あなたへの月 3
コンラートがこの部屋で育った?
ヴォルフラムは首を捻った。生まれるずっと前の話だから人伝てにだがコンラートが生まれたときの話は知っている。コンラートは母がコンラートの父であるダンヒーリーに与えた土地、ルッテンベルクで生まれたと聞いていた。だからコンラートは当時魔王だった母が納まる血盟城ではなくそのまま生れ故郷で育ったと聞いていたのだ。
ヴォルフラムがコンラートにその旨を伝えると少しいたずらっぽい笑顔が返ってきた。
「育ったというのは大げさかな、俺は子供の頃はルッテンベルクにいることが多かったし父親に連れられて人間の国を旅することも多かったから。でも・・・・・・」
「でも?」
振り返ろうと身じろぎしたヴォルフラムにコンラートは「ああ」とヴォルフラムを抱き締めたままだった手を解くとヴォルフラムの隣に腰を下ろした。懐かしそうに目を閉じると過去の情景を思い出す。
「俺が生まれてからは、母上は・・・・・・とても俺を可愛がったそうだよ。俺の父親もね。生まれてからもしばらくは乳母や使用人にも任せずに自分の手で俺を育てようとしたそうだ。ルッテンベルクは赤ん坊にとってもいい季候でよく俺を連れては遠乗りにいったらしい。さすがに憶えてないが」
ふっと笑うコンラートは過去を見ていた。彼自身は憶えてもないのにそんな幸せそうな表情を見せられると何となくつまらない気がしてヴォルフラムは続きを促した。
「そうだろう。だったら・・・・・・」
「だが、母上は当時は魔王だ。俺を生むのはルッテンベルクだったが当時はシュットフェルが実権を握っていたとはいえ何時までも魔王が血盟城にいないわけにはいかないだろう」
虚を突かれたようにヴォルフラムは目を見開いた。確かに母と2番目の兄がルッテンベルクで一緒にいられる時間は何時までも続くというわけにはいかなっただろう。特に彼は・・・・・・
「魔王が人間と結婚するということもかなりの大事だったけれど、その間に子供が生まれるというのもシュトッフェルにとっても純血派の魔族にとっても頭痛の種だったんだろうな。母上はそれまでは長く城を開けてもあまり連れ戻されるようなことはなかったらしいけどその時だけは別だったみたいだ。出来るだけ、俺の父や俺の側に母上を置きたくなったんだろう」
「・・・・・・・・・・・・」
「母上も最初は帰城をかわしていたらしいけど、だんだん帰らないわけにもいかなくなった。
母上は迷ったらしいよ、俺を人間を嫌うものが多い血盟城で側に置くか人間との血を分けたものが多い、父親のいるルッテンベルクに置いていくか・・・・・・。
結局、母上は俺を連れて行った。その時にこの部屋を作った」
「作った?この部屋を?」
驚いた。ただの外れの部屋だと思っていたら母自ら作った部屋だったとは。
ヴォルフラムが驚いた様子にコンラートはいたずらが成功した子供のような満足感を覚えた。くすくす笑いをかみ殺すことには成功するが、すぐにコンラートの様子に気付いたヴォルフラムはむっとして乱暴に足を投げ出すと話を続きをしろとせかした。頬をふくらませそっぽをむいた弟を可愛いなと思うがそんなことを口にすればそれこそ部屋から追い出されるだろうから、おくびにも出さずにコンラートは話を続けた。
「この部屋はユーリが魔王になってから単なる外れの部屋になったがそれまでは母上の隠し部屋だった。この部屋というかこの辺り一帯がな。この部屋はもちろん廊下や小さな庭も」
「・・・・・・・・・・・・」
「俺から離すために母上を呼び戻されたのに、俺を連れて行っては面倒なことになると分かっていたからこっそりここで俺を育てることにしたらしい。元々外れの場所であんまり使われていなかったけど、内緒で改造して幾つかの道順を守らないと誰も入れないようにしたんだ。壁と見せかけて曲がり角だったり、クローゼットの中にドアがあったり」
「・・・・・・ここが?そんなふうには」
「今はな。ユーリに魔王の座を渡すとき母上がこっそり元に戻したらしい」
コンラートはヴォルフラムの頭に手を伸ばした。すぐに振り払われたがそれでもコンラートは弟とこんな話が出来る日がまた来ると思ってもいなかったことを考えるとそれすら嬉しかった。
「お前は覚えていないだろうが・・・・・・俺がここにきたときお前はここへ辿り着く方法も知らないのに、俺を追いかけてここまで辿り着いたんだ。あんまりややこしい道は通らなかったけどまだ小さくて俺に追いつくのも大変だったろうに必死で走って」
「・・・・・・また、その話か。ぼくはそんなことをした覚えはない」
「そうだな。でもその時だけだったんだ。この部屋に俺や母上、一部の使用人、そして俺の父親以外の誰かがここに来たのは」
「・・・・・・・・・・・・全く、お前は夢でも見てたんじゃないか?」
「夢だったかもな・・・・・・それでも嬉しかったよ」
怒るのも疲れたといった風にコンラートを呆れて見る。コンラートは何も言わずにいつものヴォルフラム曰く「うさんくさい笑顔」を浮かべて、懐かしい思い出を愛おしく思い返しているようだった。
少しばつが悪い。そんな風に、幸せそうにいわれても全く憶えていないのだ。コンラートを追いかけて幼い自分が夜の血盟城を走ったことも、この部屋でコンラートと一緒に眠ったことも。
ヴォルフラムは無意識に拳を硬くした。そんな風に懐かしがられても、憶えていないものは憶えていないんだ。
「ここは俺が成人した後も、母上がこっそり使ったり俺が一人で過ごしたいときに使ったりしていたよ。何せここにはこの場所を知っているもの以外は誰も来ないからね。今思うとよくばれなかったと思うけれど、ここは隠れるのには最高の場所だったよ・・・・・・」
あの時も、とコンラートはその続きを口にするのはやめた。
混血であることがヴォルフラムから引き離される理由になりうることを、分かっていたはずのことを不意に突きつけられて急に足下が崩れたような気がした。
だからここに逃げ込んだ。ここなら誰もいない。誰にも傷つけられることはないのだと。
それでも、彼だけは追いついてきてくれた。本当は誰かに見つけて欲しかった自分を。
コンラートはもう一度ヴォルフラムの頭に手を伸ばした。さっきのように振り払われると思ったが今度はただ頭を撫でられている。
大人しい、おかしい。コンラートがヴォルフラムの顔をのぞき込もうとするとヴォルフラムが口を開いた。
「・・・・・・ったのか」
「・・・・・・何だ?」
「・・・・・・ここに、閉じこめられているようには感じなかったのか?」
ヴォルフラムはうつむいたまま尋ねた。表情は見えない。
「ここから出られずに暮らして閉じこめられているようには感じなかったのか?」
「・・・俺がここに?」
「だって・・・・・・」
「お前が人間の血を引いているから、ここに暮らすことになったんだぞ」とは訊けなかった。
グウェンダルが生まれたとき、母は魔王ではなかったのでグウェンダルは父の故郷であるヴォルテールで生まれた。ヴォルフラムが生まれたときは血盟城だった。どちらにせよ二人とも生まれた場所で誰に文句を言われることなく育った。
グウェンダルが生まれたしばらく後に母が魔王に即位したときは誰にはばかることなく、グウェンダルは血盟城に共に母と赴き、そのままそこで母と共に育った。ヴォルフラムは母の故郷であるシュピッツヴェーグや父の故郷であるビーレフェルトにはあまり帰らず、子供の頃のほとんどは血盟城で過ごした。
コンラートだけが生まれた場所で母に育てられることを許されず、母が自らの側で育てようとしてもそれはこんな風に隠れた場所でそしてそこから出ることは許されない形でしかなかった。
その意味を幼い頃のコンラートは知っていたのだろうか?人間の血を引く故に閉じこめられていたことを。
コンラートはヴォルフラムの頭を撫でる手を止めると目を閉じた。
「そうだな・・・・・・本当に幼い頃だけだったからあまり憶えていないけれど、子供心に「どうしてここを出ちゃいけないんだろう?」とは思ったな。ルッテンベルクにいた頃は毎日外に出かけて、父親に剣の稽古をつけてもらったり母上にお茶会に連れて行ってもらったりしていたから」
「・・・・・・そうか」
「でも、ここに住むことがいやと思ったことはないよ。ほんの子供だったせいもあったけど、ここにいるとき母上はあっちにいるときよりも一緒にいてくれたし、父親もたまにこっそり来てたしな」
「・・・・・・そうか」
「そのうち、父親が俺を人間の国に連れて行くって言って連れて行かれたから、実際は十歳になる前にはここを出たよ。ここにいたのはほんの数年だったから疑問を抱く時間もなかった」
「・・・・・・そうか」
「そうか」しか言わないヴォルフラムにコンラートはあることに気付いた。
「・・・・・・なあ、ヴォルフラム。もしかして俺のこと心配した?」
「なっ・・・!!・・・し、していない!違うぞ、ぼくはただ、その」
「そうか、心配したか」
言うが早いやヴォルフラムは再び抱きつかれた。
慌てて突き飛ばそうとするが、逆に二人してベットに倒れ込み、コンラートに押し倒される形になった。
余計にヴォルフラムは暴れた。頬に怒りとは違う意味で紅が差している。
「コンラート、ふざけていないで放せ!」
「ヴォルフも大人になったんだな、俺の心配してくれるなんて」
「勝手にきめるな!心配何てしていない!」
「そうだよな、もうこんなに大きくなったんだよな・・・・・・俺の心配するほどに」
「人の話を聞け!」
「ありがとう、嬉しいよ」
「だから・・・・・・・・・・・・っ!」
ヴォルフラムは絶句した。コンラートがヴォルフラムの頬にキスしたのだ。
ヴォルフラムはさすがにキレた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「あっはっはっ」
一向に気にしない様子のコンラートをいっそ殴ってやろうかと思った。しかし、いつもの「胡散臭い笑顔」とは少し違う風にコンラートが笑うことは珍しかったので、・・・・・・断じて嬉しかったのではない・・・・・・、見逃してやることにする。代わりに脇腹に一撃は入れてやったが、コンラートはただひたすらに楽しそうだった。
「ヴォルフが気にするようなことは何もないよ。本当に子供の頃の話で自分がどんな立場かなんて知ることもなかったし、母上もそういうことには俺を近づけさせなかった」
「・・・・・・ふん、お前の鈍感さではそんなものかもな」
抱きつかれながらも脇腹を肘で押しつつちょっとほっとした。
コンラートは本当に楽しそうに笑い続けた後、窓に目をやった。そこにとてもいいものを見つけて胸がはずむ。
窓ガラスの先を指さして、言った。
「それに、俺の、混血の魔族の立場が分かってここに隠されていたと知った後も俺はここが好きだったよ。この部屋は空がとても綺麗に見えるだろう」
「・・・・・・そうか?ぼくはそうは思わないが」
「母上が部屋の中でも外と同じようになるよう作ったんだそうだ。この部屋の窓は大きいだろ」
「そういえば、そうかもな」
納得した様子のヴォルフラムにコンラートは、ますますはずんだ気分で続ける。きっと同意してくれると信じて。
「ほら、ここは血盟城で一番月が綺麗に見えるんだ。今日は満月が綺麗だろう?」
その瞬間、ヴォルフラムの顔色が変わった。
「ヴォルフ・・・・・・?おい、ヴォルフラム?どうした」
コンラートはどきりとした。コンラートが顔尾をのぞき込むとヴォルフラムの高調した頬が一瞬で月の光のように青白いものへと変わっている。表情は先ほどと同じように人形のように無表情で、指先が震えている。
「ヴォルフ?どうしたんだ、大丈夫か」
「・・・・・・っるさい」
コンラートが顔をのぞき込むとヴォルフラムは満月の光の届かない部屋の隅へと視線をやった。肩が小刻みに震えている。
「ヴォルフラム?」
「うるさいっ・・・・・・ぼくは満月なんて大嫌いだ!話をしたくもない!見たくもない!」
「・・・・・・え?
そんな、お前満月は好きだったろう?どうして」
「うるさいうるさいうるさいっ!!」
ヴォルフラムはわめき散らした。
様子がおかしい。ヴォルフラムは口調こそいつものように怒っているようだが表情は全くなかった。それでいて全身を真冬の空に放り出されたようにかたかたと震えていた。息が浅く、肩でぜえぜえと息をしている。
「・・・っ満月、なんて!ぼく、は・・・、大嫌い、だ!」
刺激するべきではない。ここはそっとしてなだめるべきだ。必要があれば医務官を呼ぶべきかもしれない。
余計なことをするべきではない。ここはただ「分かったよ」とここは言うべきで・・・・・・
「ヴォルフラム」
しかしコンラートは過去の思い出に、普段の彼らしくなく、執着した。理性は常日頃のように弟をなだめるべきだと言っているのに、そうできない。
だって、これで、最後かもしれないのに。
「嫌いなはずないだろう・・・・・・あんなに好きだって」
「うるさい、嫌いだ!その話をしたくもない!」
彼が忘れてしまっても、確かにここに二人でいたこと、「ちっちゃいあにうえとまんげつはおなじでだいすき」と言われたことの証明をするようにコンラートは拘った。
「どうして!」
「うるさいうるさい、お前には関係ない!」
「ヴォルフラム!」
コンラートがヴォルフラムの肩を掴むとヴォルフラムは今までにない強さでコンラートから離れた。
もう一度手を伸ばした。
「うるさい、近寄るな!」
「ヴォル・・・・・・」
コンラートの手はもう一度ヴォルフラムに伸び、そして次の言葉を聞いて硬直した。
「汚らわしい人間の手でぼくに触るな!!」
......to
be continued
すぐ書くつもりだったんですが2週間以上間があいてしまいました。
コンが血盟城にいることって実は難しいだろうな〜と思って、こんな設定作りました。
裏設定というか、あんまりはっきりは書いていませんがこのときのコンラートは既に眞魔国離脱が確定している設定です。ヴォルフに会うのもこれが最後くらいは考えている設定です。だから、妙にテンションが高いのでしょう。抱きついたり、笑ったり、ヴォルフに詰め寄ったり普段のコンより感情的ですね。
以前日記で↓の名言を元にキスを書いていこうと言ったきり二ヶ月が経過してしました。
キスした場所でキスした側の相手への心境が表れるという意味です。
手なら尊敬
額なら友情
頬なら厚意
唇なら愛情
瞼なら憧れ
掌なら懇願
腕と首は欲望
『其れ以外はみな狂気の沙汰』
フランツ・グリルパルツァー
今回はほっぺたです。ありがとうの印ってことで。
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