ちょっとだけ、悪い気もしたから
少しだけ、君に嘘をつく
「 嘘つきの日のあなた 」
少しいやな、それ以上に悲しいことがあった。
休暇でナイトレイ邸に帰った時にまた従者を変えろと言われた。
俺は出来るだけその話題を早く打ち切ろうと「自分で決めたことだ」とその場をリーオと離れた。後ろ背にリーオが従者に相応しくないありったけの理由を言われたが取り合わなかった。
ナイトレイ、裏切り者の公爵、なんでそんなやつが公爵に・・・聞く度いつも悔しかった。なにも知らないくせに、自分の家族がどんなに優しい人間か、謗られながらも家の誇りを捨てない強さを持っているか知ろうともしないくせに。
そんな家族が今度はリーオを知ろうともせずに、追いやろうとする。価値観といえばそれまでだが、大嫌いだった周囲の人々に大好きな家族が重なって見えるのは辛かった。
手を引いたリーオがなにも言わず表情一つ変えずに罵られているのを聞いているのはもっと辛かった。
だから少し気まずい思いで学校の寮に帰った時までうまくリーオと話ができなかったのだが。
「エリオット、知ってる?」
さっきまでずっと無言だったのに急にいつもの何かを企むような笑顔になって、リーオが話しかけてきた。いつもの空気が戻ってきたようでホッとすると頬がゆるんだ。
「なにかあったか?」と意識して明るい声で聞き返す。
「明日はね、さる遠い国での"あべこべの日"なんだ」
「?なんだそれ…俺は知らないが、何の祭りだ?」
「いつもとは正反対になろうってこと…てなわけで僕は明日あべこべだからよろしくね。おやすみ〜」
言うが早いが、本の山と化したベッドに突っ込むとさっさと寝てしまった。
疲れているだろうが着がえくらいしろ…とメガネを外して毛布をかけてやる。
ぐっすりした寝顔・・・いつものリーオだ。帰ってきたのだ、そう感じられた。
まったく手間のかかる従者だ・・・となぜかひどく安心すると、リーオの寝顔を見ながら気がつくとそのまま眠りに落ちていた。
「おはようございます、マスター」
「・・・・・・ん?なんだ・・・・・・えらくいつもより早起きだな、リーオ・・・・・・って、は?」
ここはどこだ?
確か昨日はリーオに毛布を掛けてそのまま眠ってしまったはずなのに……どうみても自分のベッドだった。着ているものはそのままだが襟元が緩めてあって上着はない。
そして傍らにはリーオが膝を折って控えている。
完全なマニュアル通りの従者らしい出で立ちで。
・・・・・・いつものリーオじゃない。
「・・・リーオ、お前何のつもりだ?」
「昨晩はお疲れのようでしたので、失礼ながら僕が寝台まで運ばせていただきました」
「なんだその喋り方?なんのつも」
「お疲れでしょう、これを」
すっと差し出されたのは蒸しタオル。目元に押し当てると熱すぎないから、昨日の疲れが抜けない朝には気持ちがいい・・・・・・って違う!
「そうじゃない!一体何のつもりだ、こんなことをして!」
「こんなこととはなんでしょうか、マスタ―?」
「だから、その態度だよ!まるで従者みたいな世話焼いて・・・」
「僕は従者ですので、従者として主人をお世話させていただくのは当然のことです」
言い切ったリーオの顔はいつもどおりの澄まし顔ではなく、穏やかな満面の笑みだった。
そして、一日は始まった。
学校でもリーオは従者らしい(つまりリーオらしくない)態度を貫き、先に俺の荷物を持ち、俺が何かをしていれば一歩引いて待ち、なにかといえば「マスター」と邪心のなさそうな笑顔を浮かべる・・・・・・これは新手の嫌がらせか?
そうとも思うが、なんとなくリーオが昨日言われた「身分以前に態度がなっていない」と言われたことをやはり気にしているのではと思うとリーオらしくないその姿にはむしろ罪悪感が湧いた。
リーオは全然従者らしくない。口は悪いし、手は早いし、キレると手が付けられない。
主人らしく扱われることはほとんどないし、俺もリーオにそういうものは求めていない・・・・・・家族の前や公式の場ではさすがにそのままではまずいのでリーオがそういう場に出ないか連れて歩くときはほとんど黙ってもらっていた・・・・・・が、一度、そういう場面でリーオの出自を影で嘲笑われたときは俺の方が激高してしまい、それからリーオはほとんど公的な場で従者として現れることができなくなった。
なんだかこれでは俺がリーオを従者として認めていないようでたまにいらつくが、俺自身もう一度「ナイトレイの子供は自分が卑しいからもっと卑しい身分の者を従者にした」という言葉を聞いて感情のままにならない自信はない、というか無理だという方に自信があった。
ふと、思い出す。そういえば公的な場でのリーオは俺のことをマスタ―と呼んでいた、そうでない場合もたまには呼ぶがエリオットと名前を呼ばれるのが普通で俺も特に意論を唱えたことはない。
そんな時のリーオに今のリーオは少し似ていた、もっともその時より礼儀正しい態度で困っているのが現状なのだが。
「・・・・・・マスター?」
「・・・・・・うるせえ、もうやめろよ、それ」
一日が終わり、寮の部屋に帰ってもリーオは相変わらずだった。
今日は図書館に行ったのにリーオは本を借りていないし、ピアノの連弾も丁重に断られた。
それを寂しいと認めるには俺とリーオの関係は気安すぎた。
当たり前に過ごしていたことがなくなるとお互いがお互いでい続けることを空気のように当たり前としていることを無意識に認めている分、意識して認めるのはかなりの精神力を必要とした。
「・・・・・・なんのことでしょうか?」
「マスターっていうのはやめろ」
エリオットと呼ぶ声がないと、まるで今までのことをリーオ自身から否定されているようでだんだんイライラとしてくる。
「じゃあ・・・」
リーオはきょとんと少し叱られたような顔をして、やや目を伏せるとためらいがちに唇を動かした。
「・・・エリオット様?」
あまりに無垢な声で言うものだから、こっちはしばらく硬直した。
「ぶっ!・・・・・・な、なんだそれ!」
「だって・・・」
「あああああ!もうやめろ、俺はお前に従者らしくして欲しくて従者になれっていったんじゃねえ!
・・・・・・それは、家のものは最近身分だけじゃなくてお前の身なりや態度のことまで言うようにもなったけどよ。
そういう立場に置いて俺も悪かったと思ってる。影でこそこそ言われるのが嫌なことも俺だってよくわかってる・・・・・・。
だがな!おれはいつものお前が従者であって欲しくてそういったんだ、従者らしい従者にそばにいて欲しくなかったからお前を・・・!」
「ストップ」
急に手で口をふさがれた。抗議の声を出そうとしても手が邪魔で声が出ず、しかたなく目線を下ろしてリーオに抗議の意を示そうとすると・・・・・・逆に驚いた、今までとは別の意味でリーオがらしくない表情で見上げている目と目があった。
「・・・・・・マスターは今日はお疲れのようですから、僕はしばらく黙っていますね」
見上げた顔は、世界を隔てる前髪から隙間からしか見えなくてもどうしようもなく赤くなっていた。
その後リーオはいつものリーオに戻った。無言で本の山の中でひたすら読書に没頭している。
そのリーオを前にして俺はたまに目をやりながらも、どう声をかければいいかわからず自分で茶を入れたり(リーオは完全無視だった)、運ばれてきた夕食をひとり食べたり(リーオはベッドの本の山のひとつの上においておいたらいつの間に勝手に食べた)、風呂から上がればすれ違いに顔も見ずにシャワー室に入った。
喧嘩をしたわけではないが、どうもうこうも話しかけづらい。多分それはリーオもそうだろう、たまに目をやると不意に目が合うがさっさとそらされる。それもいつものようにそらっとぼける様子ではなく、本当にどうしたらいいかわからないといった様子で余計に何を話せばいいのかわからない。
結果、二人で黙り込んだ時間だけが過ぎで夜半になる。
(まあ、今までもそんなことがないわけじゃなかったし)
きっと明日になれば、また・・・すぐにいつものようには無理かもしれないが少しはまたあの軽口が聞けるだろう。そう思って本を閉じてそろそろベッドに入ろうと歩く。
「エリオット」
とリーオが話しかけてきた。気安いいつもの調子に、思わず振り向くとリーオは至近距離でやたらと分厚い本を高く持ち上げていた。
なんだと思うまもなく俺の頭に叩きつけられる。がん!という音と共に目の前に星が散った。
「〜〜〜ってぇ!?リーオ、お前、なにす・・・ってえ!」
今度は額に平手が叩きつけられた、あまりに急な暴虐ぶりにいつキレるかわからないいつものリーオが戻ってきたことを喜ぶ暇もない。とりあえずさらにもう一度本を振り上げた手をつかむと次なる攻撃を防ぐ・・・・・・とリーオが涙をにじませているのに気がついてさらに俺は混乱した。
「な、なんだよ、リーオ!いきなり態度を変えたと思ったら、こんどはいきなり殴りかかってきて・・・・・・ってなんだよ、何泣いてんだよ、お、俺が何かしたのか?」
「・・・・・・うるさい、嘘つきの日はもう終わったんだよ」
「はあ?嘘つきの日?」
「昨日、今日はあべこべの日だって言ったでしょ。だからそれが嘘、本当は今日は遠い国で一日だけ嘘をついてもいい日だったんだよ」
いきなりの展開で頭がついていかない、つまり今日のリーオは嘘のリーオだった?まあたしかにいつものリーオとは全然違ったが・・・・・・何が嘘であべこべなのか正直まだよくわからない。
「だから今日はいつもの従者らしくない「僕」は従者らしい「僕」にあべこべになるよって昨日いったじゃない、まあそれは嘘なんだけどさ・・・・・・言ったのにエリオットわすれてるみたいで、ちょっとイライラしたよ」
あべこべの日云々はそういえば言われた気がする、ただ朝のリーオの姿が衝撃的すぎて記憶から飛んでいた。さらにそれ自体が嘘だったと言われて・・・・・・全くわからない。
「よくわからんが・・・今日はあべこべの日じゃなくて、嘘をついていい日でお前が変だったのも全部嘘だったってことか?」
「まあ、そういうことになるのかな・・・エリオットもたまには横柄な主人にでもなればよかったのに。台無しだよ」
「台無しってお前な・・・いきなりそんなことできるか!ていうかなんでこんなことしたんだよ!」
「うるさいうるさい!せっかく恥を忍んで従順なフリをしたのにさ、気づきもしないでノーテンキに!・・・・・・しかも、それをイヤだイヤだって・・・こっちの気も知らないで!たまにはいいだろ、従者らしくしたって!エリオットの大馬鹿野郎!」
・・・・・・いいたいだけ言ったら、少し気が抜けたのだろうか、リーオはふいと顔をそらした。バツが悪そうな顔をしている・・・・・・やっぱり気にしているんじゃないか。
一昨日俺の家族から言われた「身分が違う」「恥ずかしい」「身なりもろくに整えない」「大体従者としての態度がなっていない」・・・・・・俺よりもリーオの胸に当然その言葉は刺さっていただろう。
よく趣旨はわからないがリーオなりにその言葉を消化したかったのが今日の行動ということなのかまおしれない。
「僕にも、フリくらいはできるんだよ」
「・・・・・・従順な従者のか?」
「うん・・・・・・昨日エリオット言われてたじゃない。僕のせいでエリオットは社交界に従者の一人もつれて歩けなくて恥ずかしいって。だから、僕も・・・髪を切ることはできないけど、従者らしい態度の一つくらいは取れるんだよ」
「社交界に俺の従者として出たいのか・・・?」
「・・・・・・ああいうところは苦手だけど、エリオットが中傷されるのは嫌だ」
ようやく落ち着いたのかリーオは本を下ろすと俺から手を離した・・・・・・その姿を見て俺は従者ってなんだろうと考える。
今日のリーオはある意味では模範的な従者像そのままだったと思う。けれど俺は今の、自分に投げられた言葉じゃなくて俺に投げられた言葉にどうにかするために今日一日を風変わりな一日にしたリーオが、なんだか一番従者らしく見えた。
あまり口には出さないが俺とリーオは根本的には友人でそれ故に一般的な主従らしくないのだが、この友人の献身としては少し大げさな従者としての奉仕としてはズレているリーオは・・・・・・本人には絶対言わないが俺の理想の従者らしい気がした。性格は全然違うが、聖騎士物語のエドウィンとエドガーのように立場でなく本当に相手思ってそんな関係を望んでいるような、そんな・・・・・・・それ以上考えるのは恥ずかしいからさすがにやめておく。
「なあリーオ、今度社交界一緒に出るか?」
「・・・・・・エリオットが前みたいにぶち切れないならね」
物凄く冷たい目線を返される。全く何が従順な従者だ、すぐに化けの皮がはげてやがる。
「どうだろうな、我慢はするが難しいかもしれない」
「じゃあ、もっとエリオットは悪く言われるだろ・・・やめとく」
「・・・・・・じゃあ、俺も社交界はできるだけでない」
「だから、そうしたらまたエリオットが悪く・・・」
また本を振り上げようとする手を掴んで、顔が緩むのを抑えて言う・・・・・・緩んで悪いか、ここまで大事に思われてなんとも思わないほど俺は喜ばないほど無情な人間ではない。一度もリーオは自分のためだとは言わなかった、俺のことばかり言う。
「ま、それなら仕方ない。俺の従者はお前だけだし、従者が馬鹿にされたら主人は怒るもんだ。それで従者が出ないなら社交界で一人で歩いて変わり者扱いされるのも悪くない」
今まで陰口を聞くたび黒い感情で一杯になる胸が、今度そう言われたらどんな感情で満たされるだろうか。そんなことを考えると、リーオは見抜いたように「・・・・・・エリオットみたいなご主人様をもって、僕は大変だよ」と呆れたようにいった。
終わり
あとがき
エイプリルフールは終わってないのです・・・私の心の中で。
2012/4
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