「 なくして 」 プロローグ「旅立」 









 

 

ぽっかりと空いたまどろみの空間。不意に現れた心の隙間。主が眠るその場所で邂逅するものたちがいた。
邂逅するものたちは二人。落ちる人影は三人、いや一人。


 
「・・・・・・なぜお前がいる?」

「分からない、どうして君がここにいるの?」

「おれだって知らない・・・何故だ、お前に会うことなんて有り得ない、不可能なのに」

「うん、有り得ない・・・ねえ、君の仕業?」

「・・・・・・」

 


二人の主は答えない、ただまどろみの中で沈んで、漂っているだけだ。

 

「おれたちが会えるはずない、入れ替わるだけなはず」

「ああ・・・とうとう更に狂ったか?分かりきったことをずるずる先伸ばしにばかりするから、余計なことばかりして」

「・・・・・・分かりきったことではないよ」

 


むしろ、現実は対極で目指すべきものは空気をつかむように分からないままだ。

「ね」と月光のような白い影がまどろみの主の上を横切った。人の形に似たその影は同意を求めるように揺らめいた。その行為に黒い影が苛立った。忌々しいと、まどろみの主の喉元に影を落とす。

 

「だめ、待って。言っただろう、まだ分かっていないって・・・ほら、ヴォルフラムもそう言ってるよ。ね、ヴォルフ」

「その忌々しい人形ごっこをやめろ、ヴォルフラムに対する侮辱だ・・・ヴォルフラムはもう、いない」

 

まどろみの主がぴくりと身体を震わせた。黒い影がそれを見て嘲笑う。白い影はそれを咎めない。主を痛めること、主は決して禁じなかったからだ。そのくせ、無理な奇跡を探して「自分」を作った。いや、「自分たち」を、だ。いやいや、正確に言えば・・・・・・。


 
「これは人形じゃない、おれの大切な弟、ヴォルフラムだよ。生まれたとき一番に抱き上げたのはおれで、それから一緒にいた、一緒に育った、その中でヴォルフを育てるようなこともした・・・愛してた、愛してる」

「そうだ!そして殺したんだ、その汚い右腕で!人形がヴォルフラムの代わりになんかなるもんか!分かってるくせに、おれのやり方しかないんだ!」

「・・・大きな声を出さないで、ヴォルフが驚いちゃうよ。
君はおれを殺そうとはしないんだね、おれは君がヴォルフラムを踏みつけたりする方が腹立たしいけど」

「ふん、それは人形だと言っている・・・お前を殺す?妙なことを、お前をまだ殺すなといっておきながら」

「くすくす、そうだね。おれは君を殺さない、まだ」

「さっさと殺せ、ヴォルフラムを殺した罰だ」

 


黒い影がまどろみの主の鼻先を横切ると、不思議と主は身体の緊張を解き、ふっと弛緩した。まるで長い旅で目的地の影を視界に横切ったように。それを見た白い影は慌てて、碧色の影を主の胸元に押し当てる・・・弛緩した身体は安らぎから抜け出し、再び深いまどろみの中で漂い始めた。


 
「もう、おれたち二人だけじゃ限界かもしれない」

「はっ・・・限界?何の?このくだらない人形ごっこのか?くだらないくだらない、結論を先伸ばしにしているだけだ。結論はもうでているんだから、まさか命が惜しいのか」

「まさか、惜しいはずもない。差し出したいくらいだ。でも、まだ結論はでていないよ」

「馬鹿馬鹿しい、おれの結論以外はない、有り得ない」

「それは楽になるだけだよ、ヴォルフラムの死に見合わない。君がおれにそういったんでしょ?それを探してこいって、どんなに時間をかけてさ迷ってもいいから」

 

白い影はまどろみの主に碧色の影を抱いて頬に触れた。主はまどろみの中でより堕ちていく。白い影は黒い影よりも欲が深く、冷酷だった・・・迅速すぎる死を「逃げ」と見る。


 
「君のやり方は彼を楽にしてやるだけな気がする、おれはそれに納得できない」

「楽になるやり方なんてしない!苦しめる、痛め付ける、購わせてみせる!」

「でも、それは肉体だけの話だろう」

「・・・な、に?」

「死という結論を使えるのは一回きりだ。安易にそのカードを使うことはできない。別のやり方がより最善と分かっても、やり直しがきかない・・・おれはね、君と対極なんだ。最後の最後まで生きて苦しんで、そして死ぬことがより最善ならその方がいいし、他のやり方を、ヴォルフラムを殺したことに見合う何かを見つけるまで君を死なせてやらない」

「そんなもの、あるものか・・・必ずお前を殺してやるよ、近いうちに」

「おれは譲らない・・・でも彼の意思は変わりつつあるかもしれない、分かる?」

「ああ、こいつまたおれたちみたいなのを増やそうとしている」

「結論、急ぐね。君の仕業?最近グウェンダルに邪魔されて君のやり方が全然うまくいかないから?」

「馬鹿馬鹿しい、そもそもおれだけでよかったんだ。後から来たお前だって要らない、おれ以外は邪魔だ」

 

だろうな、と白い影は主を見下ろす。

 

「じゃあ、やっぱり彼が?いつまでも結論がでないのに焦れて?」

「また、余計なことを」

「うん、余計なことをしようとしてるね。でもおれたちは彼には逆らえない」

「・・・・・・ああ」

「だっておれたちはいないんだから、彼が不要になれば消される」



ざわざわと蠢く気配たちが白い影と黒い影の周囲に満ちてきた・・・所詮白い影と黒い影は主に逆らえない。主が意識を放棄したから、作られた手足の延長に過ぎない。いらない、取り替える、と消されたらそれまでだ。

気配たちには二人と同じように主の何かしらの記憶の欠片から作られかけているようだった。その証拠に欠片たちからはなにかしらの感情の色が垣間見える。その中にはヴォルフラムを思わせる碧色も見えた。




「おれたち、消えるのかな・・・?」

「お前はな。おれは消えないさ、こいつが自分への憎悪を忘れるわけない」

「そうかもね、消えるのは役目を与えられていつまでも果たせないおれだけか」

「・・・・・・この気配を見ていると、お前が消えても、おれだけになることはないみたいだな。だと、したら次にはどんな馬鹿がやってくるやら。頭が痛くなる」

「おれは消えるのか・・・寂しいね、ヴォルフラム。お前もおれと一緒に消えてしまうことが寂しいよ。愛していたから、償いたかったのに。愛していたから、もう一度愛することで何かが見つかると思ったのに。愛していたことがどういうことなのか分かれば、最善の道が見つかると信じてヴォルフラムと歩いてきたのに」

「おれは愛していた、だから殺す。一度きりだからなんだ、他の償うことはできない・・・ただ」

「ただ・・・?」

「次にこいつが連れてくる奴がお前よりましなことはないだろう、どんどん狂っていく奴だから・・・だから、もし機会があったら手を貸してもいい」

「どういう意味かな」

「さっきおれが消えてしまうことがないと言ったがひとつ方法がある、おれは一度だけ最善の死に方を知っていた。でも、こいつに忘れさせられた」

「忘れさせられた?」

「おれも思い出そうとしたが、駄目なんだ。こいつに邪魔される。だから」

「だから・・・・・・?」

「だから、その方法に辿り着く方法にお前が、そうだな手がかりでいい、それに辿り着けばおれとお前は同じになり、そこへ行けるはずだ」




蠢く気配たちを見透かすように黒い影が白い影にそう言った。その時、ほんの少しだけ悲しげに微笑んだ。

 



















コンラートはまどろみから目を覚ました。



「・・・・・・」



夢を見ていた気がする。しかし、すぐに忘れてしまうことはいつものことだ。



「・・・ヴォルフラム?」



コンラートの中で何か揺らめくと、コンラートはヴォルフラムを探した。白い影が視界に揺らめき、次にヴォルフラムの碧ではない、森の木々の緑色がさわさわとそよいでいる。弟はどこだ?

森の中だった。確か・・・コンラートの故郷ルッテンベルクのよく知った森だった。小さい頃はここで遊んでいた、ヴォルフラムも来ることはまれだったけど来たときはこの遊び場で兄弟二人で遊んだ。


ピピピー・・・・・・鳥の鳴き声だ。聞き覚えのある鳴き声だった。



碧に近い色の緑色の鳥と地味な茶色い鳥。そのつがいの鳥たちは並んでいると緑色がより引き立って、コンラートはその鳥の色がとても好きだった。しかし、ヴォルフラムは茶色い鳥の方を好んで、お互いに不可解に思い、不思議そうに笑ったこともある。

ヴォルフラムとの好みの違いはコンラートには興味がないその鳥の声を好んだことにもあった。特に茶色い鳥の鳴き声を好み、姿は見えずともその声を聞けばヴォルフラムはすぐに茶色の鳥だと理解でき、はずれた試しはなかった。

だから、コンラートも自然とその鳥の声を憶えた。ヴォルフラムが「あ、あのとりさんだ!」とすぐに振り返るのでとても自然な成り行きだった。コンラートは緑色の鳥の声が好きだったが、そこまでは憶えられなかったことも「新しい記憶」だった。


だから、気が付いた。その鳥たちはすぐ傍にいた。コンラートの頭上をピピピと少しだけ違う鳴き声を混ぜながら旋回し、そして止まった。眠っているヴォルフラムの頭と肩の上に。

思わずコンラートは立ち上がったが、ヴォルフラムに異変はないようだった。深く眠りについているようで、起きる気配はない。ほっとすると鳥たちはヴォルフラムから飛び去った。

起こさないようにヴォルフラムに寄り、そっと抱き上げるとまた鳥たちの声が聞こえる。近くに巣か何かがあるのだろうか?


なんとなく気になったコンラートはその声の方に目をやった。そして、目を見張った。


鳥たちがピピピと周りを飛びまわっている中心は、彼が本来住処としているはずの木の枝の上のものではなく地面の上に落ちているものだった。いや、おそらく元々は枝の上にあったのだろう。半分に割れて、中身が飛び出しているそれは・・・コンラートが作った巣箱だった。


ルッテンベルクにいる間はコンラートは領主の息子である。「若」と呼んで可愛がってくれたみんなや、何より父の傍にいることは滞在する時間の多くをどうしても占める。たとえ兄弟水入らずに時間をみんなが作ってくれることが多くても、そうしてもヴォルフラムから離れないといけないことがある。母が一緒ならそれでいいが、そうでないときは淋しい思いをさせないようにヴォルフラムが好きな鳥が多いあたりにいくつかコンラート手製の鳥の巣箱を設置していたのだが・・・・・・。



「・・・・・・落ちて、壊れちゃった?」


半分に割れ、中野鳥たちが集めたであろう小枝がこぼれている。ああ、彼らは急に住処を失ったんだ。しっかり作ったつもりだったのに、こんなに「すぐ」壊れてしまうなんて・・・設置の仕方が甘かったのだろうか?それにしても落ちただけで割れるなんて、すこしもろいな・・・?

コンラートはヴォルフラムを起こさないように抱きなおすと、そっとその鳥の巣と巣箱の残骸を屈んで見下ろした。よかった、不幸中の幸いか卵はないようだ。産卵期が近いからよかっ、た・・・・・・?



「・・・・・・?」



壊れた巣の中に小枝らしくない丸みを見つけてコンラートは屈んだ。なんだろう?鳥たちが集めて来たにしては大きい、それに誰か人の手によって作られたもののような気がする。作為的なまでの滑らかな丸み、そして色鮮やかな碧と・・・・・・?


コンラートは器用にヴォルフラムを抱いた片手で、それに手を伸ばした。そして、掴んだそれが何をか確かめる・・・・・・・そして。





(その時、確かに聞いた)





コンラートの視界には二人の幼い少年がいた。二人は驚いた目をして「繋がった」と言い、その手をつないだ。




















コンラートがルッテンベルクに送られて2年近い月日がたった、壊れた巣箱を見つかった日、コンラートはその姿を消した。

ヴォルフラムのあみぐるみは置いていかれ、壊れた巣箱の横にやさしく置かれていた。















......  to be continued ...... 




 





2010/03/05