超高校級の幸× 20






カケラのメッセージの海 2





 下へと落ちる落ちる落ちる――いや上へと浮かんでいく?
 南の海の色の希望のカケラの海の中で溺れているのか、揺られているのか。上下感覚はあやふやで、落下しているのか、浮いているのか、分からない。


(――夢のようなものだから、当然かもしれないけど)


 どこを見ても最初の海水浴のような、青い欠片。形は尖っていて、ボクをびっちりと囲っている。あまりのそのカケラの数にボクは押しつぶされてしまうと身を硬くした。でも全然圧迫感はないし、その尖端が触れても痛くない。
 カケラはボクを押しつぶしはしなかった。むしろカケラはボクを受け止めたしたけれど、それ以上は接触しようとしない。


(綺麗な海を魚になって泳いでいるみたいだ)


 幻想的なのか、非現実的なのか。
 日向クンであって日向クンでない「彼」はボクが現実に戻るまでに、何をするつもり、見せるつもり――いや自分で分かっている。これはもう届かない過去の断片だ。


(本当に、みんなもう死んだんだな……)


 知っていたのに、彼らの声を聞いただけでそれが酷く身近になる。さっきあの懐かしい四人に告げられた言葉を思えば自然とこの先の海の光景がどうなっているか、分かっている。でも――きっと今ボクは。


(この光景に、夢中になっている。ただただ見ていたいって思うほど)


 目の前にまた一つの光るカケラが几帳面に整列した。
 輝きを放つ希望のカケラが快活なショートヘアの女の子の姿へと変わった。


「小泉さん」


 明るい、懐かしい声だ。


……「狛枝、聞こえてる?…返事くらいしなさいよ!…って無理よね、何言ってるんだろう私…小泉真昼よ。これってある意味遺書だから調子が狂う、というか諦めてるみたいでやりたくないんだけど……仕方ないか。
 ねえ狛枝、あんたは生き残ったみんな、きっと生き残っていたら私も、殺そうとしたんでしょう?失敗して悔しい?でもね、喜ぶのか悔しがるのかよくわからないけど、あんたが手を下さなくても私たち色んな人たちからよく殺されそうになるわ。
本当にいやになるくらいいつも…でも私自身それを仕方ないと思ってる。私のせいで死んだ人を思っての殺されそうになったなら尚の事ね。ある意味では最初の被害者だった九頭龍に言われて堪えているけど、私はたまにその人たちの願いを叶えたいって思ってしまうんだ……。
 やっぱり私に気の利いた話なんて出来そうにないわね…じゃあ修学旅行の仕返しに狛枝に私の残念な近況報告をしておくわ……私ね、才能捨てたの。もう超高校級の写真家じゃなくなったのよ、私は。あんたには信じられないかもしれない、でももしかしたら誰よりも理解してくれたりするのかしら?
 とにかく私は自分が撮った写真で人の心を死の絶望でいっぱいにして人を殺めてきたこと、それを自分で笑ってみていたり、最後は何も感じなくなっていたことが怖かった。九頭龍の時みたいに……今でもねカメラに触ると手が震えて仕方ないの。これからどんな恐ろしいものを作り出してしまうんだろうって、どうしようもないの。
 そんなことをあんたに遺してどうするかって思うけど、とにかく私はあんたの興味がないなんの才能もない普通の人間でしかも一度絶望に堕ちて世界を滅ぼしかけた大罪人てだけなの。……悪いけど、そんなことしか伝えられない。
 でもね……最初は全く無理だったけど、途中からプロジェクトの記録係をして、みんなの記録を書面に残していくうちに……死んだみたいに眠っているみんなの顔だけは撮れるようになった、不思議よね、無機質に無感動に記録としてなら写真がまた撮れるなんてね、寝てる時のあんたはけっこう悪くない顔してたわよ。
未来なんて分かんないことばっかりで…どうしていいかわからないほど予測不能で、でもやめられないのよ――それくらいね、じゃあまたね。
 ……あとさ、学校の頃よくサボった人の分まで掃除手伝ってくれてありがとう、助かってたわ」……


小泉さんが消え、今度は賑やかな声がやってくる。


「澪田さん」

……「もしもーし、聞こえてますかー?澪田唯吹でーす…あはは、こんな感じに話しかけるの苦手っす。
 ――遺言っていうとみんな嫌がるっすけど、アタシは例外っていうか…実は一度首吊っちゃいましたー!……蜜柑ちゃんにじゃなくて、自分で死のうとしました。
……だから遺書って言ってもあんまり違和感ない感じっす。結局創ちゃんに止められちゃったからこうしてメモリーに話しかけてますけど、死のうとした後に遺書ってしっくり来るような、不思議なような…。
 この装置から目を覚まして、自分がしたことを思い出してアタシは歌を捨てちゃいました。今は冬彦ちゃんのパシリとかして……超高校級の才能とか無縁っす。どっちかってーと歌以外は何も出来ないから一般人以下になっちゃいましたっす……あわわ、これ聞いたらアタシ超高校級の超高校級マニアさんにぶっ殺されるっすかね!?絶望した上に、自分で才能捨てるとかミンチにされるんですかね!?……まあ、今更っすけど。
 ……アタシは自分の音楽でたくさんの人を殺した、そうしたら思ったんすよ…才能ってあればあるほど人を救える分、人を破滅に追いやるものだって。人の心を感動させるってことは、人の心を、自分の心も他人の心も、破壊する事ができると知ったから……だからもうアタシには音楽は、できない、っす……。
 凪斗ちゃんってあの島では呼んだことないっすけど、凪斗ちゃんなら才能ってなんなのかはっきり分かるんでしょうね……そう思うとこれが聞かれないことを祈りたい気もするっす。
 ……放課後ライブに来てくれて、ギターに触って突拍子もなくぶっ壊して、百万円のギター弁償された時にはアタシは凪斗ちゃんに感謝すればいいのか、どん引きすればいいのか、今でもよく分かんないっす」……


 彼女の長い髪がひるがえる間もなく泡となり、また別の姿へと変える。そして、酷く明るくて、でも黒々と胸に突き刺さる声が鼓膜を直撃した。


「罪木さん」

……「うふふふふふふふふふっ、聞こえていますか狛枝さーん?私です、罪木蜜柑ですぅ!
 最後にお話したのは連行されたときでしたっけ、学級裁判でしたっけ?まあどうでもいいですけどね、うふふ、私は日向さんに渡されたこの念のための音声メモリーに遺言は残しません。
 だって…私は目覚めたからにはあの方への愛のためにまだまだ世界に絶望を撒かないとならないんですからぁ!……だからそこには何をしても絶望に結びつくあなたの存在がぜひぜひ欲しいんですよ、狛枝さぁん。だからこれは録音したら隠しておきます、そして目覚めたあなたの耳元にすぐ流れるように細工をしておきます。
大丈夫ですよう、私の持てる医療の限りを尽くしてあなたに生きるという絶望をお届けします。それがあの方が私に教えてくれた絶望!それを実践する事が私の恩返し!愛!
 一番面倒な日向さんは最近は忙殺されていますし、小泉さんや澪田さんもそろそろこっち側へ戻せそうですし、チャンスですね!私の絶望と愛のための素敵なプランは実現直前なんですよぉ。
 希望なんかあの方の絶望の前では無力なんですよ!目覚めて、絶望して、希望のために絶望を振りまいてくださいね、うっふふふふふふふふふ!
……ああ、良かった!あの世界で絶望病にかかって!あのくだらないウソばっかりの世界で全てを思い出して、また目覚める事ができてよかった!これでこれで、今度こそ、私は私は……」……

「…罪木さん」


 修学旅行で最後にボクに「かわいそうですね、同情しちゃいます」と告げて、処刑された罪木さん。彼女はその時のままの声で、アバターの表情で、ボクがまた絶望するように……その計画の話を…続けて…?


(いや、別の続きがある?)

……「聞こえていますか……狛枝さん?罪木です…びっくりしましたかぁ?そうならちょっと爽快なんですけど…このメッセージの直前に流したのは私が覚醒して一年後くらいのものです。
 当初の私の計画をお伝えしておこうかと思いまして…まあ正直遺言なんて面倒で話すことがないから引っ張り出してきただけです。
 ……結果からいえば私の目覚めたときに立てた計画は全て失敗しました。あの方のアルターエゴを見つけて私にそのアバターを埋め込む事も、私があの方を失いたくない故にあの方に「生きつづけるという希望をアバターに埋め込む」という歪みを自分で作り出して、どうして出来ずに失敗して……諦めてしまいました。
 それからはあの方のための医学も絶望の計画も何もかも色あせて、未来未来と懲りない日向さんの手伝いを惰性でこなして、無為無駄無意味に生きて過ごしています……ふふふ、狛枝さんなら、絶望の計画が失敗に終わって喜んでくれますか?そうなら嬉しいです、最近は希望だ絶望だということであまり世界が騒がなくなってしまいましたから……希望の狂信者の狛枝さんに期待しておきます。それとも当然と思うのでしょうか?……今ではあなたの考えに興味があります、私もあなたも挫折した狂信者ですから。
 ……あの方のアルターエゴ人格を「削除修正」して捻じ曲げ、何があっても最後まで生き延びてくれるあの方を私のために作り私の脳に埋め込む……それをしなかったのは私の愛なんでしょうか?狛枝さんはこれを絶望と希望のどちらだと思います……?
……今は、何もかもつまらないし面倒です。この遺言もどきも、今も生きていることの何もかもが…あの方の本質が絶望でなかったらとっくに自分で絶望から逃れて死んじゃってますよぅ。
 計画が失敗した今となっては、もう私の人生にはすることが何もないんです。けど、計画のために別人の戸籍や経歴を作って世界で医療技術を片っ端から習得した事が仇になってあっちこっち呼ばれて今日も手術が四件……まあ暇だからいいんですけどね。死という希望に走らないのが、せめてもの私の最後の愛ですから。
 ……ううぅ、でも、島の外に出ると西園寺さんと一緒が多くていつ殺された復讐に目玉を抉られるか胃が痛いですう。しかもなぜか最近私に出来もしない日本舞踊を教えようとしてくるし、そうやってまた私をいじめようと……ふゆう、本当にこれが遺言になるかもしれませんね……西園寺さんだけじゃなくて、修学旅行の時に私が殺した澪田さんもきっと私を恨んで復讐しようとしているはずなんですぅ、今でも怖くて姿を見かけると今でも逃げ出しちゃうんですよう。
 他にもたくさん恨まれてると思います……未来機関に連行される前にあの方の遺体の一部を移植した方々を、私は目覚めてからすぐに隙を見て五人襲って、切除したりえぐり取っててしまいましたから、あの人たちにもいつ仕返しされるか……でもその方々に恐怖という絶望の中で殺されることがあの方への愛に殉ずるということなんですよね…怖いけど。
 あ、狛枝さんの移植された左腕は目立ちますし無抵抗でしたので真っ先に切断させていただきました。全然目を覚ましませんから、腕の再生移植まで出来ました。半分実験だったんですけど、狛枝さん拒絶反応の欠片もなくて、さすがに同情しました……まあ、あの方の遺体を漁った罰ですね。あの方の痕跡一つ残してあげないように綺麗に治してあげましたよ、うふふ……。
 最後にもしあなたの望む希望を手にすることが出来たら、それがなんだったのか墓前でいいので教えて欲しいです。私は絶望と愛を見失ってしまいましたから……ついでに学校のプリントを落としたとき一緒によく拾っていただいてありがとうございました。あの頃のあなただけは嫌いではないですよ」……



 青い泡になって罪木さんの姿が消える。……不思議な心境だった、とても長い夢を早送りしてみているようだった。

 今度は現れたのは、幼げでいて気の強い声。黄色いツインテールがカケラの泡から生まれる。


「西園寺さん」

……「狛枝ー、聞こえてる?西園寺日奇子だよ、あんたなんかに話すこと正直ないけど、日向お兄のために仕方なくやってあげるわ。
 何言ってるのかまだわからないかもしれないけどね……私はね、小泉お姉や澪田とは違う。自分の才能を捨てたりしない。
 私がしたことで人いっぱい殺したけど…やっぱり私滅びた後でも日本舞踊もなんとか続けてる。だってやっぱり好きなんだもん。……っく、お前が貶めて壊したんだろうって、未来機関からは言われるけど…ただ好きなんだもん。このまま滅ぼした世界と一緒に消えていくなんていやだよ…全部なくした後で余計にそう思った。
 だから前より怖くなった罪木と一緒に、別人の戸籍と経歴を作って、あいつの手術に付いていって機会があったら踊ってる。顔が分からないように、声が分からないように、お面つけて喋りもしないけど…余興でも何でも誰かの目に残らないと文化って残らないから。
ま、だから私を西園寺日奇子って呼ぶのは今は、この島のみんなだけ…後悔はしてない。人の見てるところで日本舞踊を踊れるんだもん、それがないと私は私じゃないんだもん……っく……誰にも見てもらえない事のほうが多いけど。
 あっちこっち手術で呼ばれてる罪木といつも一緒なのは、殺されたときを思い出すと今でも怖いし、今までの分仕返しされるかと思うと死ぬかもってしょっちゅう思うけど、でもソニアお姉はあんなにしょっちゅう島の外に出ないし、私には資金もないし……あー!もう何で狛枝にこんな話してんの、完全に脱線じゃない!どーしてくれんのよ!
 ふんだ…今までの分罪木にはこの私直々に踊りを教えてやってるから…いつか罪木に酷いこと言ったこと、なんとかなればいいんだけど。……って、なんでまた狛枝に悩み相談してんのよ!忘れなさい!
 そーね、ま、別人になってでもやりたいことあればやれば?以上……私はあんたが起きた方が怖いけどね。
でも日向お兄と罪木がばんばん目覚めさせてるから諦めてあげるわよ。……昔ね、高いところのもの取ってくれたの、助かったって言ってあげてもいいわよー?」……


なんだか罪木さんと西園寺さんがかみ合っているのかいないのか、よく分からなくて笑おうとした瞬間、小柄な姿が大きな体躯に膨れ上がった。豪快な声が響いた。


「弐大クン」

……「聞こえておるか、狛枝よ?ワシじゃ、弐大猫丸じゃ!絶望の残党として処刑されずあの島で修学旅行に参加し、モノクマから終里を庇い、機械の体になり、しかし田中と戦い敗れて再び死に、現実世界では脳死となったが……またまたまた死の淵から帰ってきたぞ!ガッハハハハ!
 ……ま、代わりにかなりの時間を犠牲したがな。……終里が先月死んだ…老衰と過労の中間のような形でな。まさか……年上になった終里を看取るとは思ってなかった……しかもあいつが謝罪を残していくとはなあ。
 ワシが目覚めたのは新世界プログラムの十五年後だった。生還した奴らはその年月分の年をとり、苛烈な環境で心身をすり減らしていた。あの中で今でも生きとるのは日向と左右田くらいじゃ。……そして、終里が死んだ頃からかのう、調整されてぼかされていた絶望時代の記憶が急に鮮烈に蘇っては悪夢にうなされたもんじゃ。
 罪木に特性鎮静剤を打たれなかったら精神をやられとったな。まああいつは目覚めてからだいぶ性格が変わってしまったようだから、実験したかっただけかもしれんが。まああの時も言ったが生きているだけまし……と思いたいところか。
……ワシはあの時あそこで皆死ぬくらいならと田中と戦って死んだ、全員よりは二人が死んだほうがマシと思った。だから今更お前さんがワシら全員の罪を知って皆殺しにしようとした事にどうこう言おうと思わん――それがワシらの過去だ。
……それに正直言うと、もうワシは人が、級友が、絶望の残党として生き延びた仲間が死ぬのを見たくないんじゃ。お前さんも含めてな。
 死の淵から帰ったワシだから言おう、死など償いにはならん。死はただそこで終わるだけじゃ、希望でも絶望でも、償いでも罰でもない。またとんでもないことしでかしたらまたふん縛って、ワシが簡単に死なせてやらんから覚悟せい。ワシは、終里から皆の生活を守る役目を引き継いだからな!
 じゃから、またな。まだ希望とやらのために戦うなら今度は相手はワシが引き受けよう。……戦う気がないなら、そうさのう、学園時代からお前さんはヒョロっこい割にしぶとい。今度は基礎から鍛えてやろうかのう!」……


「……十神クン」

……「狛枝、聞こえているか?……十神だ、といってもお前には俺の正体はバレているのだかな。まあ、未来の事はできるだけ伏せろと日向がうるさいから聞きいれてやっている。
ジャバウォック島での俺として話そう……まず言うぞ、狛枝、貴様よくも俺を陥れてくれたな。超高校級の詐欺師である俺に脅迫状を送りつけ、パーティを開催させ、まんまと道化にしてくれたとは見上げた度胸だ。
 その過程で俺が死んだ事が、貴様が死ななかったことが、貴様にとって計算内だったのか、計算外だったのか、知りたくもないが貴様の行動で俺は死んだ。
 ……一応、これは再会できなかったケースを考えての遺言だが俺はそんなものは認めん。貴様は必ず、俺と花村が生きている間に覚醒しろ。そして俺と花村に存分に恨まれろ―― 俺たちを死に追いやっておいて、その挙句命を捨てたなら尚更だ。
 全く、学園時代も、絶望時代も、修学旅行でも貴様は命に重みを感じんようだな……だがな、俺はそれを理解できなくもない。
 貴様の知っての通り俺は何者にでもなれた、が何者でもなかった。その苦痛から俺は命を賭けても自分自身を確かめようとした。それが俺の超高校級の絶望となった由縁だ。……これは俺の勘だが、お前も同じようなものだったのではないか?
 ……俺は生き長らえる力は持っていたが、生きている理由が分からなかった。どうしてもそれを知りたかった。……お前を守ろうと身代わりになった後に気が付くとは皮肉だな。
俺はお前を許しはしない……だからさっさと目を覚ませ。そして、俺と……僕と話をしてほしい。いくらでも生きていけるのに、誰にもなれないで、何かに命を懸けたかった僕と君は少し似ていると思うから……学園時代に気が付いていたのに、言うのが遅すぎたのかな?」……


 十神クンの姿に、何かを返答しようとした。でもそれより早く、聞き覚えのある悲鳴がボクを捕らえた。


「花村、クン」

……「うわああああああっ!全部!全部君のせいだ!僕が十神くんを殺したのも、沢山の人を殺したのも!狛枝のせいなんだ!……か、母ちゃんが死んだのも、弟達が死んだのも!僕が自分の料理で毒殺をしたのも!それを僕が笑って見てるのも!全部全部狛枝のせいだ!……嘘だ、嘘だ!
こんなの全部夢だ悪夢だ!あんな記憶嘘に決まってる!ここがずっと未来だってことも、花村食堂が消えたのも、もうどこにも帰る場所がなくなったことも!……全て君のせいなんだ!僕のせいじゃない!
君が目覚めるなんて冗談じゃない……このまま目覚めなければいい……きっとこれで元通りになる!きっと君が死ねば、今度こそ十神くんじゃなくて狛枝を殺せば、きっとこの夢は覚める!全てが戻る!
……だって君のせいなんだ…だからあああ!そのまま死んでいればいい!だから、僕はあああっ……!」……

……「……聞こえたかな、狛枝くん?あはは、花村だよ。今最初に聞こえたのは……目を覚まして何ヶ月か後の僕が監視カメラに映っていた時の音声だよ。なんのシーンかは、日向くんに口止めされてるから今は、やめとくね。
 ……今でも眠っている君を見るとあの島でモノクマに処刑された時のことを思い出すよ。変だよね、君を二回も殺そうとして両方失敗して、それでも君が怖いなんてさ。僕はもともと殺人とか物騒なことを聞くだけで不安になる平和主義者だったのに……ま、三回目はやめとくよ。十神くんとも約束したしね……あ、未来のこと言っちゃった。まあ日向くんが編集してくれるか。
 ……目を覚ました時、君を殺せば全て夢になる、なんて夢を見てたよ。あの夢なのか現実なのか、よく分からない島での事のせいで現実世界では脳死になって、やっと現実に帰ってこれたのにまた殺人沙汰になるなんてね。
 バーチャル世界のことで二度目に君を滅多刺しに出来たなんて不思議だね、僕と君は絶望時代にそんなに関係深かったわけじゃないのに……やっぱりあれは夢じゃなくて実際に君も僕も狂っていたんだろうね。
 十神くんと話せるようになってから、たまに君と話してみたい気もするよ。何しろ僕らは基本的にこの島で僕らだけで暮らしているから、誰かと話すなら君もそこに含めてみたい……君なら二度殺そうとした相手にも会話できるでしょ?
 ……ところで君は覚醒してから出された食事を口にしたかい?……んふふ、そのあまりの美味しさにのたうち回って感激の涙を流しているところだと思うよ!何を隠そう、そのレシピを開発したのは僕さ!ただのレシピじゃない、だれでも天上の美味の手前くらいの味わいを再現できるシロモノさ!僕に危害を加えた人間は食べられなくなるから、もう二度と僕を踏み台にしようなんて考えないことだね!……か、考えないよね?……十神くんと考えた対狛枝対策作戦なんだけど……き、効いてよ!?
 ……じゃないと君が覚醒したら僕また発狂する気がするんだよ……頼んだよ、やっぱり人殺しは僕はいやなんだよ……僕はこれ以上人を殺したくないんだ。
 ……罪木さんや西園寺さんみたいに僕は強くない、だから殺人の道具にしちゃった料理はもう二度と作らない。作り方だけを残す、これは君のせいだけじゃないけどね……最後に、殺そうとしてごめんね。狛枝くんの自業自得ってことを言い出すと僕ら全員にかえってきそうだから、今はやめとくよ……じゃあね」……


 気がつくと手を伸ばしていた右腕が触れる直前、花村クンは弾けて消えた。
 そして、今度は後ろから聞き覚えのある高笑いが聞こえた、振り返ればやっぱり彼だった。


「田中クン」

……「狛枝よ、聞こえているか?――フハハハ!無論氷海の闇の覇王たるこの田中眼蛇夢のことを忘れるハズなどありえんがな!……これは保険のための遺言として残しているので少々調子が狂う、いつものオレとは違う様子かもしれんな。
 ……そもそも一度は死んだ身と思い、目覚めれば五十年の月日がオレを残して過ぎ去っていた。そして四天王はもとより人も動物たちも多くの命を奪った我が愚行の記憶……オレとてそれだけのことがあってまだ今生きていることが不思議と思わんでもない。何もかもが遠く、何もかもが生々しく、そのくせ償いも罰も……今は…遠く…。
 だがな……あえて言おう、修学旅行で貴様が生命を自ら絶ったこと、それをオレは許さんぞ!……学級裁判で言っただろう、生きることを諦めることなど生命への冒涜だ!まして自ら断つなど言語道断だ!――しかし、真実を、我らの罪を知った貴様にはオレの言葉などもう届かなんだか。虚しいものだ……オレも虚しいさ、目覚める直前に殺しあった弐大が死ぬとはな。何も言うことすらできぬまま……ソニアなどオレなどに義理立てして四天王の家造りの真似ごとなどして……だから過労で倒れて逝ってしまったりするのだ……。
 ……最後の未覚醒者であった三人のうちの二人である、オレと辺古山が覚醒した今、貴様が目覚めるのもすぐになるだろう。その時は我が忠告を無視した事を存分に後悔させてやろう!はははははっ!――死んで楽になれる、いや希望とやらの糧になれると思うなよ。
 そもそも貴様は希望だなんだと小うるさい割にころころと基準を変えすぎる。三回目の学級裁判の頃にはオレたちの言葉を希望だ才能だと褒めそやすくせに、四回目で真実を知った途端オレたちの捜査が貴様より劣っていることに失望する……ふん馬鹿馬鹿しい!最初から最後までシロとクロのトリックと捜査などさして変わらんし、貴様の目ざとさもそれまでと何が異なるわけでもない。
 結局貴様はモノクマの与えた情報一つで信じた基準をあっさり投げた、そんなことで絶対的なものを掴もうなどと片腹痛いわ!ククク、目覚めたら苦しいぞ……何しろ、あいつらは、ソニアたちは、日向など今でも……目覚めぬ我らのために命をつないできたのだからな。
 我が忠言を聞き入れたとは、奴らは貴様より身の程をわきまえているらしい……特に日向は地獄の番犬の如くオレたちを生へ、未来へと引きずってでもすすませようとする。全くしつこ……もとい強固な意思をこの五十年で得たようだ。覚悟して、今度こそ……生きることを諦めるな。活かしてくれた仲間からも、過去からも…我は逃げられんと諦めろ。
……一つ言おう、学園時代の記憶が確かなら貴様は犬を飼っていたことがあるらしいな?それが真実ならば貴様は案外見どころがあるのやもしれんな」……


「辺古山さん」

……「狛枝、聞こえているか?辺古山だ。……詳細は言わんが、あの修学旅行から五十年後に私はいる。ここは恵まれているぞ、我々の罪は仲間の功績により減刑され、大気の汚染はマシになり外を出歩けて……そして冬彦ぼっちゃんのいない世界に私はいる。恵まれているのだろうが即座に捨て去りたいような南国の地獄だ。地獄の針山でもぼっちゃんがいれば私は……話が逸れたな。
 さて、諸事情は伏せるが、私は……ぼっちゃんの失った失意の日々を送っている。当初はこんな世界いらないと思った。しかし、生きろ死ぬな未来だと日向がうるさくて、争いになって、最後は私が折れた。さんざん苦しめられたな、存在意義を失った人生を押し付けられて。
 おそらく形は違えど、お前もあまりに違う世界に失意の日々を送ることになるだろう……どんなに生きる事が苦痛でも無理矢理日向たちに生かされた私や田中と同じに……だが同情はせんぞ。私たちもそうして気が付けば明日の予定を考えるように仕組まれているからな。もしお前もなるまいと思っても、最後はそうなる。なったら、笑ってやろう。
 お前へ何を私が伝えるべきか、悩んだ。田中とほぼ同時期に目覚めた私は当初はお前に当然すぐに再会すると思っていた。しかし日向が死んだ……しかしお前はまだ……だから私の言葉を念のために残そう。
 まずはお前への恨みだ。私が処刑された学級裁判でよくも「それが本当に希望なのか」だとぼっちゃんに余計な事を吹き込んでくれたな。……まあ、その流れで最後にぼっちゃんと本音で会話が出来た事は感謝せんでもないが……本当に最後に……いややはり許さん。お前が挑発したこともぼっちゃんが私の処刑に巻き込まれたことの一因だ、目覚めたら一太刀は食らってもらうぞ、峰打ちだが。
 後は……修学旅行の範囲で私なりの狛枝への見解をここに残そう。……狛枝、修学旅行で貴様は言ったな?十神や花村に奴等の死こそが希望への糧だと、仲間の死という絶望の果てに希望とやらがより確かなものになると。
 私は貴様の思想を理解できるとは思わん。しかし、貴様は希望ヶ峰学園の選んだ超高校級の才能と絶対に目的を果たす意志の強さが合わさることこそが希望と言った。
 だが、現実に戻れば希望ヶ峰学園などとうに我々に滅ぼされて、今では忘れ去られている…最初の学級裁判でお前は、十神の献身を踏み台の希望と呼び、追い詰められて逃げ場のない花村を人柱と言ったな。私もぼっちゃんの為ならみんなを処刑されて、あの人だけが生き延びてくれればそれで良かったからそれを今は糾弾しようとはせん。それに…私は小泉を殺し、それに対して小泉に何を告げることもできない未来の世界で目覚めたからな、仲間殺しに関してはさして変わるとは思わん。
 だが、狛枝よ――私は貴様を危険な男と思っていた。強固な信念の持ち主で何事も自分の意志を曲げない男だと警戒していた……しかしな、貴様ほどの立ち回りができる男が希望ヶ峰学園如きにいつまでも拘るのは正直つまらないこだわりだと思う。
 私が処刑された後の事はデータと伝聞でしか知らぬが、お前はその後もそのこだわりに執着し、それ故にみんなを過信し崇拝し、過大評価した。そして絶望と知った途端の心中のような拒絶反応の激しさはお前が自分の目で見た事を基準としていなかったからだ。目を覚ましたら、それを色々と思い知るだろう。
 ふふ、不本意だが日向に無理やり生かされた苦しみ、田中と共にお前とも味わってやろう……だからその時にお前とも生きてやろう。そしてその時に自分の目を基準にするしかないといやでも思い知れ……道具だお仕えするだと逃げていた私と同じように。
 どんなに辛くとも未来からは逃れられん、もう死んだ日向に無理でも、私たちが貴様を生かしてやろう。私だって今も何故冬彦ぼっちゃんのいない世界に今いるのかわからんのだ……貴様も道連れにしてやるから、覚悟をしておけ。
 学園時代のお前はへらへらして何を考えているか分からず、正直苦手だった……しかし絶望時代の豹変ぶりにはかえってそれが懐かくもあったな。今度会う時は私も久々に剣をとりお前を鍛えることでもしてやるぞ、何しろ未来を生きるのは永く剣でもふらんとやっていられんからな」……


 希望。
 ボクの希望。
 田中クンと辺古山さんの語る、ボクの希望のあり方とそれへの指摘。


「…………ボクの希望の、かたち?」


 初めてそれを切に願ったときはただ助けて欲しいと思ったもの。
 選ばれた才能と絶対に意思によってのみ、生まれると思ったもの。


(でもそれを、自分で定める?)


 考えた事もなかった。でもだからボクは彼らを信じ、そして裏切られたと思ったのだろうか?その問いに対して、はっきりと意思が決められない間に――彼が現れた。
 一見さっきとそっくり同じだったけれど、すぐに違うと分かる、この声は――。



「日向クン」

……「狛枝、改めて言いたい事も、言ってやりたいこともいっぱいある。
 ……まず惨めな傍観者仲間が居なくて時々ストレスだった、お前はどうしていてほしい時にいないんだ。
 ……次、あんな死に方にも心中にも俺は希望は感じられないから、あれはもうやめろ。加えて俺たちは希望ヶ峰学園の才能と希望の価値観に左右されすぎだ、あんなに俺たちがあっさり滅ぼしたのにな。俺でもお前でも自分で才能を希望も見極めなきゃならなかったし、それくらい俺もお前もできたと思うぞ。
 ……あとは……えっと……きりがない、かもな。
 けど……これだけは言わせてくれ。目を覚ましたら、まずは俺と百回殴り合って、百回一緒で砂の城を作れ……それが終わったらこの質問に答えて欲しい」……


 差し出される手、握手を求めるように気軽に、まっすぐに――ボクの方へ。



……「俺と――友達になってくれないか?」……



 ――なに、を。

 なにを言っているんだ、彼は。



「……この、大馬鹿……!」



 そんな問い、答えは……。
 答えは――ボクの答えは――答えは決まって――!







………………
………………
………………
………………
………………








α+β 4



【 最終裁判 3 】








 ぼたり、ぼたり。
 ボクの口から鮮血がこぼれる。足元が真紅に濡れて染まる。


「…………う………?」


 さっきまであんなに綺麗な青い海にいたのに――世界は真っ赤な血の色だった。いつか見たハイジャック犯と両親が死んだ飛行機の中のように赤い鮮血に染まった絶望の世界。


(――ここはどこで、ボクは誰だったっけ?何をしていたんだっけ…?)


 気がつけば両腕両膝を床について、血を吐いていた。それがうっとうしくて、惨めで、悲しい。とても大事な事を手にしていたのに、それが沢山ありすぎて両手から溢れてこぼれそうで、辛い。
 それがこぼれる事を押しとどめる事も、この鮮血のせいで出来ない。何を失ってしまったのかさえ、見極められない。


「……っは…ぐ……」


 こぼれた鮮血が床で跳ねてボクの手を濡らした……ああ、赤い。またボクのゴミみたいな才能が災厄を招いたのか――そうだ、思い出した。ボクは超高校級の幸運、たいした事ない上に、ボクに生涯課せられたボクの才能。
 誰が死んだ?いやこれからの幸運のためにボクは負傷したのか……?

 いやだな、予想がつかないと冷静に対処できない。慣れた対応ができない。自分のもたらす災厄には慣れることは本当は……。


(……いや、違う?)


 この液体は……赤くない?


(ああ、なんだ)


 こぼれた液体は透明で、ただの水分で……ボクが零した涙に過ぎなかった。
 血なんて吐いていなかった、ボクはただ泣いていただけだ。


「狛枝クン?……よかった、気がついてくれたんだね。よかった、許して、狛枝クン……」

「……七海さん?」


 真っ青な顔、彼女の顔もボクに負けず涙にぬれていた。七海さんがずっと傍らにいたらしい。ボクは彼女の腕の中を確認するがウサミはそこにいなかった。……空になった空間に胸が軋む。

 そして全てを思い出す。ああ、そうだ――地獄へ帰ってきたのだ。ここはやっぱり絶望と災厄の荒れ狂う現実という地獄なのか。


――『全てを失うかもしれないんだぞ?』――


 日向クンのアルターエゴはそう言った、その通りだと思う。


(そうだね、日向クン……どうして君に任せなかったんだろう)


 でも、やっぱりボクは自分の意志でそこに帰ってきた。確実に地獄に落ちない方法を自ら捨てて、戻ってきた。
 だって自分で未来を選ぶ限りは、運命や心は、幸運と不運、希望と絶望、幸福と不幸の狭間でしか存在できない。


(だってそれが選ぶって、生きるってことだから……でしょ?みんなもそうだったみたいだしさ)


だからそうはうまくはいかない、確実な幸せな未来なんてない。ここはあの天国じゃなくて、でもだからこそ地獄でもないのかもしれない。
 ならここは現世という煉獄。天国と地獄の狭間の山だ。

(でも仕方ないかな……七海さんや日向クン、そして超高校級の絶望のボク、彼らの提案する確実な未来を、全て退けるんだから)

 しかもボクのただの個人的な感情で――おこがましい。


(けど仕方ないよね?これがボクの人生なんだから)


 だからボクは、自分の目をしっかり開いて、ボクを取り巻く世界を見渡した。
 ――見上げれば無機質な裁判場が変わらずボクの前にある。そしてそびえたつ裁判官席には変わらずボクと同じ姿の超高校級の絶望が立っていた。

 絶望は苛立っているようだった。


「やっと起きたね、感情が高ぶってシステムが君を保護しようとしたようだ。でも保護は失敗したみたいだね。
 ――だいたい三十分間君は倒れていた、タイムリミットまで近づいちゃったよ。 ――システム・ジャバウォックが何をしたのか知らないけれどボクはまだ裁判官席にいるし、管理者権限も失っていない。……ならさっきと話は一緒だ」


 さあ仮初めの未来と希望を抱いた望んだ死、どっちがいい?
 ボクらの幸運がボクらに押し付けた生温い未来と自分で選んだ死、そのどっちかをここで選択するんだ。

そう告げられて……ボクはその矛盾を斬った。



「それは違うよ」

「は……何が?」

「お前は間違えてる」


初めてその時、超高校級の絶望・狛枝凪斗はたじろいだ。


「違うって……何がだい?」

「違うんだよ、これはボクの幸運じゃない。お前は勘違いしてる」

「何を言っている?自分で一番分かっているだろう、これはボクの才能がもたらした安楽な世界でいつもの幸運さ!」

「これは……十四人のみんなの未来の先なんだ、ボクの幸運が作ったものなんかじゃない」

「はぁっ!?何を言っているんだよ!」

「七海さん……頼んでいいかな」

「……狛枝、クン?」


 戸惑ったような七海さんの青ざめた顔を、日向クンがしてくれたみたいにホログラムに沿って頬を温めるように撫でた。そして出来ないなりに精一杯微笑むと告げた。


「――ボクは楽園ゲームを選択するよ、でも七海さんに条件を二つ呑んでほしい」

「え?……本当に?……でもどうして?」

「なにを言ってるんだ!そっちを選んだら!」

「うるさいな、絶望。今は七海さんと話しているんだ――裁判官は被験者の選択に干渉できない、黙ってろ」


 絶句した気配に一安心すると、七海さんに振り返った。念願が叶ったというのに、寝ぼけたような呆けた表情で彼女は目を見開いていた。


「あ、ありがとう!……で、でも、狛枝クンの条件って?」

「一つはゲームに入ってもこの真相を知ったボクの記憶を消さないこと。
 もう一つはメインシステムからウサミと一緒にできるだけ離れて身を守っていて。何があっても七海さんもウサミも死なないように」

「あなたは、何をする気なの…?」


 怯えたような眼差し、軽く笑って見せる。なんでもないように、当然のように。


「ボクはこの島を、システム・ジャバウォックを、コンピュータの基盤から爆破して、楽園ゲームごと破壊する。二度と復活できないように跡形もなくね」

「……何、言ってる、の?――そんなことしたら、狛枝くんの脳が、身体が、命が危険なんだよ?!」

「――だから今の記憶を消されちゃ困るんだ、覚えてないと破壊するポイントが分からないしね。ダイナマイトとかあればよかったんだけど、ここには工場に燃料があるくらいだから結構大変だね」

「高確率で脳内のチップが異常をきたして死んじゃうよ!させない、それは了承できない!楽園ゲームを選んでもらっても、破壊されては、狛枝くんが死んじゃ意味がない!」

「ボクはツイてるから大丈夫だって…そもそもよく考えたらさ、考えるまでもなかったよ。絶望の言う事を聞いたらボクは死ぬ、七海さんの選択肢なら生き残る。それなら答えは簡単だよ、ねえ?」

「狛枝クン…?」

「だってボクは、これからの…未来だっけ?…を使って超高校級の希望になるんだから」


 だから死んでる場合じゃないでしょ?と告げると今度こそ七海さんは言葉を発しなくなってしまった――やれやれボクも自分でおこがましいとは思ってるんだよ?

 呆然とする七海さんを見るなんて初めてじゃないかな、とボクは質問を攻勢へと転じて投げかけた。


「さて今度はボクから質問だよ……七海さん、真実ノートの記述を見てよ」

「なん、で?……なぜ今更、真実ノートを……?」

「そこに第一回裁判の時のボク達の司法取引内容にある、一度だけボクの質問に何でも答えるって書いてあるよ。その質問の権利を今行使するね……『七海さんはなんであの「日向クンの」ノートをボクの部屋においたの?』」

「……そんなの、意味なんてな…っ!!」

「ダメダメ、それじゃ言えないでしょ。君が言ったでしょ。真実ノートにウソはつけない、裁判官でもないシステム側の今の君なら尚更ね。ちゃんと意味があるんでしょ?」

「なんで…急にそんなことを訊くの?!」

「うーん……なんとなく君がなぜそうしたか理由が分かる気もするんだけど、確信がないからせっかくの権利だし使っておこうかと思って――それにあのノートを置いて、そんなに君が得をする気がしないんだよね。
 あれを見てボクは日向クンたちの生存を疑ったのは確かだけど、ウサミは酷い目にあうし、絶望のボクに見られて今のように窮地立たされてしまうような余計な情報も載っている――他にやり方がいくらでも君ならあったと思うんだ――ねえどうして?」
 
「それは……」
 
「分からないんだ、だから答えてよ」

「…………」

「裁判の時の君の真似をするね、君の返答をずっと待つよ……って言いたいけど、残り時間にもリミットがあるから、そのギリギリまだけ待つよ」

「…………わたし、は」





つづく


あとがきとおまけ




あとがき
 あと二話+エピローグ。
 メッセージは罪木と花村は気合入れて書くぞー!と思っていたのですが、辺古山にも力が結構入りました。裏設定ですが、全員目が覚めたときの肉体年齢は20歳くらい(目覚めるまで老化はストップしているとしています)。日向以外は60歳くらいで死んでるイメージです。あくまでイメージです。
 10人のメッセージ書いて、二万字いかなかったなんて奇跡だ!()


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〈犠牲者組、進路〉

小泉真昼
 修学旅行の三年後に覚醒する。新世界プログラムや過去の真実を知り、また苛烈な記憶のフラッシュバックで数年間ベッドの上から離れられなかった。
 回復後は帰る場所もなく未覚醒の仲間のためにプロジェクトに参加。当初はメンタルに大きなダメージを負った精神を落ち着かせるために肉体労働が主な仕事である終里の補佐をした。プロジェクトチームの生活管理担当、終里が食糧配給に専念していたが清掃などの衛生面が怪しい部分を徹底的に清掃と洗濯するはめになった。病原菌が蔓延らなかったのは彼女の功績。
 精神が落ち着きに従い、覚醒実験や研究面での記録係を引き受けた。初期はバイタルチェックの記録を書面に記録するだけだったが、のちに写真を記録の一部にすることになった。一部の例外をのぞいて小泉が写真を撮ったのは未覚醒の仲間の外観の記録だけである。
 九頭龍ともふくざつな感情が交錯したが、自分をきっかけに澪田、西園寺、罪木を絶望へとおとしてしまったのではと距離を置き気味になった。のちに徐々に和解したが、生涯その負い目は彼女を責めつづけた。

澪田唯吹
 小泉と同じく、修学旅行の三年後に覚醒。フラッシュバックは小泉より激しく、自殺未遂に至ったことがあった。
 プロジェクト補佐役の九頭龍の補助を担った。九頭龍のキツくなりがちな言い方を和ませるキャラクターは、連絡係として全体のストレスを和らげる力があった。彼女の才能は、音楽だけなどではない。希望ヶ峰学園に選ばれるほどではなくてもそれはたしかに才能なのだ。超高校級の希望と呼ばれた、ちょっと前向きな性格のように…。
 楽器に触れる事はおろか音楽を聞くことすら避けた生涯。しかしまれに海辺であった仲間に波の音を模倣した口笛を聞かせたとか、仲間にだけこっそり新曲を聞かせたり、未覚醒の仲間に音楽療法で歌ったという噂があったとかなかったとか……。
 過去の事で気遣う小泉に、昔のように気軽に接する性格に戻れず右往左往していた頃もあった。

西園寺日寄子
 五年目に覚醒。未来創造プロジェクト・プロトタイプの最初の被験者。そのため前に覚醒した小泉・澪田より精神が安定していた。
 ソニアの外部機関との交渉の補佐を担当した。というか、日本文化を一部でも世界残したいという彼女の希望によりごり押されたという方が正確かもしれない。
 日本舞踏を愛することとそれに対する矜持が彼女を過去の罪を踏まえて尚、絶望の残党という責め苦の視線の中でも踏みとどまらせたのかもしれない。日本舞踏家としては、完全に無名の、仮面をつけた達人として人の記憶に残り、望みどおり世界に日本の文化は少し残った。
 自分を殺した罪木とは紆余曲折あったが、世界を回るコンビとしてはよいパートナーだった。お互いに「殺される」と恐怖するという奇妙な関係は本人たちだけが気がつかなかった。ときに罪木とともに逗留先で能面をかぶって共に殺人事件の解決をしたとかしなかったとか…。
 小泉の事はずっと慕っていたが、最初はなかなかうまくいかなかったらしい。

十神白夜(超高校級の詐欺師)
 十年目に覚醒。西園寺の覚醒から間が空いたが、比較的順調に回復した。過酷な半生を送ったせいか、自分の境遇を粛々と受け入れたのだろうか。
 過労で倒れたソニアの担当する外部機関との交渉を引き継いだ。同時にその為才能をそのまま未来機関に利用させることで、恩を売ったりもして、才能を捨てずに活用していた。自分の才能を捨てるには彼はあまりにも、才能に愛されていたのかもしれない。
 自分を殺した花村には複雑な感情もあったのだが、彼のあまりの自暴自棄さに逆に彼を励ます形になり奇妙な友情を形成した。合言葉は「狛枝が起きたらどうするか、考えようじゃないか」。
 プロジェクトメンバーの中でもっとも仲間を大切にした人物であるとも言える。彼はやっと本当の自分の場所と呼べるものを見つけたのだから――
彼にはみんなが付けた名前がある、あなたは……だよ。何者でもないなんてあなたじゃない、そのままのあなたを見て決めた名前があるんだよ。

弐大猫丸
 十五年後に覚醒、この頃は希望更正プログラムも完成形に近かった。安定した目覚めになる…と思いきや、十五年という年月にもっとも戸惑った人物である。
 終里のプロジェクトメンバー生活管理担当を小泉と共に引き受けた。またマネージャーとしての才能を日向にのみ適応させ、彼の強靭だが不安定な肉体を徹底管理した。お陰で日向の寿命は十年以上伸びたらしい。ただし彼も過去の罪により自分の才能を厭い、日向健康面の管理以外のマネージメントはあまり積極的にはしなかった。
 弐大の頃からだんだんと早期に目覚めたメンバーと後のメンバーとの時間に穴が空き始めた。そのせいか弐大は年の離れてしまった仲間たちの死をとても恐れ、未覚醒のメンバーの生命管理に全力を注いだ。
 ちなみに狛枝の更正生活プランニングの基本は弐大の案である(ただし銅像やらは日向の狛枝への悪ノリで考えたプランであり、正規プランではない)。

※ 罪木のみ早期に覚醒していますが、クロ組の方に入るのでここには入ってません。他はほとんどこの順番で覚醒してます。