「猫なんてすぐに死にますから、やめたほうがいいですよ」



言い過ぎかもしれないけど、いくらなんでも問答無用で鉄拳制裁はちょっとひどいのではないだろうか。



「 僕とご主人様と知らない猫 」







「シロ、おいで。ほらミルク」

「みゅー!」

「よしよし」

「ごろごろ・・・」

「・・・・・・」



僕はその光景を見てなんだか複雑だった。

ここに来て一年にはなっていないが三ヶ月はとっくに過ぎている、その中でそんなにまにましているリーオ様を見るのは初めてだった。



彼は天使の家の子供でも、ナイトレイの使用人でも、バスカヴィルの長の魂の継承者でもなく、全ての立場を捨てた。

そしてただエリオットという大切な人を亡くしたリーオとしてこんな寒い山奥の丸太小屋でひょろいくせにマイペースに仙人暮らしを始めた。



そこに過去の感情やらを清算しようとしつこいギルから逃げてきた僕が転がり込んだ形になる。



居候のただ飯ぐらい、さっさと大好きな兄さんの元に帰れよ、大体お前はもう従者でもなんでもないただの他人の変人だろ、と延々と遠慮なく罵られた上に来て一週間は馬小屋でしか眠らせてもらえなかった。



でもなんだかんだと差し入れを運んでくれたり、一緒に小屋で寝てくれるこの主はやっぱり根は人が良い。

おかげで僕は今でも押しかけ居候が出来ている。

二人で暮らしている生活も少しなれた、このマスターは生活が本当にテキトーで下手すると一日何も食べてなくても気がつかない日がざらだった。



(そんなときはちょっとだけエリオットの苦労がしのばれるし、まあエリオットのせいで食べる気がしないときもあるんだろうとは思ってるけどさ)



「・・・猫好きなんですか」



後頭部はまだずきずき痛む、できれば今もっているミルク皿を投げつけらるのは勘弁して欲しい。

あの猫さっさときれいに舐め尽しやがって・・・。



「猫?・・・どっちかっていうと犬かな?でもまあどっちも好きってほどじゃあないよ」

「じゃあなんで猫なんですか」

「てか、何だよ。お前しつこいな。猫嫌いなの?」

「・・・・・・」



嫌いだ。というかいやな思い出が多すぎる、子供の頃に黒猫の目を傷つけたことまである。



「じゃあ、お前に世話は頼まないよ。猫って手間はかからないし」

「そうでもないですよ」

「飼った事でもあるの」

「…そういう人を見たことならあるだけです」



初対面で生涯のトラウマを面白半分で茶化した女だ、そのままその女になついている猫も憎悪の対象だった。 ジャックを…奪い合っている側面もあったのかもしれない。本当は二人ともジャックの眼中にもなかったのだが。



「リーオ様こそ、飼ったことあるんですか」



やや強い口調で言い返してやる。

自分のことも適当なくせに人のことなんて分かるのか・・・いまさら捨てられない人だとは分かっているが正直飼い主を探すからやめてほしい。


猫好きな善良そうな子供のいない夫婦がせめて猫を飼いたいとか言っているのを地の果てまで探しに行くからやめて欲しい。
しかし主はいつも通りそっけなく、そしてテキトーだ。 一度は孤児という境遇になった身同士なのにこの落差はいったいどこから来ているのだ…謎過ぎる。

しかしそんな人にできるわけがないというのはいい口実だ、やめてくださいよ、あなたは……。



「子供の面倒よりは楽だと思うよ。大人数じゃないし」



しまった…僕とギルと違って孤児院の出身だった。



「……じゃあ、薪割りにいってきます」

「十分あるからいいよ、もともと引きこもりの癖になんでそんな体力あるの?しかも日に焼けないし、ひょろいままだし」

「体質です」



日光は好きではなかったが、主ときたら備蓄という概念を知っているくせに放り出している・・・やっぱり僕がいないとちょっと危ない気がする、うん。

外に出ると少し風が冷たい、冬は遠いが寒さに対策は欠かせない。毛皮もいるかもしれない、マスターはコートと毛布があって家の中にいれば死にはしないとかいい加減だ。



「僕がやらないと・・・」



リーオ様はしょうがない人だ・・・そうでないとここに僕はいられないけれど。

決まった場所に行って、乾いた木を定位置において手斧を取り出す。大斧はまだちょっと扱いに自信がない。小物ならこれで十分だし、いいだろう。手で放り入れられないと暖炉も時には使わない人だから。

いやでもあの人前に「寒いから、冬の日に行って木を一本持ってきたんだけど燃えなかったからから仕方なく枝を切ってかぶって寝たよ。十分あったかかったよ」とかとんでもない事言ってなかったっけ・・・ああ、最近マスターの心配ばっかりだ・・・前のギルに対してみたいに逐一逐一。



「ああ、やなこと思い出してきた・・・」



本当はただギルから逃げたいくせ、ギルのためになるようにだけに生きてきたから誰かの面倒を見ない不安で黙らないだけだと知っているけれど。



「結構ここ落ち着くんだけどなあ・・・」



それでももう性分になってしまっているのだろう、誰かの心配ばかりして一日を一年を過ごす以外のいき方が分からない。変わってしまったギルの傍にいることがどうしてもできず、逃げてきたのに同じことを繰り返している。



「マスターだってそれは分かってるんだろうし・・・」



危なげなところもあったがあまり必要以上のことはしないせっかくのおかげなのか、ラトウィッジにいたということを売りにしてたまにド田舎の貴族の子弟の家庭教師などをしてまあまあ現金があるおかげか、単純にバスカヴィルに生まれついているので何をしても死ににくいという体質のおかげか一人でも平気で暮らしていた。



本当は自分などいなくてもいいことは分かっている・・・すこし、何かのきっかけでエリオットの後を追わないかと気がかりでなかったとはいわないが・・・。



「マスターは思ってる、僕がギルに会いたくないだけだって」



もちろんここに来た一番の理由はそれだ。

別に今も嫌いになったわけではないけれど、とにかく会いたくない。

いちいち世話を焼かれて、これからは今までのことを償うとか言われるとなんだか今まで感じたことのない苛立ちを感じて・・・逃げた。



でもそんな時ギルのためだけに生きてきた僕にはどこに行けばいいかすらわからなかった。

そんな時マスターが(リーオ様からいえば元マスターで今はただの他人で居候らしい)一人で山にこもったと聞いて、その時はこの世に他にはいくところはないとまで切羽詰っていた。

だから僕はマスターをかつてその立場だったというだけで利用しているだけだ。



「僕こそ・・・」



あの猫より出て行くべきなんだろうか。



「にゃー」

「なに?君、出てきたの?」



白い猫が後ろに立っていた、こうやって見るとさっきより小さい。子供というより赤子に近いのかもしれない――弱々しくてさっさと死にそうだ。



(もし、また身近な誰かが死んだら)



きっとマスターは人の何倍も傷つく。



「なに、外に興味でも出てきたの?」



ならこのまま帰ってきてくれないといいのだが、それならマスターも諦めるだろう。

死ぬなら彼の見えないところでやってくれ。もし今彼が泣いた姿を見れば本気でどうすればいいのか分からない。 猫嫌いどころでなく、猫という生き物が不幸そのものに見えそうないやな予感だ。



「行きたいなら行きなよ、僕は薪割りがあるから」



猫なんて嫌いだ、行ってしまえ。

君がいたら、もっと僕はここには、彼が一人じゃないなら、今度こそどこにも――。



「みゅー!」

「いた!」



いきなり足元を引っかかれた。

何だこの猫と足元を見下ろせばボーっとしていたせいで手斧の刃がちょっと危ない位置にあった……まさか僕に知らせるために?

思わずしげしげと眺める。白い子猫、やたらと威勢のいい顔をしている。マスターが首に結んだリボンは青、瞳の色も……あ。



(そんな)



エリオットに似ている、ざあと風がざわめいて日に当たる毛皮はエリオットのプラチナブロンドそっくりだ。



「何だよ、お前」



本気でいやになる・・・出て行けなんていえない。マスターのことを思うなら決していえない。



(やっと同じ色の瞳の存在を傍に置けるようになったなら)



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・おい、長く生きろよ。早死には絶対するな」

「・・・・・・にゃあん」



猫なんて言葉が通じるはずもないのに、通じたと信じられた・・・賢いとだけは認めてやってもいい。

白金の毛並みの猫はそれだけ伝えにきたとばかりに彼が待つ小屋へと帰っていく、その姿をみて「エリオットの馬鹿やろう、なんで死んだんだ」と少し泣きたくなった。





つづく



最終回後妄想2段。

ヴィンセント無自覚片思い程度にしようと思ったらスーパー猫嫌いタイムになった、なっぜだ・・・。

リーオからすればせっかく生きて大好きな人がいるなら何が何でも傍にいるべきだと思っているんでしょうが、なかなかうまくいきませんので、たまにこっそり来たギルの豪華お弁当を「ほらお前が食わないなら捨てるぞ」と脅して食べさせるだけに留めて様子見しております。

ヴィンセントはアウトドアにも才能を発揮して、最近は猪の毛皮ぐらいなら優雅に剥げます。



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