・

・・・・・・「でも聞こえるんだ。もういやなのに誰も傷つけたくないのに、もうたくさんなのに」・・・・・・

・・・・・・「それなのに、聞こえないんだ」・・・・・・

・・・・・・「コンラッドの声だけは聞こえないんだ」・・・・・・





有利の強大な魔力をこれほど憎んだことはない。彼は「聞いて」いる・・・・・・自分の魔力で誰かが死んでしまった「彼」に関する話をする内容を。多分、あのメイドたちの話を聞いたときからだろう・・・気が付かなかったことが自分でも歯がゆい。有利はそれを聞くことで苦しんでいたのに。

もっとも、だからこそ有利は遠い場所にいたはずのフォンヴォルテール卿の声が聞こえた。なぜあのときだけ、フォンビーレフェルト卿のことではない言葉が有利に届いたかはわからないが、だからこそウェラー卿は一命を取り留めたのだ・・・・・・もし万が一彼にまで死なれたら有利は・・・・・・その先を考えるのはやめよう。鮮血に染まった部屋を見てぼく自身真っ白になった。すぐに正気に返ったのは有利が危ないと感じたからだ。


苦しむ彼に法石を用いて魔力を抑えさせることはぼくにとっても難儀だった。


それでも実行できたのは、大賢者の知識のおかげと、法石を用いたときに有利が「村田、聞こえにくくなった・・・ありがとう」とつぶやいてくれたからに過ぎない。法石は肉体的には有利を弱らせることになったが、精神的には効を奏したようで有利は自らを傷つけることをやめてくれた。

それでようやくぼく自身倒れるように数日ぶりに眠りに落ち、さっき自室としてあてがわれている客室のベッドで目が覚めたばかりだった。

たいした時間眠っていたわけではないようで、目を覚ますと「まだ眠っていたほうがいいですよ」と傍らにいたギーゼラがささやいた。「眠れそうにない」と首を横に振るぼくに、心配した表情のギーゼラは何も言わずに水を差し出して、「陛下とコンラッドは無事です」といった。そして、眠気を誘うためにようやく少し回廊を歩いてみようかという気になったのだ。

ぼくの言葉にフォンクライスト卿はようやく安堵した。主の無事でようやく憔悴した表情がいくらかやわらいだ。


「そうですか、よかった本当に、本当に」


あの時、当代魔王に強い忠誠心と敬愛を抱いているフォンクライスト卿に「ウェラー卿を頼む」ととっさにぼくが指示したことを思い出した。

そうだ、彼はずっとウェラー卿の傍にいたんだっけ・・・有利の安否を確かめる間もないほど。罪悪感で肺の奥が痛んだ、彼はぼくの命令に従い、有利のことしか考えられなかったぼくのせいで主の安否さえ確かめられていなかったのだ。

「ありがとうございます」と小さな声が耳に届く。心からの安堵の表情だった。そうだ、ようやくぼく自身安堵することができたのだ。フォンクライスト卿のことを考えることができるほど。有利の元を離れられるようになったほど。

ずっとずっと彼がいつ自分自身を殺してしまうか、気が気ではなかった。何日がたったのだろう?これだけの安堵を手に入れるためにどれだけの時間を費やした?

今はこんな風に廊下を歩くこともできるようになったのだけど・・・彼は?



「・・・・・・ウェラー卿は本当に大丈夫なの」



不意についた疑問。一命を取り留めたというギーゼラの言葉を疑ったわけではない。しかし・・・彼は自分で自分を斬ったのだ。身体は無事だとしても心がそうでなければ、いずれまた・・・・・・。

フォンクライスト卿は再び憔悴を薄紫の瞳に宿した。うつむいて見えなくなった彼の顔に、ぼくは再び彼にかけたここ数日の疲労に思い当たり、そのことに気が付かなかった自分を恥じた。

そう、思い知った。ぼくは自分のことしか考えられなかった。有利を失わないことしか考えなかった。



「・・・・・・ごめん、君も疲れているだろう。ゆっくり休んで・・・・・・」

「・・・・・・もう、動かないそうです」

「?・・・何が?」

「コンラートの右腕は」




金色の髪とかきれいなアルトが聞こえなくなったことで、ぼく自身その時何かをなくした気がした。そして、今度もまた何かを見失った。そんな気がした。



誰のせいでフォンビーレフェルト・ヴォルフラムを失った、そう言えればこんな苦しみは知らないで済んだだろうに。フォンクライスト卿も、有利も、ぼくも。

・・・・・・・・・そして、ウェラー卿も。


























ぴりぴりとすでに直ったはずの右腕の傷が痛みを発していた。これはどこでつけた傷だったろう?その腕が犯した罪に比べれば、あまりに小さな傷だったが・・・だれかの罰だったのだろうか?

一瞬眼窩の奥に映ったに一面の赤い視界と裏腹に手ごたえは覚えていない。

思い出そうとして、胸からあふれる黒いものが余計に増して、必死に抑える。あふれるたびに流されていく。あの子の笑顔、泣きじゃくる顔、拗ねて頬を膨らませている顔。思い出せるのに、赤い光景に流されてしまう。さっきまで思い出せたのに・・・知った、から?

少年はそれもお見通しだと笑うと、ある方向を指さした。




・・・・・・・分かったろう、さあお前の部屋に帰るんだ。そこにある。



そこにある、ああ知っている。そこにある。



・・・・・・お前が一番望んでいたことだろう?さあはやく・・・・・・




ヴォルフラムを殺した右腕を切り裂くための刃が、そこにあるはずだ。少年の手を取ると彼に導かれるままに俺はその場所へと歩き始めた。





・・・・・・最初から、こうすればよかったんだ






なのに、どうしてさまよっていたのだろう?





































......to be continue......
























中書き