「 な く し た 」 (3)
小シマロン王サラレギーには特に変わりはなかった。別の言い方をすれば相変わらずでもあった。
「久しぶりだね、ユーリ。何年ぶりだっけ、聖砂国以来?」
「久しぶりだね、サラレギー陛下。確かに聖砂国以来だ、一年も経っていないけれど」
「そうだっけ?あなたとは随分離れていた気がするよ。
まあ私は相変わらずだけど、貴方は色々あったみたいだしね。本当に、大変だったみたいだったから今回は献上品まで持ってきたんだ。ところで私のことはサラでいいといわなかった?」
「・・・・・・ご好意、感謝するよ。「サラレギー陛下」」
そういってユーリはサラレギーの含みだらけの美しい微笑から目を伏せて、視線を逸らした。サラレギーは聖砂国から帰り小シマロンに戻ってからすぐに白鳩便を飛ばしてきた。表向きは眞魔国との国交を行いたいとのことだったがユーリはそれを鵜呑みにする気はなかった。
彼には散々な目に会わされた。それは忘れられないし、何より彼は一度ヴォルフラムを・・・それだけは許せない。
しかし、ユーリはサラレギーと話したかった。できれば二人きりで、邪魔が入らない形で。白鳩便を何度も送って、その度無視され続けた。本当はすぐにでも会いたかったのだが小シマロンはともかく聖砂国は遠すぎた。時間が過ぎるほど絶望が絶望を呼んでいた時の好機だった。逃すわけにはいかない。
今この来客室にはサラレギーとユーリの二人きりだった。二人で話をしたいというユーリに村田は諦めたような顔をしていた。一時間前まで精神的にも肉体的にもとてもまともでなかったことを考えるとかなり譲歩してもらったのだろう。代わりに盗聴器ぐらいは仕掛けられていそうだが、扉には内側から鍵がかかっているからそれでもいい。
「聖砂国では大変だったよ、ベネラとかいう奴隷には手を焼かされてね。ああ、でもあの奴隷はユーリと同じ故郷の人なんだっけ?だから、かな。しぶといししつこい」
しぶといししつこいのはお前のほうだろ。
「何もかも「サラレギー陛下」の思いどうりにはならないさ」
わざわざ意識しなくても冷淡な態度をとらせるサラレギーはある意味大したものだ。しかし、サラレギーは気にした様子もなく杯の中身を一口あおっただけだ。
最初は二人とも礼儀正しく接していたのに、こういう風に互いを詰るようになるなんてサラレギーは想像していたのだろうか?かつては片方は欺くために、片方は同世代の国王に羨望と劣等感のために表面上は互いに穏やかに接していたのに。
最後に聖砂国で彼に母親の手記を渡して少しは彼の心に近付けたと思ったのだが、今度は自分の心が離れてしまったようだった。
「余計なことはいいから、早く用件を言えよ」
こっちにも聞きたいことがある。できればサラレギーの用件は是か非はさておいてさっさと済ませてしまいたい。
「おや、私は用件を言っているだろう?君に同情しにきたんだ」
いたぶる気か。その手には乗らない。
冷静に、冷静に。目的を果たすまではサラレギーと争うべきではない。
ユーリは手にした杯の中身を一気に飲み干した。もちろん中身は酒じゃなく水だ。とにかくサラレギーから気を逸らしていたいユーリは僅かな時間でもそうせずにはいられなかった。
いつからこうなってしまったのだろう。サラレギーは油断などできない相手だが、それだけではない。ユーリは外交の席を含めた政治の場にほとんどたつことがなくなっていた。元々、政治的な話を理解しているわけではなかったがそれでも、自分の意見は述べてきた。それが自分が王という席についているギリギリのラインのようにユーリは感じていた。例え能力がなくとも自分が考え感じて、眞魔国のためになるならないと関したことには意見してきた。それが国を背負っているものの勤めだと思っていた。
しかし、今のユーリにはそれができなかった。
サラレギーはあくまでもユーリを痛め付ける気らしく、決して話題を変えない。
「それでサラの用件は・・・・・・」
「本当に大変だったみたいだ。本当に同情するよ、ユーリ」
「・・・・・・やめろ」
「まさか、あなたが婚約者を亡くしてしまったなんて」
蜂蜜色の髪は気が付けば血まみれで緋色になっていた。湖底の色の瞳はただそこにあるだけで何も映さず、透き通るような白い肌はかたい蝋のようなってしまった。
ヴォルフラムがどんな姿になってもいい、でもそうなってしまったヴォルフラムは「へなちょこ」と言わない。わがままを言って頬をふくらませたりしない。たまに屈託のない笑顔を見せて、それに照れて怒ったりしない。たおやかな手で誰よりも力強く剣を握ったりしない。
「・・・・・・黙れ!」
咄嗟に告げられた事実にユーリは沸騰した。なんでお前にそんなことを告げられなくてはならない。再認識されらなければならない。
恫喝したことは咄嗟にはまずいと感じたが、次の瞬間には開き直った。今更遠慮が必要とは思わなかった、首を絞めなかっただけ抑制したと思った程度だ。
サラレギーの方は肩で息をするユーリを特に気にする様子はなく、逆にユーリの心などお見通しとばかりにテーブルに肘をついて楽な姿勢をとった。甘えるような声に見せかけたいたぶる声で続けた。
「婚約者って、あの金髪の魔族でしょ?かわいそうにね。あなたが怒るのは当然だよ、ユーリ」
「・・・・・・だったら黙ったらどうだ、サラ」
「おや、わたしはあなたを怒らせたつもりじゃないよ?
国内に不穏分子を作って内乱が起きたのも、それで君の婚約者が死んだのも全部ユーリの王としての不手際じゃない」
「・・・っ、黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「でも、今回はちょっと意外だったよ。君が首謀者一味を全員処刑するとはね、それで当然なんだけど、あの甘いユーリがそんなまともな判断をするとはね」
サラレギーの言葉はいつでも毒をもって身の内に突き刺さる。
その通りだった。人間との戦争を回避することに力を注ぎ、そのせいで純血魔族に知らない間に深すぎる溝ができていた。うすうすそうかとは気づいていたがそこまでは気に留めていなかった。解決するにせよ、問題が表面化するにせよもっと先の話だと思っといた。
ユーリは反論しなかった。それ以上に空しかった。
サラレギーは信じはしないだろうが首謀者一味全員の処刑の決めたのは処罰の重さでも憎しみでもなく自制の結果だった。あのままだったら自分自身間違いないかれらをもっと酷く殺していただろう。更にはそれに少しでも関わったものにまで憎しみは伝染し、そしておそらくは彼を、
コンラッドまでも・・・・・・
イヤだ!考えたくない!
彼が一番苦しんだ、だから心が壊れてしまった。十分すぎるほどの、酷い罰を彼は自分自身に下した。本当にそれを受けるべきはユーリなのに。コンラッドの右腕はもう二度と動かないとギーゼラは言った。剣の腕を磨くことにその人生を賭けてきた彼の大切なものを奪った。何もかも自分のせいだ。
彼が罰を受けるなんて順番が違う、真っ先にまずユーリが受けるべきだった。それなのにユーリはそれをコンラッドに肩代わりさせた。
こんな酷い人間なんて他にはいない。
そしてサラレギーはそれを遠慮なく、嬉々として抉る。
「・・・・・・る」
「まあ、少しはユーリが変わったかと思って期待したのが甘かったかな。ユーリが面白くなっていれば一緒に大シマロンと戦おうかなとも思っていたのに」
「お前になにが分かる」
「眞魔国は魔族の孤立無援の国家で侵略に対する防戦を除けば人間の国と接することさえない。ほとんど貿易もしていない。
ねえ、ユーリ。小シマロンが眞魔国と聖砂国の国交を独占したら面白いことになると思わない?」
不穏な話題。またか。どいつもこいつもなぜ争いたがる。なぜこれ以上苦しめようとする。
「・・・そうだよな」
「・・・?何が?」
「そうだ、お前はそういうやつだよな。サラは何でも力で押さえつけようとしてるから力が欲しいんだよな!聖砂国の次は眞魔国か!」
「当たり前でしょ、私は王なんだから」
そうやって力で奪い合って、誰かを巻き込んで、挙げ句にヴォルフラムは。
「だろうな!お前は弟を踏みつけにして、母親の命を奪って生き返っていたんだからな!他の命を奪おうと今更どうでもいいわけだ!」
「・・・・・・」
「よくそんな簡単に戦争何て言えるな。人が、魔族がたくさん死ぬって知りながら!
ああ、サラはそもそも人でも魔族でも、なかったっけ。生に見放された生ける屍だもんな。自分ではあいつらが嫌いなくせに同類な訳だ」
「・・・・・・ユーリ」
「あんなに母親を恨んでたくせに、ああ、手記を見ただろう。アラゾンはお前を捨てたどころか命を与えて、死んで、その代わりにサラが生き返っていたんだ。サラは勝手に決めつけて恨んでいたくせに逆だったわけだ、今更後悔しても遅い・・・・・・!」
「ふうん」
サラの言葉はとても小さいものだった。言葉と言うより溜め息に近い。ほとんど音などなさなかったのにユーリはその音にびくりと体を凍らせた。今なんて言ってた?おれは何を言った。
思い出せない、ただサラを黙らせたくて、何をしてでもその口を閉ざさせたくて・・・・・・。
カタンと小さな音を立ててサラは立ち上がると小さな足音を立てておれを見下ろした。色付き眼鏡越しに金色の瞳がのぞいているのに、そこには怒りも軽蔑も何も映っていなかった。
「・・・・・・ユーリはずいぶんと面白くなくなったね」
「・・・・・・サラ、おれ今何を?」
「へえ、ユーリってまさかわたしに母上の手記を渡して、弱みを作ったつもりだったんだ。笑えるね、そんな意味もないことを利用してわたしの弱みにつけ込むつもりだったんだ。つまらない」
「・・・・・・弱みって?教えてくれ、おれ今なんて言って・・・・・・」
「わたしはね、ユーリ」
サラは少しだけ身をかがめて、おれの耳元にささやく。小さく、刃を持った声で。
「母上に感謝しているんだ、彼女の命と引き替えに私が生き返ることができたのだからね。
彼女の禁忌をいとわないで私を生き返らせようとしたところ、目的のためには手段を選ばないところは誇りに思ってもいいと思っているんだ。だって、わたしもそうあるべきと思っているからね。
だからこそ、母上のわたしの弱みになんてできないんだ。単純だろう?同時に母上の力で生きているわたしがその身を厭う理由はないよ、これも単純でしょう?」
「・・・・・・」
「ユーリは国を支配するつもりも利用するつもりもないくせに、綺麗事だけは言いたがる。わかりやすい偽善者だよね、ユーリは。エゴがあるくせにエゴがないようなことを言いたがる。
それでも以前は心が折ってやっても、綺麗事を言い続けるから、少しは面白いと思っていたんだけど、もうエゴが隠せなくなったらつまらないことをするようなるなんて、その辺の偽善者と同じじゃない。面白くない。失望したよ」
「し、つ・・・ぼう?」
サラレギーはもう用済みとばかりにユーリから離れるとひらひらと手を振った。
「じゃあね、つまらないユーリ。聖砂国の奴隷は押さえるには面倒だけど、十分な力にはなるよ。眞魔国の力はそんなにいらないから、もういいよ」
「まっ・・・まて!待ってくれ!」
用済みにされてしまったユーリはサラレギー追おうとしてそのままいすから転がり落ちた。しかし、サラレギーの袖をつかむとしっかりと逃げられないように握った。すぐにサラレギーのうっとうしそうな声が降ってくる。
「放してよ、もう君に用はないって言っただろう?」
「違うんだ、ごめん、悪かった・・・・・・謝るから、頼む、教えてくれ。サラは何か知っているんだろう?」
興味を完全になくしたサラレギーの視線がユーリに突き刺さるが、ひるまない。このため、これだけが胸の中で育てていたユーリを支えていたかすかな希望だった。
「教えてくれ、アラゾンはどうやったんだ。どうしたら死んだ人を生き返らせることが・・・・・・」
「くだらない、わたしが知るわけはないでしょう」
サラレギーの手がユーリの手に振り下ろされると、二人は離れた。
以前だったらサラレギーとユーリの腕力の差は歴然としてユーリの優位だったが、今のユーリは生ける屍のはずの少年の腕力にはかなうはずもなく、ただ振り落とされるしかなかった。
分かっていたのに、すがるしかないこともある。
それはユーリもよく知っていた。サラレギーのあの時の奇跡はどうして起きたかは全く分かっていない。「箱」の力なのか、アラゾンの起こした奇跡なのか、もう一度起こせるものなのか・・・・・・正直二度と起きないものだとはユーリは分かっていた。
サラレギーの靴が扉の向こうに見えなくなった時に村田が慌てて、駆け寄ってくるのが見えるとユーリは目を閉じた。・・・・・また、身の内の暗黒に墜ちてゆくのだろうか。だったらいっそすべて、跡形もなく飲み込んでしまえばいいものを、いつまでもいつまでもその暗黒はユーリを痛めるばかりでとどめを刺してはくれない。
今度はいつ帰ってこれるだろう。いっそ彼らの笑っている夢を見られればいいのに、ついぞそんな夢は見ない。
村田がなにか叫んでいる声を聞きながらユーリは眞魔国のことを思った。
おれの国、ヴォルフラムを殺してしまった国、おれを傷つけすべてを奪った、本当は憎んでいる眞魔国のことを。
......to be
continued......
ユーリがサラにひどいこという、とするつもりだったのですが、どう見てもサラの方がひどいですよね。ちょっとサラユサラはいった気がします。ユーリにごめんなさい。
次は次男編です。
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