超高校級の幸×
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αの６
【裁判 １】 ３
彼女の声をかつて湖の水のような声だと思ったことがある。
あれはドッキリハウスでだっただろうか、学級裁判の時の鋭さがないときの彼女と話すことは初めてに近くて、左右田クンと一緒に何度か短い会話を交わした。
その時七海さんは、ええと、彼女は確か……そうだ、「狛枝クンは率先して危険を確かめすぎだと思う、何のためのチームかわかんないよ」とあちこち調べて回るボクにそんな風に言った。なんて返事をしたかは覚えていない。
「七海さん、君が何を言っているかゴミクズのボクには理解ができないよ。
どうやら君たちは学級裁判であのトリックが誰にも、犯人にも、解けないように出来ていたところまでみんなで推理出来たのはわかったけれど、どうしてそこでボクのトリックが解けようにできていると思ったんだい？」
あれは解けないように、しかしボクが確実に勝てるように仕組んだ罠だ。
それは推理が正解すればするほど、そうなるはずでそこまで推理できたのならその先にはもう推理では進めないことが理解できるはずだ……彼女の言う「解けるようにできていた謎」なんかじゃない。
「いいえ、狛枝クンの罠もトリックも解けるようにできていた。推理は君が狙った誰かに毒薬入り消火弾を手に取らせたところで終わったりしなかった……宣言するね『五回目の学級裁判では狛枝くんが自分を毒薬入り消火弾で5人のうちの誰かに他殺させたところで推理は終わったりはしなかった』」
「……うそだ」
ひやりとほほを撫でられるような、人肌なのに冷たい。それが彼女の声のボクの印象。
ボクは名前負けして「凪」と名前に入っているのに口が軽いほうだけど、七海さんの声はとても凪いでいてまるで海とは繋がらない湖の湖面のように静かでひんやりとした声だったなと覚えている。
そして、七海さんは学級裁判だと言っているのにその時の凪いだひんやりとした声のままボクに語りかける。全く理解できない話を、ボクに問う。
「改めてあの事件を振り返って、君の行動に疑問に思ったことを訊くね。
狛枝くん、君はどうして自分のコテージにモノミちゃんの宝箱を置きっぱなしにしたのかな？
……そもそも、なんでモノミちゃんの家に入って宝箱を盗んだの？」
「勿論裏切り者を探すためだよ、裏切り者はモノミと繋がっていると確信していたから。
置きっぱなしにしたのは裏切り者とのはっきりした接点が見つからなかったからどうでもいいと思ったから
……それの何がおかしいって言うんだい？」
「どうして？おかしいよ。
狛枝クンはあの裏切り者に自分を他殺させるトリックで自分の「超高校級の幸運」を利用して、学級裁判で他の全員を皆殺しにすることで裏切り者を特定しようとしたはずだよ？」
「そうだよ、それで完璧なんだ……賭けでもあった。でも……ボクはその賭けに勝つ幸運があるから」
「そうだね。君の才能に基づく君の計画は完璧だった。
でも、計画を立てた君の行動には不可解な点がある。
狛枝クン、君の計画はシンプルにして確実なミステリーなら理想的な探偵殺しトリックだと思う。推理を続けていれば犯行は分かる、でも決して犯人は分からない。
全ての推理を、始まる前から無意味にしてしまってる……そんな君がね、とても不思議な行動をとっているの。
まず、君の計画にはモノミちゃんの家の情報は必要なのかな？必要ないよね？」
「別に……念のためみたいなものだよ」
どうしてと言われると、わからない……いや、そんなはずはない。
グルグルと視界が回り始める。なんで……なんでボクはそうコウドウしたんだっけ・・・・・・？
（……アノ時は、ボクはモクテキのために、裏切り者をアバクために、ムダのないようにキをつけてコウドウしていたはずで……モノミ、モノミの家にどうして行ったかって？ドウシテダッケ……？）
あれ？
七海さんの言うことは間違っている？的はずれなのか？
「犯行、犯人……この二つが学級裁判では問われるよね。でも君は事件を構成するもうひとつの要素を忘れていた、いやそれを考えることすらできないほど追い詰められていたんだろうね……そんな君だから、アレができてしまったんだね」
「意味がわからないよ･･･」
でも彼女の言うことは間違っていない。
確かにボクのトリックと「超高校級の幸運」を信じれば、モノミの家にわざわざドアを爆破して侵入する必要はない。
皆を攪乱して、毒薬入り消火弾を気がつかないよう投げさせればもう後の展開はどうなろうがボクは願いを叶えられるはず……。
なら……モノミの宝箱をコテージに持ち帰って、中身のノートを読む必要すらない。気になるなら軽く中をその場で見て得るものがなければ元の場所においておけばいいだけ……あれ？
「念のために？君はわざわざモノミちゃんの家のドアをオクタゴンから持ち帰った貴重な爆薬で爆破してまで、わざわざ入ったのに？」
なんだそれは、おかしい。
おかしい、おかしい、おかしい。
「君は学級裁判で裏切り者を特定されることは絶対に避けたかったんだよね？」
「当たり前だよ……島全体を爆破すると言っているのに名乗りでない裏切り者が「ボクにとって幸運に」毒薬入り消火弾を手に取るのに誰にもわからないのがこの作戦の、一番たいせつなところなんだから、もしかして裏切り者がボクを殺したと思ってみんなが学級裁判で裏切り者に投票したら、たいへんなことに……え？」
裏切り者を学級裁判で明かしてはならない、それはボクの目的と一致する。
だったら、どうしてボクは日記帳を………？
「なら君がコテージに日記帳を置いていったのはどうしてなのかな？
島はポイ捨て禁止だけど、君のコテージに置かれていなければ捜査中に私と日向クンに見つかることもなかったと思うよ。
いや、むしろモノミちゃんの家に戻すなり図書館に紛れさせるなりして、私たちから遠ざけておいたほうが良かったんじゃないかな？」
「……そう、だけど……」
彼女の言っていることは……おかしなことに正しい。
どうして、どうしてボクはわざわざそんなことをしたんだろう？絶望に堕ちたことを忘れているみんなを全滅させるため、裏切り者を一人残すためにやったことのはずなのに……どうしてだ？
（？？？・・・確かにボクはアノ時に宝箱をコテージに持ち帰って誰の邪魔も入らないようにとてもヒッシにノートを読んで、裏切り者を探そうとモノクマからもらったファイルを読んだ時みたいにジックリ読み込んで……それで、ボクのコテージにオイテイッタ？）
どうしてだ？
そんなことをしたら、ボクにはわからない方法で誰かが裏切り者の正体に気がついてしまうかもしれない。
学級裁判が誰も犯人を当てられずモノクマが絶望たちを皆殺しにしてくれないかもしれないじゃないか。
日記帳なんか読まなくても、トリックと「幸運」で全ては暴かれるはずだ。
みんなにはせいぜい混乱して、偽物の爆弾を探してもらえればいいはずで・・・・・・そうだ、あのレストランで裏切り者が来るか待っていればいいくらいで・・・・・・どうしてボクは。
「狛枝クンは最初から言ってたよね、裏切り者が君に名乗り出れば爆弾は解除するって、私はそれを信じるよ。君は私を見つければ、本当は皆殺しになんかしたくなかったんじゃない？」
「違う！」
「だって、孤独だった君にとって例えコロシアイの中でもずっと過ごした仲間だったんだもの……例え過去に「超高校級の絶望」だったとしても……皆殺しは本当は避けたかったんじゃない？」
「違う！君だって知っているだろう、ボクは希望のためなら命なんて惜しくない！
誰を犠牲にしてもいい！たとえそれが誰の命であっても躊躇なんて…絶対ない…！
ノートに対して宣言するよ！『ボクはあの時間違いなくボクの死と引き換えにして裏切り者以外を皆殺しにするつもりだった』！」
宣言した瞬間息が上がった。どうしてこんなわかりきったことを言わなければならないんだ！それ以外に意味なんてない、あのトリックはボクが最初から……。
（仕掛けるつもりだった？）
でも、それならどうしてみんなに裏切り者を探すなんて宣言したんだ。
裏切り者をボクが探しているとわからない方がボクの計画を完璧にするためには絶対いい。なにがボクにとって「幸運」なのかは、わからないほうが絶対いい。
あんなレストランで待ってまでいて、おかげで終里さんに首までを絞められてしまったのに。
（ナンデボクハ、ソンアコトヲシタンダロウ？）
「そっか……そうだね、あの時の君の殺意は本物だった。
だから、そうなんだろうね……私はこの推理が君に否定されて悲しくはあるけど、やっぱり君にとっては仲間よりも君の求める「絶対的な希望」が優先だったんだね。
……でもね狛枝クン、それなら尚更君の行動にはおかしい点があるんだ」
冷たく柔らかな声が羽のように静かにボクに降る。その羽のような軽さが積もるたびに聞きたくないものが頭蓋の奥から漏れ出てくる予感に恐怖を感じた。
その怯えを誤魔化しながら、あの学級裁判で犯人とはこんな気持ちだったのかと場違いなことを考える。ざわりとざわめく皮膚の音さえ気取られないように慎重に呼吸を落ち着ける。
「モノミの家のことがそんなにおかしいって？それははボクを買いかぶっているだけだよ。
ボクは賢くないからついみんなが爆弾探しになっているのを躍起になっているのをレストランで待っているのに飽きたから、気まぐれを起こしただけだよ」
「ふぅん、本当に……？」
「そうだよ、それ以上になんの意味もない……意味なんてない」
「君にはなくても私たちにはあったよ。
モノミちゃんの日記帳は君には手掛かりがなかっただろうけど、宣言するね、『狛枝クンのコテージにあったモノミちゃんの日記帳を見て日向クンは私が裏切り者だと気がついた』よ……ほら、君の計画は君の起こした行動で台無しじゃない」
視界が白くなる、そして真っ暗になる……世界がひっくり返ったみたいな浮遊感が足元を揺らし、鎖がなければボクは無様に床に尻餅でもついていたかもしれない。
「な……なんで……日向クンが、気がついてボクの計画を台無しにしたってこと？……嘘だ！」
「ささやかな記述だったけど、『モノミちゃんの日記帳には日向クンと私しか知りえない情報が書いてあった、それに最後に日向クンは気がついたよ』。あの時は日向クンには辛い役目負わせちゃったな……」
「……それでみんな君に……投票を？」
「……それを聞きたいの？
まあ結論から言うと、『私が名乗り出る形で裏切り者だと発覚したことを、日向クンの日記帳からの証言とソニアさんの軍事工場の爆弾の実験で証明した』よ。
君がコテージ置いていった日記帳とモノミが私にあの爆弾は偽物だって教えたことで、最初はみんな信じられなかったみたいだけど最後は……『私が未来機関の裏切り者だと証明された』」
「……そんな」
そんなはずじゃなかった！
ボクはそんなつもりで日記帳をコテージにおいたんじゃない！
「話を戻すと君のトリックが解けるようにできていたっていうのはね、君の動機から私が解いたんだ。君が自殺だと突き止めた時からなんで君がそうしたのか、そっちから突き止めてると意外とシンプルだった」
動機？……ボクの動機は、ただ希望は絶望なんかには負けないと、証明を……。
「『狛枝クンの計画は君がみんなに発言したいた目的に照らし合わされれば、君の動機の考え尽くせば、自ずと君が裏切り者を犯人にしようとしていたことは明らかだった』よ。あとは分からないはずの犯人が判明すればいい。
『狛枝クンのトリックは狛枝クンの動機に基づけば、裏切り者が犯人であることが明白になる仕組みだった』。
そして、これは私の推測だけど、君はその謎をみんなに解いて欲しかったんじゃないかな？君が死んでもう誰にも会えなくなったあとでも君の気持ちをわかって欲しかった……たとえそれがどんな感情であっても」
解いて欲しい。
確かにそうボクは願った。
絶望として、ボクと一緒に消えるはずの「超高校級の希望」であったのに絶望へと身を落とした、狂った世界だったけれど時間の共有することのできた彼らにこの謎を適当な疑いやボクの自殺という一番楽な結果に逃げず、考えて欲しかった。
裏切り者を探すと宣言したことも、
彼らを確実なアリバイがない状況に追い込んだのも、
モノミの日記帳をコテージに置いたことも、
（だって、ボクも何かを知ることで絶望したんだ。彼らにそうであって欲しいと思っただけ……それなのに）
ただ、彼らに絶望して欲しかった。
けれど、結局それがボクの……致命的な隙だった。
ボクが作って、ボクが壊した。彼らがボクを理解しようとすればするほど、ボクは失敗すると知っていてやった。
「君が裏切り者を必死に探していたとすると、君の言葉を素直に信じれば、君の自分の「超高校級の幸運を何よりも信じている」っていう言葉を信じれば、『狛枝くんが自分にもわからない未来機関の裏切り者を超高校級の幸運という才能を利用して特定しようとしていたと学級裁判に参加した5人全員が認めた』んだよ。ほかの皆を皆殺しにするという形でね……。
それからは……本当は不可能だったんだけど……『私が名乗り出る形で犯人は特定された』んだよ、狛枝クン……」
「…………」
「君がのぞんだ形じゃなかったかもしれない、でも私は君の動機を突き止めて君の計画を阻止した」
「…………」
言葉が。
もう出なかった。
「…………反論はないかな。なら今度は私から質問させてもらうね」
声などもう出ない。
それでも、また、七海さんの声は静かにボクに降り積もる。
じわりじわりとボクの内側を暴き立てるように、的確に……。
「質問、「狛枝くんは当初は未来機関の裏切り者を自分の才能以外の方法で探そうとしていた」。
途中までの君の計画ではそうだったじゃない、島を爆破すると脅してホテルのレストランで待ってるって言ってもんね」
「……拒否するよ！」
「それならここからは私の推理。
当初君は計画を二つ立てていた、一つは「全員を脅迫することで裏切り者を見つけること」。でもこれができなかったから、君は学級裁判のルールを利用して君の命と引き換えに「裏切り者を炙り出すことにした」でしょう」
その通りだった。
裏切り者はいつまでも現れないで、だからボクは裏切り者に会うことを諦めて会えない引換に炙りだすことにした。
「本当は君は、自分の才能を信じきれていなかったんじゃないかな？だから本当は裏切り者を探すことを自分の「幸運」任せにすることには躊躇があった……私はそこに君の自分への命の未練を見出したいところだけど……」
「確かに、こんなゴミみたいな才能だけど……それでもボクは……っ！」
ああ、自分でもわかっている。
だんだんと内側から彼女の言葉を受け入れ始めている。
（ボクは裏切り者を探す時に、最初から「超高校級の幸運」を利用するつもりだったかだって？）
そんなことは、そんなことは、そんなことは。
「とにかくだからまずは爆弾で全員の命を危機に晒すことで脅迫した。だから、モノミちゃんの家に入ってモノミちゃんの宝箱を持ち出した……回答要求、「狛枝くんは自分の超高校級の幸運をギリギリまで信じていなかった」」
「……っ、黙秘するよ……」
当然じゃないか。
だって、それを認めたらボクはボクに何もないと認めてしまうことになる。
「でも、結局私は名乗り出ることができなかった……だから君は最終手段としてあの計画を実行した。
だからこそ、そう推理した私だからこそ聞きたい。狛枝クン、「君は「幸運」を使って君が狙った人物に毒入り消火弾を手に取らせることはあくまでも妥協した上での計画で、本当はレストランの時点で名乗り出れば実行する気はなかった」」
「七海さんはどうしてもボクを、皆を殺す気がなかったと言いたいんだね……『ボクが絶望を殺すことにためらいがあるわけがないよ、誰を殺すことになろうと躊躇いはなかった。モノクマの2人以上殺すことが禁止ってルールがなければ直接殺していたかもしれない』……君の望む真実なんて、ボクにはない」
「じゃあ……あの裏切り者を探すって、みんなと自分の才能を信じるって言ってたのはウソだったの？」
「…………」
「だんまりは……少しずるいかな」
くすりと小さな笑い声。
嘲っているとしても不思議はないのに、彼女の声には全くそれがない。
「司法取引、「狛枝クンは死ぬこととみんなを殺すことにためらいがあった、だから直接裏切り者の正体を突き止めて話をしたかった」。これに答えてくれれば、君の質問に一つ答えるよ」
「……『ボクは裏切り者と直接話をしたかった』……前半はさっき否定したでしょ？嘘はこのノートには書けない……」
「……司法取引、「狛枝クンは自分の超高校級の幸運を信頼しきれなかった、だから直接裏切り者の正体を知るために未来機関側のモノミちゃんの家に侵入して手がかりを探した」。
私の言葉の通りにこたえなくてもいい、ただなぜ君がそうしたのか教えて。
『この質問に答えたら私は君の質問に必ず一つは答える』」
「……………」
宣言とともに、ノートに『この質問に回答すれば七海千秋は狛枝凪斗の質問に真実ノートを介して必ずひとつ答える 七海千秋』と記載された。
それを見て、さっきならいくらでも聞きたいことがあったのに……何も思いつかない。
（ボクはなにが知りたいんだっけ・・・・・・？日向クンたちの行方？学級裁判の結果？）
どちらにせよ、彼女にボクが答えない限り……尋ねることができない。
「……………」
「待つよ」
「……………………」
「ずっと」
ボクは、
「………ボクは、『自分の才能を信じてる、信じざるを得ないことがたくさんあったから』」
「うん」
「『でもボクはこの才能を完全にコントロールできる自信はなかった、裏切られるような結末を生み出すことがたくさんあったから。だから、本当は……モノクマの言葉より未来機関の裏切り者の言葉を直接聞きたかった』」
「…………」
「『希望と信じていたものがすべて絶望だとわかったあの島で唯一希望である裏切り者に会いたかった、せめて最後に希望から真実を聞きたかった』……あはは、本当なんだね。書けるや……自分でもさっきまでちゃんと分かっていなかったのに」
支離滅裂に、証言とは言えないような主観混じりの話をした。
でも嘘とは判定されなかった。
（変だなあ）
ボクだって…・・・さっきまで自覚がなかったようなものなのに、それが真実だなんて。
本当は自分の幸運をコントロールできる気がしなくて、あの計画には不安があって、できればやりたくなかったなんて・・・・・・自分が考えていたことなのに。
（あんなに考えて、完璧だと信じていたのに……妥協案だなんて忘れていたなんて、バカみたいだ）
じゃらりと鎖が鳴る……縛り付けられているのは慈悲なのだろうかと錯覚してしまう。そうでなkれば、支えられなければ、倒れていただろう。
「君は信じたくない真実を、それでも信じてしまって……それでも真実を、君が希望と呼べる側の存在に聞きたかったんだね」
いつの間にか七海さんの声が近くなっていた、いつの間にか彼女は階段を降りてボクの方へと歩み寄る。
「でも、裏切り者は、私は現れなくて・・・・・・私以外を皆殺しにするために自殺したんだね？」
七海さんはコツコツと小さな足音を立ててボクに近づいた。ボクは身じろぎすることなく、言葉を発することなく彼女の華奢な体がボクの傍らに立つまでただ待っていた。
両手を伸ばしたら彼女に触れられる距離で彼女が立ち止まると、ボクは彼女の目を見てはっきりと答えた。
「『うん、ボクは希望である君のために絶望であるボク達を殺すための一手を託したんだ。君以外を殺すために、君にボクを殺してもらったんだ。希望は絶望なんかに負けないって証明するために』」
あんなに暴かれることに抵抗があったのに、不思議と静かな声でそう伝えられた。彼女を見上げる、しかし目が合わない。合わせようともう一度試みるが、合わない。
「やっぱり、そうなんだね……」
「……七海さん？」
そして小さな気配が不意に近寄る、傍らに立たれれると思わず小柄な彼女を見上げた……と同時にパアン！と派手な音がしてボクの視界から七海さんが消えた。
遅れてヒリヒリした熱さが右頬を焼いた、ボクは……えっと七海さんに叩かれた？
思わず見返すと・・・・・・もう一度思い切り頬を平手で打たれた。
「狛枝くんを、私、殺したくなんかなかった」
襟首を捕まれた。呆然としてしまった、彼女はとても・・・・・・怒っていた。ボクの襟首を掴んだ両手がわなわなと震えるほどに激怒していた。
「どうして……あなたは未来機関の裏切り者を希望と信じていたんじゃないの？……それなのになんで、毒薬の入った、消火弾を、裏切り者に、私に投げさせたの！？」
後頭部が椅子の背に叩きつけられた。一瞬目の前がブラックアウトするが、ボクはそれはどうでもよかった。
彼女は先ほどの冷静さは残っていないようで、怒りに身を任せていた。彼女に犯させたボクの罪を、ボクにどうしてと問うていた。
大粒の涙をこぼしながら。
「君を殺すなんて、たとえ君の計略でも……私の手で！……そんなことさせられた方がどんな気持ちか考えなかったの！？絶望してしまうとは考えなかったの！？」
「…………それは」
「どうして？……どうしてどうしてどうしてどうして！！？」
「あれは、全部ボクの罠で、君が気にすることなんて……っ！」
襟首にかけられた力が強くなる。また彼女を怒らせた、いや。
（泣かせた？）
ボクと彼女の間の空間に体温を持った液体がポツポツと降っていた。
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして！！」
「だって、ボクは、絶望で、ゴミみたいな才能しか持ってなくて」
「どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうしてえっ！！？」
「死んだって、殺したって、気にするような存在じゃ、ボクはないから」
その先は言わせてもらえず、あの時の終里さんみたいに、いやそれ以上の力でボクは拳で殴られた。
たまらず椅子ごとひっくり返ってしまう。視界の端に彼女の皮のローファーが映った。
「こま、えだ、くん」
「ななみさ……」
青ざめた、そんな顔をしないでいい。別に痛くないからとボクは伝えようと口を開こうとした。君はボクを傷つけたんじゃないと伝えないと、そうしないと彼女は。
その時……真っ暗だった裁判場の照明が一気に明るくなった。
「そこまででちゅーーーー！」
そこで、ぶち壊しにするような能天気なのにやたとしっかりした声が裁判上に乱入した。
急に二つのスポットライトだけの暗い空間が、全て照らし出されるライトが点灯する。さらにボクの右側の視界にライトが当てられてそこにいる存在が映し出された。
まぶしすぎて何も見えないくらいなのに・・・・・・なぜか真っ白なうさぎのぬいぐるみがボクたちの前で胸を張ってステッキを構えているのははっきりと見えた。
朗々とした声で、喋る声。南国の太陽みたいに図々しいほど明るくてはっきりしている。
「二人ともそこでストップでちゅ！これ以上はダメでちゅ！裁判は中断でちゅ！」
「……え？中断？できないはずじゃ」
「う、ウサミちゃん……でも」
「とにかく！二人共！これ以上のヒートアップはだめーーーーーーー！！」
取り付く島もなく、首を絞められた時の頼りなさはどこに行ったのか、モノミはステッキを宙に高くかざすと高々と宣言した。
「これ以上はこの島の医療担当として見過ごせまちぇん！裁判中止権限を使いまちゅ！
狛枝クンと千秋ちゃんは裁判続行不可能な興奮した精神状態なので裁判は中止！
頭を冷やすために二人共控え室に連行でちゅーーーーーー！」
「…………」
「………えっと」
モノミに連れてられて裁判所？の休憩室らしき部屋に来たものの、コーヒーを入れるとか言ってモノミはすぐに行ってしまった。
（首を絞められたのにあの元気はなんだ、ロボットだからか、ロボットならなんでもありなのか……あまりに態度を変えないモノミは調子を狂わせる……）
コンクリートむき出しの四角い長方形の部屋。部屋にはグレーのソファーとステンレスの机、そこに二人で座ってモノミのコーヒーを待っている……何なんだろうこのシチュエーション。
ソファーの端と端に、ボクと七海さんは座っていた。七海さんは一個だけあったクッションを抱いて、胎児のように丸まっている。裁判服すら着替えていない、ボクを見ようともしない。
まさか近寄るわけにもいかないので、自然と一つしかない長ソファーの七海さんから一番離れた場所に座る……できるだけ、彼女の視界に入らないように肩を寄せながら。
目障りかなと席を外そうとすると隣から地獄から響くような声で「……ウサミちゃんがコーヒー持って来るって言ったでしょ？」とクッションから顔を上げる。気まずい、気まずくて死にそうだ。
七海さんを、傷つけた。
そのことの意味について考えると、ボクが何も考えていなかったことは明白だった。
（そっか、本当にボクは人の気持ちがわからないクズなんだな。知ってたけど）
血を手で汚すことが、彼女の心にどれだけ絶望をもたらしたのか。ましてや自分の意思でなく、ボクにやらされて……決死の推理の末に気がつかされた絶望。それはどれほど大きい絶望だったのか。
そしてボクはそんなこと考えもつかなかった。ボクを殺すことで誰かが絶望してしまうことなんて想像すらしていなかった。
（ああ）
そして、理解してしまう。
（本当にボクは超高校級の絶望なんだな）
何をしても、絶望しか持たさない。絶望の記憶を失った今でさえ。
その悲しみがわからないなんて、絶望的だ。
「……ねえ、教えて。狛枝クンは裏切り者を、私を探していたんだよね？」
「……そうだね、探していたよ。こっちが全力でハッタリをかけてるのにちっとも出てきてくれなくて、レストランでずっと待ってるのに誰も来なくて……モノミの家にまで入っちゃったよ。そのあとは君たちの方がよく知ってるんじゃないかな」
「どうして……？」
「……どうしてなんだろうね、ボクも今は自分の記憶さえ曖昧なんだ……ただ、やっぱり聞きたかったのかな。どうして、ボク達をあの島に連れてきて記憶を奪ったのか、裏切り者の、未来機関の、希望を持つ最後の一人に理由を聞きたかった……本当はモノクマだけの情報じゃ不安だった……」
「なら、やっぱり私のせいで自殺したの……？」
「それは、違うと思うよ……そうだね、共犯とか持ちかけようとしたかったのかも。絶望をみんな消してしまいたくて……だからさ、ボクに七海さんの期待するようなことなんて、何もないよ……」
「狛枝くんは、自分の死を望んでいた。あの島が自分の死に場所だと思っていた。そして本当は自分の計画を修学旅行の皆に解いて欲しかった……違うかな……」
「死にたくはあったよ、だってボクが「絶望」だなんてさ……希望だったはずのみんなも許せなかった。
後半は……そうだね、皆に解けるなら解いて欲しいという欲があったんだろうね。ボクがどうして絶望したのか、少しは理解して欲しかった……？……あはは、支離滅裂な上に意味不明だね」
「……ごめんなさい」
名乗り出ることができなくて、と彼女はまたすすり泣きに戻ってしまった。
取り返しのつかないことなんて、今更言葉をつくしても何もかも無意味だ。
ボクは、彼女に人殺しをさせた。
「七海さん……」
そんな彼女に、ボクはそんな無責任な言葉をかけることしか思いつかなかった。
もう取り返しなんてつかないし、
取り返しのつかない死を迎えたはずのボクがなぜここにいるかも分からないまま、
本来はボクに仕組まれた死を与えたはずの彼女がなぜここにいるかもわからない。
けど、
「……ごめん」
でも、無意味でも彼女に謝りたいこの感情は絶望ではない気がした。
【裁判１】 終了
βの２
再び目を覚ました時、見えた天井は前とは違っていた。眠っているベッドももっと暖かなものだった。
頬を撫でる風に傍らを見ると、カーテンが風にたなびいていた・・・・・・窓が空いている。空に浮かぶ月は満月だった。
窓を締めようと、ボクは自分の左腕を伸ばしかけて・・・・・・それが動くことに絶句した。
（ナンデ？）
だってこれは・・・・・・・・・なのに。
わからない、ここがどこかもわからない。どうして、ここにいる？「彼」はどこにったんだろう？
記憶が混乱している、自分が誰だかわかるだろうか？・・・・・・うん、それは問題ない。
なら、きっとなんとかなるだろう。ボクは・・・・・・なのだから。
「あ」
そして、ベッドを降りるときにとさりと軽い音がした、床を見るとどこにでもありそうなノートが落ちている。
表面を見ると「ヒナタハジメ」と書かれている・・・・・・誰だろう？知らない名前だ。
とにかく状況がわからないし・・・・・・期待もせずにぱらぱらとめくってみる。
「………え」
１ページ１ページをゆっくりとめくり直す。
じぃとそのノートに書かれた大量の文章に寸分漏らさず目を通していく……なんてことだ。
「ちょっと、信じられないな……」
もしこれが本当なら……これはひどい、絶望的だ。希望どころか救いの欠片もない。
「あははっ……！」
けど、ボクはそれを知ることができた。なら、何か出来ることがあるだろう。
やはりボクは幸運だ、そう思ってボクはノートをもう一度開いた。
つづく
あとがき
＞
狛枝が泣いちゃうかなと思ったら七海の方が泣いちゃったという。
ウサミせんせい、ガチ天使。
どうでもいいですが、七海は狛枝と接するときはウサミを「モノミちゃん」と呼ぶように合わせていますが素が出ると「ウサミちゃん」呼びに戻ってしまうという裏設定。
当初七海は左ストレート、ボディブロー、足払いで後頭部強打を狛枝に喰らわせるつもりだったんですは、書いてる途中で私の中の日向が「・・・七海になにやらせてんだ、おい？」といったのでやめました。
改めて、あの事件の話をこの二人でさせるとしたらいろいろありますが、まずは「七海は勝手に自分を使われて人殺しをさせられたことを狛枝にキレていいよなあ・・・・・・」というのが出てきてそれをやれたので満足です。
全然狛枝の状況判明してしていませんが、まあおいおい・・・・・・（遅筆にじっと手を見る）。
・裁判の話
このお話は当然私の妄想みたいなものです、が一応狛枝がちょっと変かなと思ったことを根拠にしているのでちょっとめも。
5章の学級裁判は5回もやってるくせに、5章のフルプレイは2回しかやっていないクズは私です（メモメモしながら・・・・・・）。
そして思ったのは「あれ？狛枝裏切り者をトリック以外でも探してるんじゃん？なんでや？」と思って考えた「狛枝は結構真面目に裏切り者を探していた」＝「実は最初は自分の幸運を信じてなかったんじゃね」説。
モノミの日記をねー、なんで泥棒しているかがわからなかったんですよ。もう皆殺しにして自分を含めて全滅まっしぐらでいいよと思っているならなんでこんなんするの？と思って……ならやっぱり生きたまま裏切り者にあって「希望側からの真相」を聞きたかったのかなあと。
そしたら、レストランで「裏切り者さん待ってるよ」と言ってたのもやはり本当だったのかなあと。
オクタゴンから爆薬・毒薬を持ち出してモノクマに「裏切り者の正体知ってる？」と話しかけて断られてもいるし、狛枝の自殺は裏切り者をあぶり出す最終手段であり最初から決めていた最善策ではなく、あくまで最終手段だったのかなあと妄想してこの話ができました。
2周目の5章では狛枝は死ぬとわかっていたので必要以上に話しかけてうざがられても「ああ、もう死んじゃう、これがラストか……」と感慨深く立ち去ったりしていました。
ちょっと自分でも混乱したので、参考にした自分の走り書き
※ゲームが今手元にないので、日数とか正確でないです。学級裁判は5日目でなく4日目だったかも……？
5章 狛枝行動に着目したスケジュール
1日目
みんなで第５の島探索。とりあえずなんか狛枝が怖い。
2日目
狛枝捕獲作戦→狛枝ロビー爆破後、島をすべて巨大爆弾を仕掛けたと宣言。解除条件は裏切り者が名乗り出ること。
3日目
狛枝が朝のレストランで「リミットは明後日の正午。爆弾はみんながまだ行ったことのない場所に仕掛けた、裏切り者が名乗り出るなら解除する。このレストランで待ってるからこっそり名乗り出てくれ」と宣言。
狛枝以外で探索した結果ネズミー城のドアが爆破されているのを見つける。しかしパスワードは狛枝に消されていた、ので遺跡に入ろうとするができない。
4日目
日向が第４の島を探索中にモノミが「泥棒が家に入った」と泣きついてくる。←日記を盗んだのはこの辺か？
レストランで終里が激昂して狛枝の首を絞める→七海が止める。
※ソニアが夜に軍事施設で見つけた爆弾を遺跡で実験して、ただの花火だと判明するのはここか？
5日目
狛枝が朝のレストランで「爆弾をみんなが行ったことのある場所に移した」と宣言。
このせいでみんなバラバラにならざるを得ず、アリバイは全員に成立しなくなる。
第5の島のモノクマ工場で爆弾を発見するも偽物と判明。
その場にあるノートパソコンから狛枝のビデオメッセージ→グッズ倉庫に移動して、狛枝の遺体を発見する→捜査後、学級裁判。
（※2日目の夜あたりに狛枝はネズミー城を爆破して、パスワードを使って遺跡に入っていると推察できる。遺跡に関しては「中は見慣れは風景だった」＝学級裁判と似た舞台があるだけだったから）
……狛枝と一緒に私も混乱して作ったので、間違いが多いかもです。特に4日目と5日目はごっちゃになっている可能性が高い気がする……ていうか5日目あったっけ。4日目のような気もする？
しかし改めて振り返ると狛枝さん、
2日目の晩から始まって、城の爆破してパスワード消したり、ロビー爆破したりビデオ撮ったりパソコンに仕掛けしたり、爆弾もどき作ったり、モノミの家に泥棒したり、消火弾用意して給湯室に置いて、5日目の朝のレストラン宣言のあとにこっそりグッズ工場に入ってあの仕掛けを作ったりと、
三日程度の期間でスーパー過密スケジュールです。
もしかしてほとんど寝てないんじゃないんでしょうかねー(´・ω・｀)。