ひやりとした日がおれを手を引く度に、おれはその場に立ち止まり続けようとした
「 な く な っ た 」 4
ぼんやりとした月明かりがどこかへと去りじわりと太陽の光がにじみでて、夜が終わりまた朝がくる。星空が遠のいて薄藍の空が現れると、さっきまで影となっていた山の輪郭を浮かび上がらせる。彼の頬を、さっきまで闇で隠れていた蝋のような白さを浮かび上がらせるのと同じに。
その限りない繰り返しをユーリは「早い」と感じていた。こんなに一日は早かったろうか?
前はもっと緩やかに流れていた気がする。朝は目覚めて朝トレをして、朝食。その後は地球なら学校、こっちでなら執務や勉強、その後もいろいろなことをやって夜にはぐっすり眠りについた。たくさんのことをやっていた。たくさんのことを出来ていた。今では夢の向こうよりも遠い、二度と戻れない場所という気がする。
今、ユーリの一日はシンプルだった。ただずっと彼の側にいる。それだけ。
ベッドの上に横たわる金髪が鮮やかな彼は起き上がることが出来ないから、ユーリも側で身体を横たえる。彼が寂しがるといけないと思って、眠ったままの彼の手を握りしめたり、時には大胆に肩に手を回したりしていた。
回した腕のにユーリはかつてに自分を不思議に思った。何をためらっていたのだろう?この肩を抱きしめるとその形や重みをこんなにも感じられて、それだけ確かに彼を感じられるのに。かつてならその息づかいや鼓動までも感じることは容易だったろうに。
(・・・・・・おれ、何を考えてたんだろうな?)
今は本当に思い出せない。自分は彼をどう思っていたんだ?友人?婚約者?・・・・・・もう分からない。ただ、彼の側を片時も離れたくない。彼の存在したことを握りしめていたい。それだけ。
そして、出来るだけ彼の側で彼に触れながら治癒の力を送る。起きている間はずっと、力尽きて眠りに落ちるまで彼を癒した。その力が彼のぬくもりを二度と戻すことがなく、ただ蝋のような冷たさを保つことしかできなくとも、かまわなかった。
だって、そうしたいんだ。何の問題がある?そばにいる、そしてなんでもしてやりたい。それでいい。他にはいらない、なにも。
ずっと彼の側で彼のその小さな身体を温めてやりたい。抱きしめてやりたい。
他にはいらない、他のものは知らない。忘れたんだ、全部。だってもう・・・・・・
「渋谷」
ああ、本当は知っている。それがどんなに愚かしい願いなのか。本当は知っている。自分が願っていることはそれじゃないことも。本当は知っている。願いが叶わないことも。
もう二度とこのまぶたが開いて、湖底の碧を見せることはない。だから彼に振り返る。
「村田」
「・・・・・・おはよう、渋谷。昨日はよく眠れた?」
「・・・・・・分かってるよ、今準備する」
「・・・・・・・いいんだよ、君が何を望んでいるかは知っているしみんなも認めている・・・・・戸惑ってはいるけれど」
「なに言ってるんだ、おれがいかないわけにはいかないだろう?」
「・・・・・・大丈夫だよ、僕が代わりに君の願いを」
おれの願いは叶わない。だって、ヴォルフラムは死んだんだから。
(・・・・・・がころし、た、から)
おれはおれの部屋で眠り続ける。おれが無理矢理自分の力を使って、冷たい土の中ではなくおれの部屋で眠らせ続けているヴォルフラムを寄り添わせて。
無意味なあがきをやめられない、やめたくないおれをヴォルフラムは叱るだろうか?
「今着替えるから、待っててくれ・・・・・・すぐにおれは行くから」
「・・・・・・分かったよ」
村田の顔は朝の陽光の向こうで静かにまぶたを伏せた。
広すぎる広間の、その最も高い場所に添えつけられた豪奢な椅子におれに座っていた。眼下には中央の絨毯の道を避けるようにひしめき合う人々と、その中央の絨毯の上で縄をかけられ、うつむき、ただその豪華な柔らかな絨毯の赤だけを見つめる彼らがいた。
「それでは・・・今回の反乱に関するものたちの処罰をここに決定する」
しんと謁見の間は静まりかえっていた。
謁見の間が大勢に人で埋め尽くされているのに物音1つせず、だれもがぴくりとも動かない。息さえも殺して、ただおれを見上げる。これから誰かを断罪するおれを、ただの傍聴人である彼らがその断罪がこちらに降りかかることを恐れている。今までここに座っていて、こんな目で見られたこと無かったなと、ぼんやりと記憶を探った。
おれの隣にはそれぞれ村田とギュンターが立っていた。グウェンダルの姿はもうずっと見ていない。帰ってきたというツェリさまも。どうしているのかも知らない。
彼らも眉一つ動かさずに階段下で枷をはめられた彼らを静かに見つめている。いろいろな人たちだ、貴族である純血魔族、ただの村人でしかない魔族、雇われていた人間の法術使いたち・・・・・・主犯格であったはずの純血魔族たちがほとんどいない理由は知っていた。
(・・・・・・が、ほとんど殺したから)
おれの目の前でヴォルフラムごと。
村田が急におれの唇に布を当てた。清潔な白にいやな色の赤が染みこんでいく。無意識に血が出るほど唇を噛んでいたらしい。不思議だ、唇を噛んでいるつもりも無かったし全然痛みは感じなかったのに。もっともあの時からあまり五感から何かを感じることは少なくなってきているが。それにしても、いやな赤だ。見たくない、こんな赤、二度と見たくない。
(そうだ・・・・・・・、ウェラー卿がヴォルフラムを殺したときから)
おれはいつの間にかどうしても姓ではない方の彼の名前が思い出せ無くなっていた。あんなに呼んだ名前だったのに。あんなに大切だったのに。それでも今は彼が、どうでもよかった。どうしているか、知りたくもなかった。
今回の件で村田とギュンターが出したヴォルフラムの死に関する公式発表は「ヴォルフラムは純血魔族派に殺され、ウェラー卿が間一髪でユーリ陛下をが助け出した」というものだった。そして、唯一裏の事実を知っている彼らはウェラー卿の処遇を「何も問わない」とした。おれはただ「別に、それでいい」と言った。どうでもいい、と思った。
彼が魔王の護衛を退いたのは弟を助けられなかった自責の念と噂されているらしい。そして、ぼんやりと血盟城を彷徨い歩き、生気を感じられないとも。
(・・・・・・どうでもいい、そんなこと)
そして、おれは「ヴォルフラムを殺した人々」を見下ろした。
「・・・・・・今回の件は眞魔国を揺るがす恐ろしい反逆だ」
そうだ、だってヴォルフラムはもうおれの部屋から出られない。寝起きの悪い彼がいつまでたっても起き上がらない。まぶたを開いて、湖底の碧を見せることもなくなった。ただ蝋のような白いまま一欠片も動かない。これ以上に恐ろしいことがあるのか?
「今回の事件で眞魔国は重大な損害を被った・・・・・・二度と取り返しのつかないことになった。その罪を犯した罪人たちが今、おれの目の前にいる」
赤い絨毯の上で枷をはめて俯いている人々がびくりと蠢いた。ここにいるのは一人を除いて、今回の反乱に影から荷担していた純血魔族一派たちだ。彼らのしたことは大小様々だった、ヴォルフラムをさらって引き渡した、彼らに武器を提供した、彼らに隠れ家提供した、情報を与えた・・・・・重大なことから些末な物までいろいろだ。
「この罪は許しがたい、絶対に許せないことだ。その罪に対する罰は厳罰を持って償うしかない」
その言葉で冷えた謁見の間の空気が凍り付いた。
(嘘だ、償えるなんて思ってない。だからおれが本当は殺してやりたい。一人残らず、おれの手で。
ひどいやり方で、おれの心を裂いたのと同じ要領で、あのことを心から悔い、後悔し、泣き叫ぶように・・・!)
おれの目の前が赤く染まる寸前、はっとして手のぬくもりがおれの視界を謁見の間に戻した。おれの手のに手の平を重ねた村田が漆黒の瞳でおれを見ていた。叱責でもなく、ただいたわりの感情をこめて瞳で。おれはそのいたわりをあっさりとそらした。分かっている、知っている。
(そんなこと何にもならない。だからこそ、刑を執行しないとならない)
空気が凍りついて呼吸が苦しい、そういう表情をおれは何人か見下ろすと「これは絶対に覆らない」と告げた。
購いなどない。ヴォルフラムが生き返らないなら、そんなものはない。わかっている、取り返せない物があるとしても罪には罰が必要だ。ヴォルフラムが望んだ王として、何よりもおれ自身のために。
彼らを引き裂こうとする衝動を抑え続ける日々を続けないように。その衝動を実行させないために。
目の前は赤く染まっているのに心の奥はただ冷たい、そんな憎悪に飲み込まれないために・・・・・・それで彼が帰ってくるなら躊躇などしなかったろうが。
些末なことまで拾い直せば、これだけの罪人では足りないだろう。
馬を貸した、食料を渡した、彼らを見逃した・・・そのほとんどは彼らが何をしているかを知らなかった。あの場所の近くの村の人々は不穏な気配を察しながらも、不穏である故にそのことに触れないように彼らに食料を渡し、軍に彼らのことを伝えることもなかった。だからといってそれ罪に問うことなどできるわけがない。
(それも罪と言えば誰もが罪人だ・・・・・・でもおれはそれができる)
魔王という権力がそれを可能にしてしまう・・・・・・以前のおれならそれはだめだと言っただろうが。
もしおれがここで事件の重大性を語ってその罪の重さから些細な協力すら許されない、と言ったら謁見の間は恐怖でついに悲鳴があるだろうか?いや、それどころか国中で悲鳴が上がるだろう。そして、集められた罪人はこの謁見の間に傍聴人が入ることすらできないほど一杯になる。
そして、その中には彼女たちもいる。他の彼らや彼女らも。
おれがそれを聞いたのはそれほど前だったろう。
ずっと一緒に眠っていると何度目かの朝日が差し時にヴォルフラムの髪が乱れていたことに気が付いた。そして、くせっ毛の彼のために櫛が欲しくなった。
櫛の場所が分からないので探しに行こうとしたおれは寝室の扉を出て、そしてしばらく歩いた。そうするうちに使用人部屋から可愛らしい声が聞こえてきた。
おれは彼女たちに聞こうと扉を静かに開いた。開ききる前にその隙間から何人かのメイドたちが話し込んでいる姿が見えた。
「櫛を知らないか」と尋ねる前に彼女たちの話し声が聞こえてきた。
「少しはそう思うところもあるわ・・・とてもいい方だったと聞いてるけど私たちはあまり知らないし」
「そうよもしかしたらこれで良かったのかもしれないわ。これでもう内乱や戦争なんて」
「そうね中心になる人がいなければもう戦争なんて誰も考えられないかも」
「ヴォルフラム様がいなければ、戦争なんて恐ろしいことはもう・・・・・・」
がたん!!という扉をたたきつける音に彼女たちは震え上がった。一斉に振り返った彼女たちの思い思いの瞳がおれを映し返した。そこにいるおれはどんな顔をしていたんだろうな?たぶん悪鬼の形相というやつだったんだろう。一瞬で彼女は恐怖で引きつった。
引きつる彼女たちにおれは「櫛を知らない?」と言った。自分でも不思議なくらい冷酷な声だった。「今からあなたを殺す」と言っている方が自然な声だった。
そのせいで彼女たちは一人を覘いて誰も恐怖に引きつったまま動けなかった。おれも動かなかった。
ただ一人だけ一人のメイドが全身の震えを必死に押さえながら傍らの引き出しに手を伸ばしがたがたと派手な音を立てて小さな櫛を取り出した。素朴な木製の櫛の目は粗く、癖毛のある彼の髪にはぴったりかもしれない。そう思って手を伸ばすと彼女と目があった。
さっき彼女はなんと言った・・・?
(彼女はヴォルフラムが・・・)
その言葉を思い出す前におれは櫛を持った手を引かれて後ろを振り返らせられた。漆黒の眼がレンズ越しにおれを映す。村田は表情を険しくしたまま、肩で息を切らしていた。
はあはあという呼吸を必死で隠している彼はとてもつかれているように見えた。追いかけてきたのか?
その事実におれは硬直しているとぐいとそのまま村谷手を引かれてその部屋から、彼女たちから離れた。
彼女たちは、使用人部屋はすぐに見えなくなった。おれの手に櫛だけを残して。
それからしばらくして彼女たちが城から別の仕事先に配属されたと聞いた。村田は何も言わなかった。
(彼女はヴォルフラムがしんで喜んでいた)
・・・・・・それからも同じようなことをどこかしらで聞いてきた。
ほとんどおれはヴォルフラムから離れなかったけれど、時に彼の好きだった午後の風を入れるために窓を開いたときに何人かの兵士たちの声を。どうしてもサインしなければならないと言われた書類に村田やギュンターの気遣いの中でサインをほんの数枚した帰り道で聞いた貴族たちの声を。そして、いつの間にかおれ自身の耳に聞こえないはずの声を魔力で聞くようになっていた。国中で囁かれているヴォルフラムの死を。
彼の不在を嘆く声が多かった。彼がいなくて寂しい、悲しい。彼がいないなんて信じられない、信じたくないと。あんなに元気だったのに、不器用でもやさしい人だったのに、ついこの間までこの城で彼は生きていたのに・・・。
しかし、彼がいなくなったことを喜ぶ者たちも確かにいたのだ。これで戦争の種はなくなった、これで平和だ、ユーリ陛下の治世はますます安泰だ。そうだ、陛下には新しい婚約者が必要だ。時期を見てうちの娘を・・・。
その日からおれは戦争という言葉を憎まなくなった。その代わり「だれかがいなくなることでの平和」という言葉にどうしようもないほどの激情を感じるようになった。平和?それはいいことなのだろうか?以前の自分の言葉すら理解できなくなる。
ヴォルフラムがいなくなることで、何かが作られることがあるのか?
仮に平和を作ったとしても、彼の死の喜ぶ者など・・・・・・!!
「・・・・・・この」
謁見の間の人々は動かない。傍らの村田とギュンターですら、一欠片も。
「この罪は重大な罪だ。取り返しの付かないことを彼らは行った・・・彼らが行った罪を購う罰など存在しない」
取り返しが付かない、どうやっても、あの時から。
罪人の何人かが顔を上げた。確か雇われた人間の法術使い達だったように記憶は告げていた。彼らの表情にはわずかだけ光が差していた。
「よって死を持って罰する他にない」
しかし、次の瞬間におれが暗黒に突き落とした。・・・・・・と同じように。
誰もが口を閉ざした。謁見の間の静寂は破るにあまりに深かった。誰も何も言わない。おれも、村田もギュンターも、何一つ。
しかし、1つだけの声が扉が開かれる音ともに謁見の間に響いた。
「・・・・・・陛下、お待ちください!」
それは、金髪と湖底の碧の瞳を持つ者だった。とても似ているハニーブロンドとエメラルドグリーン。それなのに、この距離でも違いが分かってしまう。どうしても、ヴォルフラムじゃない。
「・・・・・・ヴァルトラーナ!何の真似です!」
ギュンターの声を今日初めて聞いた。
思いがけず彼を振り返ると、その声がもう一度響いた。
「陛下何故です!何故私を罪人としてこの場に並べないのですか!罰しないのですか!」
おれには理解できないことがたくさんある。どうして太陽はまだ昇っているのか、どうして季節はまだ巡るのか、どうして世界は終わらなかったのか。ヴォルフラムの湖底の瞳にはもう世界は映らないのに、どうして世界はまだ存在しているのだろう?
おれにはその「死」を悼む感情すら理解できていないのかもしれなかった。ヴォルフラムに二度と会えない、もうその瞳は何も映さない、目を開けることもない。それは知っていても彼がどこにもいないと言うことがよく理解できていなかった。ピンと来ない、あの冷たさに触れ続けているのに。単に拒絶していただけかもしれないが。
それでも覚えていることがある。
ヴォルフラムのへなちょこという声、彼から漂っていた日溜まりの匂い、強く澄んだ碧の瞳の色。
そして、彼がどんなにヴァルトラーナを慕っていたか、ヴァルトラーナがどんなにヴォルフラムを大切にしていたか、彼がおれを王と認めた時にどんなにヴォルフラムが喜び、隠して喜びの涙を流していたか。
「陛下、何故・・・!」
「うるさい!黙れ!その話はすんだだろう、ヴァルトラーナ!」
ヴォルフラムに限りなく近い瞳の色には激情が点っていて、一層近い色になっている。その色をにらみつけるとおれはまた怒鳴りつけるたい衝動を抑えた。この男は何度も、何度も・・・。
「しかし、甥は、ヴォルフラムは私への使者としていった結果、殺されて・・・」
「違う、もう話は終わっている!お前はビーレフェルトで謹慎していろと言っただろう!そう決まったんだ、口を挟むな!ヴォルフラムは・・・!」
どんなにお前を愛していたか、どんな感情で彼の元へと向かったのか、そして、そして
「フォンビーレフェルト卿」
かつてはヴォルフラムに向けられたその名称。ヴォルフラムに酷似しているのに違うその碧色に向けられたおれの視界を黒い袖が遮り、村田の静かだが朗々とした声が響く。
「君が大切な家族を失った悲しみは知っているつもりだよ、しかしこれはもう決定したことだ。
君は確かにかつて反乱の計略に関わったこともあったかもしれない。でも、その行為を悔いユーリ陛下を正式に王と認めた書状を送っただろう。そして、その後に起こった反乱と君は無関係だとすでにはっきりしている。
確かに君への使者として赴く途中、フォンビーレフェルト卿・・・ヴォルフラムは反乱軍に捕らえられた」
そう、ヴァルトラーナの元へ向かって、そしてそれをおれが追って、そして・・・・そして
「しかし、君はその後反乱軍の情報をウェラー卿に教えて捕らえられた陛下を助け出すことに協力しただろう。
だからこそ陛下は、かつて君が反乱の計略に関っていたとしても領地に謹慎程度の罪としたんだ」
「しかし、しかし!私の、私のせいで・・・!」
「・・・・・・君の甥が次ぐはずだった領地だ。それを治めるものは必要だよ。陛下は大切な婚約者が治めるはずだった土地を君に守って欲しいと願っている」
そう、村田の言うとおりにおれはそう願っていた、心から。
・・・・・・その後、長い間ヴァルトラーナは頭を落としていた。そして、急に折っていた膝を立たせえると最後に「・・・・・・分かりました」と告げた。うつむいたまま引き締めすぎて血が滲んでいる口元だけ見せて、彼は広間を去った。
おれはただそれをぼんやりと見ていた。ギュンターの指示で広間から囚人たちが連れて行かれ、広間に集まった人々がぽつりぽつりと消えていくのを何の感情も思い浮かべずに眺める。何もかも遠い出来事のようだ。
そして、広間にはと村田とギュンターだけが残った。村田が手を差し出し、ギュンターが薄紫の瞳に悲しみを陰らせておれを見つめる。王として、玉座に座っているおれを。
おれには分からないことがある。おれは、王なのだろうか。囚人たちの行ったことは重罪だ。でも、かつてのおれならそれを裁いたろうか?死を持って罰しただろうか?ヴォルフラムを失う前のおれなら。
ヴォルフラムをさらい、ひどい目に遭わせ、利用しようとした彼ら。たとえわずかでも彼らに協力したものたち。ヴォルフラムが死んだことを喜ぶメイドたちや貴族や国民・・・・・・そして、ヴォルフラムを失ったことに気が狂わんばかりに悲しんだヴァルトラーナ。
死を持って罰せられる囚人たち。本当はおれが八つ裂きにしてやりたい囚人たち。そして、同じように引き裂いてやりたいヴォルフラムを無くしたことを喜ぶ人々・・・・・・そして謹慎を言い渡しただけのヴァルトラーナ。
どうして、反乱の引き金になったとも言える彼を憎まない、呪わない?・・・・・・決まっている。ヴォルフラムが愛していたからだ。ヴァルトラーナがヴォルフラムを愛し、失って苦しんでいるからだ。
それが王としての感情だと、いえるのか?どこに私情以外のものが混じっている?ヴォルフラムをなくしたおれはわずかでも反乱に関わったものなら、たとえ平和を願っていたとしても彼の死を喜ぶものなら、極刑にしてやりたい、でもヴァルトラーナならそんなことは出来ない。
いつか掛け金を間違えばおれは感情だけではなく、そうしてしまう・・・・・・「ぼくの王はユーリだ、ユーリだ」と言い続けたヴォルフラムが一番願っていないであろう魔王となってしまう。
村田とギュンターがいるから、今はまだ保っている。でも、これからも?ヴォルフラムがおれにと願っていた玉座でおれはいつまで正気が保てるのだろうか?
「・・・・・・陛下」
「・・・・・・なに、ギュンター?」
「コンラートに会ってくださいませんか?彼は、彼は今・・・」
「フォンクライスト卿!?」
ギュンターの懇願する声に村田は彼らしくなく大声を上げた。彼がギュンターとおれとの間に割って入ろうとするとおれは右手で制して「いいから」と視線で伝えた。
ウェラー卿、コンラート・・・・・・コンラッド。
忘れていたのに、あっさりと思い出す。
「・・・・・・ギュンター」
「陛下・・・」
「・・・・・・おれを連れて帰ってくれヴォルフラムの所へ」
「・・・・・・はい」
・・・・・・そして、すぐにその名前を忘れた。
「その日」は、すでに目前だった。
2009/02/28
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