超高校級の幸× 19




??? 3




「あそこでどっちを選ぶか決めたよ……いや君のお陰で決心がついたといっていいかもね、ありがとうって言った方がいいかな?」


あの裁判場に変える、そして選べなかった選択肢を選ぶ。
自分でこんな選択肢選びたくないといった場所に、それを全て任せろといった日向クンのアルターエゴに帰せと言った。

彼がどんな反応を返すかは薄々気づいていた。


「――ふざけるな」


日向クンはボクの襟首を掴んで、あっけないほど片手で宙吊りにした。ここはグラフィックの世界でしかないけどなかなか息が苦しい。
なんとか息が切れないように、持ち上げる彼の腕に両腕でしがみ付いて呼吸を保つ。

会話を、続ける。


「君がなんと言おうとボクは決めた。
 希望更正プログラム、いやシステム・ジャバウォックだっけ?まあ何でもいいや、とにかくボクの選択権が侵害されない世界に戻して。
 君のオリジナルやみんなが、あの修学旅行を終えて、未来を掴むとやらのために創りだしたあの場所へ。七海さんとウサミともう一人のボクがいる所へ返して」

「俺はそんな事のために造られて、ここにお前を緊急避難させたわけじゃない!今までの話はそんな事のためじゃないっ!」


万力で吊るされたボクは勢いよく砂へ叩きつけられた。痛い、でも表情には出さずに見上げると怒りをあらわにした日向クンが肩で息をしていた。


「なぜだ、なぜだ……どうして死に急ぐ?どうして死んでもいいと思うのをやめてくれない!?」


 それは日向クンの過去のカケラの再現だったのだろうか?

 ――脳死になった十人もの人間を目覚めさせるために百年もの時間を捧げた日向クンの執念や苦悩や怒りのカケラ……だったら、ボクは彼が少し羨ましい。ボクはそんな感情を抱くこともなくただ眠っているだけの百年だった。

 口の中を切っていたらしく、鉄の味の混じった唾液を砂浜に吐き出して驚く――すでにその砂浜は0と1の世界に返りつつあった。吐いた血は黒く塗りつぶされた世界に落ちる事もなく、虚空へと消えた。

 ボクが立ち上がると、さっきまで倒れていた砂浜が消える。砂の城もデータの海へ戻って消えていた。


「なんで未来を拒絶する!?生きようとしない!?」


 叫びとともに彼の後ろに会った椰子の木が地面後と消えた。ああ、さっきまで二人で座っていたんだっけ?
 ほんの少し寂しい気がした――もう時間がない、だから日向クンを論破しないとならない。

 だからボクは、はっきりと言った。


「ボクは、死ぬつもりじゃない」

「ウソだ、死んでもいいと思っているだろう。オリジナルの記憶データのはっきり修学旅行での記憶が残っているんだ――ずっと自分を殺しに来るやつを待っていただろう!相手が絶望の残党と分かれば自分ごと皆殺しにしようとしただろう!自分で殺されてかまわないといっていただろう!
 ……お前は自分の目的のためなら死んでもいいんだ、希望更正プログラムとして了承できない、被験者の生命は絶対だ!」

「ボクは死ににいくわけじゃない」

「外に出てお前に何ができる!?何が残る!?どっちを選んでも七海たちはもうこの島に残れない!説明しただろう!」

「分かってるよ、ちゃんと聞いて理解した上であそこへ帰して欲しいんだ」

「あんな選択肢に正解なんてない、お前はとても生きていけない世界を選ぶ気か…まさか脳死を選ぶ気か!?
なんでだよ…そのどっちが俺の選択肢よりいいんだ?これから俺がお前をサポートして、一年後に七海たちときっちり別れを告げられることより、そのどっちがそれよりいいっていうんだよ!」

「……まだ手があるよ」


 さっき思いついただけの雑なプランだけど、そう心の中で呟いただけなのに日向クンはますます双眸を釣り上げた。

やれやれここでは心は筒抜けなのか、ウソは通じない。まあ嘘をつくわけじゃないから、いいけれど…うん、ボクはツイてる。今までも、これからも。


「無理だ、諦めろ!」

「いいや、無理かどうかやってみないと分からない」

「今のこの島の状況がどんな危険だと思う!?……本当は無機的な機械システムの上にいる有機的なお前、島で唯一の生身の人間であるお前が一番危険なんだよ。俺の選択に任せろ、それが一番安全だ!……どうしてそれが分からないんだ!」

「違う、ただですまないのは分かってる」

「ならやっぱり死に急いでいるだけだ…オリジナルのメモリーにもある、お前は結局未来を創るのが怖いんだ、今まで目覚めた九人と同じに、いや超高校級の絶望だった十四人と同じだ――だからお前にも言う…逃げるな!」

「逃げるわけじゃない」

「ウソだ!お前は今までと同じに自分を見捨てる気だ!」

「それは違うよ!」


 ボクはこんなに大声で叫んだのはいつぶりだろう、ああ学級裁判以来かな?と場違いな事を考えながら、日向クンの襟首を掴んで、詰め寄った。


「ゴミクズごときがおこがましいんだけどさ、今だけボクを信じて――ボクは死ぬつもりじゃない、修学旅行の時だって死にたかったわけじゃない」

「それを俺が信じると思うのか?」

「そうだね、絶対的な希望のためなら命なんて惜しくない。それは今でも変わらない、ボクの本心だ」


でもさ、と日向クンから手を放すとなんとか微笑みの形を作った。


「…でもさ、それは皆そんなに変わらないんじゃないかな?
 君だって望みのためにあれから八十年の生涯を捧げた上、最後の一人のボクを生かすために電子の形をとって望みを果たそうとしている。
 さっき君が話してくれたクロの皆、花村クンや辺古山さんや罪木さんや田中クンだって平和な世界だったの絶望したんでしょ。そして犠牲となった皆も生き延びた皆も自分たちが罪人である事にやはり絶望した――でもそれはやっぱり命より大切なものがあるからじゃないかな」


 それなのにボクだけの除け者にするの?と見上げる。無機質な日向クンの目。周囲の南国はなく、すでに虚数次元の闇に帰っている。



そんなに長い時間ではなかったと思う。そんなに長く言葉を交わしていたのではないと思う。

でも、場違いに考えていた事がボクにはある――今ボクの中になにかがあるのかもしれないと。

もっとも、ボクの求めるもののエサにもならないような小さなものだけど……。


「……本気か?それを選んだら、全てを失うかもしれないんだぞ?」

「いくらボクがバカでもそれくらいは分かるよ……でもさ、全てを得られるかもしれない」

「確率は未知数だ――なぜだ、オレに任せれば責任を持ってお前も七海もウサミも、願いを叶えてやれる。
でもお前がこの先の全てを背負ったら、オレの力は及ばない。お前はせっかく得た全てを失うかもしれないんだぞ」

「あは、あはははははっははははは!!……なんだよ、それ」

「どういう意味だ」

「それが……未来なんでしょう?」


だってボクが今生きて、絶望的な現実がある。

希望を抱いて希望ヶ峰学園に入学しようとして、《このボク》はコロシアイに巻き込まれ、コロシアイに積極的に自ら身を投じた。《もう一人のボク》は超高校級の絶望となった。
そして《このボク》は百年たったと知らずに再び南国で目を覚まし、七海さんとウサミとわずかな時間を過ごした。

だからこそ、全てを知って絶望を抱いたボクを助けてくれた日向クンのやさしい手を振り払った。
そして、胸の内に湧き上がった≪なにか≫が確かに感じられた。



「漢字で書くでしょ?未来は未だ来ないもの、って書くんだよ」

「だとしても……明らかに不幸になる可能性は刈っておきたい」

「明らかなんて、大げさだねえ」

「……被験者には幸福な選択肢だけを、選ばせたい」


そしてそれを言葉に乗せて、彼へと言の葉を伝え、反論されれば言葉の刃をぶつけた。


「それはさっき言った君が記憶を書き換えるのは罪だって言ったのと違うの?」

「保護者の観点から見れば、そんな可能性あらかじめ間引く権利がある」

「君がボクの保護者?……今まで聞いた一番の冗談だよ、それ…冗談じゃない」


 これはボクの中に、希望なんて尊いものじゃないかもしれないけれど、少なくとも何かがなければおこりえなかった事じゃないのだろうか。

 それがどんなに小さいものだったとしても、ボクの中は今空じゃない。


「俺はお前に幸せになってほしい」

「幸せ?それのどこが幸せなんだよ……やっぱり君は日向クンだよね。詰めが甘い」


 ああ、おかしい。日向クンは人工知能でもやっぱり日向クンだ。
 なら、はっきり言ってやる。


「不幸になってでも欲しいものがある……それが幸せになる条件だよ。
 でも幸せなんてそんなものじゃないかな?ほら辛い思いをした登山の山頂から見る景色は、飛行機から見るだけの景色を違うって言うじゃない」

「……でも、登山には遭難も付きものなんだぞ、危険な選択肢が恐ろしくないのか?」

「だからって、登ることを、生きる事自体を否定するの?――だったらボクをここで殺せばいい。人格を消しても、肉体は生きてるからいいでしょ?」

「……本気か?」

「解析してみたら?」

「……こういうときばっかり、本気だという結果が返ってきた」

「当たりだよ、ふふ、やっぱり君は日向クンよりすごいんだね」

「…………」

「本気なのか――あくまで決意は変わらないのか?」

「うん、君がボクの精神を殺しでもしない限りは」


 沈黙、遠くで砂浜が虚数の0と1に飲まれ爆ぜる音、なぜか風だけが南国の香りを最後にそよりと運ぶ。


「――聞かせろ」

「いいの……?」

「日向創オリジナルなら、きっと今お前の記憶を殺すんだろうな。…でももうオリジナルは死んだんだ……アルターエゴはお前を殺さない」


 穏やかな声音――混沌として不合理で無茶ばっかりしての人間と違って、俺は正しいプログラムだからな――。


「だからお前の意思には、未来への選択には干渉しない。さっきのはオリジナルの感情メモリーのカケラだ、それでもコマエダナギトは動かなかった。
 これ以上はプログラムの出る幕じゃない、いや出してはいけない領域というべきかな?…システムは最終被験者、お前の未来が自分の選択で最善の結果になるように信じる」


「だから聞かせろ」と握手を求められた、握った手は温かい。

そしてボクは、語り始めた――ボクの掴もうとする未来を。……そんなに長い会話じゃなかったと思う、けど思ったよりは短い会話にはならなかった。


(思ったよりきついかな、別れの会話って)


 そして、これが日向創アルターエゴのボクに選択させたくなかった選択肢の一つなんだろう。なら、この痛みも仕方ないのだろうね。


「分かった、被験者の未来の選択は誰にも邪魔させない――俺が自分を賭けてでも」

「君の望みを阻んでも?君の作られた意味を否定しても?」

「そんな事は全然かまわないさ…俺はもともとそういう立ち位置だ。お前を信じる……ただし祈らせてくれ、どうかお前がその願いを果たせるように」

「……さっきから思ってたんだけどさ、なにその喋り方?気持ち悪いよ」

「ひどいなお前……まあ、オレもこれを作った頃はずっと眠ったままのお前を見続けて数十年だからな、半分出気の悪い孫の行く末をハラハラして見ている気分なんだよ」

「日向クンみたいな祖父を持った覚えはないよ。さっきの取り消し、今のが今までの人生で一番の悪い冗談だ」

「ははははははははっ、そうだな」

「あははははは……そうだよ」


 二人分の笑い声が虚数空間の暗闇の中で二重に重なった。
 そして砂浜の全ては遠ざかり、真っ黒に消えた。


「……さよなら」


日向クンも0と1の闇に消え、暗闇の中ボクは一人になった。なぜか目の奥に熱を感じたけれど――その熱が頬を濡らす前にボクの耳元で彼が囁いた。


「これは受け取っていけよ……オリジナルの俺と13人の未来からのお前へのカケラだ。
本当は卒業試験を経て未来を選ばないと見られないんだからな?でもお前の選ぶ未来では、きっと……いくつもあるやつからランダム再生だ、他にもたくさんたくさんあるから選べなかった。音声だけだから、映像はサービスだ。
 でも電子の世界以外にはまだ少し残っているかもしれないな…だから他を見たかったら、絶対に生き延びてくれ……」


 日向クンが、アルターエゴが、闇に消えたとき、なぜか目の奥が熱い気がしたけれど……その熱が頬を濡らす前にボクは目を見開いた。


 闇の中に、虚数次元に、光のカケラがたくさん浮かびあがる。



(この形…どこかで見たことがある気がする…?)



 ああ、そうだ。
 確か修学旅行の手帳の希望のカケラの形だ――。

 真っ暗なんかじゃない、世界は真っ白だった。
 空っぽなんかじゃない、世界には無数のカケラが満ちていた。
 ボクはたった一人で生きているのかもしれないけれど、かつてはここに沢山のものがいたのだ。過去と未来の狭間の、現在でそれを見る事ができるんだ。


(カケラの海、ジャバウォックに少し似ている)


 ――そして、そのカケラの一つが真っ直ぐにボクへ向かってきて人の姿を取った。
 真っ白な世界で、南国の海の色の泡を弾けさせて、人間の姿へと変化する。


「……ソニアさん?」


 ボクは驚きを増すばかりだった――生まれついて高貴な無意識に膝を突きたくなるような女の人があの南国の時の姿のまま向かい合って立っている。


……「……狛枝さん、聞こえていますか?ソニアです――不思議ですね、あなたにこうして話しかけているというのは。これは私たちが誰かに再会できなかった時の為のボイスメッセージです。
 ビデオでも良かったのですが日向さんが『変化した外見などの未来の情報はできるだけ与えないで欲しい』と…日向さんの徹底振りにも困ったものです。
 ――では狛枝さん、沢山言いたい事がありますが一つだけ選んでお話します。
 では……狛枝さんの無礼者!どうして私の申し出をシカトしやがったのですか!?シット!ど畜生!!
 ……え、日向さん?それは使い方が違う?……えっと、とにかくですね、狛枝さん、二回目の学級裁判が終わって九頭龍さんが第三の島の病院で見つかった事のときを覚えていますよね!?
 あの時私は島中を走ってあの過酷な処刑で重症を負った九頭龍さんを皆でお迎えするようにあなたの事も呼びにいったんですよ。でもあなたはシカトして来て下さりませんでした。日向さんによると病院まで来ていたとか…とにかくその事についてちゃんとお話したいです!ブッチは犯罪です!私は九頭龍さんと狛枝さんをハブるような狛枝さんは嫌いです!
 ……絶対に再会できると信じているので今日のこの録音はその日までの演習としておきますね!
  ……後、もう一つ。学校に入学したばかり頃に図書館で日本の本を探すの手伝って下さってありがとうございました。
 …それでは未来で待っていますよ」……


 相変わらず聖母のような姿で変わった日本語……あの時、ボクは場違いだと思って病室へは行かなかった。でもソニアさんがボクも呼んでくれたことは……正直嬉しかったことを覚えている。

 修学旅行のときの姿そのままのソニアさんの形は白い空間に青い泡となって消えた。日向クンの「映像はサービス」ってこのことなのか。

 そして次のカケラがボクの前で小柄な形をとった。ポケットに手を入れて不機嫌そうな……彼は。


「九頭龍クン……」


……「狛枝、聞こえるか?九頭龍だ、今俺はお前と生きて再会出来なかった時の為の音声メッセージを残している所だ……ったく、日向のヤロー、自分では「俺が全員一人残らず目覚めさせて見せる!絶対にだ!」とか言い張ってるのにこういうの作って保険をかけとくのはみみっちい……わり、脱線した。
 そうだな……変な話だが、ペコの処刑の後生き伸びた俺はお前と行動する事が多くなると思っていた、嫌われ者の単独行動同士でお前の動向に妙なところがないか見張っている予定だった――お前も意外か?みんな意外そうな顔をするが…テメェの立てた殺人計画で別のやつを犯人にして、学級裁判でその別のやつが処刑されたのは俺もお前も同じだからな。
 だが、みんながあんなにすぐに俺を受け入れるとは正直思っていなかったから、結局そうはならなかった。でも、もしそうなっていれば、お前は何かが違ってたのか?……ま、お前だって人によっては半分くらい受け入れられていたところもあったし、お前の方が全く自分を曲げなかったから自業自得っちゃそうなんだが。
 ……情けねー話だけど、正直俺は全員と再会出来るか半信半疑だ。一部は成功しているが、特にペコを含めた、処刑組とお前はな……だが変な話、出来ない気もするが俺はペコと再会する事を死んでも諦める気はねえ。矛盾してるが、ま、それも未来ってもんか。
 だからなテメェもあんなヒデエ死に方したり意味不明な遺書残すくらいなら、真っ先に退場するような諦め方、もうすんじゃねーぞ。未来を這ってでも生きてみやがれ――以上だ。
 ――後な、学園時代にあそこまで俺にも俺の家にもビビらなかったやつは、お前と他少数くらいだった……たまにそれが気楽だった、あんがとな」……


 白いカケラの海で現れた懐かしい姿たちは、またその姿を青い泡へと弾けさせ、また懐かしい姿をとった。懐かしい声とともに……。


「終里さん」

……「聞いてっか、狛枝?終里だ…狛枝てめえとりあえず一発殴らせろ!……って言いたいところだけど、んーちょっと今目ぇ覚ましたお前に真っ先になにすっか悩んでんだよなあ。――今はお前よりもぶん殴りたい真似を未来機関からも絶望の残党も年がら年中してくるし、つーかオレたち自体もそんなもんだしな……だからなんだかお前を殴るなら順番がちげえ気がするんだよなあ。
 何が正しいとか頭使うのは苦手だけどよ、未来機関でお前の死に方知ってるやつは「唯一反省の意思を示した」とかお前がやったことを褒めるやつまでいたし、でもそれが絶対ダメだって言うやつもいるし……わかんねーんだよ。誰を殴ったら解決するのか、わかんねーんだよ。
 ……あー、むしゃくしゃしたら腹が減ってきた……あ!思いついたぞ!狛枝、お前が目ぇ覚ましたらオレの担当してる食糧配給からの食いもんぶっ倒れるまで食いやがれ!ハンバーガーから、ソニアの好きな、ふ、ふれんち?まで一週間かけていやって言っても食わせてやる!覚悟してろ!
 ……変な話だけど、今オレはオレがメシ食うより他人にメシ食わせてる方がなんか好きなんだよな、だからお前にも食わせてそれからいつぶん殴るか考える。お前はとりあえず食わせ殺す!!……首を絞めんのはもうしねーよ。
 んじゃ、未来でな。どーせ目覚めんだろうからこの録音も無駄なんだけどよ……そうだ、学校の昼飯でよくお前自分のパン一個、オレにくれたよな。あれは美味かったぞ、いつかオレも返してやる」……
 
 
 青の飛沫がまた散った、だんだんと真っ白な世界は青く……カケラの海はあの海に似ていく気がした。
 

「左右田クン」

……「狛枝、聞こえてっか?……ま、俺のボイスメモリーがこの程度失敗するわけねーけどよ、左右田だ。……あーもう!お前の名前口に出しただけでオメーの死に方思い出してトラウマ刺激されていまったじゃねーか!どーしてくれる!……ううう、やっぱオメーはコエーよ。
 ま……お前からすっと、俺らがどんなことしてきたかモノクマのファイルだかなんだかで知ってんだろーから、そんくらいなんだとか思うんだろうな。そう考えると結構むかつくな……あー、だからお前は苦手なんだよ。
 ……たまになすやすや眠ってるだけのお前らが羨ましい、俺みたいに俺の作った機械たちがどんどん今も人を殺して、憎まれて恐れられて壊されて、そんな目にあってないお前を含めた未覚醒の連中が妬ましいぜ。特にお前は、あの修学旅行でも絶望の頃も江ノ島に歯向かってたから計画的な大量殺人はしてねーからな。
 ……でもやっぱり俺は死にたくないんだよな。それでいてバラした機械の数より殺した人間の数の方が多い過去も、その記憶がフラッシュバックする現在も辛えよ。未来だっていつまでたっても怖いまんまだ……お前みたいな死地を求めるタイプにはわかんねーかも知んないけど、俺はやっぱり何の理由もなくても生きてたいし、過去に何してたって死にたくねえよ。…ある意味お前よりタチわりいのかもな。
 結局は未来がないと生きられねーし、贖罪も出来ねーんだよな……ま、これはソニアさんの受け売りだけどな。あー、ま、俺はこれをお前が見ていない事を祈るぜ。辛い現実とコエー未来をお前も受けやがれ、話はそれからだ。やっぱり一発殴ってやりたいしな、遺言はお前ので十分だ。
 ……昔、みんなに作ったラジコンお前は結構長持ちさせたよな。最後は学校のプールに落とし待ったけど……あんぐらいならまた作ってやってもいいぜ?」……


 終里さんが、左右田クンが、鮮やかな青い泡へと姿を変え――そしてボクはその青い過去の、彼らの未来のカケラの海へと落ちた。全身をあの修学旅行で戯れた海辺と同じ色の海で、また現れては消える懐かしい姿が脳裏に焼き付けられることを受け入れる事で精一杯だった。




つづく






一話に十四人は多いと気がつくのが遅かった。


2014/05/17






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おまけ設定→

《生還組、進路その後》

日向創…
仲間を目覚めさせるためにダメ元で未来機関に提案した《未来創造プロジェクト》の総責任者にして、ジャバウォック島のリーダー。なお日向としてはまさか提案が通ると思っていなかったのでこのプロジェクトの名称はちょっと後悔していた。
あらゆる手段を使って仲間を目覚めさせようとしたため、少々、いや結構なマッドサイエンティストになってしまった。また仲間たちにどんな事をしても生き延びさせ、未来を掴ませようとすることに執着するあまり暴走しがちなところがあった。お陰で交渉役のソニアと補佐役の九頭龍にはけっこう殴られた(同じくらい尊敬もされていた)。
医療開発の罪木とは怪しい人体実験すれすれの覚醒方法を試したという噂もあったりなかったり・・・・・・。
しかし間違いなく、日向の妄執とも言える執念がなければ狛枝以外の全員の脳死を解決する事はできなかった。
初期は人体改造の影響で死の危険も考えられたが、超高校級の希望として選ばれたゆえに得られた強靭な肉体と伸ばすだけ延ばされた寿命で結局百まで生きる事になった。植えつけられた才能は出現したりしなかったりと不安定で、一部を除いてうまく扱えなかったらしい。


ソニア…
多様な言語能力と洗練された交渉術で未来機関との交渉役を担当した。初期は顔を隠して、苗木や朝比奈、葉隠の通訳をしていたのでそれが元で外部との交渉全般を担う事に。
世界の敵である超高校級の絶望である立場なので、外部との交渉は相当なプレッシャーだったが騙し騙し、しかし元王族らしく優雅にこなした。
その様子があまりに様になっていたので周囲からはソニアがナンバー2とみなされ、プロジェクト副責任者の九頭龍がナンバー2という事は忘れられた(九頭龍も忘れてた。だたしソニアだけはそれを覚えており、九頭龍がそれを否定しないのはジャパニーズサムライスピリットゆえだと感心していた)。
日向が我を忘れて未来機関に殴りこもうとするときは、彼女の返り討ちになった。そのことで頭を悩ませた時期は九頭龍と毎夜毎夜会議室で日向の愚痴を零しあう日々もあったりした(お陰で妙な噂が立ち、影で左右田を泣かせる羽目になったが)。
願っていた田中との再会はできなかった。死ぬまで小さな生き物を身近に飼っていた。


九頭龍…
冷静さと胆力を買われてプロジェクトのナンバー2たる補佐役になった。
……といっても初期のプロジェクトは人員は自分たちだけなので実際の職務はばらばらになりがちなメンバーの中継役をすることだった。
お陰で胃痛に悩まされる羽目になったが、そこは人の上に立つ存在としての生まれゆえか必要なときは活を入れ、必要なときは助けを求め、必要なときは非情にもなった。
苦労が多いわりに報われない立場だったが、意外とやりがいを感じていたらしい。
日向やソニアには負けるが、医学とプログラミングを地道に習得した。
ソニアとは愚痴仲間、小泉とは紆余曲折が会ったが二人なりに折り合いがついたらしい。
最後まで辺古山のことは誰よりも大事に思っていたが、再会は出来なかった。こっそり自分で竹刀を振っていた日もあった。


終里…
生還メンバー中もっとも頭脳労働が苦手なため初期は未来機関への橋渡しとして元希望ヶ峰学園生の霧切・朝比奈・腐川という女子メンバーの覆面ボディーガードをしていた。勘のよさと思い切りの良さで霧切とは時には絶妙なコンビネーションをしたらしい。
ずっとボディガードをするつもりだったのだが、ある日日向が「食料管理なら終里も楽しく出来るんじゃないか?お前食べるの好きだろ」と呟いたため始めてみた。
結果ボディガード以上に適正があったので、プロジェクトメンバーの食糧管理係になった。
不眠不休になりがちなメンバーの口に規則正しく食事を詰め込み、新鮮でない食材には値切り交渉をし、毒を仕込まれたら嗅覚で判断するという離れ業で大活躍だったという。
仲間に食事をさせることで、失ってしまった家族をもう食べさせる事のできないことが少し癒されたのかもしれない。そのせいか多忙で食べないでいる仲間にがんがん食事をさせた彼女には少しずつ笑顔が戻った。
もっとも不摂生が酷く強制的にランチタイムとなった日向いわく「冗談だったのに…」。
終里自身は老年だったが、弐大とは最後の頃に言葉を交わせた。


左右田…
全生還メンバー中、もっとも働いた人物。その代わり引きこもりがちなった。
その理由として彼が開発した兵器が現在進行形で世界を破壊しているという事実に打ちのめされてしまったからである。こもった部屋で彼が黙々と開発したのはそれらを破壊したり、停止させるための兵器だった。
あまりにこもりがちになるため、中継役の九頭龍が過労で倒れているさまを見つけたのも一度や二度ではなかったりする(終里が食糧配給係になって、強制的に食事をさせるようになってからはだいぶ改善された)。
モノクマの開発者でもあったので、一部を引き取り停止命令装置を作る傍ら、改造してモノミのデザインに作り直し、有能なAIを持つロボットとして作り直した(作中の大量のモノミはこれに当たる)。最終的にはプロジェクトの被験者たちにより良い環境を作るためにモノミたちを率いて巨大コンピュータ、システム・ジャバウォックを作り上げた。
こもりがちなったためか、ディスプレイ越しに交流するウサミと七海にはだいぶ救われたという。その礼なのか、それとも高度な機械を作りたいという夢を思い出せたのか、超高性能なウサミと七海のロボットは一から左右田が手作りした(ただし七海のロボットは長時間は動けないため作中では裁判中にしか使われていない)。
ソニアにはもうちょっとアタックすれば、いけたかもしれないという事実は左右田だけがしらない。