超高校級の幸× 12
αの12
頭が痛い、痛いのに眠気を誘うような不可解な痛み。
……どこか意識が遠ざかって、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
目を覚ましたまま夢に落ちる。白昼夢?……霧の向こうに何かいる?
なんだ、いや……これは誰だっけ?形を確かめるように手を伸ばして……。
「……狛枝クン?大丈夫?」
「え?」
その声に視界が現実へと切り替わる。
えっとここは……心配そうに覗き込む七海さんの向こうにたくさんの本棚とそこに並ぶ重厚な本が見えた。
そうだ、例の強制労働のために金属の精製関連の本を見るついでに七海さんに「お願い」をしたんだっけ。
「うん、ちょっとぼうっとしていたみたいだ。
……大丈夫、これを書き終わったら少し休むよ」
「……全然大丈夫見えないよ、狛枝クン裁判のあった日から五日間で何回倒れたと思ってるの?
狛枝クンの大丈夫は大丈夫じゃないよ、またモノミちゃんたちに検査してもらうからね」
ボクの目の前にはまだ封をしていない真新しい白い封筒と便箋があった。便箋にはボクの文字が終わりの一行前まで埋めている。
内容をもう一度黙読して、「七海さんに見られても」問題の無い内容かを調べる。
手紙の宛先は……「日向創」。
「でも意外だったな……狛枝クンが私の言う事を信じてくれて、しかも絶望かもしれない日向クンにお手紙書きたいなんていうなんて。
……私が嘘をついているとは考えなかったの?」
ボクは無言で横に首を振ると、手紙の続きを書き始めた。……疑っているからこそ書くのだ。
……窓際のメッセージを見た、いや指先で読み取ったのは昨日の事だ。そこに書いてあったの「ヒナタハジメより」という署名と……「ふたりはうそをついている」という警告。
(七海さんが嘘をついているかもしれない、ウサミも嘘をついているかもしれない)
やはり彼女たちは希望ではなかったのか……やはりという気持ちがあった。
こんなこと何もかも出来すぎている。死んだボクが生きていて、七海さんはただ一人生き残ったように見えるのに「学級裁判なんて無かった」と言い、モノミはウサミに戻っている。
そんな都合のいい事あるわけが、ないんだ……。
ただ、ボクの中でよく分からないせめぎ合いがある。
二人に騙されていると疑っているのに、そんなはずがない、あったとしてももっと希望に即した理由があるはずだ、疑いたくないからその証拠をほしいという感情が疑念を妨げている。
全然論理的でないのに、ボクはその声が無視できない……二人が絶望だと思えたら、いっそ楽だったのに。
「……狛枝クン?千秋ちゃん?
そこで何をしているんでちか?」
「ウサミ?……ちょっと手紙を」
「ウサミちゃん!どうしたの!?何か不具合があったのかな!?」
そうすると七海さんはボクの後ろに立ったウサミとボクの間に割り込む形でウサミに入る。
ウサミは「ほえ?」といつものようにとぼけた様子で……ボクを騙しているにはあまりに無防備に見える。
「え?狛枝クンが日向クンにお手紙ですか?……え?え?」
白黒した目、そんなにぬいぐるみの表情はわからないけどただ驚いているように見える。七海さんの表情はこちらに背中が向いていて見えない。
でも今の彼女は少し「うそつきらしい」……まるでウサミに何がばれるのを恐れているみたいに。
……『七海千秋はウサミにノートを置くことを教えなかった』……
初めの裁判の事がよみがえる、さあどうするんだウサミ……?
「……そうでちか……そうでちね!きっと日向クンも喜んでくれまち!日向クンはなんだかんだ狛枝クンの仲良しさんでちたから!」
「ウサミの目はいつでも節穴なんだね、七海さんが届けてくれるって言ったから書いてみただけだよ」
ウサミは隣の机に乗ると手紙を覗き見してきた、手紙を見られるというのはさすがにちょっと恥ずかしい。
……ウサミは誤魔化したのか?……それとも本当はただ彼らは生きているだけなのか……?
(能天気そうな声でウサミは楽しそうに笑ってる……これが嘘だって言うのか、日向クン……?)
「そーんなこといってー!狛枝クンは日向クンが大好きだった出ないでちかー」
「……ウサミはちゃんとものを見てないんだね、予備学科の日向クンには何の感慨も無いよ」
「…………」
七海さんがぼんやりとウサミの手を取ると振り向いた顔を人差し指でツンとつついた。ここ数日でもともとは表情のあまり無い七海さんは表情豊かになり、今も穏やかな笑顔だった。
「あれ?もー千秋ちゃんのいたずらっ子ー」
「……ふふ、ふふふ、ウサミちゃん、駄目だよ。人のお手紙を読んだりしたら」
「……書き終わったら、終わったって言うから少し静かにしてくれない?」
不機嫌なフリをすると二人は傍の本棚に移動して、談笑する。
今晩はハンバーグだ、いや狛枝クンはもう少しあっさりした物の方が病状が、でも洋食派だし……ここ数日当たり前になっている会話。
ボクが聞く事が当たり前になりつつある穏やかで生温い会話。ペン先の文字が力を入れすぎたせいで滲んだ。
「裁判は明後日だから、さっさと終わらせて狛枝クンには元気でいてもらわないとね」
「そうでちー、この前みたいな事が無い限り裁判なんてすぐ終わるでちー」
嘘かもしれない、これは全部嘘だ。きっとこれは全て罠だ。
でもでも二人があんまり自然で、なんとかそれを疑う事が罪深く思えて……こっちが真実だという証拠がほしい一心でボクは筆を進めた。
明日が終わったら……また「裁判」だ。そこで全て教えると七海さんは言ったんだ……言ったんだよ、日向クン。
(それが、嘘なはず……ないだろう?)
それがボクの願望ならいっそどんなに愚かでもそう思い込めば良かったのに。
ボクに唆された花村クンが、
モノクマに唆された九頭龍クンが、
彼を庇って小泉さんを殺した辺古山さんが、
記憶を取り戻したことで即座に殺人を犯した罪木さんが、
全員の死より二人の死を選んだ田中クンが、
そして「裏切り者」以外が超高校級の絶望だと知ってそれ以外を皆殺しにしようとしたボクの記憶が……「絶対に絶望しない人間も、絶対にボクを裏切らない人間もいない」とボクに二人を信じさせてくれなかった。
βの5
「……っは……痛い……!」
痛い、痛い。
全身がバラバラになったみたいに痛い。
そしてその痛みがボクを目覚めさせた。
「……っ、……痛っ!……今度は……「ここは」どこかな?」
この数日間、もうさっきまで見ていた風景がぷつんと切れてまったく違う場面になることには慣れ始めていた。それを誤魔化す事や驚かない事にも順応出来始めている。
実のところ今が数日後なのか、それとも数ヵ月後なのか判別がついていないが……勘ではほとんどの時間は経過していないと感じる。
(ボクと「もう一人のボク」は意識が入れ替わるのが、だんだん頻繁になっている。その証拠にさっきまで話していて「七海さん」とは話している事が普通に誤魔化せた。まあまた記憶が飛んで今はこの有り様だけど……こんな風になった理由はまだ分からないけど)
再び痺れてひきつるような感覚が全身を覆う。どこが一番痛い?……右肩と右腕。切り傷と打撲の跡はそこが一番酷い。でも代わりに他は軽傷ですんでいるみたいだ。
「足と目がやられていないのはありがたいな、歩いて真実を見極められる。……いたた!……これはその代償か。ここは、森?……いや立ち入り禁止区域か」
記憶に照らし合わせて、ここ数日の記憶と重ならない風景に笑みが浮かぶ。ならば……「もう一人のボク」はあのメッセージをある程度は信用してくれたらしい。ふらつきながら何とか立ち上がって手近な樹木にもたれると空を見る。
本当に珍しいきれいな青空、そしてもたれた樹木の大きな枝が真上で見事にへし折れている。もしかしてと足元を見下ろすと、ボクのさっきまで倒れていたあたりによく葉の茂った大きな枝が無残な姿でへし折られ潰れていた。
なるほど、ボクはどこかから落ちてこの枝にぶつかったお陰で奇跡的に軽傷ですんだらしい。もたれた樹木のよく成長した枝振りに感謝すると、ボクは歩き始めた。
(急がないと、見つかるかもしれない)
ボクはこの島に来て、ぶつ切りの記憶の中で協力者を求めていた。
何しろボクは待遇はえらくいいが自由行動は制限されているらしく、親切にはされているものの「七海さん」と「モノミだかウサミ」に常に監視されている。
絶望として処刑されるならそれもやむ得を無い身の上だけど、どうやら形として犯罪者として更正させようとしているらしい。生温い、待遇。
しかし、それでも彼女たちにはなにか違和感があった。
だってあのノートには……ん?
「なにこれ?……手紙?」
懐にがさがさという不自然な音がして手を入れてみれば、封筒が入っていた。あれだけ徹底的に監視されていながら、よく書けたものだ。さすがに暗号程度は使ってるよね?
そうでないとあの生温いのにくもの巣のような監視は抜けられない……丁寧に封筒を破くと便全が二枚あった。なかなかしっかり書けている、盗み見て書けるものじゃないな。どんな言い訳を使った事やら。
『日向クンへ
まさか君に手紙を書く日が来るとは思っていなかったよ。
今ボクはジャバウォック島らしき島で七海さんとウサミ、君の視点ではモノミなのかな?が未来機関の監視役としてボクについている。なかなか生温く快適な生活だよ。君はそれを知っているのかい?
そもそも君は生きているのかい、死んでいるなら相当間抜けな事を書いていると思うけど、ボクの記憶では君は「ボクの仕掛けた罠」に掛かって、モノクマの学級裁判で七海さんを除いて死ぬ予定だった。
でもボクはなぜか生きているし、七海さんも処刑なんて無かったって言うんだ。
学級裁判といえばモノクマが処刑をするまでやめてくれないのにね。君はこれに合致する状況で生き延びたのかい?左右田クンもソニアさんも九頭龍クンも終里さんも?ボクには何がなんだかさっぱりだよ。
ボクが君に聞きたいことは二つだ。
『ボクが死んだ後、なにがあったんだ?』
『君が言ったことは本当なのか?』
これに答えてほしいために、『君の言った事』を実践してみるよ。ほら君と一緒に月を見ている時に言っていた事だよ、覚えてるかな?
七海さんが言うように、明日の裁判を終えたら君に会えるという幸運を信じて実践してみる事にするよ。じゃあね。
狛枝凪斗より
追伸
君のノートを見たよ、何があったかは知らないけど君は日記をつけるのに向いてないよね。
最初の数ページしか使わないなんてノートがもったいないと思わないのかな?』
書かれた手紙を見て、ボクは苦笑いをした。懐かしい名前が沢山あるな……内容にもう一度目を落とす。
しかし誤魔化しながら書いたということが丸分かりだ、これに「七海さん」と「ウサミだかモノミ」は気がつかなかったのか?
だとしたら、もう一人のボクはなかなかヒナタハジメを信頼しているらしい、どんな人なんだろう?
「月を見た時、ね。これはボクが窓辺に書いたメッセージに気がついてくれたってことだよね?
下手な暗号だけど、仲が良かったならそういうこともあったのかもと勘違いしてくれたってとこか。
お陰でボクがここにこられた……うん、やっぱりボクはついてるね!」
ヒナタハジメと名乗ってもう一人のボク宛てたメッセージにはこう宛てた……『あの二人に騙されている、真実を知りたかったらなんとか二人にばれないように立ち入り禁止区域に来てくれ』。
そしてそれを実践してくれたんだろう、あとの誤魔化しの事も考えて崖から落ちるフリをしたってとこかな?
立ち入り禁止区域は広場から見たら10メートル程度の崖になっていた。場所によってはもっと高い。
そこから落ちる事であの二人を誤魔化してくれたという事か、もう一人のボクは相当真実が知りたいらしい。ボクも同じ立場だからだいたいは想像できるけど。
それにしてもこの手紙自体も相当ボクの知らない事が書いてある。モノクマや学級裁判や処刑は分かる。でもボクはそれに参加した覚えはない、分からない。真相が知りたいという意思が感じられるこの手紙の叫びはボクの意思と重なる。
それにしても、ヒナタハジメ……どんな漢字を当てるかすらわからなかったが、名字だけは分かった。日向、いい名前だ。
「あのノートを書いた人物なら、彼は相当重要な地位にいる人だと思うけど……最初のあたりの記述は何なんだろう」
しかし、追伸も問題だ。あのノートが最初の数ページしか使っていない?どこをどう見たらそうなるのだろう。
いや違う、そうだ。推測していたのは、「ボクともう一人のボクと違い」はまさにそこじゃないか……確認してみよう。
失神する覚悟で首の銀色の輪に思い切り力を込めて、引っ張る。……反応なし。
「……はは、やった!……やっぱり、ボクはついてるね……あは、あはははは!」
これでこの島でボクを縛るものはなにもなくなった!
後は、真実が知れればいい……きっとこの立ち入り禁止区域で分かるはずだ。ボクは幸運なんだから……!小走りで森を進む、木の向こうにコンクリートの建物が見えてきた。広くない島で本当に助かった……!
なぜボクが二人に分かれてボクたちが違う記憶を持っている事も、「七海さん」と「ウサミ」がとっている行動の不可解さも、ヒナタハジメとそのノートの事も、全てが謎だらけだ。
この不思議な出来事がどうして起こったのか?
「……それもここでようやくわかるのかな」
森を抜けた視線の先には建物と広場があった。建物には「第2図書館」とプレートがある……秘密の記録や書簡があるかもしれない。謎を解明するには最適な場所だ。
(二人やあのロボットたちに気がつかれないように手早く済ませないとな)
しかし、気になったのはその横の広場だった。妙に綺麗でよく手入れされている。少し朽ち果てた雰囲気の図書館よりも綺麗だ。
「……余裕があれば寄ってみるか」
そしてボクは図書館の扉に手をかけた。鍵は掛かっておらず、あっさりと扉は開いた……チェックメイト。
さて、ここから先は答えあわせのクライマックスだ。
つづく
あとがき
クライマックス推理と入れようとしてやめました、さて茶番は解明されるのか。
真相なんて、あっけないものなのか、そこそこ面白いのか、最悪なのか……最初の設定からここまで来るのに何話使っているんだ七花はという話(爆)。
……もしこのお話の真相を推理してくれた方がいらっしゃるなら、よろしければコメントいただきたいくらいです(笑)
意外とそっちの方が面白かったり……しても、パクリませんよ?(爆)
次で初期案の設定の1/3は暴露されますが、根本的なテーマは「狛枝に6章ラストのみんなの葛藤を味わってもらおう」から特に変わってません。
ここら辺から連日投稿とかやってみたいですが、うまくいくかな……(汗)。
2014/01/23
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