超高校級の幸× 11
αの11
夢を見ている、ずいぶん鮮明な夢だった。その夢には自分の過去が映っていた。
ボクの主観ではずいぶん最近の出来事。
でもモノクマに渡されたファイルからすると実際の時間軸ではもう遥か昔の出来事になってしまっただろう風景。
希望ヶ峰学園に入学する前日、ボクはその校舎を見に来ていた。
この学校に選ばれたことでここでこれからどんな光輝く希望たちに出会えるだろうと夢に胸膨らませて。
自分がそんな場所の一員になれたことを恐れ多く思いながらも、その「幸運」を噛み締める未来への期待……そんなものを抱いて校門から半日は校舎を眺めていた。
(この夢は実際の記憶のリフレインだ)
絶望へ堕ちる未来なんか知らないで、幸せそうな無知な頃のボクはこう思っていた。
今まで知らなかったけれどボクは「超高校級の幸運」なんだ……その誇らしさに胸踊らせてと立派な校舎にもう少し近づこうと手を伸ばす……。
そこでボクの視界は切り替わった。風景が変わる……今度は。
(南国の太陽……ジャバウォック島だ)
今度はジャバウォック島の海だった。みんなが砂浜で皆が思い思いに遊んでいる。
……ああ、モノクマがやって来る前か。
(楽しいな)
素直にそう思っていた。
この程度なら幸運も不運もないと皆で過ごせて、楽しかった。
不思議ととても開放された気持ちだった。
水際で遊ぶ小泉さんやソニアさんや罪木さん、思い切り浅瀬を走る澪田さんと左右田クン。
準備体操に余念がない弐大クンや何やら不穏に楽しそうな花村クン、全力でクロールで泳ぐ辺古山さん、四天王と砂の城を作る田中クン。
水着に着替えていないのは、砂浜で足踏みに熱心な西園寺さん、不機嫌そうな九頭龍クン。
そしてマイペースそうな七海さんと終里さん、何やら考え込んでいるのは十神クンと……。
日向クンだった。
彼は最初から希望ヶ峰学園に来た筈なのにこんなこと理解できないと修学旅行に否定的な感情を持っていた。不機嫌そうな、いや不安そうな顔をしている。
ボクは水際で彼を振り返る。楽しいからこっちでみんなと遊ぼうよと手を振るために。
(楽しいよ、こっちに来たらいいのに)
そう言おうとしたら、日向クンは……えっと?
…………………………
…………………………
…………………………
「……どうしたんだっけ?」
そんな風に呟いて、その声で目が覚めてしまった。
カーテンから覗く空はすでに明るく朝だった。しかし夢でもそうだったが相も変わらずいい天気だ。
「……あの時は日向クンにも才能があると思ってたんだっけ」
枕にうずめた顔を起き上がらせるとここに来て毎夜寝る前に確認して枕の下に入れた「ヒナタハジメ」と書かれたノートがはみ出してしまって視界に入る。
眠いが枕の下に戻す、監視カメラがあるから無意味な行為のように見えるが眠っているときに抜き出されたら気が付くという小細工だった。無論部屋から出た時に持ち去られたらアウトだが。
(結局、七海さんが何でボクにこれを見せるためにここに置いたのか分からないままだな……また「裁判」があれば聞くべきか)
もうページを捲ろうとは思わない……ほとんど白紙のノートの短い記述は暗記してしまった。
ノート、それを置いた七海さん、それ自体知らされていなかったけど今だなにも言わないウサミ、あの五人……そこから何が連想される?
想像しやすいのは……。
「やっぱり、日向クンも左右田クンもソニアさんも九頭龍クンも終里さんも生きているのか……ウサミが泣いてないし」
変な夢を見たからだろう、ボクが憎むべき絶望たちへの殺意よりも無知で無邪気な懐かしい海辺の事を思い出した。
眠りはしたけれどあまり寝た気がしない、あんなことを聞いたからだろうか疲れたままの気がした。
(ボクの幸運をコントロールするとかなんとか眉唾な事だ……いや、あの夢のせいか?)
懐かしい、幸せな夢だった。
初めて希望ヶ峰学園を直接この目で見た日、そして入学の日にジャバウォック島に連れてこられていきなり入学早々ウサミに「修学旅行」といわれてでもなんだかんだでみんなで海水浴をすることになった。
(楽しかったな)
もちろん、実際はボクは記憶を失っているだけで希望ヶ峰学園で入学式も授業も受けて、日向クンと七海さん以外のみんなとクラスメートとなり最終的には……モノクマのファイルにあったように超高校級の絶望となったのだけど。
しかし、ボクの実際の体感記憶としては希望ヶ峰学園へ入学へきてそのままこの島で「コロシアイ修学旅行」を受けた。
そして真相を知り七海さん以外の絶望すべてを滅ぼして、しかしなぜか今は訳がわからないまま七海さんと元に戻ったウサミと暮らしている……という心境だった。
事実を錯覚をしてしまっていることも否めないが、記憶の改竄のせいで主観的時系列が混乱するのも仕方ないだろう……考えてないで下へ降りよう。ぼやぼやしてるとウサミがうるさい。
「あれ?」
ドアが上手く開かない、鍵か?いや何かが引っ掛かって……何かが聞き覚えのある声が聞こえた。
「うつらうつら……はわわ!狛枝クンが先生をローラーの餌食に!?」
「……オハヨウゴザイマス、センセイ」
モノ……いや、ウサミか。
朝になってドアの前で体操座りをしていたウサミ(ただし足の長さが足りていないので、足を投げ出す形となっていた)がいた。
「おはようでち……うううっ!……昨日の事でナーバスな気持ちも分かりまちが、精神を逼迫させる敬語は出来るだけ謹んでくだちゃい……」
「…………」
(ボクの敬語だの先生扱いが何だというんだ、なんだか不本意に学校の怪談にでもなって心境だ……なら黙ってやるよ)
無言になると目があって「昨日のこと怒ってまちぇんか?」と言われたので、無言で横に首を振って一緒に朝食の準備となった。
怒っていないと分かると、割とあっさりウサミはいつものらーぶらーぶモードになって鼻歌を歌い始めた。ボクは無言でその指示に従った。
「狛枝クーン、先生のお皿も並べてくだちゃーい」
「……」
無言で朝食のパンケーキを食べる。火力が無い割りにいい色に焼けたと思う。
「はーい!ではいただきまーち!……おいしいでちか?」
「……ハイ」
「け、敬語は結構でちよ……あ!狛枝クン昨日言ったみたいにお膝に乗せて一緒に食べられたらくれるとうれちーなー……なんて……はわわっ!!?」
「………」
言う通りにしたのに、何でいつも不満そうなんだ。このウサギ、たまには喜べばいいのに……なんだかつまらない。ならもっとサービスしてやるよ。
「いやああああああ!!死んだ魚の目で無言でやさしく持ち上げられて、そっとお膝に乗せられたー!やめてー!うやうやしくあちしの膝にナプキンかけないでー!」
「……センセイ、ドウソオタベクダサイ」
「きゃああああああああ!?虚無の目で一口サイズに切ったパンケーキを丁寧に口元に運ぶのやめてー!八大地獄に落ちるー!」
ボクは閻魔大王か。
と、いらっとくるのが過ぎて結構楽しくなってきた頃に後ろから声がかけられた。
「おはよう、今日も二人はらーぶらーぶだね」
「七海さん?おはようございます……おはよう」
ダイニングにいつの間にか七海さんが後ろに立っていた。敬語で挨拶されると氷点下の眼差しを向けられたので咄嗟に言い直してしまう。
七海さんはやはりウサミより怒らせると怖い。
しかし全然気配を感じなかった、すごいな。本当は彼女は超高校級の忍者か何かだろうか……昨日と同じようなラフな格好で今日は前に持っていたウサギのリュックを担いでいる。
「昨日はびっくりさせて、ごめんね。私も早すぎたと後で反省したよ」
「……別にいいさ、今までもそんな風に言う人が滅多には居ないけど0でもなかったし」
昨日の「超高校級の幸運制御装置」についてボクの中では結論が出ていた。二人は騙されているのか、もしくはそういう可能性を大げさに言っただけなのだ。
「私たちが、嘘つきだと思う?」
「そんな理由ないでしょ、とにかく今日も……」
「色々話したい事もあるけど……まずは「とっておきの強制労働」に行こうか」
「……うっ」
しまった、それがあったか……幸運なんとか装置の衝撃で忘れてた。
「……狛枝クンが私たちの「幸運制御システム」を信じられないのはわかるけど……まあそれでも今日も銅像を作ってもらうね?」
「……ハイ……」
そこから三日間は、驚くべきことに何事もなく過ぎた。
銅像計画の設計書と3Dプリンターによるミニチュアの型番の作成は精神に多大なダメージを与えたが、とにかく最初の三日間の殺伐とした雰囲気が嘘のように穏やかに時が流れた。
(※希望のポーズの30枚写真の選別は辞退させてもらった、発狂しない自信がない)。
裁判から五日目にボクは「モノミ」たちを引き連れて島の森を歩く、今日は木材や鉱物の採集らしい。
今はウサミは「ちょっとお仕事」ということでいない、七海さんがボクらの後方で指示する形となった。
リュックには何が入っているのだろうと思っていたら、中から大きなメガホンが出てきた。
「狛枝クンー!今日も希望の銅像づくりガンバロー!」
「……はー」
「狛枝クン、足元ちゃんとみてねー!」
「……はーい」
絶望に項垂れながら……本当はそのふりをしながら、ボクは採集をするフリをしながら七海さんから離れた。
ボクとロボットのモノミたちとの共同作業はお馴染みになりつつあった。
朝はウサミと過ごして、それから七海さんとウサミと「モノミ」たちとで「強制労働」を行う。夜は三人で食事をして寝る。
……なんの幸運にも不運にも見舞われない日々。
(……楽しい)
お約束みたいなウサミとの会話、穏やかな七海さんの笑い声。
ウサミと七海さんの傍でこうしているのが……楽しいと感じてしまう。
まるであのジャバウォック島の皆との海水浴のように解放された気持ちだ。
(いつ崩れてもおかしくないんだ、期待するな)
ボクの幸運があるかぎり、真相がわからない限り、ボクが超高級級の絶望だった限り……あの海水浴と同じ様にすぐ壊れてしまうと思わない。
今がずっと続けばいい、なんて思っちゃ駄目だ……。
「コマエダクン?」
「ダイジョウブデスカ?」
「……うん、ダイジョウブだよ」
この「モノミ」たちともずいぶん慣れた、慣れすぎるくらいに……駄目だ、心を許してはならない。
これはきっと手品だ。
不思議な魔法のようにうまくいっているように見えてちゃんと手品にはタネがある。ボクはその当事者でなおかつタネを知らないのだ。駄目だ、警戒心だけはなくしては駄目だ。
「ダイジョウブ!」
「コマエダクンゲンキ!」
「ドーゾー!ジュンビバンタン!」
「んんううっ…!…やっぱり逃げられないよね」
現実に引き戻される。銅像、どうぞう、ドウゾウ……ポーズをとらされないだけ採集はマシかもしれないがここで採集したものが、ボクの銅像というものに組み込まれるかと思うと……頭痛が再開してきた。
「あんなメッセージ言うんじゃなかった、調子に乗りすぎました。ゴ……ボクの考えが足りませんでした、すみません。ごめんなさい、銅像は勘弁してください。
いやむしろやめるべきなんだ!資源の無駄はよくない、ボクの精神も破壊される!ロクなものができそうにもない!ボクと人類と環境の三方の全てが悪くしかおさまらない!これは中止する勇気を持たないといけない場面だよ!」
「狛枝クン、なんだか勘違いしているみたいだけどこれ罰ゲームじゃないよ?困ったときは相談してね?」
どうやら本気で言ってるらしい七海さんだ、罰ゲームだから辛いんじゃないと言い返す気にもなれない。
銅像、銅像、銅像……考えてもどうしようもない。
それより何か他のことを考えよう、実際色々考えないといけないことがある。
そっちに気を向けて、足元の草むらが崖から遠いことを加味して思考に意識を向けた。
考えなきゃならないこと。
日向クンたちの生死と行方、七海さんとウサミの真意、ボクがどうして生きているのか。
(あと……幸運制御装置とかいうふざけた名前の装置の詳細)
ただの絵空事だと思うけれど、あの二人が嘘をああも神妙につくとは思えない。一応今日までは平和だがこういうのは返って前触れだ。制御なんて出来るわけない。
なら誰かが冗談で作ったものを鵜呑みにしているのか?ウサミはともかく七海さんまで?
……もしそうなら誰が作ったのか知らないが、会ったら世の中には彼女らのように騙されやすい人種がいることをたっぷりと思い知らせてやらないといけない。
「コマエダクン、バツゲーム?」
「コマエダクンウナダレテル、ビョウキ?チュウシャチュウシャ!」
「テンテキ!トウセキ!ケンオン!」
「カテーテル!デンキショック!」
「ゲカシュジュツ!ナイゾウテキシュツ!」
足元をちょろちょろしている大量の「モノミ」がだんだん物騒なことを言い出し始めてきた。
「それ多分普通に死ぬから、やらないでね」
主に内臓摘出とか、絵面もグロいし。
「そうだね……死んじゃうね」
「…………」
七海さんがぽつりとつぶやいた、どこか沈んだトーンだ。
メガホンをおろすと「ちょっと休憩しようか、山道は急ぐと危ないし」とモノミたちに休憩を言い渡した。予定の休憩時間よりも結構早い。
四方に散っていくモノミの中で、とりあえず水筒を取り出す。ちらりと彼女を盗み見た、どこか遠いところを見ているようだった。
……もしかしたら彼女が見ているのはボク自身は見たはずもないものかもしれない。そもそも本当にあったことなのか工場の倉庫に入ったあたりの記憶が曖昧になってしまったけれど……。
あの計画通りに実行されたならボクは結構グロい死体(ではないかもしれないが、弐大クンの件もあるし、何よりボクはまだ生きている)になっていたはずで……それはほとんどボクの仕業なんだけど。
……七海さんは無意識に殺人をさせられたことを思い出したのかもしれない。
「ねえ七海さん、聞いてもいいかな」
「ん?なになに?」
水筒のお茶を渡すフリで近づくと七海さんに特に気にした様子はなさそうだ。ボクが渡すまでも無く彼女の手には水筒のカップがあった。
気のせいか……それならよかった。ほっとした……だから核心をつく質問した。
「どうして君はボクの部屋にウサミにも黙ってノートを置いたの?」
「…………そんなこと?狛枝クンをびっくりさせようと思っただけだよ?」
返答までに妙な間があった、やはり何かを隠しているのだろうか……。
そんな「びっくりさせようとした」なんて理由なら、裁判の時にボクの「七海千秋は狛枝凪斗を動揺させる目的で「ヒナタハジメ」のノートを置いた」という質問に即答しているはずだ、黙秘する理由がない。しかもウサミに黙ってそれをやる理由がない。
七海さんは嘘がつけないあの「裁判」で何かを隠した、そう感じる。
それを裏付けるように結果としてボクはウサミに危害を加え、裁判が前倒しになってしまったのにウサミはそれには触れない。
そして、七海さんもそれを話題したりすることはなかった。
「嘘だね、ボク風情がおこがましいだけどさ、違和感があるんだよ。
もし君がただのサプライズとしてボクにあんな意味深なタイトルと内容のノートを見せたとしよう。
でもそれでボクはウサミを攻撃した、ボクの知らないところで君がウサミに謝った可能性はある。でも七海さんならその後にボクにノートを部屋に置いた理由を説明しようとするんじゃないかと思うんだ。そうでないと、こんなゴ……」
ゴミクズと言おうとして発音がうまくできない、そうだ設定変更で電気ショックはないけれど発音自体ができなくなったんだっけ。
「……状況がハッキリしなくて挙動不審なボクがまた同じことを繰り返さないために、ボクの知ってる七海さんの性格なら裁判が終わっ次の日の朝にでも「びっくりさせようとしただけだから、ウサミを二度と攻撃するな」という方が自然な気がするんだよね。
ウサミも不自然だ、ロボットだから価値基準がずれている可能性もあるけれどボクに七海さんの行動の説明くらいはやりそうだ」
「……いやはや、狛枝クンはとても私を買いかぶってるね?残念だけど私あんまり対人シュミレーションゲームは得意じゃなくてねえ、今度一緒に練習しない?」
七海さんはポーカーフェイスを崩さない。
ウサミの方がやりやすかったろうか?……いや、多分変わらない。
だって、これはあの「修学旅行」の時の二人の雰囲気に似ている。
モノクマに良いように翻弄されても生徒に疑われてもウサミは何も言わない。
七海さんは一人だけ絶望の中に紛れた存在として「裏切り者」としてのそぶりを一切見せない。
二人の共通点は本当のことを何があっても決して言わなかった事、それゆえにボクはモノクマに知らされてはじめて知ったのだ。
だからボクはいくら図々しくても彼女への質問を、推理を止めない。
「七海さんの行動は全然君らしくない。
だからボクの推理はこうなんだ……日向クンはやはり生きていて、君にそうするように頼んだんだ。それなら君の行動に矛盾が出ることに説明ができる。君が別の人間の思惑で動いているならしっくり来る」
「…………」
七海さんは背を向けると少し歩き出した。
走り出して逃げてしまうのではと思ったが、ゆっくりした足取りだった。あわてて追いかける、距離はとっているけど小さな崖もあるのだ。
「ねえ、日向クンは、あの五人はやっぱり生きているんじゃない?」
「どうしてそう思うの?」
「七海さんの行動が不自然だから」
「そんなにおかしいかな?私ってそんなに一回のミスもしなさそう?」
「君はコロシアイの時、捜査でも学級裁判でも油断無く慎重で鋭かった。ボクには君がそんなミスをするとは考えられないんだ」
「……私って機械みたい?」
「は?」
思わぬ切り返しに虚を突かれる。デリカシーの無い発言だったろうか。
「……いや、そういう意味じゃないけど……いざという時は冷静沈着で正確無比だってことだよ」
「ふーん……狛枝クンは日向クンに会いたい?」
「……生きてるなら、少しね」
またコロシアイになるかもしれないけれど……とは七海さんには言わなかった。バレているだろうけど。
「ねえ狛枝クン、やっぱり君はみんなに会いたいんじゃないかな……?」
「……会いたいよ」
殺すため、殺すためだ……海水浴の夢がちらつく、でも振り払う。
ボクは銅像がほしいんじゃない、超高校級の希望になりたいんだ……海水浴もこんなわけの分からない状況も望んでなんかいない……。
それなのに、ボクがいった一言で彼女は張り詰めたものが解けるように……目を見開いて、涙を、浮かべた。
「ほん、とう……?」
「七海さん?……ご、ごめん、泣かせるようなつもりは無かったんだけど」
「本当に?本当に狛枝クンは日向クンたちに会いたい?」
「え?……う、うん」
穏当な意味で無いと彼女なら問題なく察すると思っていたのに、まるで縋るような足取りで彼女との距離が縮まっていく。
「会って、みたいよ……どうしているか知りたい」
「なら……会えるかも」
「え!?」
「会える……と思うよ?」
その時、振り返った七海さんがひどく妖しく微笑んだ気がした。
見た事のない彼女の空気に動きが数秒止まってしまった、そっとたしなめられる様に頬に触れられる。その仕草は彼女に不似合いに妖艶だった。
「でもね最初に言ったよね、疑問があるのはよく分かる。ちゃんと教えてあげる、でもそれは……」
それは最初に、この島で二度目の目覚めを迎えた時に告げられた言葉。
「それも「学級裁判」でね」
七海さんは微笑んでいた。どこか遠い場所を夢見るように、ボクを通してどこか遠いところを見ているようだった。
何を見ているんだ?……生きているかもしれない、日向クンたちを?
……やはり彼らは生きているのか?超高校級の絶望たちは生き延びたのか?
(もしそうなら、ボクはまた彼らを殺さないと)
シャベルを握る手に無意識に力がこもる。そして脳裏をよぎる疑問。
ボクは彼らをもう一度殺せるだろうか、超高校級の希望になるために彼らを殺せるだろうか。
「三日後にまた「裁判」があるから、そこで今度こそ教えてあげる。あの後何があったのか、狛枝クンがどうして生きているのか」
「……三日後……」
そこで全てが分かるんだ、でも……七海さんの笑顔に疑念を拭えぬまま日は傾きかけていた。
夜の月を見上げる事が寝る前の習慣になってきた。今日も月がきれいで、波の音は心地いい。
「三日後、か……」
またあの裁判場に行く、今度はスタンガンで気絶でないのだから建物をよく観察する事もできるだろう。
そこで日向クンたちの生死、あの島で行っていた事はなんだったのか、どうしてボクが生きているのか……知る事ができる。
「……本当に?」
確証は無い、あの「真実ノート」という嘘発見器も本当かなんて分からない。
でも……今は彼女を疑いたくない。
例え何かを隠していても、希望側である未来組織が、七海さんがウサミが絶望たちを放置はしないはずだ。手緩くても放置は無い、だから……今は二人を信じよう。
明日も早い、開け放した窓を閉める。金具の音一つしない整備された窓の鍵を捻ろうと窓枠の端に手を伸ばし――
それが、目に入った。
『ダマサレルナ』
ダマサレルナ、だまされるな……騙されるな?
「…………!?」
窓の鍵の、斜め下にナイフか何か硬く尖ったもので薄い傷が走っていた。
月の光に紛れれば反射で消えてしまうような儚い……それは……短い警告の文字列だった。
ぞわりと背筋が冷たくなる、声を上げないように手を口元にやってしまう。しまった、ここには監視カメラがあるはずだ、不信に思われたら終わりかもしれない……!
いや、何をしているんだ、これだって信用できるのか分からないのに……!無条件に信用できない……いや何より。
(これは……誰が!?)
この部屋はボクの外出時にロックされているはず……ウサミの監視をかい潜ってここでナイフか何かでメッセージを彫った?
誰がそんな事を……監視カメラだってあるのに、どうやって。いつ!?そもそもいつからこのメッセージはあったんだ!?
動揺を隠すために口元を塞いでいた手を顔から離し、震えないように窓枠に置く。頭がぐらぐらする、腕が小刻みに震えている。そして――不意に撫でた窓枠に違和感。
指先でなぞると文字が刻まれている―――それはさっき見たものよりもっと長い警告だった。
『かんしされている、きずいたことにことにきずかれるな』
『みずにゆびさきでよみとれ、そうすればばれない』
『ふたりはうそをついている、だまされるな―――ヒナタハジメ』
つづく
2014/01/16
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