「 な く し た 」   (1) 


 












 

 

何処にいった?




鬱蒼とした緑は探し物をするには向いていない。下草は足元を隠すし、長身の身には顔に鬱陶しいほど葉枝が絡み付くほど伸びて行く手を隠す。挙げ句に長い髪をひっぱっられたりもした。かくれんぼには向いていそうだが、だれかを捜すには不向きだ。

いや、かくれんぼなのかもしれない・・・・・・私は弟たちと違って兄弟たちとはしたこともなかったが。

グウェンダルは最近と住処となった屋敷から少し離れた森で足下に目をやりつつ、小さな花を踏まないように歩いていた。急ぐ必要はない。初めの十回までは目の前が真っ暗になって自分の不注意を死ぬほど呪ったが、二十回を越す頃には大分落ち着いていた。行く場所などそうないのだから、順番に回ればいいだけだ。




(・・・・・・本当に?)


本当は油断などできないかもしれない。油断など、取り返しのつかないことに繋がりかねない。なんど後悔した。なんど絶望した。己の罪に、彼の罪に。

そうだ安堵は許されない。自分のために。
噛み締めると、グウェンダルは耳を澄ませた。あの場所にいるなら、いつもの彼のあの語りかける声が聞こえてもいいはず・・・。



「・・・どこに、いるんだい?」



グウェンダルは動揺した。いつものコンラートではない。いつもの空虚な幸福の台詞ではなく、真実の悲痛な響きだった。



「どこだ、どうして・・・どうしていないんだ!」



まるで悲鳴だ。そして、悲鳴はさらに続いた。



「どこに・・・どうして!どうしたんだ!ヴォルフラム!」

「コンラート!」



グウェンダルは顔をひっかく枝を無視して森を突っ切った。何度も通い慣れた場所に足が届くと、視界は開け周囲から絡みつき足を遅くするような森の責めは急に途切れた。小さな泉の周りわずかには丈の低い草しかないことは経験で知っていたので遠慮なく飛び込むように全力で飛んだ。
ぬかるみに足を取られてたたらを踏むと、グウェンダルはそこに目的の人物がいることを確認して、そしてその安全を確認した・・・・・・大丈夫だ。どこにも血は流れていないし、左手を首に当ててもいない。

ほっと息をつくとグウェンダルは気を緩めることなくコンラートに近づいた。無事なようだが、コンラートの様子は尋常ではなかった・・・・・・いや、常がすでに尋常とは彼も自分もとてもいえたものではないかもしれないがとにかく最近の自分が知っている彼ではない。

コンラートは恥じることも隠すこともなく泣いていた。左手の指先を泉の澄んだ水につからせて、何かをつかもうと身を乗り出していた。

幼い子供ような表情のすぐ下の弟など彼が幼い頃から一度たりとも見たことはなかった・・・・・・ひょうひょうとした表情と悲しみを通り越して虚無につかった表情以外の彼は知らない。

ただし、それはここへ、ルッテンベルクにコンラートと共に来てからの数ヶ月を除いてのことだった。それでもグウェンダルは数瞬、事態を忘れてその顔に魅入られた。

動きを止めたグウェンダルにコンラートも数秒動きを止めたが、コンラートははっとして動きに戻った。コンラートの表情には涙以外にははっきりと焦燥が見て取れた。グウェンダルはそのまま泉に突っ込もうとするコンラートに我に返ると慌ててコンラートの右腕をつかんだ。彼のものではない左腕ではなく、右腕を。

あっさり動きを封じられたコンラートはそのまま泉から引きずり出された。さして水につかったわけではないはずなのに震えるコンラートをグウェンダルはしっかりと抱きしめた。

・・・お前だけはどこにも行くな。


「・・・・・・コンラート」

「・・・・・・あ、れ?」

「・・・・・・どうした、コンラート。何があった」

「グウェン?・・・グウェン、ヴォルフが」



涙を浮かべた薄茶の瞳にグウェンダルは心からおびえた。コンラートに、その言葉の続く先に。



「いないんだ、ヴォルフラムがいないんだ・・・どうして」

「・・・・・・」



グウェンダルにはどう返答すればいいのか分からなかった。それはどういう意味だ、どの意味だと考えればいい?「ヴォルフラム」の姿が見えないことか・・・それともそのままの意味なのか。
グウェンダルは前者であることを心から眞王に祈るとコンラートに「探してくる、ここで待っていなさい」といった。コンラートはしばらくグウェンダルを見上げていたがこくりと頷いた・・・・・・ここのところ彼の心は以前よりもっと幼くなっていっているのは気のせいではないだろう。それは悪いことなのだろうか、それともすべてを忘れられると言うことなのか。

グウェンダルは泉の中をのぞき込んだ。澄んだ水に満ちたところであまり生き物は住んでいないが、それでも底の方は水草が生い茂っていて見えない。目をこらすが同じだった。
グウェンダルの膝までしかない水丈でかしない泉も足を踏み入れればぐしゃりと濡れる。気にせずグウェンダルは膝をついて泉の奥深くで見えない場所に手を伸ばす・・・・・・あった。絡みつく水草の中で確かに感じる水を吸って重くなったそれの感触。

つかんでそのまま引き抜くと確かにあった・・・ずっと昔に自分で作った不器用なあみぐるみ。金色の髪を黄色の毛糸に見立てて青い軍服を着たそれ、末の弟のヴォルフラムを元にしたあみぐるみ。
一瞬渡すことをためらう。これじゃないと言われれば、どうすればいい・・・?



「ヴォルフラム!」



グウェンダルの腕の中にコンラートの腕が差し入れられた。グウェンダルの躊躇の間もなくコンラートは「ヴォルフラム」をつかむとそのまま腕の中に深く抱きしめた。
グウェンダルは安心したような拍子抜けしたような心境でコンラート見た。濡れた「ヴォルフラム」をコンラートは「風邪を引くよ。いきなり泳いだりして、俺は泳げないからすごく心配したんだよ」と裾で「ヴォルフラム」の前髪をぬぐっている。コンラートの表情は安心して、幸福そうで、何も見てはいなかった。



「グウェン、ありがとう。ヴォルフラムを見つけられなくて・・・どうしようかと思って」

「・・・・・・いや、いい。お前は泳げないからな」



本当は泳げる。しかし、弟の世話をしていた頃のコンラートは泳げなかった。コンラートの心は泳げるようになった時代にはない。

コンラートに帰ってきてほしいとは思わなかった。帰ってくれば、今度は弟を二人ともなくすことになる・・・・・・疑惑ではなく、グウェンダルはその確信におびえていた。どうして、彼に心を引き裂かれて生きろといえる?

動かない右腕ではうまく「ヴォルフラム」を抱きしめられないコンラートにグウェンダルは手をさしのべた。袖の下の傷跡はまだ生々しい傷跡が手の甲のあたりまで横たわっていてグウェンダルには直視する自信がなかった。右手をそっと「ヴォルフラム」の上に添えさせる。
「ありがとう」と感謝の表情をコンラートは向けた、しかし、やはりその目にグウェンダルは映っていないと思った。過去の姿になっているのか、そもそもなにも見えていないのか。

コンラートは今度は笑顔を向けた。きれいに形の整った、その瞳に何も映らないその笑顔はこの世で一番悲しいものにグウェンダルは見えた。



「今から、二人でかくれんぼをしようとしていたんだ・・・グウェンも一緒にやる?三人で」

「・・・・・・ああ、しよう」

「グウェンもやるってさ、よかったねヴォルフ。三人でやった方が楽しいだろう、ね」

「そうだ、そう・・・三人でかくれんぼをしよう」



一生自分は弟たちと三人でかくれんぼをすることはないのだとグウェンダルはコンラートの手を取って「二人」に触れた。

 

 

 









......to be continued......










グウェン視点です。
ちなみのこのグウェンは摂政としての仕事は全くしていません。ずっとコンラートとこんなことをしています。