「 な く し た 」   (4)























・・・・・・許さない・・・・・・


















何?

今、なんていった?









首筋にひどく冷ややかな物を感じてコンラートは微睡みから目を覚ました。


・・・・・・何だろう、ひどく冷たい物が触れたような気がした。


目を開けるとそこにはヴォルフラムが眠っていた。まだまだ幼い弟は何にでも興味を示し始終駆け回っているが、つかれて寝てしまうのも早い。ぐっすりと眠る魔族の長い寿命からしては早い成人の日にさえまだまだ先の幼い弟にそっと触れるととても柔らかい。


暖かい日溜まりの匂いがいつもこの弟から漂っている。日の恵みを一心に受けたかのような弟がコンラートは好きだった。


・・・・・・気のせいだったのだろう。冷ややかな物なんて、ここにそんな物があるはずがない。
ヴォルフラムの側に恐ろしい物など、あっていいはずがない。



髪に指を触れさせて撫でると少し笑った気がする。その顔がかわいらしくて誰かに見せたくなる。



そうだ、グウェンダルは・・・・・・いない。




また、はぐれてしまったのだろうか?記憶にはない・・・というか、ここに至るまでの記憶がひどく曖昧で思い出そうとしても霧がかかって判然としない。

ヴォルフラムを追いかけてここまで来たということは覚えているが、いつ、どこで、誰といたかは思い出せない。・・・・・・まあ、いい。ヴォルフラムが側にいるのだから大丈夫なのだろう。

兄のグウェンダルはここにしばらく弟たちの側にいてくれることがほとんどだった。そのことがコンラートは少しうれしくもあり、照れくさくもあった。コンラートにとっての兄は自分にも他人にも厳しく、すぐ下の弟と遊ぶことは主にコンラートの役割だった。

勉強に忙しいグウェンダルとは遊ぶことなどないと思っていた。それが今は寝食を共にして、三人で過ごすことばかりだった。うれしい一方、戸惑う。

それでもいつも動き回っているヴォルフラムがどこかへ行ってしまうとコンラートはそれを追いかけることに夢中でグウェンダルを気遣い余裕がない。いつも過ごしている小さいが鬱蒼としている森の中では尚更だった。グウェンダルはよくはぐれてしまい、そうなれば血相を変えて探しに来る。兄からのはっきりとした愛情表現がコンラートに少しこそばゆかった。
その愛情がヴォルフラム向けられているものであったとしても、冷静沈着な兄が感情をあらわにして弟を心配しているのは嬉しい。


いつからだっけ、グウェンが側にいてくれるようになったのは・・・・・・楽しい記憶の始まりを探すと急に記憶にかかっていた霧が深くなった。いつから、グウェンは俺とヴォルフラムの側にいてくれるようになったんだろう?







いつから、いつから?・・・・・・いつだっていいじゃないか!そんなもの!!



















・・・・・・本当は、知ってくるくせに


















(誰!?)





再び、冷たい手が首筋に触れた気がしてコンラートは怯えた。

何?誰かいるの?周囲には鬱蒼とした樹木と可愛らしい鳥の声がする程度だった。自分とヴォルフラム以外は誰もいない。コンラートは無意識にヴォルフラムの手を握った。怖くない、大丈夫。

ヴォルフラム言い聞かせているつもりで自分自身にコンラートは暗示をかけていた。大丈夫、ヴォルフラムはここにいる。

コンラートはヴォルフラムを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。日溜まりの匂いが恐怖をかき消していく・・・・・・。














・・・・・・お前が、ヴォルフラムに触れる資格があると思っているのか?

・・・・・・ヴォルフラムには触れられない。もう、誰も。

・・・・・・ヴォルフラムは、お前が・・・・・・!













誰かが喚いている。こわいこわい、助けて。なんでそんな風に俺を責めるんだ?どうして・・・・・・


コンラートヴォルフラムを抱きしめてうずくまった。無意識に本能的に、そうすればその声が遠ざかっていく気がした。日溜まりの匂い以外、何も感じない。感覚を閉ざすことがその声から身を守る手段だとすがるような気持ちだった。

そうしているとその声はだんだん遠ざかっていった。ヴォルフラムの柔らかい髪に顔を埋めると日溜まりの匂いと一緒に石けんの香りがした。グウェンダルが昨日はヴォルフラムを洗ってくれたんたっけ。兄を思い出してコンラート今度こそその声が遠ざかっていく気配を感じた。



ようやく恐怖から解き放たれたコンラートはヴォルフラムを抱きしめたまま立ち上がった。

帰ろう、ここは何かいやな気がする。早く、グウェンダルの元へ帰りたい・・・・・・。



足を進めようとしたコンラートはふと足を止めた。上の方から、近い距離に鳥の声がする。その声がヴォルフラムの好きな鳥の声だったから、コンラートはその方向を見た。


よく見れば、さっきまで眠っていた木の根元のその上方に鳥の巣箱があった。そこに茶色い地味な鳥と鮮やかな碧色の鳥が仲睦まじくさえずっていた。夫婦なのだろう。寄り添う姿は穏やかで幸福そうだった。二匹でなく声はか細かったが、本当に美しい。

コンラートにはよく分からなかったが、雄雌で大きく色の違うその鳥をヴォルフラムはいたく気に入っていた。鮮やかな鳥を好むのは理解できたが、地味な方の鳥をより気に入っていた弟を不思議に思っていた。声は美しいが、どちらかというと控えめな声なので一度聞いただけでは分からない。


理解は難しかったが、ヴォルフラムが好むならと・・・・・・どうした?

巣箱は頑強な作りになっていたが、ところどころいびつだった。ほほえましい子供の手作りといったところだろうか。ああ、釘が少し出ている。そうだ、あのときは慌てて作ったから・・・・・・。



一体いつ?



ヴォルフラムがお気に入りの鳥をいつまでも見ていたいと悲しそうにしていたのはいつだったっけ?ああ、なぜヴォルフラムは寂しそうだったのだろう。まるで、一人になっていたような。そんな、ずっと俺がいたじゃないか。でも、俺には父上が、最近咳が増えてきた父上の側に・・・・・・だから、もうすぐ成人の儀だから緊張しているだろう、といってヴォルフラムの側にばかりいるわけにはいかなかった。だから、せめて好きな鳥くらいは側で見られるようにと俺が作って・・・・・・いや、ヴォルフラムはまだまだ幼くて成人の儀なんてずっと先でいやでも俺はヴォルフラムためにあれを










・・・・・・いやだ!










心で悲鳴を上げるコンラートにはあの声が聞こえた。さっきまでにない明朗さで、どこか聞き覚えのある声が一歩、また一歩と近づく。小さな足がヴォルフラムを抱きしめてうずくまるコンラートの視界の端に映った。












・・・・・・そうだ、ヴォルフラムは城で一人いることが多くて寂しそうだった


・・・・・・でもヴォルフラムは気丈だった、本当は俺がいなくてきっと大丈夫だった


・・・・・・側にいて欲しかったんだ、俺自身のために









コンラートの目の前には少年がたっていた。濃い茶色い髪に銀色の光彩を持った薄茶の瞳。幼さを残しがなら、どこか冷たい空気を持っている顔には何の表情もなかった。しかし、その瞳にははっきりと憎しみが覗いていた。









・・・・・・やさしい子だった。本当はすごく人の心に聡い子だった


・・・・・・強い子だった。その強さを誰かのために使うことを惜しまない子だった


・・・・・・本当に、大切な、大切な弟だった・・・・・・








「だった」を繰り返す少年の手がコンラートに伸びてきた。コンラートはそれから逃げない。何も考えられない。

少年はコンラートの首に両手を当てると馬乗りになって首を絞めた。影になって少年の顔は見えない。



コンラートは息が詰まって、喘いだ。少年は叫んだ。悲鳴のような音だった。








・・・・・・お前がっ!お前がっ!どうして!!










肩からの胴を横切った剣の一線。ほとんど手応えを、コンラートは覚えていなかった。赤い赤い、血が視界を覆ったこともあまり覚えていない。ユーリが気が触れたように泣いている。「嘘だ。嘘だ」とヴォルフラムを抱きしめている。赤く染まったその体を・・・・・・。

誰が、赤く染めたんだ・・・・・・?






















お前だよ





だから

























殺してやる
























・・・・・・絶対に、許さない!!返せ返せ返せ、ヴォルフラムを返せ!返せ、返せよぅっ・・・!








コンラートは少年の手で首を絞められながら、血塗れの光景を見ていた。

頬に「ヴォルフラム」が触れていることを感じながらもを、赤く染まったヴォルフラムを見ていた。







































・・・・・・・・・・・・・・ヴォルフラム?

白い部屋だった。コンラートはそこで目を覚ました。どこだろう?何をしていたのだろう。ヴォルフラムは?


・・・・・・・何も感じられない。


左腕に暖かいぬくもりを感じて、コンラート身じろぐと視線をやった・・・・・・グウェンダルだ。コンラートの左の手を平を額に当てて目を閉じている。

一瞬眠っているのかと思ったが、グウェンダルはすぐに目を開いた。コンラートは無感情の中ですこし驚きを感じた。泣いていた。常に自分を律していた兄は、隠すことさえせずに涙を流していた。

「どうしたの?」と聞こうとしてコンラートは自分の喉に痛みを感じた。声を出そうとすると、強く圧迫されたように封じられてしまう。誰かに首を絞められて、喉をつぶされたみたいな痛みだった。痛い、息ができない。




思わず動かない右腕の代わりに左腕を喉元に当てようとしたら、グウェンダルがすさまじい力で止めた


・・・・・・いいから、何でもするからこの腕を動かさないでくれと泣いて懇願された。



兄に泣いてなにをか頼まれたことなどないコンラートはただ小さく頷いた。グウェンダルが怯えている、悲しんでいる・・・・・・その理由が分からずコンラートはただ兄の問いに目で「うん」と答えた。

グウェンダルの手がコンラートの喉元に伸びてきた。伸びてくる手が首に触れて・・・・・・その先は、おれはどうしたんだっけ?何かしたのだろうか、それでグウェンダルを戦慄かせるほどのことを?喉がとても痛くて仕方がない、そのことと関係があるのだろうか。ぼんやりと霧がかかっていて思い出せない。


(・・・・・・何だろう?どこかで転んだっけ、何かすごく冷たいものに首に触ったような・・・・・・?)


コンラートは何かを思い出そうとしたが、すぐに兄の手から暖かいものが流れてきて思い出せなくなる。ただ、いたわりだけを感じた。これは違う。全く冷ややかではない、あれとはずいぶん違う・・・・・・何だったのだろうあれは?思い出すと左手が喉元に触れたがったが、兄の涙がそれを制した。どこかで冷ややかな声が聞こえた気がしたが、グウェンダルがそれをかき消した。ただ、直ること、それだけをグウェンダルは願っていると感じたからそれ以外を忘れる。

治癒の術をかけられている、と感じたのは急に眠りが強く手を引いたときだった。今は眠ってくれと言うグウェンダルは少しだけ安堵したようだった。

「ヴォルフラムは?」と聞いた。一瞬兄の瞳に悲しい光が宿ったが、すぐにそっと「ヴォルフラム」を抱き上げてコンラートに見せた。


おはよう、ヴォルフラム。
寂しくなかったか?今日もお前の側にいるよ。


そっと枕元にすわる「ヴォルフラム」に微笑みかけるとコンラートは深い眠りの縁の落ちていった。





















FIN・・・?

......to be continued......













ごごごごごごめんなさい・・・・・・!
今まで一番病んでます・・・次男編です。すいません。

いろいろ突っ込むのも悲しくなりますが、一応ここで一時完結です。どこが完結しているんじゃ!といえばそうなのですが、一番書きたかったエピソードを書いたので一区切りではあります。

一応、次男が何故壊れたのかという理由の説明はこの話で書いたつもりです・・・つもり、です、はい。

・・・・・・わかりにくいですが、コンラートの首を絞めたのはコンラート本人です。こういう感じにそうとう自殺未遂を繰り返してます。右腕も似たような経緯でああなりました・・・・・・あああ、すいません。

小説部屋に移動したら、「 過去」と「未来」の話を補足として加えるかもしれません。書ければ、絶対書きます。中途半端でほんとすみません。



見てくださった方、本当にありがとうございました。



追記 


そこそこ修正を加えました。今までにないほど改行連続しました。昔一番好きだった小説サイトさんでよくやっていた表現でいつか使えたらなと思っていました。コンラートの精神世界は結構支離滅裂かつ、絶対に核心に触れまいとしているので、自分的にはそれっぽく使えて満足です。


それでは、次は核心となった過去の話ができたらなー・・・・・・と思いつつ。









2008/09/22