ここはどこだ?
「・・・・・・いか!陛下!・・・・・・」
おれは・・・・・・思い出せない。誰だったろう?
「これはどういうことですか、あなたは、ヴォルフラムはどうして・・・・・・!」
ああ、おれの目の前にいる人はわかる。過保護なギュンター。いつも純白の衣装に身を包んでいるのに今は真っ赤な衣装を身にまとっている。まるで全身に血を浴びたようだ。彼には似合わないな。
「何が起きたのですか!どうして、ヴォルフラムは・・・・・・」
ああ、ヴォルフラムもわかるよ。
いつもおれの一番欲しい言葉をくれる、天使のようなおれの婚約者。コンラッドの大切な弟。
彼はどこに行ってしまったんだ?
「陛下、陛下!教えてください、コンラートは・・・!」
コンラート。コンラッド、おれの大切な名付け親。ヴォルフラムの素直にはなれないけれど大好きな2番目の兄。
彼はどこにいるんだ?
はやく、二人に会いたい
「 な く な っ た 」 2
「陛下っ!」
「・・・・・・?」
おれのことかと声の方向に目線をやった。見慣れた風景。大きな外壁の門を越えれば、そこには城へと続く階段がある。それは荘厳な血盟城にふさわしく武骨な岩だったはずの面影などなく、ただ優美に円弧を描いて城の内部へと誘っている。
その階段の中央に金髪の男が立っていた。金色の髪に碧の瞳、まとっている衣装は囚人のような巻頭衣だったが派手な外見であることは遠目にも見てとれた。そして本当にこの男が囚人なのか戸惑う表情をした兵士二人に両側が取り押さえられていた。
きっと取り押さえられていなかったらここへ来たいんだろうな、と他人事のようにユーリはその知らない男の方を眺めた。
「ヴァルトラ―ナ!」
凜とした声がその男の名前を明らかにした。薄紫の髪がユーリの視界に映る。フォンクライスト卿ギュンターがその男、ヴァルトラ―ナとユーリの間に立った。肩に誰かを担いでいるせいか、いつもより少しだけ動きが遅い。
濃いダークブラウンの髪の均整のとれた長身の青年。ギュンターと背丈が変わらないか、少し大きいらしく引きずられるように背負われている。足元が覚束無いのか、今もギュンターが彼の足元を庇っている。コンラッドに彼は似ている。誰だろう?
「ヴァルトラ―ナ!なんの真似ですか、あなたにかけられた嫌疑はまだ晴れているわけではないのですよ。部屋から出ることは許されていないはず」
「フォンクライスト卿、すまない。しかし、陛下のご帰還と聞いていてもたってもいられずに・・・しかし、よかった。陛下がご無事で」
「罪人の疑いがまだ晴れぬものが勝手に牢を抜け出し、挙句陛下の御前でご無事を確かめるなど、正気の沙汰ではありませんね」
「すまない、しかしよかった・・・陛下がご無事で、本当に」
ヴァルトラ―ナという男は今にも泣き崩れるのではないかと言うほどの安堵の表情でおれを見た。
そして、彼の唇は次の言葉を紡ぎ出す。
「陛下、何よりもご無事に帰還をお祝い、いや、感謝します。心から」
「・・・・・・ああ、ありがとう」
面識のない相手から真剣に真剣に帰還を祝われると面映ゆい気もしたが、ユーリは目をそらすだけにとどめた。早くこの場をやり過ごしたい。はやく、はやく。
「それで、陛下・・・・・・ヴォルフラムはどこですか?」
視界に映るギュンターの背中が大きく戦慄いた。彼の方に腕をかけられた青年はぴくりとも動かない。
それに気づかないヴァルトラーナは喜びと興奮に浮かされた声で礼を正した。
「図々しいとは知っています、私にかけられた嫌疑も私自身に無関係なものではないでしょう。
分かっています。己の罪は、己で償います。しかし、一目だけ甥に、ヴォルフラムに会わせてください!せめて、せめて一言、こんな事態になったことをわびたいのです。あの子の叔父として」
「・・・・・・ヴォルフラムに?」
「ヴァルトラーナ!よしなさい、追ってあなたにも・・・・・・知らせます。だから、陛下の前ではその名は・・・・・・!」
「陛下、なにとぞ、なにとぞお願いします!一目だけ、一言言葉を交わすだけでも!」
ユーリは今一度、ヴァルトラーナという男を見た。彼は奢りの欠片もない碧色の瞳をしている。ヴォルフラムにそっくりだ。そして、よく分からないこと言っている。ヴォルフラムに会いたい?何故そんなことを言う?
ユーリは今一度首をかしげた。彼はおれたちに「ヴォルフラムに会わせてほしい」と言っているのだろうか?
「・・・・・・何、言ってるんだ?」
「分かっています!死罪となってもかまいません!ただ、ヴォルフラムに一度会うことをお許しください!」
「どうして?」
「陛下、どうか・・・!」
「だって、ヴォルフはここにいるんだろう?」
「え・・・?」
「陛下!?何を・・・!?」
ギュンターが不思議なほど上擦った声でおれに振り返った。彼の肩にかけられている青年の腕はぴくりとも動かない。ただ、その右腕には赤黒い包帯が腕そのものの一部のように腕全体を覆っていた。
「だって、おれ二人に会いに帰ってきたんだから。ヴォルフもコンラッドも城にいるはずだろう?」
「へ、いか・・・・・・?」
「陛下っ!」
ギュンターの声は悲鳴のようだった。彼の悲痛に暮れた顔なんて初めて見た。彼の美しさは皮肉にも、その悲痛を余計に際だたせるようだ。ギュンターがおれに向かって手を伸ばしたが、彼の肩に支えられた人物が急に振り返った振動で彼のもたれかかり、果たせない。
おれの言葉を待っているヴァルトラーナが次の言葉を吐く前におれは彼の勘違いをもう一度正した。
「はやく二人に会いたいよ、おれの部屋にいるんだっけ・・・・・・まあ、どこでもいいや」
探しに行けば、きっと会えるのだから。
言って、おれは走り出した。
ギュンターの声が聞こえた気がしたが、すぐに彼らに会うことだけで頭がいっぱいになり彼のことは頭の片隅に消えた。彼も肩に背負った青年のせいか、追っては来なかった。
少し乾燥気味の大気を肺の奥へと吸い込み、コンラッドと毎朝ランニングをしている要領で軽く地面を蹴った。城の奥へと誘っているような階段をあっけなく上り終えると、階段の頂上で取り押さえられているヴァルトラーナを横切る。彼の湖底の碧の瞳はただ戸惑いに右往左往していた。ああ、彼のこの色の瞳に似ているのに確かに違うあの瞳に会いたいという気持ちが余計に逸ってしまった。急がないと、ずっと会いたくて待ちきれないのに余計にあの碧に金色が縁取る景色が欲しくてたまらなくなる。
彼が何かを大きな声でわめいていることには、おれは気が付かなかった。なにか、ひどく誰かを求める声だったが本当にそのときのおれには聞こえなかった。
ギュンターの声が聞こえる。今度はちゃんと聞こえた。ただ、聞こえたのは音だけで声ではなかった。いびつな音が脳内を駆け巡った。何かを叫んでいる、ひどく絶望的な何かを鼓膜に奥に軋ませて伝えようとしている。でも、聞こえない。
ギュンターの音に入れ替わるように背後でヴァルトラーナの悲鳴のようなノイズが歪な音を耳の奥で響かせた。何かを奪われたような、引き裂かれたような恐ろしい音だった。でもおれはそれを振り切って聞こえないふりをした。
いつも結婚をはやし立てるヴォルフラムのきれいな怒鳴り声をかわす要領で本当はちゃんと聞いているのに何も聞かなかった演技をし続ける。
おれをだましている自分をもだまして、おれはどこまでも進む。
どこまでも、この城のどこかにいる彼らを探す。
ただ、二人に会いたかった
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・ん・・・・・・う、ん?
あれ、おれ・・・?
なんだっけ・・・ここはどこだっけ?今まで何をしていたっけ?
え・・・?何だ、これ?
ん、冷たい・・・・・・水か?飲めって?
・・・・・・飲みたくないよ。飲まなきゃならないのか?
でも、何も口にしたくないんだ。体の奥が冷えて気持ち悪いから、いやだよ。飲みたくない、飲みたくないよ。
・・・・・・分かったよ、飲むよ。たくさんは飲めそうにないけれど、ちゃんと飲む。
薬も飲んでるし大丈夫だよ。ああ、薬を飲んでいるから水を飲まないといけない?そうだな、でも飲んだら薬が薄くなって効かなくなるなんてことない?そんなことは考えなくていいって・・・そうだなおれは薬のことなんてわかんないし。
お前、誰・・・・・・村田か?村田なのか?
ここどこだ?・・・・・・医務室?そうなのか、白い色しか見えないけど・・・・・・。
ごめん。目が見えなくなっててさ、ぼんやりとした影しか分からないんだ。いや、大丈夫だ。聖砂国の時とは違う。一時的なものだと思う、何でかな自分で分かるんだ。薬の飲みすぎとか、ああ魔力の暴走のせいかもな。おれのせいで城がめちゃくちゃになったんだっけ?
そうか、
おれの寝室が水浸しになっただけか。よかった、誰も怪我とかしていないよな?掃除してもらう人には本当に悪いけどよかった、よかった・・・・・・・よかった?
一体、何がよかったっていうんだ?
・・・・・・・わかっているよ、聞こえてる。大丈夫だよ。今は正気だよ、多分な。
分かっている、おれは正気じゃなかった。分かっているよ、今でも正気じゃないかもしれない。
本当はもう気が狂ってるのかもな。それでも、いい気がする。だって全部おれのせい、おれが原因。おれが元凶なんだから。気が狂うくらいじゃ、十分じゃないだろうけれど。
何の償いにもならないけど。
それでも、おれが知っていることを全部話すよ。
ヴォルフラムがさらわれて、城のみんなが戦争の準備をしているときおれは何とかヴォルフを助け出せないかと考えてた。グウェンもギュンターもコンラッドも戦争になってもしかたないと思っているみたいにおれには思えた。
あのときはみんなが何を考えているのかよく分からなかった・・・・・・いや、本当は分かってた。おれのためだ。
純血魔族派の一派がいなくなれば、おれの人間の国と戦争を避ける方法で付き合ってこうとするやり方はずっとやりやすくなる。本当は戦争なんてしたくなかったのはみんな一緒だろう。でも、譲れないこともあったんだろう、お互いに。
それに・・・・・・みんなは隠してたみたいだけどヴォルフラムの血の付いた上着が送られてきたんだ。それは単なる脅しだったのかもしれない。実際おれがあったときヴォルフは傷1つなかった。単なる脅しだったんだよ。当然だな、あの人たちにとってヴォルフは王様なんだから。
本当はみんなもわかってたのかもしれないけど、つまりはそれは話し合いには応じないってことだろう?戦いは避けられない。
おれも何とかどっちにも思い止めさせようとした。でも、城のみんなはともかく彼らに連絡もつけられない。ヴォルフラムもどうしているか分からない。どうしているかと思うとおれも気が狂いそうだった。戦争も仕方ないじゃないかと思うくらいに。
・・・・・・・そうだよ、おれは戦争をしてもかまわないと思っていた。
だって、その前の日まで叔父上が分かってくれたって心底うれしそうだったヴォルフラムの思いを踏みにじったんだから。あのときあいつ隠していたけど泣いてたんだ。張り詰めた糸が切れて、すごく安心して泣いてたんだ。決して、許すことはできないと思ってた。本当におれのごく個人的な感情でそうなってもかまわないと思っていた。
おれはひどいよ、誰も犠牲にしたくないと言いながら身近な、大切な人を傷つけられるとそれだけで一線を越えてしまう。王様ってのはさ、たとえ自分お気持ちがどうあれその力をみんなのために使わないといけないのに。おれの持っている権力はたくさんの人の運命を簡単に変えてしまうものなのに。
それでもおれは戦争を避けたかった。誰かが死ぬのも怖かったし、直接話せば何か糸口が見つかるかもしれないと思ってた。でも、それ以上におれはヴォルフラムが自分のせいで誰かが死んだり傷ついたりすることで傷ついてしまうんじゃないって怖かった。あいつに取り返しの付かないものを背負わせてしまうことがどうしてもいやだった。
そんな風に思ってるときだったかな、彼らから手紙が来たんだ。一人で来てほしいって、おれと話をしてみたいって場所と時間を指定した手紙が来たんだ。
おれは悩んだよ。おれは馬鹿だけど、これは罠だと思った。でも、これが最後のチャンスかもしれない。彼らと接触して、話すことができる機会があるとしたら罠だとしてもこれが最後だと思った。ヴォルフラムの袖の飾りボタンが同封してあったことも原因かもしれない。
だから、おれは行った。
コンラッドだけは連れて行こうかとも思った、でもあのときのコンラッドはすごく張り詰めてて彼らにあったとたん彼らを斬るんじゃないと不安だった。どうしてもヴォルフラムが原因で誰かが死ぬことは避けたかった。だから、おれは結局一人で行った。おれに魔力があるから最後には何とかできると、命までは取らせはしないと自惚れてた。
結局それは間違いだった。
おれは一人で彼らに会いに行った。そして、それが全部壊した。
おれは、説得するつもりだった。眞魔国中で彼らに協力する人たちはとても少ない、これ以上はやめてくれって、ヴォルフラムを返してくれさえすれば、できるだけ罪に問わないようにグウェンダルたちを説得するって言うつもりだった。
実際、説得できるかどうか五分五分だったと思ってた。・・・・・・おれもそれくらいはわかる。でもおれには魔力がある。だから、説得に失敗してもヴォルフラムを取り戻すことだけはできるんじゃないかと思った。殺されそうになるかもしれない、でもおれはいつもそうやって切り抜けてきた。簡単じゃない・・・でも、ヴォルフラムが原因で誰も死なない方法はどうしても他に思いつかなかった。
どんな無理なことでも、おれが譲れない最後の一線はそうして守っていけると思ってた。守っていかないといけないと思ってた、おれにその力があるなら。強引に力でねじ伏せても、正しいことをしているならば圧倒的な力でひれ伏せさせることで物事が丸く収まると、どこかで考えてた。
でも、間違いだった。
おれは彼らとの約束の場所に一人で行った。暗い森の中だったな、昼間だったけど風が強くて寒かったんで、マントを頭にかぶって彼らが来るのを待ってた。誰が来る足音も聞き逃さないようにしていたけど、風が強かったから木が揺れる音がすごくて・・・・・・それでもずっと耳を澄ませてた。
しばらくすると、足音が聞こえた。足音と言うよりも、走ってる音かな、低い木の間をかき分けて必死にくぐり抜けようとする音、おれは身構えた。何を言うべきか、何をするべきか、何度も頭の中で練習していることを思い出してそっちに振り返った。
そして・・・・・・現れたのはヴォルフラムだった。
おれの頭は真っ白になった。ヴォルフラムも同じみたいだった。二人でただお互いを見て立ち尽くしてた。
ヴォルフラムは葉っぱや枝を体のあちこちに引っかけていて、肌が露出しているところは傷だらけだった。顔にも傷がたくさんあって額から血が流れてて、おれは硬直しながらも「ああ、治さないと」ってぼんやり思った。走って距離は長かったみたいで全身汗だくで肩が激しく上下してた。
ヴォルフラムはかなりやつれてた。あいつほっぺたがあんなにやわらかくて血色よかったのに、すっかり青ざめてて痩せてた。走って走ってたどり着いたせいなのか、もともと疲れ果ててたのかっているのもやっとって感じだった。そして、そんな疲れ果てた目であいつはおれを見つめてた。信じられないような目で、信じたくないって目で。
そんなこと考えている場合じゃなかったのに、早く彼の手を取って、魔力を使って一刻も早く逃げなればいけなかったのに。彼の様子を見れば必死に逃げてきたことなんて一目瞭然だったのに。
・・・・・そして、おれは急にひどい吐き気に襲われた。世界がひっくり返って、空と地面が逆さになった。
そして、気が付けば地面に倒れてた。おれの上ではたくさんの誰かが話してた。怒鳴ってるやつ、笑ってるやる、怖がってるやつ、何の感情も感じさせないやつ、たくさんいた。いろいろなことを話し合ってるみたいだった。
そして、一人だけ叫んでるやつがいた。ほとんど誰も分からなかったけど、その声だけは分かった。おれの水の向こうから見ているみたいな歪んださざ波が走っている視界の中で蜂蜜色の髪が必死で揺れているのを見た。捕らえられているヴォルフラムが、あがいて、叫んで、おれを放せと言っているのが確かに分かった・・・・・・そして、おれは意識を失った。
・・・・・・気が付くと、おれは捕らえられてた。
小さな部屋の中で、おれは縛られて口元には布があてられて息をするのがきつかった。それでなくても、吐き気がして意識を保つのもきつかったっていうのに。
おれの周りにはたくさんの法石が山ほど積んであった。信じられなかったけど、彼らの仲間には人間の法術使いが何人かいたんだ。そいつらがおれの魔力を厳重に封印しているんだって、何度か夢うつつに聞いた。おれのために金で雇ったんだってさ。純血の魔族を尊んで、ヴォルフラムをさらったのにわざわざ魔力のせいで苦しみながらも人間の国に渡って、法石を買い込んで法術を使える人間を雇ったんだってさ・・・・・・そんなにおれが怖かったのかな。
彼らに連れられている間、おれはずっと意識がはっきりしなかった。苦しかったし、まともに食事もできなかった。無抵抗なんだから、殺されても不思議じゃなかったけどあの人たちは言ってた「眞王陛下が選んだ王を殺すことはできない」って、そうはしなかった。それならおれを王様だと認めてくれても良さそうな気もするけど、おれに退位してもらうのが彼らの望みであることは変わりなかった。あの人たちにとって眞王は絶対だった、たとえどんなにおれが邪魔だったとしても、おれを殺せるのに殺せないくらい魔族の始祖である眞王の意志を絶対視していた。
そして、だからこそ眞王にそっくりなヴォルフラムを王位に就けるように自分たちに眞王廟に嘆願しに行くつもりだった・・・村田、そんな顔しても仕方ないよ。あの人たちにとって眞王は神様、常に正しいことを選んでくれるはずなんだから。
あちこち場所を移動しながら、意志の切れ切れにだったけど彼らがヴォルフラムを必死に説得しているのを聞いてた。ずっと、王になるべく決意してほしいと、そう自ら眞王に進言してほしいって、何日も何日も、何人にも囲まれてそう言われ続けていた。
ヴォルフラムは徹底的に拒んでた。あいつは魔力は強い方だけど、おれみたいな法力責めは受けてなかったから、肉体的には大丈夫だった。もっとも、精神的にはおれよりきつかったかもしれない。あいつの怒鳴り声ばっかり聞いてた気がする。いやだ、ぼくが使えているのはユーリだユーリだって、何度も王にふさわしいって言葉をはねつけてはねつけて、声が枯れるまで・・・・・・。
・・・・・・馬鹿だよ、ヴォルフは。嘘でもいいから頷いて、なんとしても生き延びる道を捜すべきだったのに。おれなんかよりずっとあいつこそ王にふさわしかったのに。おれはただ、ただヴォルフラムがいれば何でもよか・・・・・・いや、違うんだ、。分かってる、おれのせいだ、おれのせい、ヴォルフラムは逃げてたのに、逃げられたのに、おれが行ったせいで、おれが考えなしで、おれがヴォルフラムを・・・!!
・・・・・・・ごほっ、ごほっ、はっ・・・・・・ご、ごめん、大丈夫だ、大丈夫、休まなくていい。感情を交えずに言うから、事実だけを言うから、夢を見るから眠るのはいやなんだ。心配されているのは分かってるのは知ってるけど、眠りたくないんだ。もう、今度眠ったら次に目覚めるときに、おれは何もはなせないほど狂っているかもしれない。もう狂ってるのかもしれないけど。
お願いだ、最後まで話をさせてくれ、なあ、村田?・・・・・・うん、ありがとう。
・・・・・・そして、だんだん彼らも焦れていった、追い詰められていた。ヴァルトラーナがおれを王と認めたときから追い詰められていたけれど、だんだんヴォルフラムが頷かないことによって離反する人が出てきたり、別のところで彼らの仲間がグウェンダルたちに捕まったりしている内に焦りがピークになったみたいだった。
何度目だったかな、彼らの仲間が別の場所で捕まったって何度目かの報告が来て・・・・・・そして、彼らは決意した。「もうあなたの意志などどうでもいい」って・・・・・・そして法術士たちを呼んできてヴォルフラムを弱らせた、それでなくてもヴォルフラムは連日連夜の問答で疲れ切っていた。糸の切れた人形みたいに倒れるヴォルフラム囲んで、彼らは魔術をかけた。催眠術みたいなものだったのかな、ヴォルフラムは少し暗い目をして起き上がった。
そして、あいつらはスープをヴォルフラムに飲ませた。あいつずっとハンストして、ほとんど食べてなかったみたいだったから。おれはほとんど無抵抗だったから水とか薄いスープとかを与えられるままに食べてたけど、あいつはずっと飲まず食わずだった。
意識がはっきりしてなくても、ヴォルフラムがどんどん痩せ細っていくのがわかった。何度「水だけても飲めよ」って横から言ったのかわからない。聞こえてなかったのかもしれないけれど。
でも、ヴォルフラムは正しかった。あいつらが渡す食べ物を食べる度にヴォルフラムは少しずつ自分の意思を麻痺させられていった。碧の瞳が焦点のあわないようになって、暗い影がさしていった。
ヴォルフラムは彼らの命令に従うようになっていった。命令といっても「立て」とか「これを着ろ」とかごく簡単な動作だけだったけれど。おれはなんとか動こうとした、けど気付かれてておれの回りには余計に法石が積まれた。もしかして、おれにも同じことをするつもりなのかと思ったらただおれをもっと、動けないくらい弱らせるつもりらしかった。もう十分だったのにな。
あいつらは眞王廟に向かうつもりだった。そして眞王に是非を問うつもりらしかった。
眞王には間違いはない、ただ異世界生まれの魔王では眞王の予想外の事態を引き起こすこともあるだろう。眞魔国は長きにわたって続く国で、それは眞王と人間から国を追われた魔族たちが作ってきたもので人間とは相容れないと決まっている。時にはその力をふるって人間たちに侵されない力を持っていることを示さねばならない。
だからこそ、戦争を避け、人間やその混血たちを排斥しないおれは間違ってるんだって。
違うって言いたかったよ、戦えば誰がが死ぬ。それなのに、どうして!そんな考えだから、ヴォルフラムを・・・。
おれはより厳重に縛られて一緒につれていかれるようだった。盾にでもするつもりだったかもしれない。
ヴォルフラムには彼らの揃いのマントが渡されて、それを身に纏った。真っ黒な、魔族にとっては神聖な黒。彼らが自分たちをどう思っているかの象徴みたいな色だった。そして、顔が分からないように、ヴォルフラムだけ念入りにフードを深くかぶって、口元に同じ色の布を巻いていた。眞王廟に着くまでは素性がばれないように。
ヴォルフラムはその時は夢を見ているみたいに、ぼんやりと立っていた。場所が場所じゃなかったら、いつもみたいに寝ぼけてると思ったかもしれない。あいつに真っ黒なフードが深くかぶせられるまでだけど。
彼らが揃いのマントを身につけて、その真ん中にヴォルフラムが立っていた。
そして、その準備がすんだときにコンラッドが現れた。
おれは嬉しかった!コンラッドが来てくれた、もう大丈夫。これで全部終わるって、心の底から安心した。
でも、コンラッドは、突き飛ばされて前に立ったヴォルフラムを・・・・・・・
・・・・・・その後のことは、よく覚えていない。
ただ、いつのまにかギュンターが来てくれて、おれを連れて帰って・・・・・・気がついたら、この部屋で寝てたよ。
これだけ、これだけがおれの知っている全てだ。
もう、他には何もおぼえていないよ。何も、何一つ。
うそつき
覚えてるくせに、知ってるくせに。
...to
be
continued...
2008/11/30
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